一般プロキシ(TS転生者)   作:向花いかく

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TSは癖です。


一般プロキシ(TS転生者)

 

 

 意識がはっきりとしてきて最初に感じたのは、瞼の裏から感じた眩しい光だった。

 

 瞼を瞬かせながら目を開けつつ、自分が硬い地面に座り込んでいるということを感触で理解する。

 

 

「──大丈夫ですか? 私の声は聞こえていますか?」

 

 

 続いて耳に入ってきたのは凛とした女性の声。

 ようやく見えてきた両目で見れば、目の前に警官のような服装の女性が中腰で屈み込んでいる。

 整った容姿と朱色のメッシュが入った髪が目を引いた。

 

 そのまま周囲を見回して視界に入ってきたのは、左右の壁、配管、室外機。

 

 どうやらここは何処かの裏路地らしく、そこで気を失っていた俺が、この巡回中の彼女に起こされた……というところだろうか。

 

 

「私の言葉が分かりますか! …………返事もできないとなると、救急隊を──」

 

 

 そこで俺は、目の前の彼女がインカムのようなもので何処かに連絡を取ろうとし始めた事に気づき、慌てて声を掛ける。

 

 

「あ、大丈夫です。聞こえてます」

 

「よかった……!」

 

 

 俺が応答したことに女性は安堵の表情を見せていたが、俺は自分の口から出た声に違和感を覚えていた。

 しかしそれよりも気になることが多いため、現状について訊ねる事を優先する。

 

 

「あの、ここは……?」

 

「ヤヌス区の十四分街です。最近は強盗事件も起きたばかりですし、こんなところで寝ているのは危険ですよ」

 

「ご、強盗……!? というか、やぬす区……?」

 

 

 強盗という普段テレビの向こうでしか聞き馴染みの無い単語も気になったが、それよりも聞き慣れない地名に思わず訊き返す。

 

 

「はい、ヤヌス区です。もしかして遠くから来られた方ですか?」

 

 

 知らない方が不自然といった様子でそう言われ、そんな区があっただろうかと一瞬考える。

 屋抜巣区? 矢怒州区? ……少なくとも俺の記憶には無い。

 

 

「は、はい多分……」

 

「荷物は持っていないようですし……お財布など、盗られていませんか?」

 

 

 そう問われ、視線を下に向けながらズボンのポケットに手を突っ込んだところで俺は固まった。

 

 

「な、無い……」

 

「やはり……では、盗難届を──」

 

▓▓▓(自主規制)が無い!」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 ──あれから3ヶ月。

 初めは夢でも見ているのではないかという疑いを持っていたが、流石にもう現実だと受け入れるに十分な時間だ。

 

 どうやら俺は、異世界へと迷い込んでしまったらしい。

 

 

 ……なぜか少女の姿で。

 

 

 

 

 あの後、取り乱して思わず出てしまったワードに顔を赤くしていた女性警官──朱鳶さんという名前だそう──に色々と助けてもらい、この世界……というよりこの街──新エリー都についても知ることが出来た。

 

 

 

 結論から言うとこの世界、終わりかけてる。

 

 俺が目を覚ましたこの街、新エリー都はこの世界で唯一の都市らしい。

 もう一度言う、唯一だ。

 

 なんでも、半世紀以上前から「ホロウ災害」とかいう謎の侵食現象によって人類の生存圏はそのほとんどが呑み込まれ、陥落した旧エリー都から少し離れた位置に造られたこの新エリー都だけが、唯一ホロウ災害に対抗できる人類最後の砦となっているらしい。

 郊外に住んでいる者も僅かに居るらしいが、基本的に人類の大半がここで生活している。

 

 新エリー都の中は俺の記憶にある地球の文明よりも遥かに発達しているが、雰囲気はあまり変わらない。

 しかし新エリー都内でも日常的にホロウ災害は発生しているのだ。

 

 

『昨夜、十四分街で共生ホロウと共に近隣のマンションで発生した爆発騒ぎですが、治安局が派遣した爆発物処理部隊の処置が完了し、封鎖が解除されたとの情報が……』

 

 

 ラジオから聴こえてくるニュースに耳を傾けながら、俺は顔を洗い終えた。

 

