嵐の吹き荒れる丘より。   作:■■■■■

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自分を追い詰めるために前書きしておきます
二日以内に必ず次を投稿します、出来なかったら桜か樫の木の下にでも埋めておいてください。


五話 セミナー内部で度々行われている夜会とその際の会話内容について

「そういえば、レイって時間が空いてる時はどうしてるの?」

 

 そんなことをユウカに聞かれ、私は首を傾げた。

 夜も深け込んだこの時間帯に、しかもつまらない書類作業中である今に聞く意味がわからなかったからだ。

 私は算盤(そろばん)を弾く手(昔から算盤を使っているのもあって、こちらの方がより手に馴染んでいる)を止め、顔を上げる。

 

「なぜ聞くんです、そんな事?」

「ほら、今って忙しいし、こんな話でもしてないと体に疲れが回って寝ちゃいそうだから」

 

 そう言っているユウカの言葉は、確かにそうだなと頷かされる事であった。

 セミナーというのは、常から忙しい所である。一般的な生徒会の役目──学園の運営や各部活への給料の支払い、地区内で生じた問題への対処と再発防止策の提案など──の他にも、各部活への開発予算の配分や千年難題への対応(進む事は滅多に無いそうだ)、企業や他の学園、ミレニアム内の部活動に対する補填と弁償──前者はおおむねC&C、後者は一般生徒の暴走が由来だ──などをこなす必要性がある。

 そのため、仕事というのがかなり遅くの時間帯まで終わらない。「セミナーに入ったらセミナー室が実家になる」なんて言葉がミレニアム内では流行している通り(あきらかに(からか)いの意味だろうが)、それほどまでの労働量が平常運転なのである。

 元より寝る時間が遅く、不眠のきらいがある私にとっては一時間ズレこもうが二時間ズレこもうがどの道代わり映えのしないような体調具合ではあったものの、不眠やショートスリーパー、夜型人間でありそうな様子などまるきり見えない早瀬ユウカ、生塩ノアにとっては辛かろうと判断できる事柄であった。

 それならばと少しばかり考え込む姿勢を入れてから、私は回答する。

 

「私はよく本を読んでいますね。近頃では『西部戦線異状なし』や『武器よさらば』であったり、『あらし』や『夏の夜の夢』といった台本形式のものを。今も鞄の中にしまってありますよ」

「……うん、なんだか想像通りね。ロッキングチェアに腰掛けながら、丸眼鏡を付けて読んでそうなイメージあるもの」

「丸眼鏡までは無いですけど、ロッキングチェアなら」

「……あるんだ」

「ありますよ。楽な姿勢のほうがいいでしょう?」

 

 私は手に取ったコーヒー(最近では深夜帯のお供になっている。サフランティーも欠かせないが)を片手に持ち、半ば無意識に脚を組みながらユウカの話に付き合う。そろそろ目の前の金額の動きを追うのに疲労感が込み上げてきた頃合なので、気を少し楽にしておきたかったのだ。

 

「なんなら聖書だってありますよ、新約聖書」

「へーえ、聖書。……聖書っ!?」

「信仰心があると言われれば否定しますけど。読み物として見れば案外面白いですよ。説教と考えれば途端に破り捨てて暖炉の火に焚べたくなるだけで」

 

 拾われたばかりの頃を思い出し、眉間が狭まる感覚を覚える。

 あの下人はとかく好かない野郎だった。

 何かに付けて私の事を蔑み、あるいは馬鹿にしている生物嫌い。何かにつけて因縁を付ける際は聖書の言葉につけてベラベラと皮肉っていた。

 当然私もソイツが気に食わないし、あの阿呆も私の事が気に入らない。気に食わない同士、あちらは出会う度に聖書の言葉を引用して皮肉り、私はありとあらゆるスラングと下賎な揶揄でその下人を罵る。

 死に際にはどうか精一杯苦しんでもらいたいものだ。具体的にはトリカブトの毒を食って数時間苦しんでほしい。

 こういう私情についてはさておき、前述の理由もあって、聖書の説教を聞くのはすこぶる気に食わない事の一つに入る。何せ聞き飽きているし、大抵は隣人愛だの非暴力主義だのと実現出来やしない事をくっちゃべっているだけの、無益も同然な時間だからである。

 そんな事をするならゴミ漁りでもしていた方がより有益というものだ。

 いや、食えるものが偶然見つかる可能性があるだけゴミの方がよほど価値があるだろう。聖書の紙など食えもしなけりゃ知恵にもならない紙切れだ。道徳など暴力社会で生きていた人間にとって鼻で笑われるものである。

