樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー   作:紫陽花の季節に会いましょう

89 / 91
3章32話:恋じゃなくて信仰

 昔から母さんの演技が大好きだった。

 テレビ越しに見る母さんの姿は家で僕を撫でてくれる母さんとは違って見えた。時々怖い役もあってその度に僕は母さんのことがわからなくなった時期があった。どっちが本当の母さんなのだろう、画面の向こうの幽霊みたいな女性が母さんなのかな、と。

 でも、忙しい中でご飯を作ってくれる母さん、褒めてくれる母さん、大きくなったお腹を愛おしそうに撫でる母さん。その一瞬一瞬の全てが僕の疑念を晴らし、そんなものなかったもののように砕いてみせた。

 演技している母さんも、お家にいた母さんも、全部母さん。僕とち囮を本当に大切にしてくれた人。それがわかってから演技というものへの恐怖は消えた。

 向こうにいる人が僕を分からなくても、誰か僕を知ってくれている人さえ居れば僕は何にでもなれる。

 

 かみさまは僕を知っている。

 だから僕は自分を見失わない。

 何にでもなり切れる。

 犀潟ほの囮にも、笹神幽々火にも、山の神にも。

 

◇◆◇

 

 私は惚れっぽい性格をしている。

 それは自覚している。

 小学校の時から芸能人が大好きで、アイドルが大好きで、近所のイケメンなパン屋さんが大好きで、色んな人に恋してた。お母さんもそうだったらしいから、きっと遺伝なんだろう。

 そして小学校の時、私はある少年に恋をした。いつも私を助けてくれる私のヒーロー。彼も例に漏れずイケメンで、私のそれはほぼ一目惚れに近かった。

 それからはずっと彼ーー柏崎海知を追いかけて追いかけて、高校生になって。

 いつまでも叶わない恋。

 それでも良かった。こうして想い人を追いかけている時間がとても楽しかったから。

 

 ーーけれど私は今、もう一度恋焦がれてしまったかもしれない。

 

 目の前の光景、それは人間の世界ではなかった。

 暗く深い樹海。

 月光を遮るように木々はこうべを垂れて出迎える。

 木々の音、虫の音、風の音ひとつしない異様な空間。

 普段の私なら怖くて一歩も動けなくなってしまうような状況だというのに、私の目は1人の人物に釘付けになっていた。

 朱塗りの鳥居を唄いながら潜り抜けていく少女。上品な白衣と真紅の緋袴(ひばかま)に身を包み草履でステップを踏む黒い髪の少女、その瞳に魅せられてどんどんと奥へ進んでいく。

 それだけなら巫女の女の子が暗い森を歩いているだけ。光の刺さない世界をファインダーは捉えない。彼女の魅力は伝わりきらなかった筈だった。

 

 

 ーーけれどそんな彼女をより最も彩るのは一面の赤だった。

 

 

「ここは私のお庭ですから。出来るだけ明るくしたいでしょう?」

 

 玉虫の如き儚い声が音のない夜に響く。

 その瞬間、巫女の周囲で閃光が弾ける。仄かに灯る光源は蛍のような淡い光を放っていたけど、それが蛍ではないことは誰の目から見ても明らかだった。

 ーー狐火(きつねび)

 それはそう呼ばれるに相応しい存在だ。

 剥き出しの炎が(そら)に弧を描き、少女の動きに合わせて彼女を照らし出す。その様子はまるで舞台女優を照らすスポットライトのよう。

 

「…………すごい」

 

 聞こえないくらいの声で私は思わず呟いた。

 プロの照明スタッフが動かしているような光の差し方が彼女をより神秘的により美しく描き出す。

 神秘的な光の中を巫女はただただ歩き続ける。時折私たちを見てニコリと微笑む姿は、どう見てもこの世の存在ではない。恐ろしく整った顔立ち、長いまつ毛と深い紫紺の瞳、真っ白な肌と目を奪われる紅。

 心臓の鼓動が止まらない。彼女に手を引かれて突き進む。神隠しにあって消える子供のように、私も、そして視聴者たちもきっと彼女の世界に迷い込んでいく。

 