 

「ちぇっ、昨日は依頼が来るかと夜中まで張ってたのに……」

 

 

 そこまで言いかけて口から欠伸が溢れた。

 手に持ったスマホに映し出されるのは、インターノットの掲示板だ。

 ホロウ災害が発生すると、ここにホロウからの脱出やホロウの中に取り残された物品の回収を依頼する投稿が載せられる。

 

 そんな依頼を承るのがホロウの案内人……所謂(いわゆる)プロキシだ。

 この身体はホロウの中に長時間滞在するために必要なエーテル適正が低く、実際にホロウに入って依頼を遂行するホロウレイダーには向いていなかった。

 身寄りも無く知り合いの伝手も無いこの世界に来たばかりの俺にとって、俺に取れる選択肢はプロキシしかなかったのだ。

 

 とはいえ、一般人が許可なくホロウに入るのは違法。それを幇助(ほうじょ)するプロキシ業も当然犯罪だ。もし今の俺を朱鳶さんが見たら渋い顔をする……どころではなく即手錠をかけられてしまうだろう。

 

 

「仕事も入らなかったし、今日はルミナスクエアで買い物でもしようかな」

 

 

 朝の支度を済ませた後、俺はそんな事を呟きながら玄関の戸を開ける。

 金属製の外階段を降りていると、目の前をピンク髪の少女、ヘッドホンを付けた白髮の少女、スカーフを巻いたボンプを抱えた機械人が通り過ぎた。

 

 あの3人の事は「明けの明星」さんから教えて貰った事がある。

 彼等は「邪兎屋」。表向きは何でも屋だが、その実は腕利きのホロウレイダーだ。

 しかし実力は確かだが、その評判は……どちらかといえば低評価の方が多いらしい。

 

 ちなみに「明けの明星」さんは俺がプロキシになったばかりの頃に、インターノットで最初に依頼を持ってきてくれたお姉さんだ。

 色々と助けて貰った事は有り難いのだが、俺の事を妹のように扱ってくるのだけは未だに慣れない。

 

 

「店長ー! 戻ったぜー!」

 

 

 大きな声をあげながら、ボンプを抱えた赤いジャケットの機械人が隣のビデオ屋「RandomPlay」へと入っていく。

 邪兎屋の面々がビデオ屋に何の用だろうか、と思いつつも店先に居たエンゾウおじさんに挨拶する。

 

 

「おはようございます」

 

「おう嬢ちゃん、おはよう。……もう昼前だけどな」

 

 

 エンゾウおじさんは俺が今住んでいる建物の一階、カスタムショップ「TURBO」の店長であり、俺にとっては部屋を貸してくれた大家さんでもある。

 右腕のゴツい義手、蓄えられた顎髭にサングラスと一見厳ついが、話してみると気さくで良い人だ。

 ……なんかすごい過去がありそうだけど俺に訊く勇気は無い。

 

 カスタムショップ「TURBO」は機械──主にボンプの修理・改造を請け負う店だ。

 ボンプは、なんか……ンナンナ喋る可愛いロボット。

 うん、そうとしか言いようが無い。

 

 

「あの人達、よくRandomPlayに来てるんですか?」

 

「ん? あぁ、そうみたいだな。常連……なんじゃないか?」

 

 

 どうやら彼等が来るのは珍しく無いようだが、答えるエンゾウおじさんの歯切れはあまり良くない。

 まあ、こんな事いきなり聞かれても困るか。

 

 せっかくなら邪兎屋の人達ともプロキシとして面識を作っておこうと思ったが、彼等のプライベートな付き合いを邪魔するとかえって心象が悪くなってしまうかもしれない。

 そう思い、今日は予定通り出かけることに決めた。

 

 

「私、今日はルミナスクエアの方へ行ってきますね」

 

「おう、行ってらっしゃい。気を付けてな」

 

「行ってきます」

 

 

 まあそんなわけで、一歩間違えば路頭に迷ってもおかしくなかった俺は、新エリー都の様々な人達の善意によってこの六分街で新たな生活を歩んでいる。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 六分街から地下鉄で数駅の位置にあるルミナスクエアは、ヤヌス区で最も活気のあるストリートだろう。

