樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー   作:紫陽花の季節に会いましょう

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1章15話:北湊都の滅亡

「は?」

 

 目の前の光景が頭に入ってこない。

 何故、何故、何故?  

 ち囮、起きて、

 いやでも、首、ロープ、どこから

 汚物、ふかなきゃ

 その前に、血、いやだ、死、そんなの、待って、死ぬ? 

 しぬのはいやだ、ひとりはいやだ。

 おいて、いかないで。

 

 

 

「あ、やっと来た。ぬふふ、久しぶりだねぇ、ほの囮♡」

 

 

 

 混乱する僕の脳に、不快な声が飛び込んでくる。

 恐る恐る振り向く。病室のドアの向こう、そこには眼鏡をかけた茶髪の少女が立っていた。

 

「に、こ、ら……」

「もー。2ヶ月振りなのになんて顔してるの。ほらほら、ほの囮がボサーっとしてるから妹ちゃん、死んじゃったじゃん」

「ぁ、ぁああ……」

 

 違う、だめだ。まずはち囮をおろさないと。いや、その前にここは病院で、それなら医者を……。

 倒れ込みそうになりながら急いでナースコールを押す。だが、それを押すまでもなく医者はニコラの後ろに控えていた。感情の読めないロボットのように。

 

「あ、お医者さん……いもうと、ちかが、く、くび……はやく、たすけ……」

「無駄だよほの囮? 

 

 だって、その子を殺したの、この人だもん」

 

 残虐な笑みを浮かべるニコラ。

 今、なんと言った? 

 ころした? 

 殺した? 

 ち囮を?

 

「いやぁ、張ってた甲斐があったよねぇ。2ヶ月前に消えちゃったからどうしたのかと思ったよ。でも喫茶店にいたって言うし、ラブコメ様曰く絶対病院に来るって言ってたからね。神様の言葉は絶対だねぇ」

「なん、で……」

「夏葉に言ってたよね、その子が生きる希望なんだって。だったらさぁ、

 

 その生きる希望、壊しちゃったら、ほの囮は戻ってきてくれるかなぁって!」

 

 吐き気が止まらなかった。

 病室内に充満する汚物、死臭、唇から垂れている血の微かな匂い。だがそれらが全て僕を現実に引き戻す。助けなきゃ、助け、なきゃ。

 

「ち囮!!! やだ、いやだいやだいやだいやだ! いま、助けるから! ぼくが……!」

 

 必死になって妹を縛るロープを外そうとする。妹から生気を感じない。温もりを感じない。そんな事実から目を背けながら必死になってロープを外してち囮を抱き上げる。

 肉体から排出されたものが服にかかるが関係ない。抱き上げた体をベッドにおろして、脈をとる。……動いていない。

 必死に胸骨圧迫を行う。動かない。

 人工呼吸。死の味がする。必死になって何度も何度も行う。動かない。

 

 

 

 ーーち囮は、既に息を引き取っていた。

 

 

 

「ぁ、ぁ、まっ、て、いやだ……」

「諦めなって。大体ほの囮が悪いんだよ? 北湊都から逃げちゃうから。だから人質を殺さなきゃいけなくなっちゃった。でももう"希望"はないもんね? 諦めて駒になってくれるかな?」

 

 ナニ、イッテル? 人質? 僕の大切な家族……ぼくの、ぼく、の……。

 ベッドに横たわる妹の亡骸を見る。

 僕が逃げたから? 逃げたからち囮は死んだ。殺された。僕が見捨てた。僕が死なせた。たった1人の大切な大切な家族を、僕が、僕が、僕が、ころした。

 

 そのとき、僕の中で何かが壊れた。

 

「ぁ、ああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 発狂する。ただただ発狂する。

 声を絞り尽くし、涙を流し尽くし、それでも尚、僕にはもう立ち上がる気力は残されていなかった。

 そんな僕の様子を見てニコラは、スマホをタップして言った。

 

「海知、こっち来るってー! やっと対面だね! さぁ、その子のことなんて忘れて、さっさとラブコメ始めてよ!!」

 

 この世に神がいるように、この世に悪魔がいるのだとしたら、きっとこんな顔をしているのだろう。そのくらい今の村上ニコラは醜悪で、それでいてなんの罪悪感も感じないような表情をしていた。

