嵐の吹き荒れる丘より。   作:■■■■■

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十五話 ミレニアム・サイエンススクール内でのゲーム開発部、および彼女らの行動によって探索される廃墟について

「──存外、上手くやってたそうですよ。四課達はようやく自分が認められたって思いでもあるのか、今まで以上に動きの良かったそうで」

「それは良かった。少なくとも迷惑は掛けていないようですね?」

「迷惑を掛けるも何も、PMC内にあったほとんどを叩き潰して、徹底的に倒壊させたのは私たちのハウンド達ですよ。食うのは大目玉どころか、大手柄。基礎の固まった強さと、ハウンドチーフからは勿論、ゲヘナの風紀委員長からも」

 

「今まで手を煩わされていた連中への、鬱憤晴らしもあるでしょうけど」と、言を付け加えた伊澄真(いすま)エリはどこか誇らしげであり、反対に、私の内心は不満に満ち満ちていた。

 今回、成功に終わったのは良い事だ。それは認める。それを否定するほど、私は腐った覚えはない。

 ただ、やはり【邸宅】へと戻って思うのが、格差だ。それも単なる格差ではなく、筆舌に尽くし難いほどの大きな差。

 あちらが銃という文明の利器に頼って、効率的に敵を叩くのなら、こちらは前近代的な、剣と槍と鈍器に頼って、過剰なまでに敵を屠る。

 恐怖を植え付けるという観点において、これほどまでに効率的なものは無い一方で、こと邸宅外での対人戦闘においてはほとんど意味を持たない。

 相手が銃を使えず、脆弱極まりない近接戦しか出来ないのをいい事に袋叩きに勝つのが【邸宅流接待術】、および【邸宅流亡霊処刑術】の本質であり、その超限定的な環境下でなければ、単なる闇討ちに特化した近接術の一つにしかならない。

 それらの根底にあるのが資金と資材の節約で、そのために無意味を追求している。なんとまあ、滑稽なことか。

 

 ……違う。こんなものは、私の思うままにならない事に対する、みっともない癇癪だ。現実などこういうもので、手でどうにか出来た試しなどひとつも無い。そんな事、これまでに散々知ってきただろうに。

 されど理想と現実との遥か隔たれた乖離に、不満の感情はずっと膨れ上がっていた。

 そんな私を見かねたのか、彼女は一転して、小言を言うような(それこそ、その時のディーンを思わせるような)顔つきへと変わった。

 

「……何をもって不満の材料としているかに興味は無いんですけど、少なくとも維持はできてますよ。急激に厳しくなっていく環境に、次善を打ててるのは十分なので」

「維持じゃ駄目なんですよ。するべきは革新と拡充です。そんな事の1つや2つ、ジョウゼフ様なら片手間にできていた。それが私になって、遅々として何もできていないのは恥ではありませんか」

 

 吐き捨てるように物を言えば、呆れた様子でこの事を言う。

 

「……そりゃあ、当主は不得手だろうと十全にできなけりゃ死ぬ環境にいたでしょうけどね。ここでも何もかもに突出した才覚が無けりゃ生きていけないとかなら、私は前代を引きずり下ろしてますよ」

「そうじゃない。私は当主としての立場である以上、できなきゃいけない。皆が私の判断一つで生死を分ける。それを『若干できている』では話にもならない」

「ジョウゼフが当主だった時でも、死人はいました。悪く言うつもりはありませんが、今より生温い攻撃と頻度で。それを少量の増加で抑えられているなら大金星でしょうに」

「本来ならそういう死人や欠損でさえあってはならないハズだろう。見たでしょうが、邸宅の外で義肢を付けている人がいかに皆無なのかってのを」

「無論。ですけど、そも環境が違うじゃないですか。あそこは敵との戦いが雪合戦で、ここは文字通りの殺し合い。スタートと価値観が違うのに、無理に当てはめる事が如何にバカバカしいかだなんて、ほんのちょっとくらいは考えないんです?」