 そもこのキヴォトスの環境を見れば、非暴力主義も博愛精神とやらも、豚に食わせる代物だ。役に立たないなんてものではない。

 こんな所で聖書の通りに右頬を打たれてから左頬を差し出してみろ、左頬を打たれて腹を殴られ、鼻面をへし折られて脚骨を割られるのが目に見えている。

 結局の所、押し付けてくる暴力には、より強くより理不尽で、より不必要な暴力で黙らせるのが最適解というものだ。

 

「レイ、眉が狭まってるわよ」

「眉、……おっと、失礼。聖書に関連して気に食わない奴を思い出しただけですので。……まあ、何。もしも聖書によれば云々と抜かしていた下人がいたなら、ソイツは記憶する価値の無いカスなので忘れておいて良いですよ」

「カスって、言い方……」

「事実なので」

 

 そんな下人の事について強めに言い含めておいてから、右手のコーヒーに口を付ける。砂糖やコーヒーフレッシュのような甘味料を入れず、ミルクでも割らなかったお湯割りのそれは、おそらく風味やコクといったのがあるだろう苦味が味覚を刺激し、よくわからない香りが鼻をくすぐる。

 最近始めたコーヒー趣味だが、未だに味についてはよく分からないままであった。

 

 ──さて、話題は大きくずれ込む事になるが、邸宅における食事について語ろう。

 邸宅では基本的に日々の業務──清掃や亡霊狩り──や客への接待、招かれざる客の排除の排除と、成すべき事柄が多いというのもあって、食事行為についてはかなり簡素なものだ。食事に重きを置いていない、という言い方になるだろう。

 朝にベーコンエッグを乗せたパンを齧り、昼に野菜を多く混ぜて煮たシチューを啜り、夜に豆の煮物と一緒に野菜スープを食う。

 代わりにティータイムに力を入れてはいるものの、三食の時間ではこれを毎日続けており、ハッキリ言って食事を単なる腹満たしか栄養摂取の時間としてしか認識していない。かく言う私もその一員であったし、(ここにわざわざ来た物好きは省くとして)そこにいる彼ら彼女らもその認識に代わりは無いはずだ。

 そのような食事メニューが変わる日はクリスマスやイースターのような時期くらいである。無論大きく変わる訳では無く、クリスマスでは昼の食事に鮭のムニエルが、夜にはスターゲイジーパイ(見た目は悪いが味は良い)が出る程度。イースターもライ麦スープが出されるくらいだ。

 私自身はこれを「ゴミや残飯を漁って無理やり飲み下すような生活より何千倍何万倍何億倍も良いものでは?」と思っていたし、事実この食事では一度も体調を崩していなかったのだが、キヴォトス在住の人間たちからすれば地獄のような食生活らしい。

 外ではピザやうどんやラーメンやカレー、カツ丼にパスタにハンバーガー、その他もろもろエトセトラエトセトラと、食事のレパートリーというものがすこぶる多い。引くほど多い。

 そういうものがあると以前から知ってはいたものの、それらが幾つも幾つも立ち並んでいるような、決して珍しくとも何ともないものだと知った時には愕然(がくぜん)としたのを覚えている。あの時喉から手が出るほど欲しがった美味しいものが何個も目の前にあるというのは、筆舌に尽くし難い複雑な思いを感じた。

 ……その結果が飽食による食べ物の破棄というのは、冷笑の一つでもふりかけてやりたくなる話だ。

 ともかく、そのような彼女らにとって、このルーティンは信じられないものであるらしい。

 

「全く関係無い事を唐突に聞きますけれど、私の過去の食生活を聞いた時ってどう思いました?」

「本当に唐突ね。まあ、答えるなら、……とてつもないくらいに合理的というか、変わらない安心感というか……」

「ハッキリ言っても結構」

「それならありがたく乗っかるけれど、いつか飽きちゃいそうだなって思った。最初に食べた時、確かに味は良かったけど、味付けは自分任せだし、これが毎日続くのは嫌だなって感じちゃったわね」

「……まあ、そうですよね」

 

 その返答に若干気を落とす。

 言葉をかなり濁しやすく、ハッキリ言うにしても甘ちゃんな態度を取るユウカでさえ中々な物言いである通り、一般人ならやる気の死にかねない生活であるそうだ。

 無論、味付けの薄い──というかほとんど味付けをせずに食べていた私にとっては、キヴォトスの街で食べる食事は脳に揺さぶってくるほどに味が濃く、慣れようとはしているがまだ慣れきっていない。今日も今日とて野菜スープが身に染みる。

