嵐の吹き荒れる丘より。 作:■■■■■
認識を間違えないでいただきたいのは、私こと安晶レイは決して交友関係が狭い訳では無い。私は断じて交友関係の希薄な社会性動物では無いのだ。
まあ狭い訳では無いのであって、特段広いものでも無いのでも無く、これまでの事柄もあってか安易には信頼出来ない性格となっているのだが。
これはさておき、少なくとも市井に生きている子供らの真似事──先輩と後輩、同じ年齢同士の
手始めに、早瀬ユウカ。駅のホームで出会った青髪のツインテールだ。
彼女とはほどほどの付き合いでありながら、叱られつつも良い具合であるように思う。
他が私の視点では中々常識外なイカレポンチの勢揃いである以上、邸宅やスラムでは無い環境、すなわち「普通」の環境における常識については彼女の判断に委ねている。
次に、生塩ノア。髪色の白さ──私の点々と目立つみすぼらしい白髪のようでは無い、美しい白の長髪をそのまま下げている人物だ。
個人的な尺度で言えば「好きでは無い」。好きでは無いだけで、嫌いでは無い。むしろ、対外的には好ましい人間であるとは考えている。
ただ、私の心象や燻っている感情をどことなく見透かされているようで、……まあ、虫の居所が悪くなる。
市井の人間とは違う生物だと言うのをより深く自覚させられる感覚がするので、あまり積極的に距離を縮めたいとは思えない。
まあ、私のワガママなので、後々に改善しようとは思う。
小鈎ハレ。灰色のようにも見て取れる長髪を、後頭部でひとつに纏めた髪型──ポニーテールというのだろうか?─にしている。
私の中ではイカレポンチ一号と扱っている。なぜそのようなレッテルを貼っているのかというと、彼女はエナジードリンクに狂っていたからであった。
エナジードリンクとやらについて一口付けてみたのだが、あの刺激──炭酸というものらしい──や無駄に甘ったるくて喉を焼くような味付け、強制的に冴えさせてくるような感覚がどうにも私の口には合わなかった。これを飲むなら紅茶を飲むのを選ぶくらいだ。
彼女単体については良い人格、良い性分であると確信出来ているだけに、エナジードリンク漬けになっている事が残念だ。
一纏めに数えて、C&Cの方々──
彼女たちは皆一様に気が良い人物ばかりである。ネルは粗暴ながらも気を回しているし、アスナは無邪気に見える笑顔で私に張り付いてくる。カリンは話していてそれなりに面白く感じられて、アカネは茶について話し合いの出来る人物である。
問題は暴力で何とか出来るなら積極的に選ぶという手口の風潮が漂っている事だ。……まあ、他も大概そうであるように見えるものの、C&Cではそのような風潮が一層と濃いように感じられる。
過去の私がそうで無いとはまったく言えないし、むしろ暴力で何事をも解決しようとしていたという節があるので、どうこうと口を出す事は出来ない。そういうものなのだろう。
……当時の、荒んでいたなどと形容する言葉が生温く思えるようなあのスラム時代と同等の考えをしている同年代が「普通」というのは、何とも笑えてくる話じゃないか。
私の苦しみなどその程度だ、とでも言いたいのだろうか。
……考えすぎか。
ああ、ひとまずは考えすぎの域だろう。忘れられるかはさておき、一度目を背けておこう。
さあ、気を取り直して。
ここらで一度区切りを入れよう。
最後は目の前の彼女。
「なら、これはどうだ!? 君にいくつか新技術を見せよう! 実用例ももちろん出して見せようか! どのように駆動して変形や射出をしているのかについても一から説明しようとも! どうかな、一度考え直してはみないかい?」
「結構、発表会の際にどうぞ形にしていただければと願います」
「う〜ん、身持ちが硬すぎるんじゃないかいレイ監査員は!」
白石ウタハ。紫がかった髪色をしている、良い色合いの髪を垂らした先輩方。
私の一つ上にあたり、極めて優れた頭脳で今後の展望には中々用途が見込めないような物を制作するイカレポンチ二号である。
繰り返す。イカレポンチ二号である。
……風評被害でも何でもなく、私にとっては常識外れの人間だ。
お前も十二分に常識外れだろうという反論はひとまず懐に納めていただきたい。
では問うけれども、それなら誰が付けようと思って透明の下着を着用したがるのだ。生地が透明なだけの下着など実質野ざらしも同然じゃないか。「合法的に露出が出来る」だのとほざくんじゃないぞ戯言を。
一体全体誰が面白いと思って椅子に機銃を付けてキャッキャと喜ぶのだ。それで喜ぶのは、そんなよく分からないマルチ機能を取ってつけた面妖な変態技術者だけだ。「そこにロマンがあるから」ではまず許されるべきでは無い。
はたして誰が好き好んで銃にタバスコなりケチャップなりマスタードなりを仕込もうとするのか。気でも狂っているのか。
土台バカバカしいじゃないか、食べ物をお遊びのように扱うなど。食べ物の無駄遣い極まりない。一つあるだけでも飢えを凌ぐには十分なものを単なる面白機能扱いなどとは!
