樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー   作:紫陽花の季節に会いましょう

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3章33話:救いは不変じゃない

 夏葉もやばいけど、ずっと撫でられっぱなし抱きつきっぱなしの月潟もやばい。そろそろ腕が疲れてきた……。

 

「あ、あの、夏葉さん」

「は、はひぃぃぃい! 我が主、我が神、私の生きる偶像!」

「……こ、怖い。あの、琵樹さん? そろそろ離れてくれると嬉しいんですけど」

「嫌!」

「ということなので夏葉さん、引き剥がしてください」

「は、はひぃぃぃぃぃいい!」

「うわあああぁん! やだやだやだぁ! うわ夏葉力つよっ!?」

 

 やばい顔をした夏葉に引っ張られる形で名残惜しそうに離れていく月潟。とりあえずここを離れようと提案し、僕たちは帰路に着くことになる。

 行きはよいよい帰りは怖い。

 昔からそんな言葉があるが、確かにそうかもしれない。まさか帰りは念仏が後ろから聞こえてくることになるとは思わなかった。夏葉が何やら祝詞のようなものをずっと呟いている。お前神職でもなんでもないよね? こっわ……。

 

「それで、私が彼岸に向かって帰ってこなくなる想像でもしましたか? それだけの儚さを演出できたのなら、役者冥利に尽きると言うものです」

「……笑い事じゃないんよ。本当にこのまま向こう側に行っちゃうんじゃないかと思ったんだから。ダメだよ? だからね? 絶対ダメだからね?」

「幽々火様はそこにいるだけで尊いのです」

「夏葉さんの方が変な方向に行っちゃったんですけど!?」

 

 先ほどから仏のような表情で夜道を歩く夏葉と、腕に引っ付いて離れようとしない月潟。何なんだよ本当に……。

 

「それで? 配信自体はどんな具合ですか? あれだけのことはしたので、100人くらい居てくれると大変嬉しいのですが」

「あ、うん、1万人見てたよ」

「……………は?」

 

 動画配信サイトの画面を見せてくる。

 既にアーカイブへと保存された動画の視聴者数は10052人。ん!? 多くない!?

 

「…………サクラでも雇いましたか?」

「翠ヶ淵神社にそこまでの財力はないかな〜。3つの要素と幽々火ちゃんの可愛さが全部噛み合った結果だよ。これぞ正しく連合王国!」

「ブリティッシュじょーく……」

 

 どれがイングランドでどれがウェールズでどれがスコットランドでどれが北アイルランドですかね? 

 しかし驚いた。月潟のチャンネルから導線を引いたとはいえ初回でここまでいくものか。頑張った甲斐があったというものだ。

 

「さっき友達にデータを送っておいたから、あとはこれを動画として加工してチャンネルに載せるだけだね!」

「気長に待ちますよ。この手の人気商売は一長一短でどうにかなるものでなさそうですし」

「…………幽々火ちゃんってやっぱ自分のこと興味ないよね。今のフラグだよ、ユニオンジャック靡いちゃうんよ」

「貴方もしかしてこの世の旗の代名詞を英国旗だと思ってます?」

「幽々火ちゃん、幽々火ちゃんは自分の魅力を過小評価してると思うんよ」

 

 珍しくジト目でそんな事を言うものだから、月潟にはよほど自信があるのだろう。

 

「そんなことはないですよ。こんなマニアックなもの、バズるにも時間がかかるというだけです」

「あ、言ったなあ? じゃあバズったら次はコラボ動画撮ってもらうからね? 私の配信に出てもらうから」

「ええ、ご随意に」

 

 言質とったからねー! とはしゃぐ月潟を見ていると先ほどの切迫した表情が嘘のようだった。

 さて問題はこっちだな。

 

「あの」

「ひゃ、ひゃい!? ゆ、幽々火しゃま……幽々火しゃまのご尊顔……」

「これどうしましょう……」

「あ〜……完全に脳を灼かれちゃってるね〜……」

 