 ちなんで言うと、私は一度食生活に気を使わない生活として邸宅式を普及しようとしたのだが、尽く完敗の結果に終わった。

 ユウカやノアは当然の事、小鈎ハレからは「心が死にそうだから絶対にやりたくない」、C&Cの一同からは一様に「好きな物を食べられないなんて心に悪い」、挙句の果てには食生活が底を叩く寸前だと噂の立っている白石ウタハにすら「そんな気分の落ち込みそうな食生活は人としての尊厳をギリギリ保っているだけの苦行では?(意訳)」という、あんまりにもいわれの無い理由で断られた。

 ……あんまりじゃないか。

 

 とまあ長々と言い連ねてきたものの、要するに私がコーヒーの味がよく分からない事への言い訳である。

 巷ではコーヒー豆を評価する際に「香り高い」「酸味がある」「コクが強い」「風味がある」と意識しているらしいのだが、私にはとんとわからない。

 最近では素人ながらもコーヒー豆の吟味をするようになったのだが、どうやら舌が素人であるらしく、細かい味というのはわからなかった。ブルーマウンテンだのキリマンジャロだのハワイコナだの、果てはカペ・アラミドやブラックアイボリーと名付けられた高級品を試してみたが、どれも同じ味にしか感じなかったのだ。

 どうやら昔に雑味とエグ味以外には何もかもが底辺のゴミばかりを食っていたせいで、味覚の機能が死滅しているように考えられる。そのせいで大雑把な味しか感じられないように思われ、また邸宅式による無味寸前の食育もあわさったのだろうか。細かい味はわからないのに濃い味付けのものは胃や舌が受け付けないという状態になっているように思えて仕方がない。

 現在は適当なものを買ってはそれを挽いての繰り返しである。本当になんでもいいので、安物や高級品問わず目に付いたものを適当に挽いている次第だ。なんならインスタントコーヒーでも構わない始末である。

 まあ、こんなスタンスでも案外受け入れられているのだから、ミレニアムの懐というのは深すぎる。人の食生活にはとやかく言われないというのが、それなりに心地好い。

 

 そういう事を、ユウカが密かにカップ麺(インスタントラーメンだ)を取り出していたのを眺めつつ思う。こんな時間帯に何かしらを胃に入れるとは、中々に食欲が旺盛じゃないか。

 

「……何よ?」

「何も? 別にこんな時間帯にカップ麺を食べるのか、なんて思っちゃいませんよ」

「ほぼ言ってるじゃないそれ。別に良いでしょ、べ・つ・に! ちょっと小腹が空いただけだから!」

「へえ、そうですか。そうするならちゃんと食べ切って下さいよ。食べきれないといって捨てられるのが、私にとっては一番虫酸の走る行為なので」

 

 気持ち強めに忠告しながら、私は口を付けたマグカップを傾ける。深煎りのおかげか、濃い苦味が私の死滅寸前に思える味蕾をガンと殴り付ける。これで十全に機能してくれるようになるのなら御の字だが、それなら今頃は何を食べても首を傾げるような真似はしない訳である。

 私は若干項垂れたくなった。

 

 と、ガラリ。扉の開く音が聞こえた。私は項垂れたい気を一旦切り離し、扉の方に意識を向ける。

 

「ただいま戻りました〜。ユウカちゃんはいつもので、レイちゃんはコーヒー類であれば何でも良かったんですよね?」

「おかえり〜、そしてありがとうね、ノア。いつもの場所にしまってておいてもらえる?」

「おかえりなさい、ノアさん。私のもコーヒーのセットが鎮座してある所の近場に置いてもらえればと」

「わかりました、いつもの場所ですね」

 

 先程まで外へ買い出しに行っていたノアが帰ってきた。右手には破れ目のない白のビニールの手提げ袋があり、いくつかの角張った膨らみが見て取れた。

 

 さて、先程も伝えた通り、セミナーという環境はどこまでもやらねばならない事に追い立てられる環境であるために、夜も深けても(なお)も仕事に注力せねばならないというのが常態化している。

 夜になって背後を伝ってくる眠気と格闘しながら頭を使う作業をしているその影響でか、人間の言う、「小腹が空く」事がよくあるそうだ。しっかりと食べておきたいと思わせる食欲では無く、かと言って続けているにしても空腹感で若干煩わしいという状態らしい。