「……スタンダードという物があるだろう。…………オレ達はそのスタンダードに入れてない、発展途上未満なんだぞ? それを『焦っちゃいけない』だの『ゆっくりやれば良い』だ? ちっとは頭使えよ、仮装飾りのカボチャか何かか?」

「極端な考えで自ら追い詰めるとか魚の知能でもやりませんよ。くっだらないプライド抱えて潰れたいってなら、イライラ振りまいてないで可能な限りさっさとくたばってもらえます?」

 

 剣呑な空気が一瞬場を支配したが、すぐさまに解かれた。これ以上はお互いの傷を抉るような言い争いか殴り合いになるかも知れないと推察し、それにきっと無益だろう。時は金なり──時間は買えない。金を金で買うのは不可能であるように。

 向こうもそう判断したハズだ。

「……ともかく」と、伊澄真(いすま)エリは小言を言う準備をしていた。

 

「今の当主は追い詰められ過ぎて、頭が若干固くなってるんです。最近なんて、寝ている時間がもっと減っただとかとユウカさんから聞いていますし、休みも取らない日が多すぎるだと。ネリーさんも心配していました」

「必要だからしているんです」

「そうは言いますけどね、身体にかなり無理を掛けているってのは事実でしょうが。働きっぱなしなのは良くないと、それこそ当主自身が言ってたでしょう?」

「私は別です。当館を受け持つ責任者に、安寧はまだ早すぎる」

 

 そう言い返せば、伊澄真(いすま)エリは溜め息を吐いて、これ以上は私に向けて何も言うべき事が思い付かなくなったように見えた。

 

 私は違う。

 休むべき時は、今じゃない。亡霊狩りをする必要がなくなり、【嵐】が終わった時にようやく、私は腰を落ち着けて、安息しても許される。

 それまでは気を緩めるな。気を緩めれば、きっと死神は来ないのだから。

 故に、休むな。

 故に、疲れがあっても膝を付くな。

 それが私だ。足りぬ当主(わたし)の義務だから。

 

「──自己嫌悪の果ての自傷行為じゃなきゃ、良いんですけども」

 

 ──それは単なる独白だったのだろう。呆れの極まったがゆえに、心に留めるのも疲れたがための。

 ……そんなハズがあるものか。

 私は呟きを聞かなかった事にして、自室へと戻ってミレニアム出向のための準備を始めた。

 ミレニアムに行けば、少しは楽になるだろう。

 あるいはその考えも、すこぶる甘ったれたものかも知れないけれど。

 ピリと、皮膚に走る悪寒を感じながら、考えた。

 

 


 

 

 経緯はこうだ──「部活動の人数も足りなければ実績も芳しくないので、今度こそ廃部にする」というユウカの決断。

 その廃部にする対象がかの悪名しか無いゲーム開発部。私は「はあ」と言った鈍い返答しかできなかった。

 というのも、良く考えなくたって「よくもまあ、今まで保ってたな」という所感しか出てこなかったからだ。

 真っ当な活動は疎かにして、なら何をするのかと言えばギャンブルや他部活動の襲撃、セミナーへの反抗、果ては私への揺すり。

 本当にどうかしているんじゃないか、と思うくらい負の方向でやる気があり、正の方向で何もやらない。

 まぁ、とうとう潰れるのかと思えば、感慨の二つか三つは、……一つか、二つか、……何か一つかは。

 ……何一つも湧かないのが実情だった。

 あんな愚かしい輩に、どうして私はほんの少しでも気にかけていたのだろう。

 思えば私にクソッタレのようなゲームをやらせたり(こんなのに負けを認めたくないので意地でクリアした)、支援金を私から出させようとしたり(結局心意気を認めて出してやった)と、散々な記憶しかない。

 芽が出なかった以上、意味そのものはほぼ無かったと言えるだろう。というより、断言する。意味が無い。

 ……いや、こう断言するとまるで自分の資金をドブに棄てたように聞こえてかなり癪に障るので、せめて擁護すると、ゲームの節々にやる気はあった。それが致命的なまでに自己の価値基準を機転にした自己満足に終始していたというのが、圧倒的に、どうしようもない問題点なだけで。

