エアシャカールがイグアスに啖呵を切って数日が経つ。彼女はひとりトレーニングに打ち込んでいた。
あれからイグアスとは口を利いていない。
先に動かなければならないのはイグアスの方だと思っているし、彼が腑抜けたままだったら自分ひとりで何とかするまでだ。
ケンカでもしたような様に、メイショウドトウやファインモーションは気が気でないらしい。どうしたのかと頻繁に声をかけてきている。あいまいに答えているが、ファインモーションはそのうちイグアスに突撃しかねない。
とにかく、自分たちがどうあろうと、時は関係なく進んでいく。
じきに皐月賞の時期がやってくる。目標とする三冠のうちの一冠めだ。計算だとオレは勝利できる。完璧なはずの計算結果に一抹の不安がよぎるのはローダーフォーという存在のせいか、あるいはイグアスのせいか。
そう、イグアスだ。あれだけの啖呵を切られて、ただ黙っているとは思えないが、彼はどうするだろうか。
エアシャカールは7cmをひっくり返す要素を求めている。イグアスにそれを見出しかけていたのは確かだ。彼の能力は使えると結果が証明している。
だから今のままでは、少し、そう、ほんの少し困ってしまうことになる、かもしれない。
思案に暮れていたとき、スマホが震える。イグアスからのメッセージだった。
『そろそろ皐月賞のエントリーの時期だ。トレーナー室に来い』
簡潔なメッセージは常のことだ。彼が以前までと変わりないということかもしれない。
と、そこでさらにメッセージが届く。
『渡すモンがある。すっぽかさずに来い』
なんだろうか。念を押してきたのは初めてだ。先ほどまで思っていたことを振り払う。これはきっと何か変化があったのだろう。
「とにかく、まあ、行ってみっか」
エアシャカールはトレーナー室に足を向けた。
トレーナー室をノックし、中に入る。イグアスが振り返って出迎えた。
その目を見て、エアシャカールはわずかに胸を撫でおろした。
火だ。火が灯っている。燃え尽きて、灰になって、それでもその灰の中から立ち上がる火だ。
燃え残った燃え殻に火がついている。
その様子に、エアシャカールは口をわずかにつり上げた。
「やる気は戻ったみてェだな」
「けっ」
「オレのトレーナーだ。そうこなくっちゃな」
「うるせえ。とにかく、皐月賞のエントリーだ」
おう、と応じて書類にサインする。あとの手続きはイグアスの仕事だ。
それよりも気になることがある。
「イグアス、渡したいものってなンだよ」
「ん、ああ」
呟いてキャビネットを漁り、書類を入れる大きな封筒を持ってきた。
「てめえにさんざん言われたあと、考えた。考えて、てめえにこれを渡したいと思った。俺の覚悟だ」
あまり彼らしくない熱の入った言葉に、エアシャカールは小首をかしげる。封筒を受け取る。重さからして中身はたいした量は入ってないようだった。
口を開け、中身を取り出す。
「ワッペン?」
赤で描かれた直線的な四つ羽の風車のような模様に、数字の9が描かれた意匠だ。
なにかのロゴだろうか。
「なンだこりゃ?」
「俺がいた部隊、レッドガンのエンブレムだ」
その言葉に驚いてイグアスに目を向ける。彼はワッペンを見ていた。
「俺が部隊にいた頃、そこの上官に渡されたんだ。『気に入ったやつがいたら、ひとりスカウトしてきていいぞ』ってな。レッドガンのナンバーナインだ。こんなもん捨てちまおうって思ってたんだが……」
「9? なんでそんな中途半端な」
「
それにな、とイグアスは言葉を続ける。
「
「俺たち? 意味? おい、オレは確かにお前と走るつもりだが、お前の感傷まで背負って走るつもりはねェぞ」
「邪魔になるもんでもねえだろ。そのワッペンは俺なりの覚悟とけじめの示し方だ。てめえと一緒にあいつを倒すっていうな。そいつは引き出しの奥にでもしまっておけ」
なあ、シャカール、とイグアスはじっとこちらを見た。
「俺はあいつに勝てなかった。俺たちでもあいつに勝てなかった。だからこそ、今度こそあいつに勝たなきゃならねえ、俺と、てめえでだ。エアシャカール」
真っ直ぐ突き刺さる視線に、エアシャカールの身が引き締まる。
イグアスの目には小さな火が灯っている。そして自分の目にも同じものがある。
ひとつとひとつでは小さなそれも、合わされば大きな火になるはずだ。全てを燃やし尽くす火に対抗しうる大きな火になるはずだ。
「実質的にレッドガンはもういねえ。俺とてめえだけのたったふたりの部隊だ。そしてこれは、俺がてめえに渡そうとするただの感傷なのかもしれない。それでも、俺はてめえをこう呼びたい」
「
レッドガンの悪夢を乗り越えろ