樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー 作:紫陽花の季節に会いましょう
例の一件の後、警察が来ててんやわんやとなった。
食事会はその場で解散したが、月潟は警察の事情聴取に協力してその場を去っている。
もやもやした気持ちを抱えたままの登校。月潟はいつも通り眠そうな顔で登校していた。
「ねえ」
「んねむ〜」
「ねぇ」
「んぬぬぬな〜」
「肩に寄りかかるのやめろって」
「んのののなぬ〜」
「日本語を喋れ!」
朝からこんなやりとりをする羽目になる程、月潟は普通だった。驚くほど普通だった。
だが教室は普通ではなかった。
「ふふっ、あはは、きたきた」
「探偵気取りのクソオンナ」
「この街でレズとか人権ねーから。ふふっ、ふふふ」
とうとう月潟の机まで荒らされるようになっていた。というか僕の机の落書き量が減ってるから、標的が移りかけているのだろう。
正直僕の負担は減る。だけど……なんだか無性に腹が立った。
月潟は昨日、僕のことを助けてくれた。その結果がこれだというのなら、僕は彼女を見殺しにして良いはずがない。
「ぶっ殺す」
僕がそう呟いて月潟の机に置かれた花瓶に触れようとすると、月潟はそれを止めて首を横に振った。
なんで止めるんだよ、そう叫びそうになったが、彼女の目で全てを察した。
楽しそうだった。
こんな状況なのに、月潟の目は悪戯を思いついた子供のように楽しそうだった。そして同時に、彼女が虐めへの反撃を諦めたのではないと悟った。その結果は今日中にでも知ることとなる。
「ちょっと!? なんなのよこれ!?」
昼休み、とある女子生徒が頭をぐちゃぐちゃに濡らして教室に飛び込んできた。朝、月潟の机を汚していたあの女子だった。
その怒りの矛先が月潟へ向かうのかと思いきや、彼女は月潟を一瞥すると、無視してとある男子生徒に突っかかった。
「あんたがやったの!? あたしになんの恨みがあって!」
「はぁ!? なんの話だよ!」
「あの瓶! あの子に仕掛けるって言ってたのに、あたしの下駄箱に入ってた! まじ最悪なんだけど!」
「しらねぇよ! 誰かが移したんだろ!」
「しらばっくれてんじゃないわよ! あんたの裏垢、あたしの下駄箱に体液仕込んでやったって書いてあるじゃない!」
「は!?」
なんか醜い争いが始まっていた。騒ぎを聞きつけた先生が止めに入っていたが、女子生徒の怒りは治らず、尚且つ男子生徒が口汚く女子生徒を罵ったことで彼へのヘイトも凄まじいものになっていた。
「横江さん……流石に頭に体液はかわいそうよね……」
「あはははは、賑やかだね〜」
「琵樹、ボクこれ笑い事じゃないと思うんだけどなぁ。もしかして何かやったの?」
「何もしてないよ〜」
ニコラの話では、どうやら体育のあと、下駄箱に戻ってきた横江という女子生徒が下駄箱を開けたらあの男子生徒が持っていた瓶が何故か彼女の下駄箱に入っていて、それの中身が落ちてきたらしい。
それだけなら誰かが細工をしたと考えるのが自然だけど、どうやらその仕掛けは月潟の下駄箱に釣り糸とかを使って彼らしか知らない仕掛け方をしていたらしく、横江は身内の犯行だと思い至ったらしい。
同様に昼休み中にとある男子生徒が虐め用に持ち込んでいた毒虫が別の女子生徒の机の中から発見され、教室中が大パニックになる事件まで起こった。
「きゃあああああああ!!!」
という悲鳴のあと、女子生徒は尻餅をついて倒れ込み、泣きながらカーテンにくるまっていた。それをみた他の生徒がこの虫を虫籠に入れて持ってきていた男子生徒を咎め、言い争いから殴り合いの喧嘩に発展。
結果として横江含めて10人ほどの生徒が生徒指導室にしょっ引かれ、4・5限が自習になるというまさかの事態になってしまった。
