目が覚めてから、全部聞いた。全部、吐かせた。あいつらが知っていることを。全部。
同僚が迷惑を掛けたお詫びだと言って、聞いてもいない、聞きたくもない現実まで聞かされた。
そんな風にしてくれなんて、頼んで無いのに。
加えて下手人は異形たちが自分たちで処理してしまったらしいから、私は感情のぶつける先に惑うしかない。中途半端なことをせず、ちゃんと元に戻してくれればよかったのに。そう思わずにはいられないが、下手人は元に戻す方法を用意していなかったらしい。本当に、どうかしてる。
けれど、最悪なのはやっぱり、そこではなくて。
度々話に出ていた『
つまり、私は周囲を反転させる何かをばら撒いているということ。
その感情の向け先が今は私にしか向いていないが、これから先もそうであるとは限らない。人間が成長するように、神秘もまた時間を経て何か別の形質を得る可能性がある。そのことを聞いて、苦い顔をすることしかできなかった私に何か責はあるのだろうか。
実験の痛みで苦しんでいる私に赤い女の不出来さと自分の作品のことをぺらぺらと話す首なしの語る失敗作が、今の私に必要なものなのかもしれないと本気で思ってしまう。
そんなことを考えていたら、遠くで何かが壊れる音が聞こえてきた。
部下たちが駆けていく。
空色の帽子を頭に乗せ、校名を刻んだ盾を携えて、先日その手から零れ落ちた少女の姿を探している。
「先生、協力感謝します」
「"気にしないで。生徒を助けるのは、当たり前のことだからね"」
目の前でゲマトリアの大人の手を取った少女を救うため、カンナはすぐに先生へ助けを求めた。
先生はゲマトリアが関わっていると聞いてすぐにそれを了承し、他の学校の生徒の力も借りて数日前連絡を入れずにシャーレを去った少女のことを探し回った。
見つけたのはエデン条約の調印式も終了した今になってから。
手を抜いていたわけではない。今回の施設に関しては黒服によって巧妙に隠されていたのだ。
発見することができたのは、カタコンベの調査ついでにトリニティの地下通路を調べ回っていた正義実現委員会から妙な施設があると報告を受けたが故。その周辺の監視カメラをくまなく調べることで施設に入っていく少女の姿を発見し、こうして突入作戦が組まれたというわけである。
「局長、ブラックマーケットで行方不明中だった生徒を発見しました!」
「生徒は見つけ次第保護しろ! 逆に物品には触れるな! 何が起こるか分からないぞ!」
作戦前に伝えていたことではあるが、先生から口酸っぱく言われていたこともあって、カンナは部下へ迂闊に道具に触れないように声を掛ける。公安局の生徒とてゲマトリアと呼ばれる大人がろくでもないものを作っていることは日々の事件報告で耳にしたり実際の現場で一泡吹かされたりしているため、警戒を怠ることはない。
施設に突入して分かったのは、思ったよりも実験に連れて行かれていた生徒が多いこと。主にブラックマーケットにたむろしていた者たちではあるのだが、こうして良からぬことに巻き込まれていることを気が付けなかった事実に責を感じずにはいられない。自分たちがあまり入り込めないブラックマーケットとはいえ、二桁の人数の生徒が消えていると知っていれば無理やりにでも策を講じたものを。
カンナは普段から人を怖がらせるような迫力を有すその
「局長、顔すごいことになってるっスよ。心配なのはわかるっスけどもうちょっと冷静になってくださいっス」
「私は冷静なつもりだ。力が入っているのは否定しないが」
「ブラックマーケットのことは管轄外っすよ。あそこで起きたことを局長が気に追う必要はないっす」
「治外法権なんてものがそもそも間違っているんだ。マーケットガードに好きなようにさせている現状をどうにかしなければ、今回のような事件はなくならない」
「まあ、それはそうっスけどね」
そんなことを話しているうちにも、一人、一人と生徒が運ばれていく。
その中にはカンナがいつか連行をしようと目を付けていた生徒もチラホラと見える。泳がせているうちにこちらに
そして彼らがどれだけ目を配ろうにも、目当ての人物はどこにも見当たらなかった。
まず思ったのは、そこまで悪いことをしたのだろうかという恐怖。
次に彼女と最後に会ったときに投げられた言葉を思い出し、その目的を正しく認識する。彼女は私を救いに来たのだと、わざわざヴァルキューレと言う組織を引き連れてこの
だからこそ、隠れてしまう。
だって、私は知ってしまった。
だって、私は理解してしまった。
自分が原因でないけれど、自分がどういう存在なのか。
「私は、助けてもらう資格なんてない」
私は逃げた。
伸ばされた手を取らなかった。
その時点でどんな顔をしてこの面を見せればいいか惑うには十分だと言うのに、今はもう無自覚の罪が積み重なっていることに気付いてしまった。
もう、伸ばす手は落とされてしまった。
残っている手の使い道は、決まっている。
「"ここにいたんだね、タル"」
聞きたくなかった声が聞こえた。
だから、顔を上げずに私は部屋の隅に蹲ったまま。
「私を助けるのは、私が『生徒』だからですよね」
「"……そうだね。否定はしないよ"」
「私はヘイローが無理やりつけられただけの、『生徒』モドキです。だから、私の事は無視してください。あなたが私の近くにいることで被る不利益を、私は許容できません」
頭上で大人が口を閉ざす。早く立ち去れと念じているのに、足元に落ちた影はいつまで経っても離れてくれない。
私といたら、『生徒』全員に優しいそのイメージが崩れかねないというのに。
そう考えてしまう私は、自分の考えが甘かったことを思い知らされる。
「"……ごめんね。後回しにしちゃって、ごめん"」
「え?」
弾かれるように顔を上げてしまう。鍛えられてはいない、しかし完成された大人の身体が私を包み込んだから。
そのぎこちない抱擁は、しかし無理をしているのが直に伝わってきてしまって。
そこで私は、自身が何を口にしてしまったのかに気が付いた。
「ああ……!!」
突然突き飛ばされた先生が、こちらを見て目を丸くする。
その訳が分からないという表情が、この身に残る微かな温もりと柔らかな感触が。
「私、最低だ……!」
改めて、自覚する。
先生は私の言葉で気が付いてしまった。自身が抱いた感情が、私の特殊性によるものだと。つまりそれは先生にとって私という人間が、疑いようもなく守るべき『生徒』であると突き付けられたのだ。
だから、先生は私を切り捨てられなくなった。私の特殊性に見て見ない振りをして、私が植え付けたその感情に蓋をして、私を救おうとしてしまった。
私はそれを拒むはずの言動で、それを誘発させてしまった。無理をさせてしまった。
私の感情がそっくりそのまま『反転』させるものであるならば、『生徒』を想う先生に付与された悪感情はひどく大きなもののはずなのに。
「"待って! タル!!"」
走り出した私は、逃げるように部屋を飛び出す。
逃げ出した先でもう一つの後悔と鉢合わせて、私はやはり向き合うことができなかった。