大人に嫌われる少女の話   作:息抜きのもなか

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曇らせゲージが溜まったので排出します(期間空きすぎだろ)。
温泉回。休憩ですね(大嘘)。


03.温泉

 意味が分からなかった。

 テロリストに襲われたことも。見逃されたと思ったらテロリストに声をかけられたことも。その背後で温泉が噴き出ていて、問答無用で温泉に放り込まれたことも。

 私が動けないでいるうちに視界の隅で目にもとまらぬ速度で温泉旅館が建てられていき、私が指をようやく動かせるようになって一度湯船から引きずりだされた際には既に建物が完成していた。

 温泉はとても気持ちが良いけれど、傷にギリギリ耐えられる程度に沁みて痛いのでその心地好さに没頭できない。加えて隣で満足そうな顔をして浸っているテロリストがいるせいで、温泉を楽しむどころではなかった。

 

「どうかね? なかなかいいものだろう? 傷に沁みることに目を瞑れば、疲れているときの温泉以上のものはそうそうない。雪が降っていればもっとよかったが、こればっかりは仕方がないな」

 

 傷に染みる感覚を知っているということは、彼女も傷だらけの状態で温泉に浸かったことがあるのだろうか。そんなことを考えながら、隣にいるテロリスト、温泉開発部の部長である鬼怒川カスミへと視線を移す。

 心地好さそうに身体を湯船へ放り投げる彼女の顔は、その体温の上昇ゆえか上気しているように見て取れた。

 そんな柔らかな表情を向けられたのは随分久しぶりのような気がする。温泉に放り込まれたのが嫌がらせの可能性も考えていたから、彼女からそういった意図が見えなかったことに安堵する。

 一つ息を吐けば、自分が思った以上に(りき)んでいたことに気が付いた。全身の筋肉が一気に緊張から解放されるとはいかないものの、幾らか警戒は緩んでいく。

 

「なぜ、私を助けたんですか?」

「湯治という言葉を聞いたことがあるだろう? 温泉には怪我や疲労を回復させる効果がある。近くに温泉に入りたそうにしている者がいて、その者は怪我をしていた。であるならば、心ある生き物である我々は温泉に入れてあげるのは当然の行いというものだろう」

「そういうことではなく、私は『災厄の狐』に目を付けられていたんです。それなのに、私を助けて良かったんですか?」

「ふむ、話せるぐらいには回復したようだな。安心安心。しかしどうでもいいことを気にするものだ。私はそこに温泉があると知れたら狐の巣だろうがシャーレだろうが爆破せずには居られない性質(タチ)でね。流石に矯正局は躊躇する部分はあるが、何かの間違いで彼女が放り込まれたとしたらどんなリスクを背負ってもやるだろうし。ま、要は恐いものなどないということだな!」

「そう、じゃあ大人しく捕まってくれるのかしら」

「ひぇええええええ!!!」

 

 私の回復を待っていたということは、鬼怒川カスミは私に何か話すことがあったのではないだろうか。いや、単純に自分が先に温泉に入りたくて、私を口実にしただけかもしれないが。

 結局彼女は何を伝えたかったのだろう。あまり怖がり過ぎる必要はないと言いたかったのだろうか。それにしては脇目も触れずに風紀委員長から逃げ出していたけれど。

 温泉の縁に立ち、更衣室へと飛んでいった黒髪の少女と対になるようなミニサイズの白。温泉の湿気で以前姿を見かけた際よりずいぶんと重たい印象を受ける自身の長髪を鬱陶しそうに触れた彼女は、一体あのテロリストにどんなトラウマを植え付けたのだろうか。

 私を温泉に放り込んだ下手人が逃げた先を見つめていた空崎ヒナは、ようやくあの犯罪者以外の人間がいることに気が付いたのか、力なく足を投げている私の方へとその視線を移し、僅かにその眉を上げてすぐに目を細めた。

 

「あなたは……。そう、あなたが先生の言っていた生徒なのね」

「先生が、何か?」

「……ごめんなさい。マコトに妨害されたせいで、あなたの退学処分を止められなかった」

「え?」

 

 今、彼女が何を言ったのか理解するのに時間がかかった。

 退学処分? 私が?

