もっとちゃんとしなきゃいかん
ローダーフォーを分析する。7cmを覆すにはそれが必要だ。彼女を徹底的にデータに落とし込み、数値化し、対抗策を考えるのだ。
彼女を倒す方法はそれしかないし、それこそが最良の道だとエアシャカールは確信している。
イグアスは口を出してこない。ただ、何かを考えこんでいることが多くなった。
いや、ただぼんやりとしているだけなのかもしれない。
いずれにせよ、前の不真面目な名義貸しに戻ってしまったかのようだった。
イグアスとローダーフォーにも何らかの因縁がある。エアシャカールは詳しく知らないが、その因縁の影響だとは容易に推察できた。
そのローダーフォーだが、直接対決のあとは同じレースに出ることは無かった。レース自体には出ているから、単に向こうのトレーナーが取らせている休息サイクルと、こちらのサイクルが噛み合っていないだけだろう。
ローダーフォーのレースを分析する。しかし彼女の走りを観察するたびに悪態をつきたくなった。というか、実際にイグアスに悪態を漏らした。
「おい、なんだあいつ。めちゃくちゃじゃねェか」
「何がだ」
「戦略だよ。オレとやったときは差し、この前は大逃げをかまして、今回は先行で走っていた。レースによって戦型も走法も変えてやがる。普通そんなことできねェし、やらねェよ」
それで結果を出しているのだからふざけている。
普通は自分の得意な走り方があるもので、それ以外のやり方で走れば、無理が出てくるのが当たり前だ。
その点、彼女はどんな戦型でも得意としているかのようだった。あるいは、相手によって戦型を変えられる異常なまでの柔軟さを持ち合わせている。
「そのうちダートや障害にも出るんじゃねェか?」
冗談まじりにそう言えば、イグアスは適当に頷いた。
「まあ、やろうと思えばできるかもしれねえな。相手や状況に合わせてアセン……戦法を変えられるってのがあいつだ」
「対策の立てようがねェぞ。全ての戦型への対抗策なんて作れねェ」
どうしたものか。口元に手を当てて考える。それを見たイグアスが声を上げる。
「こっちのやりたい戦法を押し付けるのは?」
「オレが得意なのは追込だ。データをもとに勝負どころを見極めて一気に追い上げる。相手のデータがバラバラじゃ精度に欠く」
「なら相手に構わない逃げでもかますか」
「本気で言ってんのか?」
まさか、というようにイグアスは鼻を鳴らす。それこそ得意とする戦型の真逆だ。うまくいくとは思えない。
考えるほど、ローダーフォーはとことん相性の悪い相手だと思う。理論だったデータを重んじる自分と、整然とした秩序なんてもの関係ないと言わんばかりの彼女。
まるっきり真逆だ。それなのに圧倒的な強さを持っている。
本当に、どうしたものか。
イグアスに目を向けるも、彼の心の内が見えるわけでもない。燃え殻のような目でどこかを眺めている。
イグアスとローダーフォーには因縁がある。
因縁、何かの鍵にならないだろうか。
「なァ、イグアス。お前、やけにローダーフォーから目をつけられてたけど、何があったンだ?」
「……」
「四回戦ったって言ってたよな。どういうことだ」
「言いたくねえ」
めずらしくはっきりとした拒絶だった。
答えをうやむやにすることや黙っていることはあっても、ここまでの反応は記憶になかった。
が、ローダーフォーに一歩でも近づく鍵が有るなら、どんなものも拾い集めたい。エアシャカールはなおも問いつめた。
「頼む、イグアス。オレはあいつに、勝たなきゃならねェ。……いや、勝ちてェンだよ。そのためのキーが必要なンだ。お前の過去にそのキーがあるかもしれねェ」
イグアスは長く息を吐きだした。しばらく迷って、迷いに迷って、クソと吐き捨てた。
