大人に嫌われる少女の話   作:息抜きのもなか

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曇らせゲージが溜まったので排出しました。
難産だったので短いです。でも作者はお腹いっぱいになったので公開します。


02.動機

 D.U.地区。時刻はシャーレ始業間際。

 現在位置は現在進行形でシャーレから遠ざかっている。私は全力で、息を切らして逃げている。

 

「先生を不快にさせている方なのでどんな傑物なのかと考えておりましたが、こんなものですか」

 

 被弾した。左肩。

 激痛はあるけれど、意識は失わない。恐らくはそうなるように計算され尽くした攻撃だったのだろう。もう走り回りすぎてどこかも分からない路地裏で倒れ伏して、私は近付いてくる足音に怯えるだけ。

 肩で息をしながら、右手で痛みのある左肩を抱える。力の入らなくなった左手がぶら下がっていることは視認できていたものの、右手で触れるまでその実在を信じ切れなかった。まるで肩から丸ごと無くなってしまったんじゃないかと錯覚するような痛みに、想像以上に自分が混乱していることを自覚する。

 キヴォトスに来てから今日に至るまで、酷い目に遭ってきたという感覚はあったけれど理性ある大人から厭悪(えんお)されてきただけだったからか、暴力を振るわれたことはなかった。

 何より、停学中とはいえ紛いなりにも生徒からこんな敵意を向けられたのは初めてで。この引き金の重みがないも同然の学園都市(キヴォトス)で五体満足で過ごせてきたのは、単に幸運なだけだったのだと思い知る。

 しかもそれを私に教えるのがキヴォトスに生きていれば誰もが知る犯罪者となれば、『厄災の狐』ともなれば、怖くて怖くて仕方がない。

 

「何が目的で先生に近付いたのか、教えていただいても?」

 

 言葉を返そうにも私が口を開くより先に彼女のつま先が鳩尾を捉え、壁に叩きつけられたことによって脳が揺さぶられた。

 元より答えなど求めていないのだろう。彼女の性格が伝え聞く通りなのであれば私が何か答えても火に油を注ぐだけだ。彼女も死体を作ることは忌避するだろうし、大人しくサンドバッグになるほうが得策かもしれない。

 そこまで私の精神が保てることが必要条件になってしまうのが懸念事項ではあるのだが。

 あと二日でこの罰ゲームみたいな時間も終わるところだったのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだろう。努めて優しく接しようとする先生のぎこちない仕草に気が付かない振りをしながら精一杯やってきたのに。

 いや、それだけの時間があったからこその結果なのか。

 時間を与えてしまったが為に、確信をも与えてしまったのだろう。一月ずっと先生の当番の生徒に対する態度と私に対するそれを観察していたのならば、気が付かないはずがないのだから。

 

「だんまりを決め込むつもりでしょうか。普通の方であればみっともなく泣いて謝って縋ってくる頃合いなのですが」

 

 為す術もなく転がされ続ける私が言葉を挟む隙などない。

 痛みを与えるためだけの攻撃は、着実に私の言葉を発する気力を確実に削っている。制止の言葉でも出せれば変わったのかもしれないが、それを選べる余力は残っていなかった。

 理不尽は終わるまでじっと耐えるしかない。それが私がキヴォトスに来てから学んだこと。

 痛みに意識が飛んで、痛みに意識を引き戻される。

 もう何回繰り返したか分からないそのサイクルに慣れることはなく、意識が覚醒する度にまだ続くのかという落胆と終わりが見えないことに対する恐怖が私の事を支配する。

 

「ふふ、先生には体調不良であなたがシャーレに向かえず、明日も大事を取って休むと連絡しておきました。先生はお優しいですから心配されてしまうかもしれませんが、いえ、先生も貴女が嫌いなのでそこまではしないかもしれませんね」

 

 こんな状況でも耳だけは正しく機能していることが恨めしい。

 現状から解放された後にシャーレに行けと言われてもまともな執務など行えるはずがないと思っていたので、そこだけは安堵してしまう。

 そして本格的に動かす理由を失った体は抵抗を放棄し、私はだらりと力なく垂れるだけの土塊(つちくれ)へ成り下がった。

 

「ふむ、今の言葉で抵抗を放棄したということは、貴女自らがシャーレへと向かう積極的な動機はなかったということでしょうか。さしずめ学校ないし教師からの指示で向かっていただけ、と」

 

 今の一瞬でそこまで理解できるなら、最初からそうして欲しかった。

 そんな感情を吐露できるような状態にない私はただ霞んだ視界の中で声の聞こえた方に目を向けることしかできない。自分がどんな顔をしているのかすら判断がつかない今の私にはそれが自殺行為だと分かっていてもそう判断する頭が働いていないのだ。

 故に私は沙汰を待つ罪人のような心持ちでその場に存在することしか叶わない。

 生殺与奪は既に自身の手を離れ、ただ温情か救いかという極端な相手の回答を待つだけだ。

 

「これ以上こんな方に時間を使うのも勿体ないですね。彼女の欠席で人手が減った分を私がお助けして差し上げなくては!」

 

 選ばれたのは温情の選択肢。しかし手段は放置という単純にして非情な一手。

 裏路地のどことも知らぬ場所に動けぬ状態で捨て置かれれば、飢えという逃れられない苦痛を与えられることは想像に難くない。

 私はあの『災厄の狐』がそれを理解した上でこの選択をしたのか判断がつかない。しかし仮にそうであるとするのならば、私が最大限苦しむやり口を選んだのだと受け止められるだろう。理由が(わか)れど許す気など毛頭なく、どこまでも私を追い詰めるつめるなのだ、と。

 その場で殺してもらった方が楽だったと思うような苦痛を味合わせた上で、その灯を消す。直接手を下すわけでもないため気分も悪くならず済むし、実に合理的な判断だと思ってしまう。

 動かなきゃ。

 どこもかしこも折れている気がするけど、このままじゃ死んでしまうから。

 

 そんな私の思考は、数瞬後には掻き消される。

 ――大地の咆哮。

 そう錯覚するほど耳を劈く轟音があたりに響き渡った。振動で体が揺らされて、私は壁に背を預けていた状態から地面にうつ伏せに倒れてしまう。

 噴き出すような水音、そして(ほの)かに感じる温度。

 何者かが私に近付く足音が聞こえた。

 

「おや、これはこれは」

 

 その人物は告げる。

 ――温泉に興味はないかね、と。




ワカモ、誕生日を考えると19歳になってておかしくないと思うので、今回は生徒ですが19歳判定で大人枠に入れさせていただきました。当初は18歳にしてたんですが3年から軒並み攻撃されるようになるのはちょっと可哀そうかなって思って変更しました。
着地点的にもこっちの方が良いですし。
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