嵐の吹き荒れる丘より。 作:■■■■■
結論としてロボットのどれ一つにも見つかること無くして、
「とはいえ、血液を吸われたのは事実ではあるか……」
懐に隠し持つ血液入り注射器を触りながら呟く。
──件の機器は実証段階を超え、第一次運用の域にある。それゆえ、現状において邸宅における亡霊への迎撃択は今までの「弾丸使用」という必殺技(こう書いて、「必ず殺しうる技」と読む)を、質をそのままに通常攻撃の一種へと大きく進歩させた。
とはいえ、それを私にも横流しできるほど潤沢ではない。杖の分だけは私自身で調達する必要がある。
無論、私の血液全てが使えるハズもない。そんな事をしてみろ、後に残るのはミイラであろう──たった一リットル失うだけでも、死に至れるのが普通の人間だ。
そこで多少程度の保管をするため、注射器で自分の血液を抜くことを選んだ──ドーピング方法の一つを参考にした。
増血剤以上に即効性の高い手法で、保存はまるで効かないが、少なくとも数時間は持つ。その数時間でもあれば、やたらに高い生命力のお陰で血液量は回復する。
つまり無料で回復できると言っても過言ではない。『邸宅』人員以外の人前で使えないのは難点だけども、……それならそれで、見られていない隙に打ち込めば良いだけだし。
つまり、実質メリットだけだ。自分の肉体的ダメージで済むなら、ひとまず許容はできる。
"それにしても、助かったよ。サプレッサーなんて持ってきて無かったから。"
「いいえ、結構。私も訓練の成果を一粒ぽっちとはいえ、自然に出来ていると実感しましたので」
そうも語るのは先生。私の結果を見てのことだった。
武器というのは、状況によって強さが変わる。閉所で、無音で、少数を一撃で。今回においてはそれが求められた。
その中で銃器は当然使いにくい。閉所で使えはすれど、音が大きく、この社会においては残念ながら一撃必殺の武器とはいえない。
鞭は取り回しが悪い。一撃必殺ではあるが、広いスペースが必要で、音もボウと音速を突き抜けた音、金属に近いギャリギャリと擦れる音を大きく鳴らす。
ランスでもダメだ。本来の威力の発揮には身を伴った加速が必要で、しかも血液を尋常じゃなく多く吸う。はっきり言って、この状況じゃ論外だ。
だから細く、しかし身体を十度は容易く貫けるように軽く、それでも一方的に敵に勝てる長さを持つ槍を選んだ──パイク、マケドニア王国に始源を持つ細長い槍だ。
無論、平時では銃に劣るが──まあ実際にそうだし、槍より弓、弓より銃なのは知能があるならそうなって当然の階列になるのだが──、それは面と向き合って「よーいドン」と始まるタイマン状況での場合、つまりはC&Cの誰かを相手している時(まあ懐に入ればC&Cの誰にでも近接を通用させられるが、それは例外的処理とした方が早い)。
しかし一方的に視認していて、相手が近くにいる、かつ静音性が求められるなら、槍程優れた武器は無い。穂先を突き出すだけの動作で済むのだし。
お陰で余計な血も消費させず、無駄な工数も踏まず、悟られる事無く潜り込むことが出来た。僥倖な幸先と言える。
……「現実でスマシスのクリフォスみたいな挙動するの初めて見た」とはモモイの言だ。誰だ、とは聞かなかった。こういうのが言うのは決まってゲームだかの話だろうと推測できたからだった。
「それにしても、……本当にここ、何をするところなんだろ?」
「あのロボットたちがいるから出入りを制限してたのかな?」
「実は連邦生徒会が非常時に使うための秘密兵器で、……とかは考えてみたけど──」
「それは中々ありえないと思いますけれどね」
思わず差し出がましい横槍を挟んだ。
事実、弱い。数で押すのが目的にしたって、面倒な特級亡霊のクソッタレ共(例として、『捕鯨船』、『大隊』)の方が遥かに厄介だ。