 特にシナリオは目も当てられない惨状で、常時理解しようとして引き起こされる頭痛と相談しながらでないと、ちょっとは読もうという気にもならない程。

 せめてこれでも読んで学んでおけと貸し出した【真夏の夜の夢】。……今は行方知れずなので、この機会に取り返すべきか。

 

 こういう思考回路の元に話を引き受け、現在は廃部予定の部室の前に立っているのだけれど、どうやら訪問している誰かがいるようだ。数にして一人ほどであるように感じ取れるが、……とりあえず会話の切れ目を探して、その時に入り込むために聞き耳を立てる。

 

「──まず私たちゲーム開発部は今までずっと、平和に16ビットのゲームとかを作ってたんだけど……」

 

 本気で言っているのかこの*スラムスラング* 今までに散々、やらなくてもよい迷惑をしでかして、その尻拭いをしてきたのが誰なのか、それすら記憶から消去したのか?

 私はいよいよ、リオに単なる懲罰以上に、古来らしい鞭打ちの刑罰を導入するべきだと促す必要があるだろうと考えていた。

 

「──ある日、急に生徒会から襲撃されたの! 一昨日には生徒会五帝王の一人であるユウカから最後通牒を突きつけられて……」

 

 どう聞いても悪し様にしか聞こえない。コイツは印象操作をしようとしているのが明らかだった。

 頃合いも丁度よく、ついでに多少叱りつけるため、入ることとした。

 扉をさっと開け放ち、

 

「それについては、私たちより直接説明をしましょう」

「こ、この声はっ、……げえっ、《非情な観察者》!」

「馬鹿な二つ名で呼ばないでくれます?」

 

 そも、『げえっ』とはなんだ、『げえっ』とは。怠惰が原因であろうに、その責任を私に押し付けるような真似は控えてもらいたい。

 そういう返答をしながら、また偶然にもいた"先生"へと向き直り──またいるのかと辟易の感情を覚えつつある──、言葉を紡ぐ。

 

「……また貴方でしたか。厄介事の渦中にいつも立っておられる」

"ちょっとぶりだね。あの時はありがとう。"

「礼は結構です。とはいえ今回の立場は同意者では無く、かつ単なる通告者にすぎません。大きな説明は私ではなく本人に、ということで。……ユウカさん、お願いしますね」

 

 という事で、説明なりは電子を隔てて会話するユウカに任せる事として、私は掃除だ。

 何故も何も、汚い。部屋がすこぶるに汚い。少なくとも、入る時に一瞬躊躇した。

 ……嘘だ。数秒も躊躇した。たかが数秒と人は言うだろうが、されど数秒と私は思う。その数秒が分け目になる事もあるのだし。

 そういうワケで手の空いていたであろう先生も呼びつけ、取り掛かる。

 

 適当に転がったゲーム機。確かここの棚だった覚えがある。

 ──ここでしたっけ? 「はい、確か」

 食べ終わった菓子の袋。中身には細かい物しかない。

 ──適当な袋、あります? "これでいいかな?"

 やけに多い座布団。布団代わりのつもりらしい。そりゃ【布団】と付いているが。若干、臭う。どのような類かはあえて言うまい。

 ──……洗いますよ。「ごめんなさい……」

 本。題名は【真夏の夜の夢】。床にベタ置きされていた。どうやら数ページしか読んでいないように見える。背表紙には蔵書印が押されており、崖にそびえ立つ館をイメージしたそれは間違いなく【邸宅】のものだ。

 ──私の機転は無駄だったって言うんですか。"読もうとする努力はしてたんじゃないかな、多分……。"

 

「……ふゥー……」

 

 何も感じない。何も感じない。

 結構、……キているが、気にしない、気にしない。

 続きだ。

 

 服。下着もどうやら含まれている。シワが幾つか見受けられる。日が経って、座布団と同じように、少し臭う。ただそれだけだ。スラムで時々見掛けた、飽きて捨てられたのだろう服や、服とは言えないくらいに擦り切れた布切れとかと比べて、雑ながら丁寧に使い古されたのだろうと感じられる。