……失礼。
ともかく、かの制作班のような脳みそ──ハンマーに炉を付け加えたり、直剣を鞘を兼ねた刃によって大剣に切り替えさせたり、槍に散弾銃を仕込むような究極のロマン狂集団──と同等な考え方をしているのが、目の前のエンジニア部に所属している「白石ウタハ」という人物であった。
「ともかく、レイには何度も説明した通り、あの子たちは君も認める立派な製作物たちだ。そうだろう?」
「そうですがね、白石さん。貴女も既知である通り、ただロマンばかりでは立ち行かない事もある訳ですよ。可能であれば実用的なものも手掛けていただけると、予算も捻出させるよう提言も出来るのですがね」
「けれども、それ以上にロマンは必要だと思わないかい? ただ実用だけを認めたって仕方ない、遊びが無くっては!」
「はいはい、それもまたロマンとやらですね。それでも限度は見極めて下さいよ、注意せざるを得なくなるのですから。ええ、過去に材料費も弾薬費も消耗時の修繕の困難具合も、まるで一切考慮出来なかった間抜け共がおりますのでね」
──事実、過去に『水銀の杭と火薬使ってぇ! 亡霊ぶっ殺した方が速ぇよなぁ!』などとほざいて制作したバカ共がいる。それも幾人かが共謀し、それに工房全員が悪ノリしたのだからタチが悪い。
そう多くは割けない工房への予算をほぼ全投入して、少量生産の火薬を一発ごとにふんだんに使い、盛大に私の血液入り水銀を大量に消費した(いくらか使い回しが出来るが)杭である。
その時ばかりは、こいつらの首でも
ヒンドリーのクズや畜生共と比べればはるかに程度は低いチャチなものだが、それでもたかが一個人に対して凶暴を露呈させかけた事は中々に無かったので、よく記憶している。
現在では私の手元に寄せており、現物もミレニアム・サイエンススクールの方に移してある。しかし、これをハッキリ言ってしまえば使い道が無い状態にあるのも、また事実であった。
「わあ、遠い目だ」
「失礼。ともかく、予算については真剣に考えていただかれないと、私からも擁護のしようも出来ない訳です。どうかご了承していただければと存じます」
「しかし、なんだかんだと言ってポケットマネーを出してくれるだろう?」
「……あのですね、白石ウタハさん。私は貴女の技術力を買っていますし、私の方が年齢では若造です。先輩と後輩の関係ですね。だから好きにやろうがロマンを追求しようが、それが最終的に利益になるならどうだって良い訳です。しかしですね白石ウタハさん、私とてそう多くは一個人に対して出資や投資ばかりはしていられない訳ですよ。それも結果に繋がるまでがどうなら時間が必要なお方には
「悪かった! 今のは軽率だった! だからその青筋の入った拳を一度下ろそうじゃないか!」
──白石ウタハの言う通り、私は訳あってポケットマネーから開発費を、全額とは言わずともかなりの金額を支払っている。決して安くは無いものの、邸宅を改善するための必要経費と割り切っている。
というのも、今から数ヶ月は前にエンジニア部へと赴いた所──当時は常識など更にわからなかったのでユウカに連れられて──、落雷から電気を抽出するという仕掛けの発電機を発見したからだった。
邸宅の立つ場所は、雨の降らない日は
つまりはこの発電機は邸宅の置かれている環境下にすこぶる適していた代物であったのだ。
『落雷で発電出来るってさ、……ロマンじゃない?』と言っていた当時のウタハから言い値で買い取り──そこまで高値では無かった──、邸宅に設置する事を考えついたという事だ。
……結局使えなかったが。件の「現代的な機器は邸宅内では使用不可」の判定に、この発電機も引っかかってしまったからだ。
というより、これを持ち込んだその日に伝えられた。
道理でうんともすんとも言わず、いくら叩いても沈黙を晒す訳である。
許せぬぞ、邸宅環境め。というより、今まで黙っていた研究狂いの集団め。
……まあ、さりとて一度支援したものを打ち切るのも心象に悪いように思われる。
そのため、現状ではあくまでも「
何? 現状が『ロマン』の煮凝りばかりで費用対効果に見合っていない?