毒虫の出た教室に留まりたくないという理由で、大半の生徒はそのまま帰ったり自習室に行くこととなり、僕も仕方ないので図書室へと向かった。
「あ、おはよ〜」
「……よくあんなことがあった後で1人で寝てられるな」
「大物でしょ〜?」
「バカなだけかも」
月潟は図書室で居眠りをしていたらしい。相変わらず月光色の髪と病的なまでに白い肌も相まって、西洋人形のごとき存在だ。図書室に踏み入れた途端、人形屋さんに来たかと錯覚するほどには人間らしくない。
「あれ、どうやったの?」
「いずれも私のために用意されてた仕掛けを、逆に仕掛け返しただけだよ。因果応報、悪因悪果、人を呪わば穴二つだね」
「SNSの方は?」
「中高生のネットリテラシーって驚くほど低いんだよね。私のお友達はそういうの暴くの得意な子がいてね、うん。でもパスワードを名前+生年月日にするのは本当にやめた方がいいよね、私も勉強になった」
「怖いやつ……」
つまり、いずれも月潟が仕組んだということか。しかも単に仕返しするだけじゃなく、クラスメイト同士の仲が悪くなるよう、罪のなすりつけあいが発生するように誘導した。
顔は天使のようだけど、中身は良い性格してるよ。この辺は本当にかみさまに通ずる部分がある。
「これで少しは落ち着くでしょ。明日には全員の裏垢で壮絶な罵り合いが始まると思うけど、観覧する?」
「遠慮しておく。これ以上このクラスの醜い部分を眺めるメリットがない」
「あは、正論だ〜。さてと、本を読みに来たんじゃないの? 席、空いてるよ」
ぽんぽん、と椅子を叩く月潟。
僕はそれを無視して月潟の向かい側に座った。なんかあざといんだよその仕草……。無視された月潟は少し膨れ面になったが、暫くして手元の本に目線を落とした。
「昨日、アレからどうなった?」
「んー、ほの囮くんの想像通りだと思うけどなあ。当然、薬物は出てこなかったし、あの男子生徒は軽傷だけど犯人の顔を見ていない。多分、『山の神』の仕業になると思うよ」
割とどうでもよさそうに、本のページを捲りながら月潟は言った。
そう、薬物は出てこなかった。
当然だ。
だって彼の手元からJOINTの面々が薬物を抜き取ったのだから。
月潟の悲鳴で僕やサークルの面々が駆けつけ、警察に通報。その間に誰かが薬物を抜き取ったことになる。まぁ、誰かはもうわかってるんだけどね。
「隠蔽工作……か」
「それだけならまだ良いけど、この様子じゃ思ったより闇が深いかもね、このサークル。ま、こっちはこの線から捜査を進めてみることにするけどね〜」
そう言って月潟はスマホを取り出し、とある資料を見せてくれた。
それは、薬物の解析資料だった。
そう。僕と月潟は、あの時薬物の一部を他の容器に詰め替え、保管していたのだ。あの現場のどこかに容器を残し、深夜にでも回収したのだろう。誰が取り調べを受けるか分からなかった現状、僕が持っておくという愚策を犯さずにあの周辺に容器を投棄したのは正解だったかもしれない。
「こんな専門的な解析どうやって……」
「私のお友達ネットワークだぜ〜」
「怖いよお前の交友関係……」
月潟も底がしれないが、今最も底知れないのはこの薬物の出どころだ。
「ねぇほの囮くん」
「なんだ」
「私と組もうよ」
正面に座る、月潟の目は本気だった。
唾をごくりと飲み込む。
「少なくとも、この件に関して私はほの囮くんと共闘できるはずだよ」
「この件……」
「君たち4人の関係性を何か追求するつもりは、まだないからね〜」
月潟はにこりと笑った。本当に底が見えない。僕らの関係性の歪みを知っていて、深入りしてこないのか。
「ほの囮くんは前に私に聞いたよね? この街が嫌いかって」
「…………」
「君も嫌いなんだよね」
「ーーーーッ!」
こいつッ! どこまで!