性質やそもそもの環境の違いから単純に比べるべきでないとはいえ、それでもだ。
「あれが秘蔵っ子、なんて見方も無いでしょうね。あれがそうなら、両腕落、……縛っていても百対ゼロで私が勝てます」
「そんなワケ、……っても言えなさそうだなぁ。暴走したロボットを一撃で蹴り壊したってウワサもあったし」
推定するに人型ロボット研究部の事件かもしれないが、……まあ、目線でも逸らして、知らないフリをしよう。「……もしかしてホント?」と言われたような気がしたが、……私は単なる監査員だ。そう、単なる監査員。
そも、暴走させた方が悪くないか? まだ研究不足であるから性能の半端なのは結構なのだが、インターネットで拾い上げられるような粗末なプログラムを乗せて、それでよくも暴走しないと考えられた。
結果的にどうにかなったが、彼女らはユウカより叱責を受けることになったのだから、もう少し危なげのないようにしてもらいたいものである。
「第一あれが秘策だとしたら、連邦生徒会をあんまりに下に見すぎですよ。見てきた以上、多少暗愚でボンクラで
"言い過ぎじゃない?"
首を横に振った。実際そうだ──身分保障の薄い人間を無尽蔵の権力を持つトップに据えるのはボンクラだし暗愚だし先の事が見えない盲野郎だ。
偶然、……そう、偶然! 心底気持ち悪いくらいの幸運なことに本人の善性が第一だったからこそ成り立っているだけで、当時の連中が目も当てられない程に愚かなことに変わりはない。
だから私は認めるに値しないと考えている。
「……ン──」
……しかし、私の下らぬ直感が、ここは所謂「静止感」を感じさせていない。嫌な直感がよく反応している。
大部分の機能は止まったが、根本的な死を迎えていない──そういう感覚だ。
不気味だ。スラム時代、こういう直感の働く場所は嫌いだったし、良いことを引き起こすなんて一つも無かった。仕事だからしょうがないが、あまりここにいたくない。
正直な所、すぐにでも探索を切り上げたい所なのだが──。
〈──接近を確認。〉
そうして巡らせようとした思考回路を唐突に断ち切ったのは、音声だった。ここにいる誰のものでもない第三者。形容するなら、それは機械的に聞こえる。
「部屋全体に、音が響いてる……?」
その感想を共有する間もなく、
〈対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません。〉
「え、えっ!? なんで私のこと知ってるの!?」
瞬時、周りを見渡してみたがカメラに類するようなものは確認できない──小型で見えない位置においてある、あるいは私の見落としなのかもしれないが、だとすれば凄まじく秘匿技術に長けている。
更にはこちらまで認識している──少なくとも、才羽モモイと──、
〈対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません。〉
「」
ついで、才羽ミドリに関しては。
見られている感覚がした。
再度だが、ここに視覚的情報を伝える機械類は見受けられなかったハズだ。だけれど、そうとしか形容しがたいものがあったのだ。
〈対象の身元を確認します。■■■■──■■■■■■■■■■■■──■■■■■■──対象を認識できません。〉
「不明……」
……認識できない。されていない。
本来アドバンテージにもなりうる点であると理性は知覚していながら、しかしうっすらと馴染み深い感情──嫉妬、怒り、劣等感が重しのようにのしかかる。
私が本来『何者でもない』忌み子だったからか。そもそも記録されていないような存在だったから。……才羽姉妹について確認されているのは、戸籍でも参照しているというべきだろう。
適当な憶測を立てていれば、先生の出番が来た。
〈『■■■先生』。〉
"……なんで、私の名前が……。"
今度は明瞭に聞こえ、しかし、……何故だ?
