イグアスとエアシャカールは壁を越える【完結】   作:合間理保

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第4話

 ゲートが開く。並んだウマ娘たちが一斉に飛び出した。

 

 すぐに激しい位置取りの競争が始まった。誰もが優位な位置を得ようと体をぶつけんばかりにしのぎを削る。

追込を狙うエアシャカールは一歩引いたところでそれを観察していた。

 

 レース開始直後の混乱、トップの位置を取ろうとする逃げや、その背後で集団の先に立とうとする先行にとっては、かなりスタミナを消費するところだ。逆に、エアシャカールはいかにこの混乱に巻き込まれず、スタミナを温存して後半に備えられるかが肝だ。

 

 ゆるゆるとスピードを落とし、徐々にコースの内側に入っていく。

 そのエアシャカールの目の前で、ふたりのウマ娘が肩をぶつけるのではないかというほどに競り合っていた。

 片方は注意しろと言われていたウマ娘だ。

 

 例のウマ娘はやはり、やや左側に逸れていき、エアシャカールの左側にいたウマ娘と競り合っている。

 

(イグアスの言った通りだ。もしオレが位置取りを重視してもう少しスピードに乗ってたら、あのふたりの間で挟まれてたかもしれねェ)

 

 そうなればかなりスタミナを消耗させられていただろう。だが、追込策を取っていたからそうはならなかった。

 

(なんにせよ、今のところはプラン通りだ。うまく集団の後方に着けた。)

 

 エアシャカールは前のウマ娘を風よけにして消耗を避ける。集団は上り坂に差し掛かった。位置取り争いから息をつかせぬ間に襲いかかる上りは、彼女たちのスタミナをさらに食い潰す。

 集団のペースがわずかに落ちる。

 その中でエアシャカールは一定のペースを保って機を伺っていた。

 

 ひとつ目のコーナーに入り、集団から飛び出しているのはボブカットの逃げウマ娘だ。

 彼女は堅調な走りでトップを握っている。

 ついで、その背後にいる集団の先頭付近に紫髪のウマ娘もいる。

 

 やはりこのレースを支配しているのはこのふたりだ。

 最速で逃げを打つボブカットに対し、紫髪が集団のペースをコントロールしながらついて行っている。

 だが、それも全て計算の内だ。

 

 ここまでの流れは予測済み。あとは仕掛けるタイミングを逃さないように注意しなければならない。

 コーナーを駆け抜ける。遠心力をねじ伏せ、芝を掴むように大地を蹴りつける。前方との距離が少しずつ縮まっていく。

 

 万事順調。エアシャカールはわずかにほくそ笑んだ。

 

 コーナーを抜け、向こう正面。徐々にボブカットのペースが下がってくる。ひとり逃げる彼女の背を叩くように前方集団の足音が響く。ここからが彼女の勝負どころだろう。

 

 計算だとボブカットはもう一伸びするはずだ。そして紫髪はそれに追いつこうと慌てて仕掛ける。

 

 そこが隙だ。

 その間隙に後方から喰らいつく。

 

 が、エアシャカールの予測と違い、ボブカットの伸びが鈍い。

 計算ほどスピードを上げられていない。

 

(温存してるのか? それとも……)

 

 そこで、エアシャカールの脳裏にイグアスの言葉がよぎった。

 

(右脚の不調!)

 

 そのせいだろうか、彼女の伸びは鈍い。このままでは紫髪が慌てることなくボブカットを抜きにかかれるだろう。

 そう思った通り、紫髪は徐々にスピードを上げ、ボブカットに迫りつつある。

 この様子では抜くのも時間の問題だろう。

 

(だが問題ねェ。第一シナリオを外れただけだ。この展開だったらパターンEで対応できる)

 

 そう、あらゆる展開を考慮してこその完璧なプランだ。自分とParcaeにはそれができる。

 

(上位での潰しあいは期待できなくなった。だったら、こっちからアクティブに仕掛けるまでだ)

 

 エアシャカールはスピードを上げる。向こう正面のストレートの後半から集団を抜きにかかった。

 

 スタミナを温存していたエアシャカールが後方から一気に追い上げる。最終コーナーに入り、わずかな下り傾斜もあいまって、その速度はどんどん上がっていく。

 