「私は嫌いだよ。でもほの囮くんは、多分もっと深いところで嫌いなんだろうね。
だからさ、協力しようよ。
この街が嫌いなもの同士、ね?」
この街が歪みきっているのはよくわかる。僕の行動原理は、山の神の本能によるものだ。
この街が憎い、この街の闇が憎い。だけど僕は、この街の闇がなんなのかをそもそも知らない。ち囮を殺し、村上ニコラを歪ませ、かみさまを狂わせた闇とはなんなのか。
目の前の少女はそれと戦う提案をしている。それは、飲めたらどんなに良い提案だろう。
だけど、僕は……。
「ま、君が断ろうが、無理やり協力はしてもらうけどね〜」
「は?」
「私はどのみちやる予定だから。よろしく頼むぜ? ワトソンくん」
「…………なにこの脳筋ホームズ」
「あはは♪ ブリティッシュジョークがわかる人と話せるのは楽しいねえ〜」
彼女を巻き込みたくない。けれど、彼女がただ優しいだけの女の子じゃないこともよくわかった。何より、踏み込んでいく覚悟がある人間だということも。
本当に信用できるのか? 信じて良いのか? 誰も信じないと言っていたのに。そんな葛藤が突き刺さる。
だから僕は……答えを出せなかった。強引な彼女に甘えてしまっているのだと認めることすらできないでいた。
それでも僕は、曖昧ながらも彼女の助手になってしまったようである。
◇◆◇
放課後、僕と月潟は再び部室に向かった。
月潟の意味不明な格好についてはもはや何もつっこむまい。
「あれ? あれれ? コメントなしかな? かな?」
「せっかくスルーしたのに……」
月潟は、端的に言えばホームズのコスプレをしていた。頭には黄土色の鹿撃ち帽、チェックのインバネスコートには可愛らしいリボンが付けられている。
「でも可愛いでしょ? オーダーメイドだよ。新品の服の香りがするね!」
卸したてらしい。無邪気にはしゃぐ月潟は子供が服を買ってもらったかの如く自慢してくる。それがどうにも可愛らしかった。萌え袖で口元を隠しながら喜んでいるところをみると、やはり美少女だなぁと見惚れてしまう。
「あ、わかってると思うけど、下手な真似はしないでね? 私と君は比翼連理なわけだもの」
「……わかってるよ」
「では行こうか。ワトソン君」
扉をスライドすると、昨日と同様に人が集まった時特有の喧騒と空気感が伝わってくる。昨日の暴力事件がなかったかのように、生徒たちはそれぞれのお喋りに花を咲かせていた。
「お、犀潟っち! 帰ってなかったべか!」
「煩い寄るなストーカー虫撒き体液クソ野郎」
さりげなく罪をなすりつけておこう。
「あ、俺っち犯人じゃねーべや! 犀潟っち疑ってるなんてひでーべ!」
割とやってそうではあるんだよなぁ。
僕の中でのこいつの評価は海知よりさらに低いからな。
「おお、犀潟くん、月潟さん、来たんだね。さあ、座ってくれ。これから大事な話をするからね」
部長がニコニコと、しかしながらどこか緊張した面持ちで言った。恐らく昨日の話をするのだろう。
「昨日、うちの部員が傷害事件に遭った。幸い命に別状は……」
この辺は先ほど月潟から聞いた話と同じだ。僕もあの男子を力一杯殴ったわけじゃないから、多分大丈夫だろうとは思っていた。まぁ女の子に麻薬を勧めていた時点で慈悲は要らないので大丈夫じゃなかったとて心は痛まないが。
さて、部長の話が進むにつれて、なんだかお涙頂戴的な話に向かっていってしまった。
襲ったやつを見つけだそうだの、犯人はその部員からあるものを盗んだから、捕まえて取り返そうじゃないか、だの。
「犯人は恐らく、今巷で噂の『山の神』という奴だと思う。街の治安を乱しているこの存在を放ってはおけない! みんなも注意しながらパトロールに励んでくれ!」
という締めくくりで、いつもの街歩きへと移行する。この後の飲み会は論外だから行かないとして、一先ず月潟と認識合わせをしておこう。
そう思っていたのだが、廊下に出ようとしたところでいつメンに捕まり、現在無駄話の真っ最中である。
「琵樹の格好、すごく似合ってる! 可愛いぞ」
「さんくす〜。褒められるの嬉しいんよ〜」