 平日のお昼時でもそれは変わらず、沢山の人がスクランブル交差点を往来していた。

 

 

「お腹すいたなぁ……」

 

 

 家を出た時には既に陽が真上に近かったこともあり、俺はそんなことを呟きながら通りを見渡す。

 そんな中で目に留まったのは「滝湯谷・錦鯉」の看板。

 

 

「あれ、こっちにもあったんだ」

 

 

 そう口にしたのは全く同じ店名の店が六分街にも存在しているからだ。店主のチョップ大将のこだわりを感じられるラーメン屋で、個人経営だと思っていたからこその驚きだった。

 

 

「美味しそうだけど、今はな……」

 

 

 俺は自分の格好を見ながら言う。

 今の俺は白いワンピースにカーディガン、小さなハンドバッグを持ったザ・女の子といった服装であり、カウンター席しかないラーメン屋には些か不釣り合いだった。

 

 ……別にこの格好は好きでやっている訳じゃない。

 この世界における俺の身体は背が小さく、容姿も──自分で言うのもなんだが──可愛らしいものだった。

 男らしい格好をしようとしても、どうにも目立ってしまう。

 

 プロキシという仕事をしているからには、不必要に周囲の注目を集める事は避けたい。

 故に対外的な一人称も「俺」ではなく「私」と名乗っているのだ。

 

 六分街の錦鯉は人目を避けて深夜に行ったが、今は白昼の大通り。

 俺は仕方なく回れ右をして広場の方へと足を進めるのだった。

 

 

 

 向かった先の広場には1台のキッチンカーが停まっており、周囲には美味しそうなサンドイッチを手にした人々が集まっていた。

 

 

「あそこなら良さそう!」

 

 

 ようやく昼食にありつけそうだと思うと、歩みも自然と速くなる。

 最早視線はキッチンカーへと固定され、周囲への注意が散漫となっていた俺は、背後から近づいてくるエンジン音に気づかなかった。

 

 

「痛っ!」

 

 

 背後からの肩への衝撃。

 それと共に俺の横を通り過ぎていくバイク。

 

 ……言い忘れていたが、新エリー都の治安はあまり良くない。

 

 持っていたハンドバッグをひったくられたと気づいたのは、数秒置いてからだった。

 

 

「ま、待て!」

 

 

 咄嗟に追いかけようと駆け出したが、バイクに生身で──ましてやこんな身体(少女)が追いつける訳もない。

 すぐに息は絶え絶えになり、足を前に出すことも出来なくなる。

 

 

「……っ!」

 

 

 声にならない呻きが漏れ、立つための力も抜けて膝立ちとなる。

 視界の先でどんどん小さくなっていくバイクは、微かに滲んだ涙で歪み始めていた。

 

 空腹に加え、財布まで盗られた悲しみ。

 確かに辛いが、泣くほどのことだろうかと思う冷静さ。

 俺が涙もろくなったのだろうかという疑念。

 全てがごちゃ混ぜになり、自分でも今の気持ちが分からなくなる。

 

 

 

 そんなわだかまりを吹き飛ばすかのように、俺の横を青い突風が駆け抜けた。

 

 それはあっという間にバイクを追い越すと、その前方で静止した。

 よくよく見れば、その正体は大きな盾。その影から、僅かに白い頭が覗いていた。

 そんなものが突然進行方向に現れたバイクは、慌ててハンドルを切る。

 しかし、スピードを出していたバイクに急な方向転換が出来るはずもなく、バランスを崩して横滑りになった。

 投げ出されたライダーはバイクと共に数メートル路面を滑った後、装備していたプロテクターのおかげか直ぐに立ち上がる。

 

 

 「投降しろ!」

 

 

 ライダーの前に先程バイクに立ち塞がった青い盾を持った青年が現れ、声を上げた。

 白い髪から覗く2つの猫耳、背後に揺れる大きな尻尾。

 人間以外の動物の特徴を持つ人類──シリオンだ。

 

 

 「強盗の現行犯で逮捕する!」

 

 