黙らっしゃいな節穴め。わざわざ議論せずとも分かっているだろうに、こんなのでも技術力については折り紙付きの実力だ。後は気まぐれがいい具合に実用方面に傾いてくれるのなら言う事などないのである。
……問題はそれがどこまでも途方で、例えて言うなら「聖園ミカが私を悪魔とみなさない」くらいには無理がある事なだけだ。
つまりはほとんど実現しないという意味に尽きる。
笑えるな。いいや、笑えない。
私は深くため息を吐く。自らの焦燥具合と己の不甲斐なさ、邸宅の改革の停滞具合にである。
断じて、彼女の自由奔放さに辟易した訳では無い。
「……まあ、結局は私が目を付けたのもありますからね。今更気分が変わったと抜かして打ち切りませんよ。無理にやれなどと無理難題は言いませんので、気の向いた時にでも手を付けてもらえると助かります」
「無論、わかってるよ。さすがに期待が肩に乗せられているんだ、その期待を裏切る真似なんて到底するつもりも無い。その点は安心してほしい。まあさて、ところでね──!」
「謹んでご辞退させていただきます」
「何も言ってないじゃないか!?」
何も言っていないとは弁護しているが、言いたい事など大体分かる。
白石ウタハは妙に諦めの悪い人物である。セミナーに加入して鞍替えをするつもりは無いと公言した今になっても、彼女は未だ熱心に勧誘を続けている。
彼女の口に言わせてみれば「潔いのなら、今頃ロマンなんて追い求めちゃいない」との事だったが、それにしたって執着的だ。
今回もおよそ「体験入部でもしてもらえないかな、いいや遠慮は結構、リオ会長については私から説き伏せておこう!」などとのたまうつもりだったろう。
無論お断りだし、第一セミナーは公平性の観点から、他の部活動との掛け持ちを推奨されていない。
予算を握っている存在が一部活動に籍を置いている状態など、とんだ贔屓目が生じてしまう事くらいはボンクラの己にも理解出来る。
「じゃあ何ですか、勧誘か開発資金の増額以外でなんとか言ってみて下さいよ」
「ス、スポンサーは無理難題をおっしゃる……」
「これの何が無理難題ですか、ええ? 私はただ2つを制限しただけですよ、それも簡単なのを。これを無理難題と言われてはなんでも無理難題でしょうに」
深くため息を吐く。今度は彼女の執着具合にである。
断じて彼女の殊勝な態度そのものについてでは無い。
……と、ため息の連動してふとセミナーの会長から言い含められていた事を思い出した。
すなわち、予算を確定させるための成果物の監査である。
……贔屓目に見ても、やはり彼女たちの制作した品物は、基本的に「ロマン」を全面に押し出した賛否両論の分かれる、オブラートに包めば使い所が限られる傾向にある──身も蓋も無く言うなら実用性に欠けているか一面に製品の命を賭けすぎている狂気の沙汰。
これを私が機会の平等をのたまう「邸宅の主」としてでは無く、努力の公平性を謳う「監査員」としての視点で見れば、どうだろう。
まず間違いなく評価点は『F』であろう。反論を受け付けないタイプの評価点になる。
さりとて、彼女たちの予算が減る事は、邸宅の改革がより遅れていく事にも直結する訳だ。
私にとってのミレニアムは「技術の結集所」であって、それ以上の価値もそれ以下の価値も無い。ジョウゼフ様の無き現在、一番に立つのは邸宅であり、その次にそこで住まう人々。三に管理区の人々であり、四番になるのはミレニアム。
その程度の価値なのだ。
第一、他も好き勝手やっておいて──ユウカはダダ甘監査と金銭の投資、調月リオは怪しい金銭の動き──、私は許されぬなど不公平ではあるまいか。
…………よって、私はセミナーの身でありながらも──そして非常に気が進まないものの、外法に手を染める事にした。
「さて、白石さん。明日から本格的に予算を確定するための監査が始まる訳ですが、どうでしょう? 早めに終わらせて、万全の予算を確保しておきたいとは思いませんか?」
