樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー   作:紫陽花の季節に会いましょう

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3章7話:手を繋ごう

 林間学校。新潟県の一部地域ではこの行事のことを『自然教室』とも言うことがあるがそれはさておき。入学最初の大イベントがこの行事であり、クラスメイトの仲を深めるための重要イベントと言えるだろう。

 が、前にも言ったように僕にとってはクソほどどうでもいい行事である。いっそ行かなければいいのだが、そういうわけにもいかない。

 

「いいわねぇ、林間学校。アンタも行ったりしたの?」

「私はその手の行事は無縁でして」

「へ〜、そーなんだ〜、にやにや」

 

 マスターの問いかけに対してははぐらかして回答したが、月潟がニヤニヤとしていて鬱陶しかった。

 マスターがカウンターから離れたことを見計らって、月潟は僕に耳打ちしてきた。

 

「サボったらマスターにちくるよ?」

「………よく私の性質をわかってるようで。ですがこのイベント、本当に行くメリットないんですよね」

 

 2泊3日もお猿さんと生活する羽目になるという事実、風呂の時間など想像もしたくない。中学の時の林間学校など散々なものであった。胸や尻を触られるなどのセクハラ行為、果ては下着泥棒。今思い出してもムカムカしてきた。

 しかも2日目の夜には海知とキャンプファイアーでダンスすることが決まっている。せめてこのイベントだけは回避したい……。山の神の力でファイアーを消し去るとか出来ないだろうか。

 

「私はほの囮くんに来てほしいな。話し相手が居ないのも面白くないじゃない?」

 

 またこいつは直ぐそういうこと言う……。彼女云々ふざけてくれるからなんとか保てているが、時々色々勘違いしそうになるから困る。

 

「……ま、行かないことはないので安心してください。正直私の生活がかかってますので、マスターにバラされるのは死活問題です」

「そしたら私の家で養ってあげるよ。あ、これいい案だと思わない?」

「馬鹿なこと言ってないで食器片してください」

 

 考えといてねー! といいながら食器を運ぶ月潟。その間に僕はダスターを塩素水に浸け、水場の掃除を行う。

 そもそも林間学校から逃げられるとは思っていない。この場でニコラから逃げることは、最終的にはニコラへの敗北に繋がる気がするのだ。ち囮の安全も確保し終わっていない以上、ニコラのゲーム盤から降りるのは得策ではない。

 それに、林間学校は北湊都の隣の市で行われる。ここでは色恋の神の効力も発揮されるか微妙なところだろう。隣の市では北湊都のようなおかしなニュースは聞かない。裏を返せば色恋の神の支配が及んでいないと言うことになる。

 

「あ、そういえば琵樹、北湊都高校の林間学校って、どこら辺までの教師が参加するのかしらん?」

 

 マスターが思い出したように月潟に尋ねる。なんだ急に。

 

「んー、1年のセンセーとあとは引率で教頭センセーだったかな〜」

「あら、てことは頚城(くびき)先生も参加されるのね。よろしく伝えておいてちょうだい」

「およ? お知り合い?」

「えぇ、恩師なのよ」

 

 頚城先生、名前はよく耳にするな。確か白髪で物腰柔らかい老年の教師だ。教頭の立場で尚且つ社会科教師であり、隣のクラスの『現代社会』の授業を持っていたはずだ。北湊都高校生は授業モチベも低いため、頚城先生のことを『催眠術師』と揶揄する者もいるとか。可哀想に……。

 

「会うことがあったら伝えておくんよ。ね? 幽々火ちゃん?」

「ん? 幽々火も知り合いなの? あっ、もしかしてアンタ、北湊都高校出身とか?」

「チガイマスヨー」

 

 この野郎。あとで覚えてとけよ。

 明日は早いので早上がりにして月潟を送っていく。帰るのも面倒だし、今日は樹海に泊まることにしよう。そう思っていたら、月潟が「んっ」と言って手を差し出してきた。なんだそれ。取り敢えずマスターからパクってきたチョコ渡しとくか。

 

「違うよ! 手だよ、手!」

「は? いや、いやいや、アレは笹神幽々火としての僕と繋いでいただろ。笹神幽々火が犀潟ほの囮だとわかった今、繋ぐわけないじゃん」

「……別にいいのに。私は繋ぎたいんだけどな」

 

 いつも思うが、月潟の距離感は色々とバグってると思う。それともあれか、僕のことを女の子だと思ってるから、女の子同士手を繋ぐのは普通だとでも言いたいのだろうか。

 手を引っ込めたままの僕に不満なのか、口を尖らせてさらに続ける。

 

「それにさ、ほの囮くん。私のこと月潟、って呼ぶよね。幽々火ちゃんの時は琵樹さんって名前で呼んでくれるのに」

「アレもお前が呼ばせたんだけど」

「じゃあ私が名前で呼んでってお願いしたら呼んでくれるの?」

「呼ぶわけないだろ」

 