 青年に取り押さえられた引ったくり犯は、駆けつけた他の治安官に託されて何処かへ連行されていく。

 現場から少し離れた位置に居た俺は、その様子をどこか他人事のように呆然と眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 地面にへたり込んでいた俺のもとに、先程のシリオンの青年が近づいてきた。彼が手にしているのは大きな盾……ではなく、小さなハンドバッグだった。

 

 

「災難だったな、もう大丈夫だ」

 

 

 そう言って彼は、俺にハンドバッグを手渡す。

 その瞬間、俺の涙腺は決壊し温かい涙が頬を伝った。

 

 

「この後は、署の方で少し事情聴取を……ってキミ、どうしたんだ!?」

 

 

 青年は俺が号泣していることに気づくと、慌てた様子を見せた。

 俺も彼の反応を見てから自分が涙を流している事に気づき、ハッとしたように目尻を手で拭う。

 

 

「あれ? 俺、泣いて……」

 

「いや、事情聴取といってもただの事実確認で…… えっと、どこか怪我でもしたのか? ……もしかして、オレが怖いのか!?」

 

 

 最終的に俺が落ち着いて喋れる様になるまで、彼はあたふたしながらも色々と俺を気にかけてくれていた。

 

 それがプロキシの俺と治安官の青年──セス・ローウェルとの最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「改めて、ありがとうございました」

 

 

 事情聴取が終わり、俺は治安局ルミナ分署の門前で見送りをしてくれたセスに頭を下げる。

 

 

「礼は要らないぞ、治安官として当然の事をしたまでだ。むしろ、オレの方こそキミの時間を奪ってしまってすまない!」

 

「いやいやいや、そもそも私がボーっとしてたせいで……! とにかく、頭を上げて下さい!」

 

 

 素直に感謝を告げたはずが、なぜか逆に頭を下げるセスに俺は両手を振りながら顔をあげるよう促す。

 

 

「いや、アイツは前にも引ったくりを起こしていたんだ。もっと早く捕まえていれば、未然に防げたかもしれないのに……」

 

 

 そう言って拳を握りしめ、悔しそうに歯噛みするセス。

 

 

「そ、それはセスさんだけの責任じゃ──」

 

「それじゃ、オレの気が収まらない! なにかオレに出来る事は無いか!?」

 

 

 顔を上げ、青紫の瞳で真っ直ぐ俺を見つめてくるセス。

 本音を言えば、プロキシの俺にとって治安局自体があまり居心地の良い場所ではないので早くこの場を去りたいのだが、流石にその通りに言う訳にもいかない。

 

 

「ええと……」

 

 

 何と言おうか迷っていると、俺の腹からきゅるるると可愛らしい音が鳴った。

 セスの視線が一瞬俺の腹部に向けられたが、俺を気遣ってかすぐに逸らされる。

 そういえばお昼を食べ損ねていたなと冷静に考察しながらも、俺は頬が熱くなるのを自覚していた。

 

 この状態で沈黙が続くのは不味いと視線をあちこちに巡らせていると、ルミナ分署に面しているスクランブル交差点の反対側に見覚えのある看板が目に入った。

 

 

「な、なら……あそこに一緒に行きません? 私一人では入りづらいなと思ってたんです」

 

 

 そう言いながら俺が指差した先には、「滝湯谷・錦鯉」と書かれていた。

 それを見たセスは不思議そうな表情を浮かべる。

 

 

「丁度今は休憩時間だからオレは構わないが……そんなことでいいのか?」

 

「はい!」

 

「そ、そうか……」

 

 

 俺の勢いのある返事にセスは気圧されつつも、麺屋に同行することとなった。

 

 

 

 

 

「セスさんはこのお店、入ったことありますか?」

 

 

 店のカウンター席に着くと、隣に座るセスに話しかけた。

 

 

「ああ、何度か来たことがある。よく夜食で食べに来たりするんだ。キミは?」

 

「初めてです。六分街の方は一度だけ行ったことがあるんですが……」

 

 

 そう答えながら、奥の壁にあるメニューが書かれた札を眺める。

 セスはそれを聞いて僅かに驚いたような顔を見せた。

 

 

「六分街にも錦鯉があるのか?」

 