「足元お気をつけて」

 

 彼女が指で合図すると狐火が曲がり道を示す。足元には彼岸花が咲き誇り、私たちの行先を舗装していた。

 そこから外れたらどうなってしまうのだろう。きっとこの世には戻ってこられない。そんな緊迫感を胸に抱くのは私だけではない筈だ。

 

「ここは私のおすすめ」

 

 悪戯っ子な表情で少女は言う。

 ようやく開けた場所に出たと思って息を吐こうとしたが、その息は引っ込められることとなった。

 眼前には赤、赤、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

 気が狂いそうなほど、彼岸花が狂咲いている。

 思わず息を呑み、呼吸を忘れた。

 

 ーー彼岸。

 

 死者の世界がそこに広がっている。きっとこの先は生きている私じゃ踏み込めない。画面の向こうの誰もが本能的にそう感じるであろう死者の国へ、彼女は軽やかなステップで踏み込んでいく。

 恐ろしいほど真っ赤な月の下で舞を舞い始める少女。一つ一つの所作が洗練され、動きに無駄がない。されど喜色が溢れ出るような嫋やかで艶やかな舞。

 あそこに混ざりたい。

 混ざって、私も『彼女たち』と踊りたい。

 向こうで揺らめく無数の影たちに魅入られ、私は一歩踏み出そうとして……。

 

「ダメだよ? 行っちゃ」

 

 月光色の少女は微笑みながら手を握って私にそう言った。

 ふと我に帰る。向こうにいるのは巫女の女の子ただ1人。それ以外には誰もいない。誰もいなかった筈だ。

 けれど映画のワンシーンのように、そこには影たちが蠢いてみえたのもまた事実。スクリーンの中でしか見たことのない世界、されどそれは現実で事実で真実だ。

 

 一通り舞い終えると、巫女は恭しくお辞儀をした。巫女だというのにどこか西洋式の気障なカーテシーだったけれど、長い袖が揺れるその動きは寧ろ違和感なく似合っていた。

 

「今日の散歩はここまで。

 私は幽々火。

 また樹海で待ってますね」

 

 天女の微笑み、されど何処か妖しさを覚えるその美少女の笑みで、私は恋情を超えた大きな感情を胸に抱いた。

 嗚呼、これはきっと恋じゃなくて……。

 

 信仰だ。

 

◇◆◇

 

 配信というのは導線が命と言っても過言ではない。蒙古タンメンでも流したんかってくらいレッドオーシャンと化したこの業界において、普通の配信者など歯牙にもかけられない。面白いことをやっていようがネットマーケティング戦略が足りていなければ存在すら知られない。

 というか素人がいきなり有名になろうなどほぼ不可能だ。不可能を可能にするには3つの要素が必要だった。

 ①導線 ②コンテンツ ③演者 だ。

 まずは導線。

 これが1番難しい。一番効果的なのは既に多数のファンを持っている人間に相乗りさせてもらうこと。それが出来れば苦労しないと言いたくもなるのが配信者の世界だが、笑ってしまうことに身近に入り口の門番が居た。

 

「……………貴方既に有名人じゃないですか」

「ほら私美少女だからっ! 可愛い可愛い百合美少女だから!」

「い、1万人もフォロアーいるの!?」

 

 月潟は既に割と有名な配信者になっていた。YouTube、Twitterといった2015年現在の主要SNSを始め、その他各種配信サービスに対してもある程度知見を持っているのだという。

 やっているのは雑談とメイク配信と生演奏配信となんでもござれ。だが持ち前の顔の良さやトーク力から人気は着々と増えていってるらしい。……お前もう存在がチートだよ。

 

「私を利用しない手はないでしょ? そろそろ心霊系にも手を出そうと思ってたからさ〜」

「もしかして毎日朝眠そうなのは配信やってたから?」

「いやそれは普通に起きられないだけなんよ〜」

 

 呆れた顔で笑う夏葉。僕はこいつの化け物っぷりに全く笑えなかった。

 しかも薬物解析やSNS乗っ取りの際にも出てきた例の"お友達ネットワーク"とやらを総動員し、各配信サービスにて同時にプロモーションを行っているらしい。コイツも怖いけどそのネットワークの方が怖えよ。

