なんと続きました。
「『パエトーン』のアカウント削除!?」
朝起きて眠気の残る状態でスマホを眺めていた俺は、インターノットで見かけた衝撃的なニュースに思わず声を上げた。
プロキシはアングラな職業故に、インターノットから消えたと思ったら中の人が逮捕されてた、なんてケースは珍しく無い。
だが「パエトーン」はプロキシ歴の短い俺でも知っている、有名なプロキシだ。なんでも、ボンプを使ってホロウ内外のリアルタイム通信が出来るとか。
安全な場所から迅速かつ正確な指示が出来るなんて、プロキシなら誰もが喉から手が出るほど欲しいスキルだろう。
機密性の高い依頼で使い捨てのサブ垢などを用意する事はあるそうだが、基本的に匿名のインターノットでは個別のアカウントこそが名声の証であり、それを削除するのにはなんのメリットも無い。
ましてやパエトーンのアカウントなど、第三者に消されでもしない限り手放す理由など無いだろう。
伝説的なプロキシといえどその最後は呆気ないものであると感じると同時に、明日は我が身だという考えが浮かんできて身震いした。
とはいえ、今日はプロキシとして大きな仕事があるのだ。いつまでも尻込みしている訳にもいかない。
俺はベッドから勢いよく上体を起こすと、両手で頬を叩いて気合を入れ直した。
その時、スマホから通知音が鳴った。
見てみればそれはノックノック──まあ、ラインみたいなものだ──のアプリのもので、送り主はセスからだった。
以前の件の後、連絡先を交換して何度か連絡を取り合っていた。
【いきなりスマン】
【確か六分街の方に住んでいるんだよな?】
【違うんだ】
【職権濫用とかじゃない】
【前に職務質問した時に住所書いて貰っただろ?】
【あ、紙自体は破棄してあるから安心してくれ】
【単純にそれをオレが覚えていただけで】
【あれ、これって職権濫用になるのか?】
【気を悪くしたら謝る】
そう送ったあと、ボンプが口元を押さえて笑うスタンプを貼った。
画面の前の俺もまた、文面から伝わってくるセスの焦りに、思わず笑みを浮かべていた。
【実は六分街に少し私用があるんだが】
【道案内をしてもらうついでに】
【一緒にメシでも食おうかと】
思わず了承しそうになったが、(プロキシとしての)仕事があるという事を思い出し、2重の意味で申し訳なさを感じながらも断りをいれる。
【そうか】
【謝る必要はないぞ】
【オレ一人でも問題は無い】
そう送って俺は画面を閉じ、仕事の支度を始めた。
◆◇◆
セスからの誘いを断ってまで優先したい大仕事とは何か?
それは今、俺の視線の先にいる3人を見ればわかることだった。
「あっ、来たわね? あんたが"くるくるパン三世"?」
ピンク髪の少女は、俺を見るなりそう声を掛けてきた。
「はい、そうです。あなたは──ニコ・デマラさん……ですよね?」
「ええそうよ! あたしの事を知っているなんていい心がけじゃない。ニコで良いわ!」
そう言いながら、ピンク髪の少女──ニコは大げさな身振りでツインテールをかきあげた。
ちなみに、くるくるパン三世というのは俺のインターノットアカウント名である。
……いや、アカウント作った時はこんなふざけた名前のままプロキシやることになるとは思って無かったんだって。
もう何度か依頼をこなして認知もされてきたから、今更変えるに変えられなくなっちゃたし。
「邪兎屋の皆さんは実力のあるエージェントして有名ですからね。私にお手伝いさせていただけるとは思いませんでした」
「マジかよ!? 本当に俺達の事を言ってるのか?」
「あったり前でしょビリー! あたし達の正当な評価が広まってきた証拠よ」
俺の言葉に機械人が驚くと、ニコが胸を張って言う。
……どう有名なのかについて、尋ねられることが無くて幸いだった。
とはいえ後半については偽りのない本心だ。あの邪兎屋が、俺のような新人プロキシの案内を受け入れてもらえるとは驚きだった。
「ニコさん、こちらがキャロットになります。私は近くで待機していますので、想定外の事が起こった場合は信号を送信して下さい」
「分かったわ。ま、ただの探し物だからすぐに戻るわよ」
俺がキャロット──ホロウ内の地図のようなもの──の入ったデータと通信端末を手渡すと、ニコはそう言った。
話題の「パエトーン」はリアルタイムで通信出来ても、俺にそんな芸当はできない。
ホロウ内でトラブルが起こった場合、俺はラグのあるテキスト媒体で大まかな指示を出すことしかできないのだ。
その時、傍に居たヘッドホンを付けた白髮の少女と目が合った。
彼女の見定めるような視線に晒されると、俺は大仕事を前に緊張している事を見透かされているような気持ちになる。
「ニコ、今日の目的地はあのデッドエンドホロウなのよ。どうしてプロキシ先生に頼まなかったの?」
