樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー   作:紫陽花の季節に会いましょう

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3章30話:好感度コントロール

 TSF教について月潟のまとめたレポートを確認させてもらった。

 教義としては男女ともに異性装をすることで性に対する差別意識を取り払い、真の男女平等社会を作り上げるといったものだ。

 お題目としてはそれっぽい事を言っているが、街の花嫁制度なんてものを掲げる北湊においてこの宗教が幅を利かせている状況というのは、もうそれだけで闇以外の何者でもない。

 

「宗教2世に幼い頃から教義を刷り込んで、街の花嫁へと仕立て上げる。洗脳もいいところですね……」

 

 これが僕と月潟の立てた仮説。

 ハラワタが煮え繰り返りそうだった。薬物の蔓延もさることながら、この件は僕にとっても他人事ではない。

 この教義は親世代に広く広まっている。ある程度年齢を重ねた信者たちは、その教義を下の世代へと適用していくのだ。つまり、子供に対するジェンダーの押し付けをし始める。それをやっていた人物に僕は心当たりがあった。

 

 叔母は、恐らくTSF教の信徒だ。

 

 こうして見ると北湊の街における宗教構造がなんとなく見えてきた。

 自称祖父母の信仰する『男根さま』、これは街の花嫁の補助制度である。そして叔母の信仰する『TSF教』、これもまた街の花嫁のための宗教。つまり世代ごとに名前を変えているが、根本は同じ。宗教団体による生存戦略の一環なのだろう。

 叔母に引き取られてからの僕は"宗教2世"と言って差し支えない。18歳、街の花嫁が選ばれる年になった際、僕がどのようなことをされる予定だったかなど想像もしたくない。

 

「……ともあれ、TSF教の崇める神とやらが"色恋の神"であるならば、この教団を滅ぼすのが手っ取り早そうですね。一応、頭には入れておきますよ」

「うん、そうして。はぁ、言ってること自体はそこまで間違ってるとは思わないけど、こうして団体自体が歪んでると言ってることも間違ってるように思われちゃうよね〜」

「宗教っていうのはそういうものです。人類史は宗教の歴史ですし」

 

 月潟は心底哀しそうな顔をしていた。

 そして、とんでもないことを言い始める。

 

「幽々火ちゃん。教団が敵になるからって、女装にハマってるその気持ちを捨てなくていいからね?」

「…………………………そんな話してた記憶ないんですが」

「……? 幽々火ちゃん女の子の格好するの好きでしょ?」

「なんでそんなテキトーなこと言い始めるんですか」

 

 違う。

 それだけは違う。

 断固違う。

 ハマってない、絶対ハマってない。

 

「別に嘘つかなくてもいいと思うんよ。男だろうと女だろうと、君は君だもん」

「分かったようなこと言ってくれるじゃないですか。私は別に好き好んでこの格好を……してるわけじゃなくて……」

 

 山の神のイメージがとか言ってた割に、バンギャのかっこいい服着てみたかったとかも言っちゃってる過去の自分を思い出し、段々と自信がなくなってきた。

 え、まじで? まじで言ってる?

 確かに女の子の姿の僕はまぁそれなりに可愛い方だろうなとは思うけど、別にそれを好き好んでやりたいかと言われると、うん。うーん?

 

「幽々火ちゃん?」

「……ぁ、と、ち、違う! 違います!」

「わぁ顔真っ赤〜」

 

 我が意を得たりと言わんばかりに、月潟は立ち上がって僕の背後に回り、ほっぺを突き始めた。

 反応すると負けだ。何にも動じていないふりをしてやり過ごすのが大人のお姉さん、笹神幽々火だ。……ひぅ!?

 

「ちょっ!?」

「え、なになに〜?」

 

 こいつわざとか!?

 頭に胸押し付けて揶揄ってるのか!?

 馬鹿なの? 馬鹿なの!?

 

「夏葉に憧れられる大人のお姉さんな幽々火ちゃんなら、このくらいで動揺したりしないよね〜?」

「……ええ、当たり前じゃないですか。私相手にそんな、こと……」

 

 耐える。

 平常心、平常心。

 コイツの揶揄いにいちいち反応するな。

 月潟はそんな僕をみてまた何か思いついたように口を歪めると、そのまま耳元に唇を近づけて小声で言った。

 

「また、私の服着たい?」

「……ぁ、や、やめ」

 

 天使の声で悪魔の囁きをする月潟。

 その囁きは僕の全身を毒のように駆け巡り、体から抵抗力を奪っていく。多分真っ赤に染まっているであろう顔を見られている事実から目を背けるべく、僕は目を閉じて立ち上がった。

 

「ね、寝ます! おやすみなさい!」

「……くすっ。うんうん、おやすみ〜」

 

 負け逃げである。

 悔しさでいっぱいだったが、それ以上に羞恥心が勝った。このままあの場所にいたら、僕の中の何かが決定的に捻じ曲がる。いや、露呈する。

 僕は私は笹神幽々火。月潟琵樹には負けない。負けるわけにはいかない。翠雨様も言っていただろ、月潟の色仕掛けに敗北したら僕を殺すと。

 

「……………あんな話したからかな」

 

 自称父に蹴り飛ばされ、叔母に毎日のように狂った教えを説かれていた頃を思い出した。あれは僕の日常でしかなかったけど、それでも心の奥底で無意識に人の温もりを求めているのだとしたら。僕が月潟を振り解けない理由の補足にもなる。