萌え袖で口元を隠しながら、月潟ははにかんだ。本心から思ってるのかどうか実にわかりづらい。
こんな感じで、いつメン含めた1年メンバーは琵樹の洒落た格好に興味津々で、そこで輪を作ってしまっていた。これじゃ月潟と話すタイミングがないな。
となれば逆にこの場だからこそできる話をしよう。僕は会話を切り出すことにした。
「ねえ情報屋。くだんの犯人、『山の神』についての情報はあるの?」
「けけけっ? 珍しいな、犀潟っちから話しかけてくるなんて。まぁいいべ、海知も聞いといた方がいいぜこの街の状況を」
クソほど哀れな情報屋だが、使い道はある。なんてったって情報を扱う者なのだ。声だけはデカい。今回はそこは利用させてもらう。
「今この街には『山の神』っていう正体不明の通り魔がいるぜ。けけっ。既に今回の含めて10件の襲撃が起こってて、中にはしっかりとした目撃証言があるのに犯人特定に至ってないんだぜ」
「顔を見ているのに、か?」
「海知の指摘は最もだべな。でもそこが問題で、その犯人は人間じゃないかもって話なんだよ」
ええー! こわーい! という声があがる。こうして山の神が情報だけで恐れられるようになれば、僕としても動きやすくなる。
どうもありがとう情報屋。お前には是非無自覚のうちに僕とニコラの手のひらを行ったり来たりして頂きたいものだ。
「人間じゃ、ない……? どういう意味なんだ小滝」
「目撃者の話じゃあ、この世のものとは思えないような化け物を見たって話なんだべ。顔に包帯と彼岸花をつけて、真っ白の着物をきていて、たくさんの幽霊を引き連れてる女……って感じらしいぜ! けけっ」
語り口が上手いからか、悲鳴に似た声が女子たちからあがる。
「本当にいるのかそんな奴」
「い、いるさ! 俺見たんだよ! あんま覚えてねえけど、絶対この世のものじゃない化け物だった! まじだって、信じてくれよ! 俺のダチなんてみんなトラウマで引き篭もったままなんだ!」
誰だっけお前……。
ああ、よく見たらアレか。いつぞやに裏路地でバット持ってイジメやってたヤンキーじゃないか。そういえば何人かいたもんね、うん、お気の毒に。でもお前らも因果応報だから。
「一応、うちの自称弟も被害者だから話聞いてみたら色々わかるんじゃないかな」
「そ、そうなのか!? ヨハンは最近引き篭もってるって聞いたけど、まさかそんなことになってたなんて……山の神、許せないな」
ついでに燃料を投下してやった。
これで主人公が首を突っ込む動機が出来上がる。幾ら物語の主人公とはいえ、完全見ず知らずの他人のためでは動機づけが弱い。ならば彼にとっての知り合い、というか多分サブヒロイン(?)なヨハンの名前を出してやれば主人公も動かざるを得ない。
主人公は誰かのために正義感を燃やせるものだ。街で起こってる不可解な事件、それによって傷つけられた人々、恐ろしい噂のある犯人。この要素があれば主人公が立ち向かう事件として十分過ぎるくらいだと思う。
「よし! 俺はやるよ。みんなが困ってるなら、俺は街の平和のためにも山の神の凶行を止める! もし、俺と志を同じくしてくれる奴がいたら、協力してほしいんだ。もちろん、無理強いはしないさ」
これぞ主人公属性。自身から率先してトラブルに首を突っ込み、そして周りを強制的に巻き込んでいく。
彼を取り囲んでいた生徒たちも、
「しゃーねーな」
「いっちょやってやりますか」
「海知くんがそう言うなら」
「へっ、水くせーんだよ! 俺もやるぜ海知!」
「か、海知がやるなら私もやるわ! 心配だもの」
「まぁこれが海知だよね、ぬふふ」
とかなんとか茶番じみたことを言い始めた。
「ほの囮、琵樹。2人はどうだ? 手伝って、くれないかな?」
申し訳なさそうに眉を下げるクソイケメン。確かにこれを断れる人間は少ないだろうな。昔の僕なら親友の頼みなら……とか言ってなんだかんだ手伝っていただろう。まぁ、この流れで拒否するのは変だからやるけどね。
「おけ」
「ん〜私もおけまる〜」
「ありがとう! 2人ならそう言ってくれると信じてた!」
こうして主人公と犯人と探偵役が同じチームにいるという、クソ茶番of茶番のイベントが幕を開けたのだった。