 その後ろには沢山の人が押し寄せていた。   

 こちらにスマホを向け動画を撮影するもの。

 「女がまた減った」と嘆くもの。

 臭いから早く片付けろと喚くもの。

 

「な、ん、で……こ、んな……ぁ、ああ、うえ、ぉぇ、ぇぇぇ……」

 

 吐瀉物が目の前に広がる。醜悪な人間によるシャッター音がさらに大きくなった。

 いつもこうだ。こいつらはいつも人の不幸を撮って、平然と拡散させる。こんな奴らがいたから母さんも、ち囮も、そして、僕も……。

 こんなやつら、こんなやつら……。

 

 

 

 

「「ころしてやる」」

 

 

 

 

 声が重なった。

 それと同時に温かいものが僕を包み込む。温かいけどどこか暗い、太陽ではなく月の光。

 

 

「あとは私がやるから。私がこいつらを滅ぼすから。だから、おやすみ」

 

 

 その優しい声音に安心し、僕はそのまま微睡の中に落ちていく。

 最後に見えたのは優しく、しかし心に憎しみを募らせた表情を浮かべた月光色の少女の姿だった。

 

◇◆◇

 

 どれくらい眠っていただろう。 

 随分と長い間な気もする。とてもとても嫌な夢を見ていた気もする。でも最後は温かくて……ああ、なんだかふわふわする。

 まだ眠っていたい。森の香りがする。あの2ヶ月でずっと感じていた香り。四方(よも)から森の、樹海の匂いがして、それがひどく僕を安らかな気持ちにさせる。

 それでも僕を呼ぶ声がする。優しい声だ。子をあやすように僕の頭を撫で、優しく囁く少女の声。

 

「かみ、さま……?」

「あ、起きたかな?」

 

 月光色のカーテンが視界を遮る。彼女の髪はやはりいい匂いがする。

 あいもかわらずかみさまのご尊顔はお美しかった。こんな整った美少女、テレビでも見たことがない。文字通りこの世のものとは思えない美しさ。

 さてそんなかみさまが見下ろしているという今の状態。もしやかみさまに膝枕してもらっているのだろうか。今、僕はどうしているのだろう?

 

「この景色だけはほの囮と見ようと決めてたからね〜。うん、長いこと掛かったけど、結構壮観だなぁ。あ、ほの囮起きれる? 久しぶりだろうし、手伝ってあげるよ」

「え、ぁ……」

「ああ、まずはお水かな? はいこれ」

 

 コップを受け取り飲み干す。美味しい。ただの水がとても美味しく感じる。

 そして視界が少しずつクリアになる。視界の緑色、もしかして僕はいま樹海にいるのだろうか。

 

「ここ、どこですか?」

 

 アレからどうなった。確かデートをして、病院に行って、それで、

 ち囮の亡骸が、脳裏に焼き付いた。

 

「うぅっ、ぉぉえ、ぇぇえ……」

「大丈夫!? ほら、ゆっくり吐いて。大丈夫、ここにはもうほの囮を害するものは居ないから。ね?」

 

 ち囮。ち囮。僕の妹。僕のたった1人の家族。それをあんな、あんな惨たらしく。

 許せない。憎しみが込み上げてくる。この手でニコラを殺してやらないと気が済まない。

 

「ニコラを殺さなきゃ、絶対に許さない」

 

 憎しみを胸に立ち上がる。あの時、直ぐにでも殺しておけばよかった。だが遅くはない。今から街中を探して、どこにいても僕が……。

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 視界には樹海が広がっていた。

 いや、それだけなら2ヶ月で見慣れた光景。

 けれど違う。決定的に違う。随所に見覚えがある。あのビルも、あの学校も、あっちの図書館も、あの市役所も、あのショッピングモールも。

 

 

 

 

 

 ーー北湊都市はいま、樹海によって呑み込まれていた。

 

 

 

 

「これ、は…………」

「壮観だよね〜。もうすぐあの建物も全部破壊して樹海が飲み込んでくれる。木々が全てを覆い尽くしてくれる。これが次の街もその次の街も飲み込んでいく。文字通りこの国を樹の海に変えてくれるよ」