「ええ。メニューも一見同じですが……セスさん、なにかオススメとかありますか?」

 

 

 俺はセスに訊ねる。

 

 

「俺がよく食べるのは白鉢ラーメンだが……自分が好きなのを選んだ方が良いと思うぞ?」

 

「とはいっても、どれが美味しいのかもまだ分からないですし……セスさんと同じのにします」

 

 

 俺の判断を聞いたセスは、一瞬残念そうな表情を見せたが、すぐに大将の方へ向き直ると、大将に注文をしてくれた。

 

 

 

 

 

「はぁ、美味しかった……」

 

 

 ラーメンを食べ終えて退店した後、そう呟いた俺に対し何故かセスは疑いの目を向けた。

 

 

「ほ、本当か?」

 

「本当ですよ。どうしてそんなことを訊くんですか?」

 

 

 純粋な感想に対して疑いをかけられ、少しむっとしつつセスに問いかける。

 

 

「……最近オレの同僚とあの店で食べたとき、俺と同じメニューが好きだと言っていたんだ」

 

「悪い事には聞こえませんが」

 

 

 セスの語った状況は、確かに今の俺達に近いものだった。だが、それが何故さっきの反応に繋がるのか。

 

 

「いや、どうも本当の好みは違うみたいなんだ。注文の時、大将は彼女がいつもと違うものを頼んだ事に一瞬混乱した様子だった」

 

 

 どうやらセスと一緒に食べた同僚は女性らしい。しかし、自分の好みを隠してセスの好みに合わせようとするとは……もしかするとその同僚は、セスに好意を抱いているのかもしれない。

 セスがそのことに気づいているかは分からないが、ここはそれとなくフォローを入れたほうが良いだろうか。

 

 

「別に、悪意があってセスさんを騙そうとしている訳じゃないと思いますけど……」

 

「それは分かっている、彼女は善人だ。ただ、オレは……本心で話して欲しかっただけだ」

 

 

 そう言ってセスは目を伏せる。

 ここまで話して、俺はセスが良くも悪くもド直球な人間であるということがなんとなく分かってきた。

 

 

「オレに合わせたせいで、自分の好きなものを食べられないなんて、お互いのためにならないだろう」

 

「……確かにセスさんの言う事は一理あります」

 

 

 完全に同意出来るわけでは無いが、理解は出来ると思いそう言いつつも、俺は「ですが」と続ける。

 

 

「少なくとも私があの店に行ったのは初めてでしたし、セスさんのおすすめが美味しかったと思ったのは事実ですよ」

 

「すまない。疑り深くなっていたのは悪かった。だが──」

 

 

 素直に謝罪するセス。しかしその直後の台詞を聞いた瞬間、俺は硬直した。

 

 

「キミは、さっきからずっと自分を偽っているじゃないか」

 

「……な、なんの話ですか?」

 

 

 自分でも白々しいと思える返しだったが、俺は咄嗟にそう答えることしか出来なかった。

 

 ──まさか、プロキシだとバレた?

 だとすれば、いつから気づかれていた?

 もしかして、最初から目をつけられていたのか?

 引ったくりへの対応が早かったのもそのせい?

 俺にお詫びをしたいと言っていたのは逃さない為?

 強盗犯が許せないと憤っていたのも演技?

 真面目でド直球な姿も、全て偽り……

 

 疑心暗鬼になり、目の前に立つセスという青年がとても恐ろしく見えた。

 だが彼が次に口にした言葉に、俺は目を丸くした。

 

 

「最初に会った時、自分の事を俺って言ってたよな? 口調も慣れない感じだし、オレに気を遣って堅苦しい喋り方をしているのかと……」

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「──という事は、キミのその喋り方は普段からやっていることなのか?」

 

「えぇ、まあ……そうですね。さっきは引ったくりに遭って思わず素が出たという感じです」

 

 

 俺がセスに事情を説明すると彼は首を傾げた。

 

 

「なんでわざわざそんな面倒な事を?」

 

「私が俺って言うの、似合わないと思いませんか?」

 

「……似合わないな」

 

 

 そこは嘘でも「そんなことはない」と言うところな気もするが、セスが正直に答えるのはこれまでの会話から予想できていた。

 