「それはもちろんだけれども、……しかし、どうやって話を通すつもりなんだい?」
「それは当然、巧言令色と甘言、有り体に抜かせば持ち上げですとも。合理主義者らしいかの調月リオさんが容易く持ち上げられるかは分かりませんし、それには貴女方が多少なりとも真面目に制作した物が無ければ話は別になりますが、……ふむ、以前私が頼んでおいた代物は出来ていますか?」
「それは、もちろんだけど、……ああ、なるほど。君も中々に悪だねえ?」
口悪く変換すれば、賄賂である。
私が予め支持しておいたものをエンジニア部の作品として評価し、万全の予算を得る。
私に一見利が無いように見えるが、実の所ではより大きな利益がある。
──ただより高いものは無い。
よく聞く言葉であり、しかし私が「タダ」と宣伝するものに気を張るに値する理由である。
理由の無い好意、ワケの分からない施し、無料で貰った物。
こういうもののお礼には品物がいる。品物がいると言う事は、相応の価値が必要である。そうでなければ、相手の多少の無茶にも答えねばならなくなる。
なるほど、この段階で「相手への考慮」と「金銭の支出」、場合によっては「精神的・肉体的疲労」も重なるので、この段階で
そうなのだから、私はこの申し出をしておいた訳である。「ただより高いものは無い」の悪用だ。
つくづく私は意地汚いなと自らを嘲笑しながらも、いい具合になっているようにと、到底叶いそうも無い願いをしておいた。
「まあ、まあ、……こうなるとは思っていましたけどね……」
後日、私は頭痛の響く頭を片手で抱えながら嘆いた。予想こそしていたものの、やはり彼女たちは自分の特色を入れずにはものを作れない、工房のような思想をしていた奴らであったからだった。
今目の前にある監査用の代物は、贔屓目に見ても無駄のある機能が多く備え付けられていた。
言いたい事は山ほどあるが、まずは一つ。
「自爆装置要ります?」
「要るね」
「なぜですか?」
「『ロマン』があるだろう?」
「そこで拡張性を逼迫するだけの機能をぶっ込んで何になるんです?」
自爆装置。
自爆、というすこぶる分かりやすい名称のある通り、彼女たちの制作したそれには爆薬が詰められている。
まず必要になる場面など到底訪れるのであろうか。誤って暴発、例えば熱や衝撃で爆発してくれたものならどうしてくれるものか。
「ちなみに爆薬はC-4だから暴発は気にしなくても済むよ」
「やかましい」
その爆薬が火に入れようが衝撃を与えようが爆発しないのは知っているので、今は聞かれた事だけ言っていただきたいものである。
さておき、二つ。
「ブルートゥースを付ける意義はありますか?」
「あるとも」
「なぜです?」
「便利じゃないか!」
「それで乗っ取られて爆破される可能性があったら敵にとっても便利な代物になりますね」
ブルートゥース。遠隔操作の出来る機能である。
それ単体であればさしたる問題にはなり得なかっただろう。白石の言う通り、便利な代物で終わったであろう。
問題は自爆機能である。これのお陰で*邸宅スラング*みたいな噛み合わせの良さ──想定する被害で言えば悪いのだが──を発揮してしまっている。
一見は日常家電に見えるものに偽装し、油断したところを遠隔操作でボカン。なるほど、侵入者の迎撃には最適だ。そんな想定をする事自体がバカバカしい事以外は。
最後にしよう。
「わざわざ形状を変形させる機構を取り入れる意義も理由もあります?」
「おっと変形するってのを『ロマンに欠けている』などとは、いくら監査員相手でも抗議をする必要が生じるぞ」
「……質問を変えましょう。この仕掛けを入れるにあたって、拡張性は犠牲になりましたか?」
「……世の中には欠陥を運用でカバーするという手法があってだね……」
「大きく犠牲になったんですね?」
「……ハイ」