 何で一体そんな話になっているのだろう。理由に心当たりが――普通にあるか。

 

「そっか。嘘だったんだ」

 

 あの教師は授業に出なくていいと言ったわけではない。

 正確にはこうだ。『出なくて結構です』。

 それは当初は私が解釈したように授業に出なくても問題無いという意味合いだったのだろう。しかし途中で彼らは気付いたのだ。その言葉は、単に一時の感情で口走っただけと捉えることができることに。

 いっときの感情で言った言葉を、本気にする奴がいるとは思わないじゃないか、と。

 私の住んでいたキヴォトスの外の学校でも、似たような言葉があったなと思って、そのまま口から転がり出る。

 

「『やる気がないなら帰れ』」

 

 先生に言われたので帰りました、は通用しない、要するにやる気を出せという意味合いの言葉。

 その類の言葉のつもりだったと主張されて、誰もそれを糾弾せず、私はただシャーレに入り浸って一ヶ月間無断欠席した愚か者になった。そして私が納得していない彼らが言う日々の素行不良と合わせ、退学させることを決めたのだろう。

 嵌められた。

 就職するためだけに卒業まで耐えるつもりだったのに、それすら許されなかった。

 

「ごめんなさい。先生にも相談して、シャーレでの活動を単位にできるよう動いてもらっていたのだけど、間に合わなかった」

「先生が、そんなことを」

 

 驚きだった。

 そういえば、この一ヶ月の間で何回か先生が私の方を盗み見ていた時があったか。てっきり信用されていないから監視をされているだろうと思っていたのだが、まさかそんな理由があったとは。

 いや、でもそれならそういう動きがあると教えてくれればよかったのに。そうしたら一度ゲヘナ学園に戻って、ああ、そうか。そうしたらそうしたで命令違反になるのか。どちらに転ぼうが運命は変えられなかったのだろう。

 でも、と思う。

 聞く話によれば、先生は生徒がこういう危機に陥った時、どんな手段を使ってもそれを救ってきたと聞く。私にはそれがなかったということは、やはり私は嫌われていて、かの人のモチベーションには成り得なかったのだろう。

 それもまた、結果から論じている暴論だけれど。

 

「教えてくれてありがとうございます。空崎委員長」

「いいえ、私は感謝をもらえることはしていないわ。結果的には何もできなかったわけだし。何か助けが必要であれば、力を貸すから連絡して。あまり時間がある訳じゃないけど、空き時間で良ければ飛んでいくから」

 

 そう言って彼女は、更衣室の方に跳んで行った。

 連絡しろと言っていたから、更衣室に置いてあるだろうスマートフォンに連絡先を入れておいてくれるのかも知れない。いや、普通にテロリストの確保が本命か。私がこの場にいるのだって、彼女からしたら偶然の出来事な筈だし。

 

 一人になって、空を仰ぐ。

 これからやらなければいけないことは何だろう。まずは家に戻って、新しい学校への編入を考えないといけないだろう。

 そう考えて、冷静な思考がブレーキを踏む。

 今の私を受け入れてくれる学校なんてあるのだろうか。問題児の巣窟と呼ばれるゲヘナ学園を、素行不良を理由に退学になった生徒なんて、受け入れたいと思うだろうか。

 それに、ここ一ヶ月のD.U.地区での生活の中で大人と呼ばれるような人たちにあまり良い印象を与えることができないことがわかっているが故に、他の学園で同じようなことが起きやしないかと怖がってる自分がいる。

 

「まあ、家に帰ってから、ゆっくり考えよう」

 

 退学させられているなら、残り一日あるシャーレへの出向を踏み倒しても問題無いだろうから。

 先生からの印象は悪くなるかも知れないけれど、いまさらの話だ。

 温泉から自力で這い出れるようになった頃には茹でダコのような状態になっていた私は、温泉開発部(テロリストたち)が建てた旅館の初めての宿泊客として一泊し、翌朝重い体を引きずりながらゲヘナ辺境の自宅へと戻った。

 

「は…………?」

 

 私は住所を確認し、地図アプリで現在地も確認し、そこが自分の部屋があった場所であることを確かめるが、何度改めてみても間違いない。第一、いつもと同じルートで帰宅しているのだ。もう半年以上も通っていた道を、一ヶ月間が空いたぐらいで忘れるわけがない。

 それなのに。

 私の目の前には住んでいたアパートの面影はなく、カイザーグループの建設会社が忙しなく働く建設現場があるだけだった。

 ゴトリと、私の肩から滑った鞄が音を響かせた。




波下タル(主人公)は家が遠いのでシャーレへの出向期間はホテル暮らしをしてました。
知らない間にいろんなことが起きてて可哀想ですね()。
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