最近外部からの曇らせ小説の供給が足りないのでちょっと停滞気味。
痛みで目が覚める。
肩で息をしている自分に気が付いて、ゆっくりと深呼吸を試みるが、傷口から発される信号が脳を支配しようと躍起になって、上手く呼吸が整わない。
どうやってここに行ったのか、何の話をしたのか、思い出せることは多くはない。
でも確実に覚えているのは、無理やり席に座らされて、急かされるままサインをしたこと。
違う。覚えているわけじゃない。今の自分の状況を受け入れて壊れないようにするために、頭が無理やり記憶を引っ張り出してきて、私に叩きつけたんだ。これはお前の選択の結果だと。お前の愚かで短慮な行動の結果がこれなのだから諦めろと言われて、受け入れる以外の選択肢を私は持っていなかった。
「うぅ……」
呻きに似た嗚咽が零れて、滲んだ視界のまま自身の左側を見る。
血は既に止まっているが、痛みは未だに引いてくれない。それが幻肢痛なのか、麻酔なしで施術が行われた故なのか、私はそれを判別する方法を知らなかった。
だから自分にできるのは、傷口を抑えて痛みが鎮まるのを祈るだけ。
昨日までそこに存在していたはずの左腕は、二の腕の半ばあたりから切り落とされていた。
「契約通り、左腕は回収させていただきました」
私がサインした契約書には、どうやら治療の代わりに体の一部を差し出すことが記されていたようで、私が正気を取り戻した時には既にもう引き返せないところまで施術が進んでいた。
薬の衝動を痛みで上書きする方法で無理やり解決を図ったのかと思ったが、それはどうやら私の勘違いで。それが先払いの報酬に該当するものだったことを、私は後から知ることになった。
心身喪失状態での契約なんて普通なら無効だろうと思わないでもないが、
恐らく、それを加味して先払いと言う手段を取ったのだろうと思う。汚い大人のやり方だと吐き気を覚える。でも、それに縋ったのは自分だということも理解していたから、やっぱり私は口を閉ざしたままでいるしかない。
「随分と回復したようで何よりです。もうあの衝動はほとんど感じないでしょう?」
どれだけ時間が経ったのだろうか。
黒服、と名乗った男が私に行った治療は、一発で全てが解決するような魔法のような方法ではなく、地道で時間が掛かる一般的な方法のように思えた。
一度血を抜いて、毒物を
抜き取った血の一部を分析と実験に回すことを対価とする形でその方法がしばらく続けられて、今ではもうほとんどあの衝動は感じない。ここに来てからしばらくはベッドに拘束具でつながれて暴れられないようにされていたが、今ではもう拘束具を外されていることも快復に向かっている証拠だった。
「明日からは、本格的に我々の実験に付き合っていただきます」
「は? ちょっと待って。もう十分実験には協力してるはず」
「はて? 我々は実験の内容については告げていなかったと思いますが。今までのはあくまで治療行為のついでにあなたの善意で血液を頂いていたまで。我々が対価としてあなたに参加していただくようお願いした実験は、まだまだこれからですよ?」
やられた。もっと早く確認しておくべきだった。確かに治療の時に一部の血を実験に使っていいか訊かれたが、まさかあれが対価として成立していなかったなんて。
しかし私を真っ当に治療したことで文句を言うに言えないのも厄介だ。
本来請求されるであろう治療費と裏世界で出回る生徒の腕の金額を突きつけて私に矛を収める以外の選択肢を許さなかったこの男の手口を見ていると、私以外にも同じ目に遭っている生徒がいるのだろうなと思ってしまう。
「あなたは先生同様に外の世界から来た。しかしヘイローがあるからか身体能力は他の生徒と同等のものがあるように見えます。あなたの身体能力はヘイローを有してから得たもので間違いないですか?」
実験と言われて左手を落とされたときのような肉体に負荷がかかるものを想像していたのだが、最初はただの聞き取り調査から始まった。
次々と私の事情を言い当てられ、目の前の人間が自分より私の身体の事を知っている気がして何だか少し気色が悪い。最初は生徒の事を研究している、神秘のことを研究していると聞いていたからそのせいかと思っていたのだが、だんだん私のパーソナルの部分に踏み込んできて、そうではないのではないかと私は考え始める。
「なるほど、ご両親の態度がまるで好悪が裏返ったかのように変わったと。クックックッ、では、次の質問ですが――」
「なんで……、何で私のこと、そんなに詳しいの? 私がここに来てから調べられる内容だとは思えない」
「確かに、ちょうどいいタイミングかもしれませんね」
