大人に嫌われる少女の話   作:息抜きのもなか

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曇らせゲージが溜まったので排出します。
私の過去作を知っている人からすれば、いつもの。はい、閲覧注意を置いておきます。


05.仙丹

 目が覚める。

 血の味がする。

 どうなったんだっけ。何をしていたんだっけ。

 意識が朦朧とする。視界が霞んで輪郭を正しく捉えることを放棄している。

 

「ほら、次はこれを頼むよ」

「は、い」

 

 口に異物が転がり込む。

 飲み込めと言われた。飲み込む。

 瞬間、人から出てはいけない音が聞こえた気がした。身体の内から何かがせり上がってきて、私はその勢いのまま咽せてしまって、口から何かを垂れ零す。

 その存在が実在を主張するように、鉄の香りが口内に充満していく。

 そこまでいってようやく、私の意識は一つだけ表層に近付いた。

 そして、思い至る。

 私は今、何をされている?

 

「ふむ、こちらは失敗か。最初の薬に適合したから素質があるのは間違いないはずだが、ベースとしていても違いが出てくるものか。やはり面白いな。……おや?」

 

 その視線がこちらを向く。

 白と黒の何かが、私を見ている。近付いてくる。

 私はそれが恐ろしくて無意識に体を退こうとして、ようやく自分が動けないことに気が付いた。

 

「意識が戻ったみたいだね。どうだい、気分は?」

「ひ」

「ふむ、少し人格に難が出ているか。不死になって神に近しい力を得たとて、意思疎通ができなければ意味がないな。効果の高い仙丹は避けているから逃げ出すこともできないはずだし、……少し安定作用のあるものも混ぜておくか」

 

 言葉は入ってきているはずなのに、はっきりと言葉の意味を掴めない。自分にとって良くないことが起きているはずだけど、それが何なのか分からない。

 怖い。怖い。怖い。

 ここから逃げなければ。隙を探して、油断を誘って、この場所から離れなければ。

 そうでなければ、私は壊される。そんな気がする。

 

「先輩、この子逃げようとしてますけど」

「逃げられないようにはしているが、もし逃げられても構わないさ。家も学校もなく、カイザーに掴まってどこかに消えるか、私たちに使い潰されるかのどちらかしか選択肢がない人間だからね。どこかで捕まるだろうし、見つからなかったらもう表に出てくることはないだろう」

「なるほど。じゃあとりあえず気絶させときますね」

 

 後頭部に鈍痛を覚えた。それを自覚したときには、既に意識を繋ぎ止めるには遅すぎる頃合いだった。

 

 


 

 

 

 目を覚ますと、牢屋にいた。

 ヴァルキューレ、というところらしい。牢屋の前にいた看守に聞いた。

 銃は没収したと聞いたけれど、対して興味はなかった。別に、持っていないと変だから持っていただけだし。外で暮らしていた私からすれば、持ちたいという気持ちは欠片もない。

 

「あの施設で作られていたドラッグについて、聞きたいことがある」

 

 尾刃カンナと名乗る公安局局長が、私を訪ねてきた。

 彼女は私が知らないと言い続けても疑っていたが、あの七囚人の名前を挙げればあっさりと引いた。あの施設に私以外はいなかったという状況から考えて、どうやら私はあいつらにヴァルキューレの強制捜査のスケープゴートにされたようだった。

 ヴァルキューレの生徒たちからは私が麻薬で頭をやって、眠っているように見えていたらしい。

 そういう風にうまく装ったのだろう。そう思っていたのだが。

 

「波下タル、お前を捕らえたのはお前の体内から違法薬物の成分が検出されたからだ」

「へ?」

 

 聞けば、私の血液成分からブラックマーケットで最近流行っている薬物が通常より高い濃度で検出されたらしい。その薬物は多幸感と共に意識を混濁させる作用があり、その反動として薬が切れた際の依存性が異常に高いらしい。

 今の私は話を聞くために精神が安定する作用のある薬を打っている状態で、完全に断ち切るまではその薬を飲んだ方が良いと袋を手渡された。

 そんな形であっさりと釈放された私だったが、行く宛てなどどこにもなく。

 ヴァルキューレの生徒から渡された安定剤の袋が、いやに重たく感じられた。

 

「さて、どうするか」

 

 シャーレに向かおうかと考えて、頭を振る。

 何やら私の事を案じて手を回してくれていたようだけど、結果がこのザマでは頼る気にはなれなかった。同時に空崎委員長の顔も思い浮かんだが、多忙の身の上である彼女の手を煩わせるのは心苦しい。

 迷った末に、件の温泉宿に泊まることにした。別にそう決めたわけではなく、歩いていたら目に入ったからそうしただけ。

 

「ああ、これか」

 

 突然渇きのような感覚に襲われて、動悸が止まらなくなった。

 ブラックマーケットに行きたい。あそこでアレを手に入れなければ。

 馬鹿みたいな衝動に脳が支配されそうになって、宿の部屋で涎を垂らしながらヴァルキューレから渡された薬を流し込む。それから布団に包まって体の震えを抑えていたら、数分後には安定剤が効いてきたのか体と思考に自由が戻ってきた。

 安堵するとともに、実感する。とんでもない物がこの身体に放り込まれていたことを。

 依存性が薄れて消えきるまで自分があの衝動に耐えられる自信がない。それぐらい先程の衝動は激しくて、苦しくて、それと同時に甘美だった。身体が無意識に期待していたのがわかった。