変形機構。
これそのものについてはノーコメントの姿勢を取ろう。私が口出しするには理解が浅すぎる。何を言うにしろバカの猿知恵に終わるだろう。
しかし、聞いて驚くがいい。この紹介された機能が付けられているのはオイルヒーターである。
繰り返す。
オイルヒーターである。
いやはや、一周回って感心したものだ。たかだかオイルヒーター如きでこんなにもキ、では無く頭のおか、でもなく、素晴らしく笑えるものをこんなものを納品された暁には、きっと依頼者も拍手をしながら賞賛するに違いない。青筋を伴いながらだが。
無駄に洗練された無駄の無い無駄な変形を目にして、もはや呆れる他に無かった私は呻き声混じりに言う。
「……もう少し面白いと思えるようなものでも依頼しておけばよかったですね。例えば大砲、無反動砲、……そうですね、他に思いつくのはロボットであったりとか」
「そこでロボットなり大砲なりが出てくるのは立派なロマンチストだよ、さあここに書類が──」
「拳がお好きで? それとも脚?」
「ミレニアムジョーク! ディスイズミレニアムジョーク!」
ウタハの言葉に握り締めた拳を弛めつつ、一体どうやって予算を決定する側に説明するかと憂う。
同じ事を繰り返すが、彼女の予算が減るという事は、私の資金が減るも同意義である。
第一、開発の支援とは体良く言っているが、実情は単なる賄賂と並べてもいい。
当然であろう。彼女の技術に目を付け、ある程度こちらの便宜を図ってもらえるよう、金銭の暴力で操作する。実態はほとんどウタハ側が得をする取引であるとはいえ、これを賄賂と言わずしてなんと表現出来ようか。
セミナーを介さずに使用させている金であり、それに手をつける数が増えるというのは「予算が少ないのに開発が進むなんておかしい」と訝しまれる可能性が上がるという事になる。
一に予算、二に彼女の自腹であり、私の資金はあくまでも最終手段として見なしてもらわないと困るのだ。
そんな事を思い悩みつつ、ふと目を逸らし。
「……なんです、あれ?」
目に入れたものを見て、思わず呟いた。
外見はさながら
「あれかい? ……まあ、今はここを停学している先輩の手掛けた物だ。少し、というには癖が強くってね。血液を硬質化して武器に転用する、なんて発想で開発されたは良いんだが……」
私の独り言に反応したウタハが解説を交えた。
「……失敗、したと?」
「いや、むしろ成功させた。ただ、倫理の方で問題になったんだ。本人はこれをロマンと言っていたが、大多数はロマンとは言えない、残すべきでは無いものだとして反対した。その結果、激昂した先輩はミレニアム内で大暴れして停学、なんて訳だ」
「……使い方はわかりますか?」
「試すつもりかい? ……あまりオススメはしないよ?」
「試さなければわかりやしないでしょう?」
そう答えれば、白石ウタハにしては珍しく呆れた顔を浮かべながら、使い方を教え始めた。
私は言われた通りに中心部を握る。鈍い痛みと共に、刃が手のひらを切ったような感覚と共に、血が流れる感覚がした。
さすれば、円の部分にかすかに真紅の結晶が芽生えた。ルビーのように光を反射していながらも、嗅ぎ慣れた鉄のような臭いもある。純粋な結晶ではないとわかりながらも、確かに血を硬質化させる技術であると理解できた。
ほのかに口角が上がる感覚を覚える。
これだ。これがあれば、亡霊狩りをより効率的に出来るやもしれない。
「言い値で買いましょう」
「これを? 本気かい?」
「本気ですよ。ロマンとまでは言いませんし、危険である事も認めますが、そんなものは貴方の言う通り運用で補えばいい。さらに言えば、私の育ち故郷ではすこぶる有用ですので。それで、いくらほどですか?」
「これは、……正直お金は取れないし、取りたくない。いわく付きのものをお金を払わせるなんてロマン的で無いんだ。出来ることなら、譲る形にしておきたいが……」