 ──洗った後にアイロンをしておきますよ。「任せてもいいなら……」

 中身入りの菓子。半分ほど残っているように見える。賞味期限切れだ。……確か購買だと、あまり人気の無い菓子だった覚えがある。昔はこういうものを食べていた記憶が想起される。

 ──……どうしますか? 「捨ててもらうのって……」

 雑誌。ゲームに関連している種類らしい。ページの真ん中あたりに付箋が貼ってあるようだが、開く興味は湧かない。昔は捨てられた雑誌で情報を得ていた事を思い出す。

 ──…………。「それは、纏めて置いてくれれば」

 

 こんなつまらない一つ一つを見る度に、暗く冷たい過去が私の背筋を伝って、脳を刺激する。込み上げてくる灰色の感情を噛み潰し、苦味を伴った幻覚を飲み下す。

 存外、本当に疲れているのかもしれない。彼女の言った通りに。

 当然ながら、こんな過去を思い出して、愉快に感じるワケが無い。あるのは不快さと、頭痛の伴う情動だけだ。

 ……それと引き換えに、この部屋が(花岡ユズの入っているロッカーを除き)一程度綺麗になったのは良い事だ。ここを取り上げられるか、はたまた偶然でも通って残されるのかについては興味を持たないが、自分の気分の為なので、あまり関係しない。

 とはいえ、色んな要因があって(主に精神的に)疲弊しているのは事実だった。

 

"……大丈夫? 少し、青くなっているように見えるけれど。"

「いえ、心配は無用ですよ。それよりも、おおよそ依頼人だろう才羽モモイさんの事でも気にかけてやったらどうです? こと今回において、私は敵役と考えられますよ?」

"目の前の生徒の苦しみを、見過ごすワケには行かないから。"

「なら、……貴方にもあるでしょう? ある日突然、ベッドの上で寝ようとしていたのに、黒歴史を思い出してのたうち回りたくなる時が。例えば多くの人々の眼前で恋の告白を──」

"やめない? この話。"

「それですので、心配は無用と言ったのですよ」

 

 適当な誤魔化しを入れて、話を逸らした。先生は目敏いけれども、今は触れられると八つ当たりしかねない。

 どうやら変な記憶を刺激したらしく、頭を抱えた先生をよそ目に、事の次第へと目を移した。

 

〈今日からミレニアムプライスまで2週間、……この短い時間でどんな結果を出せるのか、楽しみにしてるわ。〉

 

 見やれば、露悪的に振舞おうとしていた早瀬ユウカがどうやらその三文芝居を終えようとしている所だった。どうもユウカはとんだ倦怠野郎にも猶予を与えたがる大甘ちゃんであるらしい。

 それを自覚せず、「立派に冷酷な会計です」と自負するような立ち回りなのが、中々に笑える冗談だ。フ、と口先の密かに歪む感覚を覚える。

 

〈……何か?〉

「いえ特に。貴方が大好きな先生が居て、なおもいつも通りの態度ですね、と──」

〈違うわよっ! 先生が浪費家で、ちょっとでも目を離してたら変なものを買ってきたりスマホゲームに課金するから気にかけないといけないだけ!〉

「アア、ハイハイ、ソウデスネ。じゃあ切りますね」

〈レイ、ちょっと! 後で覚えてなさいよね──〉

 

 この段階で通信は切れた。と言うより、切った。……夜会には色々と詰められそうだ。どういう手土産でも持ち出すか。

 つまらぬ事を憂慮しながらも、私は廃部の危機にとうとう直面せざるを得なくなったゲーム開発部へと顔を向ける。

 

「……で、話は纏まったようですね。ではどうされるので?」

「廃墟で『G.Bible』を探す。そうして作ったゲームで私は勝ち取る! 例え止められたって行くからね!」

 

 ……無謀な判断だ。あるかどうかもわからず、しかもそれが当たりである保証もない賭けに手を出すなどと。

 その『G.Bible』やらを探すより先に何か作る努力でもすれば良いだろうに。

 そうは思いながらも、私は止めることは無く、密かに現状最高の地位に立つ彼女へと──調月リオへ連絡を取った。

 