 その時に夜食──その細かな空腹感を満たす食事──という小さな罪に手を出してしまうらしい。

 なので、夜食という一種の食文化に身を預けている人がそれなりに、……かなり、……いや、そうだな。

 ほとんどだ。全員と断言するのは憚られるのでそうしなかったが、現状では夜食の文化を享受していない人間は一人もいない。

 現会長もそうであれば、次代セミナー会長と名高い調月リオも同様。ノアやユウカは前述の通りであり、その他のセミナー所属者達も口を付けているのを目にする事がある。

 セミナーの入っている室内に、小さな冷蔵庫と増設された雰囲気を感じ取らせる棚が見えるだろう。あれが夜食の管理場所だ。冷蔵庫にはヨーグルト、りんご、ゼリー類といった保存期間の短めなものが、棚には即席麺や即席味噌汁、ナッツ類といった乾物が入っている。

 かく言う私もコーヒー単体とつまらないものではあるものの、世間ではコーヒーの一杯で朝食をさっさと済ませるなんて事例もあるそうだ。

 そう考えてみると、コーヒーも一種の夜食とは言えるのでは無いだろうか。

 ……いや、どうだろう。少しばかり飛躍しすぎた詭弁かもしれない。「夜食」の中に「食」と書いている以上、飲んでいるにしても、何かしらは食べているべきであろうか? コーヒーだけを飲むのはただの「飲」ではなかろうか?

 まあ、ともかく。

 要点だけで言うなら、セミナー内での夜食はそう珍しくはないというだけの話である。

 

「ああ、ノア! ちょっと待ってて! 今お湯入れてるから!」

「もちろんです、私たちはそう急かしませんよ?」

「……」

「何ですか?」

「何も?」

 

 そう言っては、人にもよるが急かしているようにも聞こえるのではなかろうか。そうとは思ったが決して言うまいと飲み下し、なんでもないように振る舞う。ノアの事だ、およそ言いたい事などわかってはいるだろうが、言わぬが花とはこの事だ。

 ノアから密かに目を逸らしていると、ふと話しかけられた。件の人物こと、ノアからだ。

 

「ところで、さっきまではどのような話をしてました?」

「最初に趣味を、次に食べ物についてを。趣味は私が読書だと答えて、食べ物については邸宅の昼食についてですね」

「読書が趣味、……その中には詩も入ってますか?」

「……まあ、入ってますが、それが?」

「実を言うと、私、詩を書いていまして」

へえ、そうですか!

「声、上ずってますよ」

 

 自己でもやや食い気味に感じられるくらいに食い付いた。まさかここまでの反応をするとは自分でも思わず、その直後に「失礼しました」と、立ち上がりかけていた身体を椅子に収める。

 

 いやしかし、そうとはいえ、邸宅内の図書室にある本を粗方読み終えた私にとっては、広大な砂漠の中に見つけたオアシスも同然なのだ。

 例えば『ドン・キホーテ物語』。『リア王』。『ペスト』。これらを読書し、堪能し、その上で次を求める私には、図書室に備え付けられた小説たちでは到底足りなかった。途中からはゲマトリア手製の特殊な機構であるらしい「エジソン蓄音機」によってオペラを聴く事も出来るようになっていたが、現状では『魔弾の射手』一つだけと、いっそ笑えるくらいにバリエーションに乏しい現状である。

 元々「推定される神秘の元の有り様を理解する事によって増幅させる」だか「神秘の反響によってうんぬんかんぬん(後半から興味を無くした)」という理由で制作されたらしいのだが、それにしたって一種類だけというのはすこぶるつまらない訳だ。

 本とて本来は「神秘を有している本人に読書させて理解を促す事でナントヤラ(細かく聴くやる気を落とした)」という目的で製本されたものらしく、元はこうやって消費するためのものでは無いらしい。

 だから何だと言うのだ。確かに可能な限り協力するという手筈ではあるものの、こちとら退屈で仕方がない。私の神秘の増幅とやらがやりたいのならもう少し分かりやすい解説を持ってきてからやれという話なのだ。同じ研究者のマエストロが出来ていた事だぞ。

 それが出来ないのなら本だけを寄越せというのだゴルコンダ。それすら出来ないのならくたばりやがれゴルコンダ。

 

 これを日々の鬱憤と共に言語化し、ノアにぶつけると、こうなる。

 

──ただですね、なんてったって図書館のものは全部読み終えたのは良いんですし、そこにあるオペラの作品も聞きました。ええ、面白いですよ? とても面白い。それは否定しない。ただ、オペラなり小説なりにしても種類が少ないんですよ。いや、小説は種類は多いですけどね、ソイツらはもう読み終えました。問題はオペラの方ですよ。一つだけですよ一つだけ! たったの一曲ってやる気あるんですか? 無いですよね!? 無けりゃあんな怠慢なんてするハズが無い! あのボンクラ文学研究者気取りめ、何が神秘だ崇高だ! 同じ言葉をコオロギみたいにほざいてばっかりいるなら地を這う虫ケラみたく潰れてくたばっちまえばいいんですよ! ペッ!