眉間にシワを寄せた私の顔を見て、白石ウタハは口を噤む。
「それなら、交換条件ってことにしようか。それならお互いに借りを作らないだろうから、そっちの方がいいはずだ」
「まあ、そうでしょう。では、私はそれを手に入れる代わりに、白石さんは何を望みますか?」
「…………色々と考えたけれども、……思いつくなら、レイが持っている望遠鏡についてかな」
と、件の望遠鏡──
「ほら、あの望遠鏡は時折覗き見ている時があるけれど、空や遠くを見る訳でも無いように、それこそ目の前が壁であっても見ることがあるじゃないか。何が写っているのか見せてほしいと頼んでも、見せてはくれない。それなら、せめて何かしらのヒントくらい与えてほしいな、なんてね」
「……まあ、まあ、良いでしょう。今の私は気分がいいですし、等価交換としては破格も破格。もう少し上乗せをしたって安上がりなくらいではありますが──」
気分が良いとはいえ、それでも少しばかり渋味を食ったような感覚を覚えながら口を開く。
「ただ、驚かないでくださいね。実践した方が早いのでそっちを選ぶのですけど、見た目も口調もかなり変わりますから」
そう忠告して起きながら窓を覗き、一つの覚悟を固めた。
そうでなければ、私は塗りつぶされるかもしれないからだ。
──そうさ、然りとも。儂は塗り替えられるやも知れぬからだ。
衣は変わっている。深緑の軍服に身を包み、頭には同色かつ金糸で紋章の縫い付けられた三角帽を被る。
これこそが、「白鯨」への復讐に身をやつした船長の、そしてかの時より一つも変わらぬ姿。
カツと左脚の銃口を鳴らし、眼を開いた目の前の女を見下ろす。儂の背丈はもとよりこんなものであろう──違う、背丈は先程よりも頭一つ高くなっている。
だから、目の前の小娘──違う、白石ウタハが小さく見える。
「ハッ! 言ったろうさ、決して驚くでないとな! なんだ、それすらも忘れたのか!?」
「……い、いや。変わるとは言ったけれど、そこまでとは思わなかったし、……それに、演技かい、それ?」
「まさか! これこそが儂の姿、忌々しい白鯨を狩る鋭き銛! 『白鯨』を狩るために生きる、今や沈んだピークォド号の船長である!」
叫びたてながら、やはり狩らねばならぬと決意する。
狩らねばならぬ。あの「白鯨」を。儂の左脚を食いちぎり、船員と船を沈めたあの鯨を必ずや銛で仕留めねばならぬ!
全ては正義のために、そして悪の結晶であり、秩序を乱すあの鯨を仕留め、復讐を果たさねばならぬのだ! そして、そして──!
…………なんのために、認められるのか? 今や、
不意によぎったその考えは、復讐に身を焼こうとする己の脳を冷めさせるのに十分であった。
冷めた眼で望遠鏡を再び覗き見、──そして、戻る。邸宅の主である、今の私に。
船長を被ったせいか、喉が若干痛む。
「──ハア。まあ、これがおおよその機能です。あの時に演技をしたつもりなんてありませんし、貴女の思うようなホログラムなど一つも搭載されてやいません。これで結構ですか?」
「…………凄いじゃないかっ!」
と、その大声で一瞬よろめいた。
「ホログラムなど無い、そして演技でもない、それなら一瞬の平行世界の観測をしてそれをここに実在させられるとも言える訳だ、しかしそれならその望遠鏡には私ではまだ遠くに及ばない卓越された技術がしこまれている、それがどれだけロマンであることか、それがどれだけロマンを実現している代物か! 平行世界を観測できるなんてとてつもないロマンじゃないか、それをここに現す事が出来るなんて素晴らしいロマンじゃないか! まず平行世界の観測というのは千年問題における課題の一つでもあってね──」
「待ちましょうウタハ、おち、落ち着いて! 落ち着け!」
こうして、ウタハによる技術者特有の説明癖は数十分に及んだ。今思えば、最も過激な可能性の自分を見せなければ良かったと反省している。