「……俺が企業の部隊にいた頃、とある作戦があった。フリーランサーと協働して動けって指示でな。あの野良犬はその時の臨時雇いのはずだった」
イグアスの過去。熾烈な資源争奪戦。彼は口には出さないが、おそらく武力を伴ったであろうそれ。そこにあのローダーフォーが居たというのか。
「作戦は順調に進んでいた。俺たちはどこの誰とも知らねえフリーランサーのお守りにうんざりしたけどよ、あいつはまあそこそこの働きを見せた。計画も順調に半ばに差し掛かったところで、あの野良犬は、裏切りやがった」
彼は、クソと再び吐き捨てる。
「その時敵対してるやつに丸めこまれ、俺たちを背中から襲ってきた。まあ、それが一回目だ」
「そンなの有りなのかよ。契約してたンだろ」
「なんでも有りだ。とんでもねえ辺境の地だ。正規の人出が足りねえからどんなやつでも使う。昨日敵に雇われてたやつが今日は仲間になるし、逆もある。どんなやつでも使えるもんは使わないとならなかった」
「めちゃくちゃだな」
「そうだな。強いこと。それが唯一の正義だ。そんな場所だった」
イグアスは遠くを見る。かつての光景を思い返しているようだった。そうして言葉を続ける。
「どこにいてもあいつの噂が耳に入ってきた。どんなやつにも与し、どんな敵も倒す圧倒的な強さ。壁なんて存在しないとでも言いてえみたいに高く飛びやがる。……野良犬のくせに」
「……」
「好きなように生きて、好きなように死ぬ。そういう事ができる存在。俺はあいつのことが認められなかった。だから、何度も戦った。企業を抜け、全てを費し、あいつに立ち向かった。」
クソと繰り返し吐き捨てる。彼のいらだちは増すばかりだった。
「全てを賭けてあいつに相対して、それでも俺はあいつに届かなかった。高みを飛んでいるあいつを見て、俺はついに認めちまった」
「……何を?」
「俺は、あの野良犬に、憧れたんだ」
イグアスの言葉にエアシャカールは口をへの字に曲げる。彼の燃え殻のような目を見るとふつふつと胸のうちから何かが湧き起こる。
「全てを注ぎ込んでも、俺はあいつに届かなかった。そんで、こっちに来てもそれは変わらなかった」
「それが理由か」
「あ?」
「最近いやに腑抜けていると思ったら、それが理由か。イグアス」
エアシャカールはイグアスに詰め寄る。その勢いのまま胸ぐらを掴み上げた。
燃え殻のような彼の目を睨んだ。
「イグアス、お前は負けたのかもしれねェ。ローダーフォーのことを見上げる自分を認めたのかもしれねェ。もう勝ち目がねェって諦めたのかもしれねェ。だけどな」
エアシャカールの瞳には火が灯っている。チリチリと燃える火が。
「だけど、オレはまだ負けちゃいねェ。お前が勝てなかったからって、オレがあいつに勝てない理由にはならねェ」
歯をむき出しにし、エアシャカールはイグアスを至近距離から見上げる。
「あいつが7cmだと? その計算は変わらないだと? ふざけるなよ、オレはそいつを覆すために走ってンだ。勝つために走ってンだ。おい、イグアス。オレはまだ諦めちゃいねェぞ。止まっちゃいねェぞ。お前ひとりで何勝手に諦めてンだよ」
「お前は、オレの、トレーナーだろうが!」
イグアスが虚を突かれたかのように目を丸くした。その目に、エアシャカールの火の灯った瞳が写り込む。
「イグアス、オレは、オレたちは三冠を取るぞ」
言い捨て、エアシャカールは部屋を出ていった。
イグアスは彼女が出ていったドアを睨みつける。
それから目をつぶり、長く息を吐いて、目を開いた。
エアシャカールの瞳の火がまだ目前にちらついていた。
なんか自由の象徴みたいな扱い受けてますけどラップグルグル巻きの自由もクソもない状態でしたからね621
生春巻きを見たときのイグアスの顔見てえよなあ!