〈ゲーム開発部が廃墟に行かれるそうです。私は念入りに、監視員として動きます。危険であると判断した場合に、引き上げさせます。よろしいでしょうか?〉

 

 既読を示す文字はすぐに付き、直後にある条件を伴って、その無謀は認められた。

 

 


 

 

 端的に、『廃墟』について纏めるとしよう。

 廃墟と言っても、長期間使われず荒廃した建築物、などの辞書的なものは指さない。此度で使われているのはどちらかと言えば隠語のように使われる──学生間で『春』と言って恋していると示させたり、『草』に面白いという意味を添付させたり、だとかの方向に近い。

 さて、此度においての『廃墟』とは、すなわちミレニアム近郊に位置する謎の領域だ。

 そこは元々連邦生徒会の監視によって出入りは禁止されていて、それ故に、間違っても、私も含めモモイやミドリなどといった一般生徒が来ても良いような場所ではない。

 それに、愚かな好奇心の先に待つものなど、そう良いものではない。私たち【邸宅】が幾度となくその証明を成している。

 

 だがここにいるのは他ならぬ"先生"だ──ちょいと片手を振るだけで全学園の条文を単なる落書きに変え、暗黙の了解をごっこ遊びに変えるような力を、馬鹿げた事に公的に与えられた、救世主にも独裁者にもなれる、たった一人の最大勢力。

 ……つくづくイカれた権威だ。全ての教皇と皇帝を月にしかねないほどの大権威。どれだけ連邦生徒会長はこの青臭い人間に盲目的であったのか、最早推し量るにしたって嫌気がさす。

 

「アレクサンドロス大王もチンギス=ハンも、果てはインノケンティウス3世すらなし得なかった、無尽蔵かつ最上位、しかも全世界に対する命令権ですよ。聞いた誰もが羨ましがるでしょうね」

"随分と世界史に詳しいんだね。そういう科目が好きだったりするの?"

「ジョウゼフ様がそういう書物を盛んに集めていたので、自然と。ああ、そう、ジョウゼフ様とは私の恩師です。この都市にいる全ての大人の誰よりも聡明で、柔和で、責任感に富み、なおかつ──」

"本当にその人の事を尊敬しているんだね。"

 

 苦笑いを重ねられた返答に「当然」と答える。私をあの地獄より救いあげた存在を、どうして恨むことができようか。できるハズがあるものか。

 

 さておきとしよう。

 

「にしたってさ、……なんでレイまでいるワケ!? これじゃあ監視がついてるみたいでむず痒いんだけど!」

「監視に足る理由なら幾つでもあげられますよ。不法かつ申請にないカジノ設立による治安の一時悪化、古代史研究会を筆頭とする計五つの他部活動への襲撃行為による修繕費用の補填および予算の追加、監査員たる私への暴力行為──」

「いくつか私怨が混じってるじゃん!」

「何が私怨ですか。見方によっては公務執行妨害でしょっぴけるものなのを留意してもらわねば」

 

 グゥ、とあまりにお手本通りの呻き声を出して、モモイは反論の口を止ませた。これでよくもまあ、監視対象には選ばれないなどとお花畑な事を考えられたものだ。

 あるいは他も同じ真似をしているとでも思ったのか。そうあってたまるか。……近頃は思い当たる節の連中がいるから、それもそうか。

 まあ今は知らないフリをしよう。

 

 さて本題ではないがゆえ、「それに」と言葉を続ける。

 

「監視もそうですが、ここは廃墟ですから。危ない場所に分け入るのなら、探検ごっこ気分で十分でしょう。何も、危険を通じなければ創作を作るに値しない、というものでも無いハズでしょうに」

「でも経験した方がもっと良いものを書けるかもでしょ!」

「……その理屈で言えば、シェイクスピア*1に並ぶ劇作家にして小説を著せばトルストイ*2、詩を吟じたらば小野(たかむら)*3、SFを興せばアシモフ*4の完全究極文学者ですよ、私は」