 蕩け切った表情、ハートマークの瞳、紅潮した頬、現在マジでひとさまに見せられない顔をしている夏葉。

 海知やニコラから夏葉を引き剥がす作戦、最初は眉唾ものだったが存外上手くいくかもしれない。

 

「でもこうなる気持ちもわかるな〜。幽々火ちゃん、演技力やばかったもん。お世辞抜きで女優いけるよ。あの演技は人間技じゃない」

「そ、そうです! あの、その、その……幽々火様ってその……本当に人間、ですか?」

「人間じゃなかったらアルバイトなんてしていませんよ」

 

 調子を取り戻し始めた夏葉にそう笑いかけると、やはりボフンと音を立てて茹蛸になっていく。これ面白いな。

 

「ですが、そうですね。夏葉さんが私を"神様"だと思ってくださるのなら、私は貴方の望む姿で貴方と接しましょう」

「………………………も"」

 

 少し気障な言い回しだが夏葉には効果抜群だ。謎の言葉を発して気絶寸前の表情というかもうなんか飛びかけているというか。ていうか気絶してるなこれ。

 夏葉をおぶるのは2回目である。そのまま月潟家に立ち寄り、夏葉をベッドに降ろす。

 

「さて、それじゃ私は帰ります。明日は夏葉さんの巫女初仕事でしたっけ? 用事があるので夕方からそちらに伺いますよ」

「泊まってかないの?」

「もう布団がありませんからね」

「私の布団は空いてるんだぜ?」

「今日はゆっくり眠りたい気分なので」

 

 正直疲れた。さっさと樹海温泉入って眠って、明日の転院手続きに備えよう。

 そう思って襖に手をかけると襖が勝手に開き出した。

 

「有栖さん?」

「泊まっていきな。布団はあるさ。琵樹の部屋でいいだろ、荷物は運んでおいたよ」

「え、いや……あの……」

 

 なんで強引なんですかこの血筋は。お断りしようとしたが、有栖さんはどこか慈しむような目で僕のことを見ていた。思わず言葉に詰まる。

 

「……老婆の我儘だと思って、聞いてくれないかね?」

「…………………私は、そんなに似ていますか?」

 

 笹神ろ火。

 僕の曽祖母。

 写真は見たことがないが、ここまで気を遣われると本当に似ているであろうことが推測できる。

 だが有栖さんはかぶりを降って否定する。

 

「ろ火様と幽々火ちゃんが似てることは否定しないね。だけど、それとこれとは話が別さ。お前さんが何か特殊な立ち位置なのはわかってるよ」

「…………」

「大人は、嫌いかい?」

「ーーーーッ!? なんの……話ですか」

「いや、いいさ。目を見ればわかる。伊達に80年以上生きてきては居ないのさ。ほら、湯船が覚めちまうよ」

「……………お言葉に甘えます」

「ああ」

 

 有栖さんの見透かしたような目を直視し続けると僕の全てが暴かれてしまいそうだったから、僕は逃げるように脱衣所へと向かう。

 月潟の血筋は皆あのようなタイプなのだろうか。だとしたらろ火様とやらは苦労しただろうな。

 

◇◆◇

 

「う〜〜んお婆ちゃんぐっじょぶ! ありがとう、神に感謝! あ〜、最高なんよ最高なんよ。さらさらヘアーだなぁ、ふわふわだなぁ〜」

「……………あの」

「あ、動いちゃダメだよ? だよ。このブラシ凄くいいやつなんだから。にしても凄いよねこの髪、なんか最初に会った時より艶々だし伸びる速度も早くて」

「琵樹さん、もういいですから……」

「髪は女の子の命なんだぜ? つまり今私は幽々火ちゃんの命運を握っているのです。動いたらこちょこちょだぜ〜」

「わひゃぁ!? おま、ば、馬鹿じゃないですか!? 馬鹿じゃないですか!」

「あ、口調崩れてる崩れてる♪」

 

 僕はくすぐりに弱い。海知や夏葉にもかつてくすぐりの刑に処されたことがあり、その時からずっと全身が敏感なのである。

 だからこうして首をくすぐられると思わず声が漏れてしまう。

 