 いや、自己分析はやめよう。今はひどく眠い。

 

◇◆◇

 

 翌日、ねぼすけな月潟を置いて有栖さんに挨拶をし、月潟家を出た。時刻は5:00。まだ余裕がある。

 樹海に戻り、温泉へ浸かる。うん、やはり温泉最高。今日は久しぶりにゆったり温泉にでも浸かって……とはいかないのだよね、まだ木曜日だしね。

 あまりにギリギリまで浸かってるものだから、結局いつメンとの待ち合わせ時間ギリギリになってしまっていた。

 

「お、おはよ、ほの囮」

「ん? なんか眠そうじゃん。どしたの?」

「な、なんでもないわ!」

 

 今日は眠そうなのが2人。月潟と夏葉。前者はいつも通りだとして、後者はどこかぼーっとしたまま通学路を歩いていた。

 それとは対照的に柏崎ハーレムは本日も絶好調。海知を中心に女の子たちが……ってあれ。

 

「ほーの囮! テンション低いぞ?」

「更に今低くなったよ」

 

 僕の肩にポンと手を置いてくる海知。いつものポッケに手を突っ込んだ歩き方してろよ、ポッケから手を出すな。

 

「今日、生徒会長から呼び出されてるんだ。一緒に行こう!」

「生徒会長? それ僕いかなきゃダメなやつ?」

「ああ、俺とニコラで推薦しておいた!」

「左様で」

「帰っちゃダメだからな? またみんなで放課後集まってワイワイ出来るなんて嬉しいな!」

「……そうだね」

 

 あの頃の僕は確かに楽しんでいたかもな。いや、その時からただ人の輪に入って安心していただけなのかもしれないけど。

 

「先輩に引っ付かないで貰えますかぁ?」

 

 冷たい声がして後ろを振り向くと、亜麻色の髪の少女がじとーっとした目でこちらを見ていた。誰だっけこいつ。

 明るめの髪色、ふわふわの髪質、長いまつ毛と整った顔立ち。要素だけなら月潟のようだけど、言い方は悪いが月潟ほどの切れを感じない。月潟はアホっぽく見えて実際は天才なので、この子に関しても見た目で語るのは良くない。

 

「先輩はのぞみんの先輩なんですよ! きゃぴ!」

「…………」

「の、のぞ魅! ちょ、色々当たってるって!」

 

 海知の腕に胸を押し付けてきゃぴっというポーズをとるギャル。今はルーズソックスが再流行しているわけだが、まさか身の回りで見るとは思わなかった。

 クリーム色のカーディガンとミニスカートへと改造した制服を着こなし、しっかり化粧を施している。ケバケバしくないがやはりどこか派手めな印象を受けるのは、月潟と対比してのことだろう。

 月潟は別に特段派手な服装をしているわけではないのに周りの目を引く。あの芸能人オーラと比較するのは酷なものだとは思うが。

 

「えー、いいじゃないですかぁ。ていうかこの娘誰でしたっけ」

「いやほの囮だよ、ずっといただろ?」

「のぞみん、オーラない人は覚えられないんですぅ。のぞパワーわけてあげましょうかぁ?」

「要らないです」

「わー塩だー。先輩ー、のぞみんこの人苦手ですぅ。早く一緒に教室行きましょ?」

 

 凄い低い声が出てたな。実家のような声の低さ。

 まぁ今ので思い出した。柏崎ハーレムの1人、赤鏥(あかさび)のぞ()だ。柏崎真冬、京ヶ瀬千秋ばかり見ていたけど、そういえばこんなのも居たな。中高一貫校の北湊高校において、中高の校舎は隣同士だ。赤鏥は中学3年生とのことなので校舎に着く頃には飛び跳ねるようにして手を振っていた。

 

「可愛い子だよね〜、のぞ魅ちゃん。あ、ほの囮くんほどじゃないよ?」

「要らんフォローすんな」

「まぁそれより夏葉見てみなよ。あれ、相当重症だよ〜」

「…………やっぱ笹神幽々火のせいなのか」

 

 朝から海知に一切反応せず、ぼーっとしたまま電柱にぶつかったり車に轢かれそうになったりしていた。危なっかしいことこの上ない。

 まさかとは思うけど夜通し笹神幽々火のことを考えていたのだとしたら、少しだけ申し訳ない気持ちになる。存在しない架空の人物にあそこまで堕ちるとは。

 

「アニメのキャラにハマったような感覚か。まぁ上手いこと利用させてもらうとしよう」

「ほの囮くん……君は女の子顔してる割に女の子の気持ちわかってないというか、結構主人公属性があるというか」

「は?」

「あれ普通に堕ちてるよ。恋してるよ。私にとってはライバル爆誕だよ〜……」

 

 月潟が憂鬱そうに呟いたのを見て、僕は……。

 

「いや、いやいやいや……いやいや……」

 

 考えるのが面倒くさくて現実を受け入れるのをやめた。

 まぁ憧憬だろうと恋情だろうと対ニコラ戦略として利用できるなら何でもいいのだが、後者の場合は夏葉が海知のヒロインレースから脱落することを意味するわけで……。

 

「好感度コントロールミスったかな……」

 

 今更ながらそう嘆かざるを得なくなっていた。

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