目が覚めたら、病室だった。
無惨にも治療されてしまった私は、野垂れ死ぬことも許されなかったらしい。
「何しようとしてるんですか!」
点滴を外そうとしたらすごい剣幕で怒られて、それ以来監視がついたまま。
救護騎士団という立場上、自ら死へ向かおうとする人間を許容するのは難しいのかもしれない。難儀な人たちに見つかってしまったものだと辟易する。これがゲヘナの
この世界では私が想像する以上に死が忌避されている。恐らくはこのキヴォトスの外以上に。
きっと銃撃戦が身近にあるからだろう。銃の引き金が軽いからこそ、その一線だけは誰も越えないように明確な線に色をつけて可視化する。よっぽどタカが外れていなければ、人殺しにはなりたくないということなのだろう。
外から来た私からすれば、平然と凶器を他人に向けている時点で似たようなものに感じてしまうけど。
「あ、あの!」
ドクターストップによって完治まで入院させられている私にできることは、ネットサーフィンと外を眺めることぐらい。
キヴォトスの治安に早々に瞼を閉じた私は、窓から変わり映えしないトリニティの街を眺めるだけの人型をした何かになった。
そんな生きているのに死んでいるも同然の人間に声をかける者がいるとは露ほども思っていなくて、それ故に自分に向かって投げられた言葉だと気がつくまで随分と時間を要してしまった。
声のした方向へ首を向ければ、思ったよりもベッドに近い位置に黒髪の生徒が立っていた。
見覚えはない。だが、どうやら正義実現委員会の生徒のようだ。黒い特徴的な制服を見れば、私でも容易に判断できる。
「ちょっと前、シャーレにいた人ですよね。ゲヘナの人だってことはわかってたんですけど、エデン条約のこととかがあってあの時はちょっと話しかけづらくて……」
どうやら、この生徒は私のことを知っているらしい。
おどおどとした口調や仕草からして、気の弱そうなタイプに見える。それでも私に話しかけてきたということは、この子にとって何か重要な用件があるのだろう。シャーレで私を見たあたり、いい予感はしないけれど。
真っ先に思いつくのは、『災厄の狐』と同じ動機か。
先生目当てであそこを訪れていて、私が邪魔だと思っているクチかも知れない。
面倒だな。私の意思であそこにいたわけじゃないのに。あそこに行ったばっかりに、私は全部失ったのに。
「エデン条約が落ち着いたから話し掛けようと思ったらもうシャーレに来てないみたいだったし、ゲヘナにも問い合わせたらもう退学になったって聞いて、どうしようって思ってたんです」
ああ、恋敵のためにそこまでする
見た目に反して結構行動するのタイプようだ。いや、こういう感じのやつの方が勘違いで行動は起こしてしまいがちなんだったか。どちらにせよ、わざわざシャーレによく出入りしているだけで敵だと認定して脅そうとする頭のおかしい人間であることには違いない。関わらない方がいいのは間違い無いだろう。
はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
エデン条約で時間が空いたのに根に持っているのだ。相当苛烈なことは疑うべくもない。
物理的に死ぬまで痛めつけてくれるなら、全部評価をひっくり返して言い値で評価を入れてあげるのだが。
「えと、えっと、やばい全然考えてなかった……。ご、ご趣味は……?」
「え、何?」
「じゃ、じゃなかった! ええと、えと、あ、そうだ! いま行くところがないって聞いたんですけど、ほ、本当なんですか?」
やっぱり、私のことをかなり調べているらしい。
それでもなんでだろう。悪意みたいなものを、全く感じないのは。
うまく猫をかぶっているのかと思っていたけれど、それができるならもっと堂々としていそうな気もするし、あんまり目が合わないのも、この手の人間にしては珍しい気がする。
というか、さっき趣味を聞かれなかった? 何がしたいんだろう、この子は。
私を糾弾したいなら、さっさと喚き散らせばいいのに。
「そうだけど、それが何か?」
住むところもないやつは、先生に相応しくないとでもいうのだろうか。
そもそも先生なんて興味がないし、先生も私を嫌っているからどう足掻いたって私が選ばれることなんてないのに。
「ほ、本当だったんだ。じゃあもしかしたら、チャンス、あるのかな……?」
なんかブツブツ呟いてる。
チラチラと前髪の隙間からこちらを伺う彼女の表情を見ても怒っているようには見えなくて、私はますます訳がわからない。
そして彼女が発した次の言葉で、私は自身の思い違いに気付かされた。
「よ、良ければ、なんですけど、う、うちに、来ませんか!?」
「は?」
素っ頓狂な声が私の口から溢れ出た。
耳に飛び込んできた情報をしっかり咀嚼して、言葉の意味を反芻する。
うちに来るって、つまりはしばらく寝泊まりしてもいいってことだよね。文脈的に、そう解釈するのが自然だよね。
わざわざなんで恋敵を自分のところに? 敵の情報を詳しく知るために?
そういうんって普通、意中の相手に言うもんなんじゃ……。
「え」
気付いた。気付いてしまった。
何だよその眼。何だよその期待と不安を孕んだ視線は。
繋がってしまった。おどおどしてた理由も、紅潮している頰の理由も、私のことを詳しく調べてた理由も、私を家に入れようとする理由も。
そうだとすれば、全部説明がつくじゃないか。
あまりにも想定外の事態すぎて、反応が、できない。
「す、すみません! 迷惑でしたよね! わ、わわ、忘れて下さい!」
「あ、ごめん、そう言うつもりじゃ……」
「な、なら! き、来てくれるんですか!?」
期待に満ちた目で見つめられて、気圧される。
今までこのキヴォトスに来てから、まっすぐこんな目を向けられたことはなかった。いつも不躾で疎むような目ばかりで、どう対応したらいいのか、わからない。
「えっと、私は、退学に、なってて」
「大丈夫です! 最近正義実現委員になって、お給金も結構もらえるようになったので!」
「そもそも私は、ここを出たら、死ぬつもりで」
「そんなの嫌です! 絶対、悪いようにはしませんから!」
「大人から嫌われてて、迷惑をかけちゃうかもしれないし」
「そんなの気にしません!」
「私は何も、あなたにしてあげれない」
「居てくれるだけで、十分ですから!」
断る理由を探す。
純粋な好意の塊は今の私には刺激が強すぎて、でも、求められることは、嬉しくて。
混乱した私は自分の中にあった否定材料をぶつけるけれど、彼女はそれを意に介さない。
でも、ここでそれを受け入れてしまったら、人としてダメになってしまう気がして。
「私があなたを、し、幸せにしますから!」
それは自力での幸せを諦めた私には、あまりにも甘すぎる言葉で。
「わ、私は……」
まっすぐな目が私を捉えて、離してくれなくて。
私は結局、死ぬことを選べなかった。
私は人の好意に甘える、クズになった。
次回、最終回。エピローグみたいなものですが。