イグアスとエアシャカールは壁を越える【完結】   作:合間理保

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切りどころが分かんなくていつもより長くなっちった


第5話

 イグアスと組んでから数度のレースを経験した。

 自分の計算にイグアスの観察眼を合わせ、微調整を施す。

 そのやり方がうまくいっているのは、結果が証明している。事前に立てるレースプランの精度がますます上がっていっている。

 

 うまくいっている要因は、イグアスがエアシャカールに作戦を押し付けないこともあるだろう。

 彼はあくまで直前のウマ娘の所見を伝えるだけで、走り方それ自体はエアシャカールに任せていた。

 

 エアシャカールが求めているのは参考にするデータであって、どうするかは自身で決めたいというのは変わらないことだ。

 

 イグアスはその点を分かっている。あるいは単に面倒くさがっているだけかもしれない。

 いずれにせよ、自分にとってイグアスはいいトレーナーだと思えると、エアシャカールはそう感じるようになってきた。

 

 そんな中のある日、エアシャカールがトレーニングに打ち込んでいると、スマホのメッセージアプリの通知が鳴った。画面を見てみると、イグアスかららしい。

 

『とれーなーしつにこい』

 

 変換もされていないメッセージに、エアシャカールは眉をひそめた。慌てて送ったであろうそれは、いかにも面倒くさそうな事態を想像させる。

 見なかったことにしてしまおうか、と考えたところで、さらにメッセージが届いた。

 

『いそけ』

 

 急げ、だろうか。

 エアシャカールは腕を組む。ただ単に面倒くさい事態だったらまだいい。

 だが、本当に緊急の事態だったら大変だ。

 

「はァ、しゃーねェな」

 

 結局、エアシャカールは頭をかいてイグアスのもとに向かうことにしたのだった。

 

 イグアスのトレーナー室に着く。ドアをノックしてから開けると、中に居たのはイグアスだけではなかった。

 

 一緒にいるのはファインモーションだ。

 

 椅子に座りダルそうに頬杖をつくイグアスを、腰に両手をあてた仁王立ちのファインモーションが睨みつけていた。

 いや、睨みつけていたと言っても、可愛らしいものだったが。

 

 そのふたりの様子を見て、エアシャカールは失敗したと直感した。

 

(うわ、面倒くせェ)

 

 逃げようとする前に、ふたりの視線がこちらに刺さる。ファインモーションは目を丸くし、イグアスはにたりと笑った。

 

「おう、やっと来たか、シャカール」

「……どういう状況だよ、こいつは」

 

 眉間を揉むエアシャカールに、今度はファインモーションが近づく。

 

「シャカール! ダメだよ! 変な人にたぶらかされちゃ!」

「はァ?」

 

 胸の前でこぶしを握った彼女に、エアシャカールは素っ頓狂な声をあげた。

 なおも状況を飲み込めないでいる彼女に畳みかけるようにファインモーションは続ける。

 

「確かにシャカールは優秀だけど、怪しい人をトレーナーにしたら大変だよ!」

「怪しいヤツ?」

 

 と、エアシャカールはイグアスを指差す。らしいぞ、とうんざりした口調で彼は返した。

 

 どうもファインモーションはイグアスのことを疑問視しているらしい。

 なるほど、イグアスの外面も態度も真っ当なトレーナーにはとても見えない。このお節介やきな友人はそのあたりを心配しているのだろう。

 

「まあ確かにこいつは『名義貸し』なンて呼ばれてるみてェだが、問題ねェよ。そンくらい調べて契約したんだ」

 

 エアシャカールが呆れたように言えば、彼女はブンブンと首を振って否定した。

 

「それどころじゃないの! もっとちゃんと調べたら……」

「はァ? わざわざオレのトレーナーを調べたってのか?」

「シャカールだもん。それよりちゃんと聞いて」

「ンだよ。やべェ経歴でもあったってのか?」

 

 そんなはずはないだろう。そんな人物が学園のトレーナーになれるとは思えない。

 

「なにも無かったの!」

 

 ファインモーションが言った。それに対しエアシャカールは小首をかしげる。

 

「……? なら、なンの問題もねェじゃねェか」

 

「私が、調べて、なにも出てこなかったんだよ」

 

「なにもってのは、経歴が、なにも?」

「なんにも!」

 

 さすがに驚き、イグアスに目をやった。彼はむすっと黙りこんでいる。

 

 ファインモーションが調べて、正確には調べさせて、なにも経歴が出てこなかったというのは明らかに異常だ。

 どの程度本腰を入れたかは知らないが、それでも王族の指示による身辺調査だ。並大抵のことは隠せないだろう。どういうことだろうか。

 

「何もないのに、急に湧いて出たように学園のトレーナーになってる。ねえ、キミは何者なのかな?」

 