私の質問に応えることなく、黒服は一人納得してどこかと連絡を取る。それからほどなくして、異形たちが続々と私の前に姿を現した。
一人は人形だった。
一人は首がなかった。
一人は無数の目でこちらを見ていた。
そこに黒服と言う頭に値する場所に黒い頭部と光の零れる
「紹介は手短に。こちらに並ぶ三名は現在の私の同志です。我々は『崇高』を目指してお互いに研鑽しあう協力者といったところでしょうか」
「御託は結構です。こちらが例の少女であるなら、早々に実験を始めてください。私も興味がありますので」
赤い女の複眼がギョロリとこちらを見定めるように向いて体が強張る。
ここに居てはいけない、という感情が目にも留まらぬ速さで積み上がっていく。
危険だ。私はここに居たら、壊される。そんな確信を抱いた。
「ベアトリーチェ、事を急くのはお前の悪いところだ。桐藤ナギサの件や調印式の件から何も学ばなかったようだな」
「木偶人形が何か喋っていますね。そして調印式に関していえばあなたの失策が大きいでしょう。秘密兵器を先生に破壊された責が無いとは言わせませんよ。加えて言うならば、調印式の件は失敗ではなく成功です。ユスティナ聖徒会の
目の前で言い争いを始めた二つの異形を見る限り、あまり組織の仲は良くないのかもしれない。それが私にとってメリットであるとは限らないが、情報として一応覚えておくことにする。
その二人のやり取りを無視して、首なしの異形が話しかけてくる。
その手に男の背景の写真が入った額縁のようなものを持っていることに気が付き、物語で見るデュラハンと呼ばれる化け物に類する何かなのかと勘繰ってしまう。
「わたくしの名前はゴルゴンダと申します。故あって背中を向けた状態での挨拶となってしまう非礼をお許しください。こちらはわたくしの身体を代行してもらっているデカルコマニーです。彼ともども、これからよろしくお願いいたします」
「そういうこった!」
それから黒服を交えて少し話を聞いたが、情報過多で頭が沸騰しそうだ。
身体を代行しているから、喋っているのは額縁の方で、でもそっちは本体ではなく身体の方が本体でそちらは不死身で、額縁の中身は変わることがあるからやっぱり身体の方が本体なんだけど、でも意思疎通できるのは額縁の方で。
茹で上がった頭に冷や水を駆けられるかのように、黒服は突然その事実を告げた。
「あなたにヘイローを付与したのは、ベアトリーチェが入る前に居た地下生活者と言う男です」
「へ?」
あまりにも唐突なその情報開示に、私はその温度差に硬直して思考が止まった。
顔に出ているはずだから理解していないはずはないだろうに、黒服はそのまま話を続ける。
「我々という異物がこのキヴォトスという世界に存在していられるのは、我々が世界に定められた
「
待て。待ってくれ。
こいつらは一体、何を言っている。
もう全部、流したことだったのに。仕方ないと、諦めたことだったのに。
私の不幸が、全部、全部、こいつらの元仲間のせいだったと? そいつのせいで私は親から
「……ふざけんなよ」
じゃあなんだ。最初から、私が何者かをわかっていたっていうのか。
とんだマッチポンプじゃないか。自分の同僚がしたことの尻拭いなのに契約を結ばせて、治療の対価と騙って左腕を切り落として、全部、こいつらのシナリオ通りだったと。
「地下生活者はあなたにキヴォトスで生きる権利を与えました。それはヘイローと言う生徒の証と現れ、しかしそれ以外を与えなかったとも聞いています」
「無論、そこにも意味は存在しております。彼の者はあなたをキヴォトスにて
「そういうこった!」
じくり、と左腕の傷が痛みだす。
興奮したからか、はたまた体温が上がったからか、あるいはただの幻肢痛か。
ふつふつと恨みを募らせる私の感情に比例するように強くなる痛みは、それ以上私の感情が荒ぶるのを拒むように思えて鬱陶しい。
腕を抑えて
「しかし現に、あなたは反転していない。そうなっていてもおかしくないほどの悲劇と負荷を既に携えているはずなのに」
黒服はそこで言葉を切る。
そして次に告げた言葉を聞いた後、私は痛みで意識を落とすことになった。
「どうやら神秘を持ち合わせないあなたは、周囲のヘイローを持っていない人間の感情を反転させて自身の神秘としているようです」
地下生活者はもうどうせ出てこないだろうと思って好き放題する作者の図。
過去も捏造するし責任も押し付けました。
薬物治療については詳しくないので、変な部分があったら雑に読み流してください。
一話の後書きの空欄が埋まったよ! やったね!
主人公の神秘について
メリット :キヴォトスで生きることができる(?????)。
デメリット:大人(正確には19歳以上)に例外なく嫌われる。