「改めて見ると本当に男の子の骨格じゃないんよ。何これ本当についてる? セクハラおけ?」

「したらぶっ飛ばしますよ……」

「あれ、ぶっ飛ばすだけで済ませてくれるんだ? あはは、しないしない。きゃわわだな〜」

 

 わしわしと姉気取りで撫で回してくる月潟。なに、さっきの仕返しなの? 水を得た魚の如く暴れ回ってる月潟に僕はなされるがままにされていた。

 だってこいつ服はだけるんだもん。キャミゆるゆるなんだもん。見れないんだもん。あと力強いんだもん……。

 

「ふふっ、私のルームワンピも相変わらず似合ってる似合ってるぜ〜♪ 匂わせお揃〜」

「んっ……あんまりくっつかないでください……」

「およよ、あ〜、顔真っ赤だよ〜?」

「ーーッ! み、みないで!」

 

 ついに表情すら保つことが出来なくなってしまった。いつでもどこでも余裕のある笹神幽々火というキャラ設定だが、こいつから崩壊させに来てどうする!

 余りの恥ずかしさに再び敵前逃亡を図るも、月潟も立ち上がり、そのまま抱きしめられる。彼女の柔らかい感触を背中で感じ、思わず呻く。

 

「っあぅ、ちょっと……!」

「今日……私本当に心配だったんだ」

「………え?」

「本当の本当に、居なくなっちゃうと思ったんだよ?」

 

 月潟がポツリと溢す。

 本当にこいつは……。なんでこう、僕の心を抉るようにして言葉を持ってくるのだろう。僕にとってこいつはいずれ敵になる存在だというのに、いざその時が来たら果たしてこいつと対峙することが出来るのかとても不安になる。

 

「……いずれは居なくなるんですよ」

「そうなる前に私が止める。奴奈川姫なんかに幽々火ちゃんを奪わせない」

「それが私にとっての救いでなくても?」

「救いは不変じゃない。いつかの救いが今日の呪いになることもあるし、切り捨てようとした苦しみが明日の救いになることもある。私は知ってるんだ」

 

 意地悪な言い方をしたにも関わらず、彼女は即座に切り返してきた。こいつの頭の回転には唸らされるし、黙らされる。不思議と負けた感じはしない。

 彼女の言葉を認めることは出来ない。僕は絞首台に上がることで自分に救いをもたらそうと本気で思っている。

 けれど、彼女の思いを否定するほど野暮じゃない。山の神を経験したこいつにはそれだけの思いを抱くほどの動機があるだろうから。

 

「私が幽々火ちゃんの、ほの囮くんの救いになれればいいって思ってる。今はまだ信じられないかもしれないけどね」

「…………………ええ、信じられませんね」

 

 これは嘘。

 きっと彼女の思いは本物だ。

 それは信じる。信じざるを得ない。

 だからこそ、この思いは呪いなのだ。

 月潟の思いを知っていくたび僕の決意は固くなる。こんな優しくて素敵な女の子を憎悪の沼に突き落としたこの本能を、彼女に譲り渡していい訳がない。

 

「眠いです。もう寝ましょう」

「え〜〜まだまだ喋り足りないんよ〜。恋バナしよ恋バナ、もしくはツイスターゲームと王様ゲーム!」

「ひっどいチョイス……。明日用事があるのでさっさと寝たいです」

「え〜、私幽々火ちゃんと話したいこと沢山あるのになぁ。あ、お買い物行きたい! 女の子の服あんまり持ってないでしょ? 下着とか!」

「……では今度いきましょうか。これでいいですか、寝ますよ」

「ほんと!? 言質取ったからね! 全部選んであげるしプレゼントもするからね!」

 

 なんか寝る前にとんでもない約束をしてしまった気がするけど、もう本当に眠いからまた明日覚えてたら叶えてやるよ。

 とか言ってたこの日の僕をぶん殴ってやりたいと思う日が近いうちにやってきます。

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