 

「ああいや、別に悪い意味じゃ無いぞ。キミは可愛いからな!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 今の俺の姿は俺の記憶とは違うせいか、未だに鏡を見てもそれが自分だとは思えない。

 とはいえ、面と向かって恥ずかしげもなく容姿を褒められると、悪い気はしなかった。

 

 

「それで私、目立つのが苦手で……俺って言う方が自然なんですけど、似合わない事をすると目立ってしまうので」

 

 

 何故目立ちたくないのかと言えば、俺がプロキシだからなのだが、わざわざそこまで言う必要は無い。

 セスは、俺の話を聞いて考える素振りを見せたが、少しして口を開いた。

 

 

「家族の前ではどうしてるんだ?」

 

「……家族?」

 

 

 セスの質問の意図が分からず、思わず訊き返す。

 

 

「少なくとも、家族の前では目立つなんて考えなくてもいいだろ?」

 

「あっ、そういうことですか。私には居ないので思いつかな──」

 

 

 そこまで言いかけて「しまった」と思い口を閉じたが、時すでに遅し。

 先程までの会話の雰囲気が大きく変わり、セスの俺を見る目が変わってしまったということがハッキリ分かる。

 

 

「だ、大丈夫ですよ!? 周りに優しくしてくれる人は沢山いますし、気にしないでくださいね!」

 

 

 慌てて取り繕うが、セスはそれに対して何も反応を示さなかった。口を真一文字に結び、ただ俺の目をじっと見つめてくる。

 

 ホロウ災害が頻発する新エリー都には、親を失ったという子供は珍しく無い。

 特に俺くらいの年齢の場合、エリー都が新エリー都に移転するきっかけとなった大災害、旧都陥落を幼い頃に経験していることになる。

 

 当然俺はそんな体験はしていないし、俺の今の身体に両親と呼べるものが存在するのかも分からない。

 だがその事情を今説明したところで、嘘をついているか、ショックで記憶を失っていると思われるだけだろう。

 

 だが次にセスが発した言葉は、俺が予想したものとは少し異なっていた。

 

 

「その人たちは、キミの素を知っているのか?」

 

 

 それは、俺が苦し紛れに言った言葉への質問。

 

 

「い、いえ……」

 

「じゃあ、キミが自然体で……本心で話せるような人は居ないのか?」

 

 

 そう問われて、俺はハッとした。

 プロキシという素性を隠し「私」として生活する中で、「俺」の居場所は心の中にしか無かったということに気付かされたのだ。

 

 

「そう、なりますね」

 

 

 俺の答えを聞いたセスは再び黙り込む。

 しばらく俺とセスの間で気まずい沈黙が続いた後、セスが言った。

 

 

「なら、オレがキミの友達になろう」

 

「え?」

 

 

 唐突な提案にポカンと口を開ける。

 

 

「オレは友達になるなら『本心で接してくれる相手』がいいと思っているんだ。だから、オレと話す時はキミは自分を偽らなくて良い」

 

 

 そう言ってセスは俺に手を差し出す。

 その提案は、俺にとって魅力的に思えた。しかし、彼の治安官という身分と俺がプロキシであるという事実が、手を差し伸べる事を躊躇させていた。

 それを見かねたセスは、中途半端に上がった俺の手を取り、続ける。

 

 

「これは別に、キミに同情してるとか哀れんでいるとかじゃない……と言うと嘘になるか。いやでも、その──」

 

 

 話し始めとは裏腹に、段々と勢いが無くなっていくセスに思わず俺は吹き出していた。

 

 

「そこは嘘でもハッキリ言い切ってよ」

 

 

 自然と出たタメ口は、随分と懐かしい感覚がして不思議と胸が熱くなった。

 

 

「よろしく、セス」

 

「ああ。よろしくな、────!」

 

 

 そう言って、セスが俺の名を呼んだ。




モチベが尽きたので多分続かないです。
本当は2人の関係が進んで、俺くんがセスに「私」として見て貰おうとするけど、セスが距離を取られていると勘違いして曇る所も書きたい。
そこから誤解が解けて良い感じになってきたところでプロキシバレさせたい。
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