イグアスとエアシャカールは壁を越える【完結】   作:合間理保

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対ローダーフォー


第7話

 あいつが、ローダーフォーが、オレの7cmだとイグアスは言った。

 

 確信を持って言われたその言葉は、ゲートに着いた自分のしこりとなっている。

 ちらりと彼女のほうを見れば、やはりどこを見ているのか分からない目で前方を見ていた。特別、こちらを意識している様子はない。

 そのことにやはり腹が立った。

 

(自信があるンだかなンだか知らねェが、オレが喰い千切ってやる)

 

 ゲートが開き、レースが始まる。

 エアシャカールはいつも通りの追込策だ。一方で、ローダーフォーは差しで走るようで、集団のやや後方に着けている。

 

 集団を引っ張る者がいない。

 レースはややスローペースで進んでいた。こうなると誰が仕掛けるかの我慢のレースになる。仕掛けが早すぎると後からスパートをかけた者に抜かれてしまうし、逆に遅すぎると先行がそのまま逃げ切ってしまう。

 

 ローダーフォーはゆるゆると集団の後方で機を伺っている。

 その様子は特段目を見張るものもない。普通のウマ娘といった印象だ。自分からペースを上げてレースをかき回そうという気は無いらしい。

 

 誰かが、口火を切らねばならない。

 我慢比べに負けた誰かが。

 

 レースも中盤、ついにしびれを切らした中団にいたウマ娘がスピードをあげた。それに呼応するように全体のペースも上がっていく。

 エアシャカールはまだ早いと判断した。まだ勝負どころではない。

 一方でローダーフォーは機敏に反応した。後方から一気に加速し集団の前方まで躍り出る。

 

(みんな慌てすぎだ。これは最後まで持たねェ)

 

 最終コーナー、ペースをあげたウマ娘たちの伸びが悪い。エアシャカールにとっては好機だ。温存していたスタミナで、一気に加速し追い上げる。

 集団を抜き、ローダーフォーを抜き、逃げていたウマ娘を抜き、トップに立つ。

 

 エアシャカールは後ろをちらりと見た。他のウマ娘たちは自分のペースについてこれていない。そしてローダーフォーの姿も見えない。

 集団に飲み込まれたのだろう。

 エアシャカールは前を向き直り、心の中で鼻を鳴らした。

 

(デカい口きいてた割にはたいしたことねェ。この程度か)

 

 その時、耳に足音が飛び込んできた。

 足音が四つ聞こえる。まるで四つ足の動物かのように地面を叩く音が聞こえる。

 

 足音が二つ多い。

 

 そこで気づく。ローダーフォーは集団の中ではない。

 自分の真後ろにいる。

 後ろに目をやった時には自分の背中で隠れて気づかなかったのだ。

 

 彼女は自分の背にくっつくのではないかという距離に詰めている。

 

 気づいた瞬間、ローダーフォーからの冷たい視線を全身で感じた。殺気のようなそれがエアシャカールの体を突き刺す。

 エアシャカールの体中から冷たい汗が吹き出る。

 

(このっ、なんとか離さねェと抜かれる!)

 

 ゴールまでは百メートルほどか。

 ゴールまでがいやに遠く感じる。それでも最大速度で駆け抜けるしかない。

 大地を蹴りつける。足音が響く。どんなに速度を出そうと、四つの足音が離れることはない。

 

 そしてそれは、彼女がこちらに付いてくるのに精一杯で、そのせいで抜かれていないというわけではない。

 じっと観察されている空気をひしひしと感じる。

 

(は、離せねェ! 逆にこっちが飲み込まれる!)

 

 エアシャカールの伸びが鈍ったところで、ローダーフォーが一気に速度をあげた。追い抜くのにかかる時間はほんの僅かだった。

 それまで競り合っていたのが嘘のような一瞬の攻防に、観客が声を上げる。

 ローダーフォーについて行けないエアシャカールを尻目に、彼女はゴールを駆け抜けた。

 数メートルはあろうかという差だった。

 

 ゴールを抜け、エアシャカールは膝に手を当て肩で息をする。一方でローダーフォーは涼しい顔で歓声を一身に受けていた。

 両手を軽く広げ、ゆっくりと回転する。

 その様子は、歓声に応えているようにも、誰かに向けて自分の存在を誇示しているかのようにも見えた。

 

 

 控え室に戻ると、イグアスが腕を組んで待っていた。エアシャカールは汗を拭いていたタオルを床に投げつける。

 

「くそっ」

 

 思い出すのはあの冷たい視線だ。

 

「あいつ、まだ余裕が有りやがった。余力を残してオレたちを叩きつぶしやがった」

「ああ」

「イグアス、あいつはなんなんだ」

 

 イグアスはわずかに息を吐いた。

 

「イレギュラーだ。そういうヤツがいる。どんなプランも、誰の秩序もなにもかも壊しちまうヤツ。全てを焼き尽くす黒い鳥。それがあいつだ」

 

 イレギュラー。黒い鳥。

 

「イレギュラー? そんなもン……、そんなもン認められるか! 全ては数字の上に成り立つンだ! 埒外の存在だと!? そんなもンは存在しねェ!」

 

「ああ、てめえは嫌いだよな、そういうの。でもな、存在するんだよ。どんな完璧な計算もぶっ壊しちまうやつがな」

 

「……7cm足りねェとParcaeは計算した。どんなに数値を入れ替えても絶対に7cm足りねェと。それはあいつが計算外の存在だからだって言うのか?」

 

「……」

 

「くそっ」

 

 エアシャカールはそう吐き捨てた。椅子に座り込み頭を抱える。

 どうすればいい。自分の計算は絶対のものだ。そしてその絶対を塗りつぶす存在がいる。

 

 認められない、そんなもの存在してはならない。

 

 頭の中がごちゃごちゃだ。

 

 自分の計算が壊されていくのを感じる。それはただ負けたからではなく、彼女の質の違いに薄々感づいているからだ。

 だが、それでも自分はその壁を越えねばならない。その先にしか三冠は存在しないのだ。

 三冠。その言葉を意識した瞬間、萎えかけていた心に再び小さな火がともった気がした。

 

「計算しなおす。オレにはそれしかねェ」

 

 ローダーフォー。乗り越えなければならない敵。

 自分は越えられるのだろうか。




エアシャカールの壁は低いようでとてつもなく高い
ルビコンの壁は何メートルだったっけ
あの世界は文字通り桁が違うねえ
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