「……今度、一緒に映画館に行ったりとか、書店巡りでもしましょうか?」

…………あ、いや、その。…………失礼、というか、お恥ずかしい所をお見せしたというか、ええ、はい、……申し訳ございません……」

「いえいえ、良いですよ。普段冷静そうに見えるレイちゃんにも情熱的になれる事があるって知って、可愛らしいって思えます」

「うわ、私に可愛らしいだとかなんて反吐が出そうな表現でしょうか。あまりに気分が悪くて吐きそうだ」

「レイ〜! そういう事言うんじゃないの!」

「ったく、わかりましたよ……」

「ふふっ」

 

 とまあ、そうこうしている内に準備が終わったらしい。

 ユウカはカップ麺を、ノアは今しがた取り出したフルーツゼリーを。そして私はマグカップ入りの温くなり始めたコーヒーを。

 それぞれが夜食として食べよう、あるいは飲もうと思ったものを持ち込んだ、私たち三人によるいつもの集まりである。

 

 


 

 

 夜の深けた時間帯にセミナーを訪れる人から勘違いをされがちなのだが、私たち三人は特段学校の運営に関わるような事はしていない。

 当たり前だろう。そも目の前の積み上がった書類という現実から目を逸らすためだというのに、頭の疲れる話など誰もしたくないはずだ。しかも、一年生。

 訳あって「邸宅」を管理せねばならなくなった私とは違い、彼女たちはまだ義務や権利を背負うには早すぎる一年生である。

 なので、現状における主な話というのは、差し障りの無い世間話である。

 それは例えば、化粧品には何を使っているのかであったり、近況で夢中になっている事や物についての話であったり。あるいは勉強の調子はどうかというもの。

 数学やら倫理学やらプログラミング言語総合やらのクソ忌々しい*ミレニアムスラング*についてはさておき、化粧品の話には最近はある程度はついていけるようにもなったし、近況で夢中になっているものについても同様。

 これらから解ってもらえるように、おおむね人に障りの無いような話がメインだという事である。

 

「そういえばだけど、レイって結構な頻度で懐中時計を見たりするわよね。それって、何でかっていうのはあるの?」

「確かに、一時間に懐中時計を見る回数──一瞥した回数も含めると、約二十五回ほどですね。二分二十秒あたりに一回は見ている計算になります。それは私も気になりますね」

 

 ……しかし、その中には当然例外もある。

 例えば仕事の話を否応にでもしなければならない時もあるし、別の要因もある。

 彼女達における『柔らかい部分』──地雷とも言い換えられる──に意図せずして触れてしまう事もあれば、私の中の醜い部分を刺激され、一瞬の激昂を噛み殺して、どうにか貼り付けたような無表情で返答する事もある。

 そして今回は私の中の『柔らかい部分』──『安晶レイ』として基本的に触れられたいと思わない部分であり、そして私の劣等感の根源である『時間』について問われた。

 

 時間。

 時間か。

 ……それは、普通の人にしか与えられない特権。キヴォトスの人にしか与えられない権利。穢多非人には持つ事の許されない概念。

 私の中での解釈は──「私の考えるには」という枕詞が着くが──、時間の概念は贅沢だ。

 家族、金、友人、物、境遇。そのいずれかに、普通以上には恵まれた人達が得られる一つの視点だ。

 時間。時間など無くても、上を見れば分かる。

 ある時は苛立つほどに澄んでいる、青い、青い空が浮かんでいる。

 ある時は月明かりと星灯、その邪魔をする汚らしい電灯どもが光っている。

 ある時は赤く焼けたような、赤みの強い橙の空が見える。

 ある時は暗さを引き裂くように光が差し掛かっていく太陽が目を眩くする。

 そうして生きていける。

 ……だが、そんなものは知性の無い畜生の視点である。

 数値として物を見る事の出来ない、……獣の視点。

 