 集団の外から回り込む形になるが問題ない。その程度自分ならねじ伏せられると、エアシャカールは知っている。

 

 と、こちらに気づいた紫髪が追いつかれまいとラストスパートをかけてきた。

 逃げていたボブカットはエアシャカールと紫髪に対応できないでいる。

 

 最終直線で、必死に逃げるボブカット、それを追いスピードを上げていく紫髪、そのふたりを猛追するエアシャカールが集団から飛び抜けた。

 

 三つ巴の戦いに、観客の歓声が上がる。

 

 三者の距離が狭まる。

 

 まずはボブカットの背に紫髪の手がかかった。必死に逃げていたボブカットだが、すでに燃料が尽きてしまっていた。よろけるような足取りで、自分が追い抜かされることを見ていることしかできずにいる。

 このまま一着は紫髪かと思われたところで、ひときわ大きく大地を叩きつける音が響いた。

 

 エアシャカールだ。

 

 彼女は勢いそのままボブカットを追い抜いていく。

 紫髪との距離も刻一刻と縮まっていった。

 背後から迫る足音に、紫髪がスピードを上げようとする。しかしその動きは鈍い。 

 

 先行で集団のペースをコントロールしながら逃げウマ娘を追いかける。

 言葉にすればそれだけのことだが、実際に行おうと思えば繊細なペース配分が要求される。

 そしてそれを完璧にこなせるほど、紫髪も成熟してはいない。

 

(要は、オレに対応するスタミナは残せちゃいねェ)

 

 エアシャカールが迫る。

 ゴールまで残り十数メートルを残し、余裕を持って紫髪を追い抜いた。

 あとはもう、勝ち切るだけだった。

 スピードを落とすことなくゴールを駆け抜ける。

 後続から数メートル飛びだし、エアシャカールは堂々と一着に輝いた。

 

 小さくこぶしを握る彼女に歓声が降り注ぐ。

 

 まずは一勝だと、エアシャカールはこぶしを掲げ応えた。

 

 

 コースから出ていくと、イグアスが壁に寄りかかって待っていた。

 

「よう、シャカール。良くやったな」

「おう」

「なんだ。もっと嬉しそうにすりゃいいじゃねえか」

 

 イグアスの言葉に、エアシャカールは眉を寄せた。不満そうな表情に、イグアスも怪訝そうにする。

 

「んだよ。計算通り一着だったろ。良いことじゃねえか」

「違ェ」

「あ?」

 

「オレの計算した第一シナリオから外れてた。第三シナリオ、パターンEでのレースになった」

 

「何が問題なんだ。それも計算のうちのパターンだろ」

「計算精度が足りなかったってことだ。第一シナリオは一番ありうると計算されたシナリオだ。その通りのレース運びにならねェと意味がねェ」

 

 それに、とエアシャカールは続ける。

 

「イグアス、お前の言った通りになった」

「あぁ?」

「ボブカットと紫髪、それに隣のウマ娘。お前の言ったそいつらの分析は当たってた」

「そうかよ。なんかの役に立ったか?」

「まあ、すぐさまパターンEに変更するきっかけぐらいにはなったな」

 

 エアシャカールは考え込むように腕を組んだ。

 

「レース直前にParcaeは持ち込めねェ。だからこそ、オレは計算にレース直前の情報が取り込めねェ」

 

 そうだ。そこが唯一、完璧であるはずの計算結果への揺らぎなのだ。

 そしてその揺らぎこそが、7cmをひっくり返す鍵に思えた。

 

 「イグアス、お前の観察眼、それでレース直前のわずかな変化をつかみ取る。Parcaeには反映できねェが、それを考慮に入れて最良のレースプランを選択しなおす。オレとお前でならそれができるはずだ」

 

「そりゃあ、ずいぶんと評価されたもんだ」

 

「まずは試しだ。お前の眼が本物かどうか、レースプラン変更のピースに入れるに値するかどうかを今後のレースで試行していく」

 

 だから、これからも頼む、とエアシャカールはわずかに頷いた。




おかしい…9話くらいですっと完結させるつもりだったのに話が全然進んでない
いや…今このくらいだから……こーしてあーして…

まあ、うん、そのくらいです、はい
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