 そんな恥ずかしい真似が出来るか。ニコラや海知の前でそんなことしたら連中の負の感情が全部僕らに向いてしまう。これは月潟を守るための策でもあるのだ。

 月潟とは敵対関係であり、同盟関係でもある。敵対するのは山の神絡みだけなのだとすれば、基本的には僕はこいつを守ってやる必要があるのだ。まぁ同盟云々を抜きにしても、僕はこいつを悪く思ってないし、色々と助かってもいる。だからこうして家まで送っているわけで。

 

「むっ、ほの囮くんは私のことをどう思ってるのさ」

「敵対関係で同盟関係」

「それを抜きにしたら?」

「なんだろ。クラスメイト?」

 

 月潟のジト目が炸裂する。こいつがそういう表情をするのは実に珍しかった。なんというかやはり顔がいいから少しずるい。

 僕は降参するように両手を上げた。

 

「……友達。これでいいだろ」

 

 正直これでも譲歩した方だ。人間を信用できなくなった僕にとって、僕と同様の境遇な月潟は確かに信用できるのだが、それはそれとして友達までが限界である。

 

「私にとっての君は、嫁、家内、細君、奥さん、妻……日本語は奥が深いね」

「彼女からワンステップ昇格してるのなんなの? その前段階ですら認めていないというのに」

「いずれ認めさせてやるんだぜ〜。今は友達でいいよ、あと相棒!」

「はいはい相棒相棒」

「てことで、手、つなご?」

「相棒は手繋がないだろ」

 

 一周戻ってきてしまった。なんでそんなに手繋ぎたいの?

 

「ほの囮くんはなんか、手を握っておかないとダメな感じするんだ。うん、それだけ。それだけなの」

 

 彼女は推察力が高い。だから常に周りの人間から何かを感じ取ることができるのだろう。

 だからこそ、彼女に心を開きすぎてはいけないのだ。彼女に絆されて凍りついた心を溶かされてしまったら、きっともう固め直すことができなくなってしまうから。その行き着く先は炎に包まれた樹海と、あまりにも悲しい彼女の表情。それだけは、駄目だ。

 

「…………やっぱ繋がない。送ってやるから、それだけで勘弁してくれ」

「そか、うん、そっか。いつかほの囮くんの方から繋いでー! って言ってもらえるように頑張るとするよ」

 

 そんな日が来るとしたら、それは僕が滅ぼした後の北湊都で、だろうか。その時の僕に月潟と手をつなげる権利ーーいいや、生きる権利が残っていれば、だが。

 などと考えていると、月潟はやはりそれを見透かしたかのように鋭い目をしてこちらを見つめていた。その心根が覗かれてしまわないように、僕は目を逸らす。

 月潟は歌でも歌いながら歩いていたが、やがて神社の麓に辿り着いた。いつもならここでお別れなのだが、月潟は石段を登ると同時にふと尋ねてきた。

 

「そいえばさ、ほの囮くん。君これから家帰るの?」

「ん? ああ、まぁそうだな」

 

 樹海に荷物置いてあるから今日は樹海泊まりだけどな。

 

「ふーん。自転車じゃないのに……?」

「……よく見てるな」

 

 月潟を家に送る日は大体樹海に泊まるため、自転車はバイト先に置いていくようにしている。朝樹海から降りて、バイト先で回収して家に向かえるようにという意図だ。

 

「え、もしかしてウチ泊まる? 泊まっちゃう?」

「違う」

「じゃあ樹海?」

「……まぁ、そうだな」

 

 こいつに隠し事してもメリットがないのでさっさと言ってしまうに限る。

 

「私も泊まっていい?」

 

 これまた唐突に返答に困ることを言い出し始めた。

 

「…………なんで?」

「ほの囮くんが樹海で1人にならないように、とか?」

「存外樹海1人暮らしもいいものだぞ。温泉にゆっくり浸かれる」

「わっ、温泉あるんだ!?」

「……? 山の神だったんなら知ってるだろ?」

「そだね、そうだ。うん。今度入れてよ、温泉」

 

 絶対に嫌である。そんなにガシガシパーソナルスペースに入ってこられるのは困るというものだ。

 「明日境内集合ね!」と満遍の笑みで告げる月潟をあしらいつつ、僕はさっさと明日の準備に取り掛かるべく樹海に戻る。

 

 明日。久しぶりに北湊都の外に出る。これで何か変わるのかを試す絶好の機会だ。果たしてニコラの権能は北湊都外にまで及ぶのか。

 

「奴奈市……か」

 

 林間学校の舞台、奴奈市は人口1万人程度の小さな街だ。北湊都にある樹海の終わりがあることから、別名『樹海の裏口』とも呼ばれる。僕も北湊都滅亡後に赴いたことがある。すでに樹海に飲み込まれた後だったので特に印象に残っているものはないが。

 それでも僕にとっては久しぶりの外の街だ。この窮屈な世界の外というだけで心が軽くなる。その分猿どもと共同生活するという事実がのしかかってくるが、まぁそう思わないとやってられない。

 ため息を一つつき、僕は温泉へと向かうのだった。

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