「『しぇいくすぴあ』? 『とるすとい』? 『おのたかむら』? ……『あしもふ』?」

 

 ……なるほど、こういう感覚か。「近頃の若者ってのは」と言いたくもなる。

 そういう希代の作家が世の中にはいたのだと適当な説明をしていれば、どうやらロボットはこの近辺から去っていたようだ。

 

「それじゃあ今のうちに──」

"ちょっと待って。そこは警備の層が厚い。もう少し迂回していったら薄くなってる所があるから、その幾つかのロボットを奇襲してたどり着く形で行こう。"

「先生、いつの間にそんな情報を……」

"レイがデータを見せてくれたんだ。巡回ルートもあったから、共有しておくべきだって言っていたよ。"

「……そうだったんですか!?」

「……これでもセミナーの管理職ですし。廃墟関連の集積データにも一応アクセスできる程度の権限は持ち合わせてますよ」

 

 呆れたように見せた口調で私は言う。

 ──実際の所は調月リオに提供してもらった、事細かい解析データによるものである(改めて仕事が早いと思う。移動時間は二十分にも満たないのに!)。リオにも許諾を取った上で先生にも共有した。

 実際、戦わずにすむなら、それに越したことは無いだろう。「探検ごっこに終わらせる」と宣言した通りに私は前へ出るし、司教杖を使うなら、吸血によってより体力をすり減らす。

 最近では一時保管の機能搭載と共にこれの応用編も訓練したのだから、その際の分だって使うワケだ。無益な戦闘は最早負の要素しか持ち込まない。

 弾丸とて、安かろうと金が掛かるのだし。貧民思想と罵っても結構だが、1円でも節制できるならそうするべきだろう。

 まあリオの成果を横取りしたようにも捉えられるが、現状だとあまり明かすべきでは無い。本人もそう判断したし、それに嘘も方便だ。

 

 ……正直な所では、嫌な予感はある。

 口からも脳からも解釈しようの無いの、いわば第六感的、虫の知らせ、あるいは、心理的・肉体的の双方の危機を嗅ぎ付けるものであろうか。

 それがなんだか鳴り止まない。

 今までもあったし、それこそスラムや亡霊狩りの時はあまりにも多く反応していた。私が今まで悪夢に浸されながらも生きていた理由は、この肝心な所でしか働かず、しかし確実な死だけは避けさせていたこれがあるからだ。

 左の眉に来る、麻痺にも似た痺れる感覚だけは、今まで私に嘘を付かなかった。

 本能的な直感で動くなら、今すぐにここを脱するべきだ。間違いなく私は大きな火傷を、心身のどちらか両方かで追うだろう。

 理性的な思考で考えれば、この仕事を遂行すべきだ。調月リオは他ならない私を信用して、廃墟へと行かせた以上、それに答える義務がある。

 どちらを取るべきか。理性か、本能か。

 己の沈黙が、いやに冷たさを伴って背筋を伝う。ここを間違えれば私は地獄へと転がり落ちるのだと、全ての感覚が言いたげに。なのに時間は足りず、一秒、二秒と過ぎていくのが、胸元の十回振動した懐中時計が訴える。

 

「……」

「……どうしたの?」

「いえ、──」

 

 言い出すか。

 言い出さないか。

 十五回揺れ、二十回が揺れる。──三秒経過し、四秒が経った。

 

「──……は、特に、何も」

"レイ。何か体調が悪くなったならすぐ教えてね。"

「私はそこまでヤワじゃありませんよ。むしろ、貴方自身がその身を心配すべきでしょうね」

"そこは、まあ、……考えておくよ。"

 

 ……なに、最悪は私だけ生き延びればよろしい。

 それでも取り返しがつかなくなったのなら、そこまでだ。

 そうして私は、初めて本能に背くことを決めた。

*1
代表作『真夏の夜の夢』。

*2
代表作『罪と罰』。

*3
平安時代に「文学者の手本」と褒め称えられてた凄い方。

*4
代表作『われはロボット』。ロボット三原則の元ネタ。




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