 先程とは違う理由で、体の震えが止まらない。自分が自分でなくなってしまう気がする。意識が持っていかれて、体の制御も手放して、それは私と言えるのだろうか。

 その日は、なかなか眠ることができなかった。

 

 

 チェックアウトを済ましても、行先など決まっていない。

 この機会だし口座でお金を下ろしてキヴォトスを旅してもいいかもしれないと思って銀行に行ったら、口座が凍結してお金が引き出せなかった。理由を聞けば、銀行口座は学籍と連動しているから、とのこと。

 失念していたその事実が意味するところは今の私の手元にあるお金が私の全財産ということで。

 電子決済用のアプリはあるものの、オートチャージの設定は凍結された口座と紐付いているものなので残金の補充も望めない。

 必然的に、私は決断を迫られた。

 

「依頼を受けたい? ハッ、実績のないガキを雇うわけがねぇだろ。出直してきな」

「貧弱ですねぇ。それでは私のボディガードは務まりません。サンドバッグとしてなら雇いますが、いかがですか?」

「…………あァ? いつまでそこに居やがる! 無視してんのがわかんねぇのかこのグズが!」

 

 悪い大人が牛耳るところ(ブラックマーケット)で、私の価値は雀の涙ほどもなかった。

 それでも生きるためにためには金が要る。頭を下げて、何か仕事はないかと頼み込んでみたが、銃もまともに撃てない奴はどこへ行ってもお払い箱だった。

 次第に、焦りを感じる。

 どうすればいいのかわからなくて、最悪の決断をしてしまいそうになる。

 見えていたけれど一線を引いていた怪しすぎる依頼に飛び込むか、はたまた一定周期でこの身を焦がそうとする衝動に身を任せてしまうか。

 まだ、まだ大丈夫と自分を鼓舞して、再びブラックマーケットに転がる依頼に目を通す。

 薬は残り少なくなってきたのに、まだ薬の効果は抜けそうにない。

 

「どこ見て歩いてやがる!」

 

 依頼を受けれずに落ち込んで歩いていたら、前から歩いてきた不良たちとぶつかった。

 感じが悪い奴らだなと思って、しかしここにいる時点で自分も傍から見れば同じだと気が付いてしまって自嘲する。路地裏の闇が自分を手招きしているように思えて、振り払うようにその場を去った。

 その感覚が禁断症状の一部だと気が付いたのは、それは数分後のことで。

 

「あれ、ない、ない!」

 

 いつものように薬を飲もうとして、ヴァルキューレから貰った袋を持っていないことに気が付いた。スられたか、あるいはどこかに置き忘れたか考えて、先程ぶつかったときのことを思い出す。

 あそこだ。あそこで落としたんだ。

 戻ろうとして、しかし、体が思うように動いてくれない。いつもは症状が始まったら薬を飲んでじっとしていたから、こんなに自由が利かないとは思ってもいなかった。ブラックマーケットは食あたりでうずくまっている生徒も少なくないため、そうしていても怪しまることがなかったがための弊害だ。

 この状態ではあの場所に戻るまでに、いや、思考がぐるぐるして、あれが欲しくてたまらなくて、あれ、どこだっけ、何を、しなきゃいけないんだっけ。

 やばいやばいやばい。戻らなきゃ。

 そう思って十字路に差し掛かって、どちらに行けばいいのか、思考がまとまらなかった。

 もう、いいかな。そんなことも、頭を過ぎる。

 

「お困りですか?」

 

 朦朧とし始めた視界の先に、スーツ姿の大人が見える。

 それは先生とは違う、異形の大人。人の体躯をしているのにその頭部だけが明確に人以外の何かであることを告げていて、本能的に恐怖を感じた。

 

「私であればその苦痛から、解放して差し上げられますよ?」

「わたし、は……」

 

 涎が止まらない。持っているのか。ダメだ、そんなことをしたら私は本当に終わる。

 楽になりたい。もういいだろ。別に戻る場所も大切なものも何もないし。でもそれでも、生きてさえいたらどうにか、どうにかってどうするの? 何が起こるの? 全員から、嫌われてるのに?

 

「あ……」

 

 ポキリ、と何かが折れる音が聞こえたような気がした。

 自分との問答の中で、自分の生に価値がないことを悟ってしまった。

 ならばもう、狂ってしまった方が、楽なのでは。

 

「待て!」

 

 後ろから、声が聞こえた。

 いつか聞いた気がする声、犬の耳、堅苦しい制服。えと、確か、なんだっけ。思い出せない。

 

「波下タル、そいつらと関わるのだけはダメだ!」

 

 なんで、ここに。

 ああ、そっか。泳がされてたのか。私が誘惑に負けて、薬の売人と接触するだろうって、思われてたんだ。

 

「安定剤は渡す! 正式に依頼も出そう! だからこっちに来てくれ!」

「私の手を取ってくだされば、貴女の中から有害物質を一つ残らず取り除いて差し上げますよ?」

 

 なんだ。どっちも持ってないのか。

 冷静な判断ができない。だから、楽な方に、楽な方に、流される。

 

「待ってくれ! 頼む! 頼むから!」

 

 ちらりと見た彼女の顔が、とても恐ろしい犬の化け物に見えてしまって。

 私は最悪の決断をしてしまった。




便利編が消失した影響で思っていたより早く終わりそう。
麻薬は『神様のメモ帳』1巻のやつのイメージが強いです。
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