「え、え、え……?」

 

 かみさまは、あの時のニコラとは比べ物にならないくらい邪悪で、なおかつ狂おしいほどに美しい笑みを浮かべていた。

 そんな彼女に見惚れつつ、僕は真実を尋ねなくてはという義務感に駆られていた。

 

「あの、いま、何日ですか。あれから……」

「あれから半年経ったね。お誕生日おめでとうほの囮!」

「"半年"!? "半日"ではなく!? え、そんなに眠ってたんですか僕!」

「私なんか80年も眠ってたんだよ? むしろ早起きさんだよ〜」

「神基準やめてください時間の概念ガバガバなんで!」

 

 そしてこれが、半年後の世界。

 

「随分その、エコな時代になりましたね」

「SDGsってやつだね!」

「またテキトーなことを……」

「まぁまぁ。少し歩こうか。私いまとっても気分がいいの。こんな日はお散歩するのにもってこいだと思わない?」

 

 そんなかみさまの提案に従って、僕は歩き出した。

 半年寝ていたんだ。体力も落ちている、はずなのだけど、何故か結構歩けた。

 さて、僕とて自然とこんな世界になったわけじゃないことくらい分かる。では何が起こったのか。恐らく。

 

「かみさま。これをやったのは、かみさまですね?」

「そりゃあ勿論。私の悲願でもあるからねぇ」

「なにが、ですか」

「北湊都の滅亡が、だよ」

 

 口元を三日月に歪める。

 かみさまのその笑みに震えが止まらなくなる。しかしそれは恐怖からくるものではなかった。

 北湊都の滅亡。

 普通そんな惨状を見て思うことは、恐ろしいだとか、怖いだとか、逃げたいだとか、そういう感情なんだろう

 けど。

 ああ駄目だ。

 僕は歓喜している。

 この惨状を成した彼女への、

 

 

 

 ーー僕の抱いた『信仰心』は消えてくれない。

 

 

 

「ねぇ、ほの囮、薄々思ってたけどさ、

 

 やっぱ君、異常者だよ」

「………………へ?」

「笑ってる。気づいてないの?」

 

 僕が、笑ってる? いや、いやいやいや。違うでしょ。何笑ってる僕。なんで笑ってる僕。

 人が死んだんだぞ。きっと、たくさん。それでなんで笑えるんだ。

 

「この状況で恐怖や畏れより、『信仰』を優先できる。君は本当に信じやすい、いいや、信仰しやすい人間なんだね」

「………………ぇ、と」

「だからこそ私の巫女に相応しい。君の体に神憑りして、この半年間本当にあっという間だったよ」

 

 なるほど体がなまってない理由がわかった。

 僕が眠っている間、かみさまは僕の体で色んなことをして、これを成したのだろう。頭のいい彼女の事だ。半年で街を滅ぼしてしまうことなど造作も無かったはず。

 

「聞いていいですか」

「どうぞ〜」

「街のみんなは、どうなりました?」

「死んだよ。私が皆殺しにした」

 

 その回答を聞いて、今更怯えたりはしなかった。おおむね予想していた。街が樹海に……すなわち『彼岸』に飲み込まれたとわかった時から。

 

「北湊都の闇は全部葬り去ったし、その過程でこの街の人間も全て葬り去った。勿論村上ニコラも、柏崎海知も、赤泊夏葉も、きみの叔母夫婦や祖父母も、従兄弟も、そして、色恋の神もみんな殺した」

「色恋の、神も……?」

「だから今、私は山の神として力を振るってるよ。私の樹海は今も拡大してる。今ね、とても清々しいの。この街に渦巻く狂気は最低最悪のものだったけど、全容がわかってホッとしたの。全部壊しちゃえばなんてことない」

 

 今の状況をゲーム盤で例える……のは難しいか。ゲームそのものを破壊してしまったのだから。

 

「だから今、この街には私と君の2人だけ」

「……………」

「世界の終わりを、見に行こうか」

 

 僕ももう狂っているのかもしれない。心のどこかで北湊都が滅んでしまうことを期待してて、それが実現してしまった。そして、こんな美しい少女と2人きり。

 生まれてきて良かったって、心の底から実感した。

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