 ……言えるものでは無い。

 こんな私のものの考えは、全て僻みや嫉妬、羨望や憎悪で出来ている。醜い視点でしかものを見る事の出来ない、醜悪さに満ちた道徳観と倫理観だ。

 そんなものを、見かけだけとはいえ、友人である存在に話せるか? いいや、決して話せまい。

 だからこそ、私は散々な巧言令色を以て──嘘を吐いている様子など決して見せないよう、強く注意を払って話をする。

 

「……懐中時計は、ジョウゼフ様からの贈り物です。綺麗でしょう?」

 

 そうして、見せびらかすようにして懐中時計を取り出す。金色の懐中時計は、使い込みやそれ所以の細かな傷こそ見えるものの、輝きは依然として保っており、その様子にユウカたちは詠嘆の声を漏らしていた。

 その隙に、自分の中の醜悪さを噛み殺す。

 静まれと。嫉妬心を感じてはならないと。

 

「この時計は、私が最初に貰った、消費物としてでは無い逸品です。ユウカさんが関数電卓を肌身離さず持ち歩き、ノアさんがそのメモ帳を好んでいるのと同じ様に、私が私らしくあるための、楔のようなものです」

「そこまで言うんだ、……そのジョウゼフ? って人に会ってみたくなったかも」

「楔とまで言うだなんて、それくらい尊敬出来る人だったんですね」

 

 死んだ。もう会う事の出来ない人間だ。

 それに、お前が思う以上に、敬愛も尊敬もしていたのだ。顔を知りもしない奴が、易々と言うな。

 そう言うつもりにはなれず、曖昧に濁しながら言葉を続ける。

 

「それに、時間を気にするのは、……『普通』らしさの象徴だと思っているからです。人は時間を気にして生きている──そうでしょう?」

 

 ──私は、妬ましい。普通の人が妬ましい。

 私は普通のようには産まれる事が出来ず、普通のように生きる事も出来なかった。普通の中に混じる事も出来ず、今までの醜さのために普通に加わる事とて、これからも望めやしない。

 普通じゃない事が羨ましい。特別になってみたかった。普通の人はそう言っている。

 けれど、私にとっては、『普通』な彼女達が羨ましく、そして嫉ましい。

 日に三度の安定した食事をして、限られた貯蓄の中で好きな物を選び、時間を気にしながら生活をする。

 人間社会に生きている存在らしい生き方で、文明人らしい生の謳歌だ。

 ──それで、過去の私はどうだった?

 不安を抱きながら残飯を探す。選り好み出来ないのを我慢する。時間を気にする暇も無いままに生きる。

 思い返し、不意に自嘲の笑みを浮かべそうになる。

 そんなの、獣も同然だ。

 

 今でこそ時間を気にするよう──その様は私自らでも過剰だと思えるほど──になった。

 だがそんなのは上辺だけをなぞっただけの気にしいであり、本質的には日が落ちて、月が上がる事によって時期を悟るだけの獣に過ぎない。

 ……私の本質など、そこらの獣風情、……いや、獣畜生にも劣る存在でしかない。

 わかっているとも、わかっているとも。私は悪い意味での『特別』だ。彼女たちが指しているのは良い意味での『特別』だ。

 けれど。それでも、私は普通でありたかった。

 

 その感情を、隠している左手で強く握り締め潰す。腕が折れたような痛みも、焼き切られているような痛みも、ただの幻肢痛のようなもの。

 ありもしない。ありもしないと思えば、無いものだ。

 

「まあ、……月並みな言い方をすれば、『時は金なり』。小難しい言い回しでは『一寸の光陰軽んずべからず』。くだらない一時とて、思っているよりも重要ですよ」

「そこで私達がサボってるのを肯定するのね」

「私は神父や教師ではありませんから。それに、嫌でしょう? 説教を聞かされるのなんて」

 

 くだらない一時だって、文明人の特権だ。何かのために働くのは人の特権。何かの義務を一時的に忘れ、時間を享楽に使うのも人の特権。

 しかし、自分の本能のために何もかもの時間を使うのは、単なる畜生の仕草だ。

 私はその畜生だ。

 

 私は下手に微笑みかけるような笑顔で対応しながら、歯軋りしたくなるような嫉妬心を黙殺した。

 これだから、私は「私」が好きじゃない。

 こうして友人と話すのにも、劣等感を覚えなければいけないから。至る所にある古傷を抉られる度、醜い過去を思い出させられるから。




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