それが記憶できない。おかしい事に。そこだけがピッタリと陥落したように、断片すら私の脳から何も無くなった。
──一体なぜ? 私が異常なのか、あるいは、そういうものなのか? "先生"という役割に囚われたから個人名を認識できなかったのか? あるいは、私が名を知る必要のない役目であるから認識できなかったのか? わからない、私一人で結論付けるには思考の余地が及ばない。私はゲマトリアの連中ほど専門的な知識を持っていないから。後から周りに聞いて、思考の余地を作らなければ、そうだミドリとモモイだ、彼女たちは間違い無く聞いている。それで認識できていたなら「私の異常」の可能性が高く、そうでなければ「先生が異常」の可能性が高い。今すぐは無理だとして、事の終わり次第すぐにでも──。
その考察を進めていれば、「ガチャン」と、鍵の開いたような音が聞こえた。
前からではなく、下から──つまり床が無くなった。
「落とし穴っ……!」
身体が僅か落下の慣性を持ち始めた一瞬、血で形成した銛を天井に勢い強めて打ち込んで、もう片方で先生に手を伸ばして掴み取った。
「っく、先生ッ!」
"はっ、……はあっ、あ、ありがとう……!"
「気でも狂ってるのか、このクソ設計者、は……!」
咄嗟に人を掴んだ腕を強く握る──軽い貧血だ。一気に血を使いすぎたのだろう。全身の倦怠感が手に集まり、指を1つずつ解かそうと重みを増していく。
瞼すらうっすら重たさを覚えさせる感覚の中、耳に響く男の声──先生の声が聞こえる。
"モモイ! ミドリ! 大丈夫!?"
「──いったーい! お尻打ったんだけど!」
……才羽モモイの反応を察するにどうやら底なし、ということでもなかったらしい。声の反響から推察するに、……おおむね平均的な家屋の床から天井まで、数値に変換するなら3メートルあたり。
一般的なヘイロー付きなら結構痛いくらいで済むくらいか。あるいは悪ければ骨折するか。
──降りますか?
先生に向けて目配せをする。
──お願いできるかな?
先生より、同じ手法でこの返答。
それならば従うしかないかと、血晶のチェーンを少しずつ形成し、二十センチ、四十センチと下り始めた。
──一体、どういうつもりでこんなイカれた落とし穴紛いの入口を作ったのか。
常人なら腰を壊してもおかしくないような設計だ。あまりにバカげている。
意図せずこうしたのなら、あまりに想像力が哀れすぎて、頭が建築家に向いていない。
意図してこうしたのなら、性根がすこぶる腐っていて、やはり建築家には向いていない。
総じて、クソだ。それも単なるクソで無く、とびっきり、頭の腐り散らした特級のイカレ野郎。いわゆるゾンビの方がまだ質としてはマシだろう。何せ考える脳が無いから──設計者の愚者は生兵法なだけにタチが悪いと見受けられる。
そうして降りて問題ないだろう所で形成を終え、降りるように促す。先生は同意したように(お礼も言いながら)降り、銛を引き抜きながら飛び降りる。
同時にチェーン分の血晶を杖の周囲に纏わせる。雑に無駄遣いしていられる程の血の量は無いので、自然に剥離するまではこうするようにしているのだ。
かつて「主君たるなら贅を成せ」と言った作品があったような気がするが、そんな余裕が無いのも現状である。そんなことをできるなど、それこそ無限に財がある奴だけだ。
「はァ、……フゥ、これだからあまり使いたくないのに……」
ボヤきながらも進み、目に見えたのは。
子供。椅子に座った子供。
外見だけで言うなら、そう形容すべきだった。
ただし、それが廃墟という場所でなければ。
何より、衣服を着ていない。こんなところで衣服を着ていないのは、スラムならまだしも、およそ正常とは思えない。
まずスラムなら、髪がこうも綺麗ではない。泥塗れ、脂塗れのボロボロか、フケか、そうでなくてもストレスの白髪ばかりだろう。
考えうる限り最も自然に考えるなら、人型の機械──アンドロイド。血色が薄いながらもあり、腐臭もなく、だが鼓動を感じられないとするなら、それしか思いつかない。
──ハ、飛躍にも程のある発想だな? 私見でありながら、あまりにも非現実的な仮定に自嘲する。
本来、考慮するのがバカバカしい程の結論であるが、……今回ばかりはそうも言えない。目にして、私の頼る嗅覚が異常を訴えないのだから──これはある意味異常ではあるが──、ひとまず「そういうものだ」と処理しなければならない。
「先生、ひとまず目は逸らしておくように。面倒事です」
"面倒事? それなら私にも──"
「貴方が入ると死にますね」
"死ぬったって、そんなことさえ背負えない大人は──"
「社会的死ですよ。属的に言う、……あー、【せ】から始まる犯罪」
"……どうすればいい?"