 

「セルフプロモーションとマーケティングアナリティクスは任せて! 幽々火ちゃんをネットの神にしてあげるから!」

「で、更に動画まで撮ると。本当に何でもできますね」

「それでも私レベルじゃ規模は限られちゃうし、私自身はそれが出来るわけじゃないからね〜」

「その人脈を持ってること自体がおかしいんですけどね」

 

 つくづく底の読めない女の子である。

 

「心霊系が強いサイトは軒並みアップするし、SNSも同様。あとで動画にするときはプロにお金払って任せることにするんよ」

 

 いつものように袖で口元を隠してクスクスと笑う月潟。夏葉は既に引き始めていた。僕も普通にドン引きしてる。

 

 ともあれ導線は完璧だ。

 次にコンテンツ。

 これは簡単、心霊系である。

 山の神の能力をふんだんに使える樹海では、マジックとかでは説明できない怪奇現象を起こし放題だ。そして樹海という非日常的な舞台は人を魅了しうる。だが樹海配信と聞くとどうしてもセンシティブなものを想像してしまうだろう。

 そこで3つ目、演者だ。

 自分で言ってしまって恐縮だけど、笹神幽々火は美少女だ。とかく顔が良い。そんな美少女が樹海で配信、それも映画のPVばりに幻想的な舞台上の行く先々で必ず怪奇現象が起こる。

 

 センシティブな導線に釣られて試聴を始めた視聴者は美少女と樹海というアンバランスな世界観に引き込まれる。あとはそれを引き込み続けられるだけの演技力だ。

 幽々火という巫女服の女の子が、幻想的な樹海を歩き続けて怪奇現象に遭遇していく。

 それを恐ろしく魅せつつそのまま幽々火という美少女を引き立てる演出として活用する力、すなわち演技力。ここが月潟にとってはネックだったのだろう。

 

「………………」

 

 だが、配信のスイッチを切った時の月潟の表情を見れば、それが杞憂に終わったと感じているであろうことが確信できた。カメラの向こうにいる人をこちらの世界に引き摺り込むだけの引力を使いこなし、視線を幽々火へ釘付けにする。

 僕はただ母さんのやっていたことを真似ただけ。だから凄いのは母さん、そして幽々火の元となったキャラクターである『かみさま』だ。

 

「どうです? いい絵は撮れましたか?」

 

 常にカメラからどう見えるかを意識し、自分を俯瞰的に確認していたからいい絵が撮れているのは分かっているが、それでもカメラ越しに見ていた月潟や夏葉の感想が聞きたかった。

 彼岸花の群生地を踏み越え、僕は2人の元に辿り着きそして……。

 

 月潟に抱きつかれた。

 

「っは!? え、ちょ……なに……」

「……らないで」

「何ですかいきなり」

「居なくならないで……」

 

 切羽詰まった様相で僕を見る月潟。何か怯えているようで、そんな彼女は茶化せるような雰囲気ではなかった。

 仕方なく彼女の頭に手を置く。絹のような触り心地。落ち着くまでこうしてやるかと思いながら前を向いたら、夏葉がなにやら恍惚とした顔を浮かべていた。

 

「ゆゆか……さま……」

「は?」

「幽々火様……ふつくしい……」

「あの、夏葉さん? あの、おーい」

 

 両手で拝みながら涙を流す夏葉。普通にヤバい顔をしている。恋愛体質な夏葉がドキッという表情をする瞬間は何百回と見てきたけど、この顔は見たことがない。

 どうしよう、かみさまに出会った時の僕もこんな顔してたら。余裕で彼岸にダイブする自信ある。

 

「え、えへ、えへ、えへへ……幽々火様と同じ時代に生まれたことに感謝……同じ空気吸えるだけで感謝……そこにいるだけで尊い……」

「あ、あの……夏葉さん?」

「いやらしい人間風情とお呼びください!」

「夏葉さん!?」

 

 どうしよう、夏葉がぶっ壊れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。