 座ったままのイグアスに近づき、上から見下ろすファインモーションの指摘に、イグアスは長いため息を吐いた。

 

「俺は学園のトレーナーでエアシャカールの担当。それで終わりだ。それ以外が必要か?」

 

 睨み合うふたりの視線が空中でぶつかる。エアシャカールはこれ以上こじれる前に間に立つことにした。

 

「ファイン。大丈夫だよ。こいつはまあ確かに、ロクでもないように見えるけど、腕は確かだ。その点は信用できる。それで十分だ」

 

 その言葉に、やがて諦めたようにファインモーションが一度目を閉じた。彼女はイグアスの方に顔を向ける。

 

「シャカールのこといじめたら許さないからね」

「んなことしねえよ」

 

 帰れとばかりにイグアスがしっしっと手を振る。それでもファインモーションはしばらく彼のことを睨んでいたが、やがておとなしく引き下がり、部屋から出ていった。

 

 残ったふたりでやれやれと大きなため息をついた。

 

 それからエアシャカールがイグアスの対面に座る。

 

「で、結局どういうことなンだ?」

 

 一転して追及を始めた彼女に、イグアスはうんざりといった表情を隠さない。

 

「いいだろ、別に」

「よくねェよ。ファインにはああ言ったが、明らかにおかしいだろ。どういうことなんだか説明のひとつもあっていいじゃねェか」

「……」

 

 腕を組み、黙りこむイグアスを、エアシャカールは睨みつけた。その目は先ほどのファインモーションのものとは比べ物にならないほど鋭い。

 

「分かった。分かったよ。説明してやる」

 

 やがて根負けしたイグアスが長く息を吐いた。

 ざっくり言うとだな、と彼はエアシャカールのほうに向き直った。

 

「俺はまあ、そこそこでけえカンパニーに居てだな……」

「サラリーマン? お前が?」

「話すのやめるか?」

 

 いや、話の腰を折ってわりィ、とエアシャカールは素直に謝った。続けてくれと話を促す。

 

「その企業にひとつの情報が入ってきたんだよ。宇宙の果てみたいな辺境の地に、とんでもねえ資源が眠っているってな。それで、調査に人をやることになった」

 

 エアシャカールが相づちをうつ。地球を飛び越えて宇宙の果てとはまた大げさな比喩だとは思ったが、黙っていた。

 

「で、その情報を得たのは俺たちだけじゃなかった。競合するライバル企業も同じ情報を手に入れて調査に向かった。そうするとどうなると思う?」

 

「資源争奪競争が始まる?」

 

「ずいぶんと優しい表現だが、まあそうだ。法も秩序も届かねえような地に、利益しか頭にねえ企業が来た。資源を狙う俺たち企業、自分の地を荒らされたくねえ現地民、そこで稼ごうとするロクデナシ。そういうやつらが集まったのさ」

 

 エアシャカールは思わず口をつぐんだ。それは、競争などではなく、紛争とかそういう類のものじゃないだろうか。そんなところに居たのだろうか。

 

「ま、そんなところに居たもんだから後ろ暗え企業が経歴を全部抹消したんだよ」

 

「本当かよ。そんなスパイ映画みたいな……」

 

「真実は闇の中だ。てめえが信じようが信じまいが知ったこっちゃねえ」

 

 手を切るなら構わねえぜ、とイグアスはうそぶいた。

 エアシャカールは黙り込む。

 本当かどうかも分からない与太話の類だ。だが、まあ、

 

「この学園のトレーナーってことは、それだけの信用があるってことだ。怪しげなお前の過去には目をつぶってやる」

 

「ずいぶん上からだな、おい」

 

「それに、オレたちに必要なのは今後どうするかってことだ。次のレースを考えなきゃいけねェ」

 

「そうだな。それに、今日次のレースの出走者が揃ったところだ。てめえに伝えようとしたんだが、とんだ邪魔が入った」

 

 それを聞いたエアシャカールがイグアスからデータを受け取る。彼女はすぐさまParcaeに入力した。そこから出てきた結果に、エアシャカールは首をかしげる。

 

「あン?」

 

「どうした? シャカール」

 

「いや……出走者をデータに入れたら、計算結果が変わった。それまでは一着だったのに二着になってる」

 

「ほう。どういうこった」

 

 ふたりでParcaeの画面を覗き込む。更新前のデータと更新後のそれを見比べる。結果が変わったということは、そこまでの過程の何かが変わったはずだ。

 そしてふたりはそれを見つけた。

 イグアスが出走者一覧の行を指差す。

 

「こいつだ。このウマ娘のエントリーが事前予想には無かった」

 

「本当だ。ギリギリでエントリーしてきたみてェだな。ええと、名前は……」

 

 

「ローダーフォー?」

 

 

 聞いたことの無い名だな、とふたりで顔を見合わせた。




Parcaeはそう判断した
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