「待ちです。今後の処理を貴方に任せるので、待っててもらえれば──才羽姉妹? 何事かあったらどうするんです?」
ギク、と明らかに身体を跳ねさせたモモイ。
明らかに椅子に近かった。
「いや、でもこういうのは調べた方が鉄則だって」
「ゲームの話じゃないんですけどね、今は」
「それにほら、情報がある! えぇっとぉ、……この子の名前が『アリス』ってことも!」
「AL-1Sじゃない?」
「えっ、そうなの?」
「付け足せば、
「嘘ぉ!?」
次回には『不思議の国のアリス』でも読ませることにした。原文、すなわち英語のものでだ。こうも酷いと流石に付きっきりになりそうだけれど。
また頭痛の元が増えたような気がする。いつものことにしろ、どうか減るようになってもらいたい。
「……とりあえずこのままじゃ可哀想だし、服でも着せてあげよっか」
「へえ、予備の服なんて持ってきてたんだ、……ってそれ私のパンツじゃん!」
「それはミドリさんのものです。表情が違う」
「えっなんで分かるの、怖……」
「刺す」
「刺す!? 刺すって言ったよこの人!?」
いけない、本音だ。
「まあそんな事はさておき、上着、……はこれでいいでしょう。適当に着せておいてください」
脱いだスーツをミドリに手渡し、ひとまずの保護体制。モモイがなにやら良くないとかどうとかと威勢よく言っているが、暗号みたいで聞き取れない。随分と言語の不明瞭なライターもいたものだ。
「いやだって明らかに淀んだ目で『刺す』はもう本気のそれじゃん! 本気と書いてマジだって!」
「いやあなんと言ってるやら、まるで耳が塞がっているようで暗号のようで……」
「こんの陰険めぇ〜……」
コントをしていれば、聞こえるたものが一つ。
電子音だ──発信元は、子供の方から。
即座に結晶を鞭に、いつでも交戦できるようにして前へ出る。
起き上がったそれは──今は何もしてこない。
ただ眺めるだけに見えた。
「め、目を覚ました……?」
構え直す。手の握りを解し、また見据える。
ずうっと黙りこくっていたそれの、口が動いた。
「……状況把握、難航。会話を試みます、……説明をお願いできますか」
……気が抜けるというのはこういうことだろう。脱力感が自分の腕を襲った。
言い方を変えよう、……別に敵対しなくてもいいというのがわかった。
ハァ、と溜息が出た。先生も緊張が溶けたのか同じ真似だ。
何事も無いだけ良しとするべきであるに違いない。……それはそれとして、本当に何も無ければよかったのだが。
盗み聞きするに、それは記憶もない、目的もない、特徴らしい人格もないとないない尽くしの情報も無し。
つまるに厄介事──それはほぼ明確にアンドロイドらしいこと、従来とは質の違う出来であること、そして注視したら結果はヘイローがあるということ──が増えただけであった。
もう考えるのはやめないか? と私は思う。そして、実際同意した。
とにもかくにも、分析、できないならどうするかの判断でも仰ぐなりにしよう。
先立って調月リオに知らせておき、現場判断でミレニアムへと持っていくことにした。