白髮の少女はニコに訊ねた。どうやら、俺の実力に疑いを掛けられているらしい。
確かに少女の口にしたデッドエンドホロウとは、ホロウと隣り合わせな新エリー都でも比較的危険度の高いホロウである。
なんでもその中には、その名の由来になったデッドエンドブッチャーという恐ろしい存在がいるという。
俺はホロウに入れないので詳しいことは分からないが、
「だって、パ……アイツ最近、アカウントが無くなってお金に困ってそうじゃない? 今依頼したらツケてくれなさそ──負担をかけちゃうと思ってね!?」
「……親分、ちゃんと支払うって選択肢は?」
慌てるように誤魔化すニコに対して機械人が訊ねるが、ニコはまるで聞こえていないように続ける。
「大丈夫よアンビー。デッドエンドブッチャーに手を出すわけじゃないんだから。キャロットさえあれば問題ないわ」
そう白髮の少女──アンビーに言い聞かせるニコ。
どうやら、俺が選ばれた理由は報酬金の安さが理由らしい。
邪兎屋とコネクションが作れる事自体がメリットだと考えていたため、確かに俺が提示した額は相場よりも低かった。
故に金額自体には納得しているのだが、それはそれとしてプロキシとしての腕前はほとんど期待されていないということが伝わってきて、なんともいえない気持ちになった。
その時俺の隣に、ビリーと呼ばれていた機械人が近づいて来ていたことに気づく。
「あー、嬢ちゃん。俺らがどうしてもって時に頼ってるプロキシはちょっと特殊で……ニコの親分も普通のプロキシの案内に慣れて無えだけなんだ」
「気を悪くしないでくれ!」と言いながら大げさに頭を下げるビリー。
どうやら複雑な感情が顔に出てしまっていたらしい。ルミナスクエアの時も思ったが、この身体になってから表情筋が緩んでいる気がする。
ババ抜きをやったらボロ負けしそうだ。
「い、いえ。邪兎屋の皆さんと比べれば、私が未熟なのは自覚してますから……ありがとうございます、ビリーさん」
「いや俺らは本当に──」
ビリーの気遣いに俺が感謝を述べると、彼はそれを否定しようとしたが、そこに新たな人物が現れた。
「皆さんお揃いにゃ?」
「猫又、遅いわよ!」
ニコが猫又と呼んだ人物の頭には2つの猫耳がぴょこんと動いており、背後には細い尻尾が揺れている。
どうやら猫のシリオンらしいが……俺の知る邪兎屋の構成員は3人だけだったはずだ。
「この方は……?」
「あたしは猫宮又奈。猫又って呼んでくれていいぞ!」
俺が言い終える前に彼女は自分から名乗った。
だが、名前は分かっても彼女が何者かは依然不明だと思っていたところ、ニコが横から補足を入れる。
「この子があたし達の依頼人よ」
邪兎屋の依頼人……つまり探し物をしてほしいと頼んだのはこの猫宮又奈という少女ということだ。
デッドエンドホロウなんて危険な場所に、一体何を探しに行くというのだろうか。
「そういうキミは誰なのかにゃ?」
俺が考えていると、彼女の方から問いかけてきた。
「えっと、私はただのプロキシです。今日はデッドエンドホロウに行くとのことで、そのキャロットのために──」
「ふーん……キミは邪兎屋のお得意様なのかにゃ?」
俺答えきる前に、彼女は更に問いを重ねる。
からかうような口調だが、なんだか品定めをされているような気分を感じた。
「いえいえそんな! 私なんてまだ駆け出しで……今回たまたまご縁があっただけなんです」
「なーんだ。じゃあ関係ない」
「え?」
「なーんか不安だと言ったのにゃ。ニコ、駆け出しを雇うなんてケチったんじゃにゃい?」
「そ、そんなワケ無いでしょ!? ウチは普段プロキシ無しでやってるの。特別扱いに感謝してほしいくらいなんだから!」
ニコはそう言って鼻を鳴らしていたが、猫又が来る前のビリーが言っていたように、邪兎屋には懇意にしているプロキシが居るようだ。
つまり猫又の言う通りな可能性は高いのだが……ここで俺が口を出すと、話が拗れかねない。
加えて、俺のプロキシとしての腕を疑われ続けるのも癪なので、黙っておくことにした。
「と・に・か・く! これでキャロットも手に入って、全員揃ったわ! そろそろ出発するわよ!」
ニコは誤魔化す勢いでそのまま「報酬は帰ってきたら渡すから、待ってなさい!」と俺に言い残すと、邪兎屋の面々と猫又を連れてデッドエンドホロウへと入っていった。
そして、約束の時間が過ぎても彼等が戻ってくることは無かった。
◆◇◆
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
デッドエンドホロウの入り口──新エリー都と旧都の境目からほど近い、
手に握りしめた通信端末をチラチラと見るが、反応は一向に無い。
実は、通信端末が繋がらない理由については、ニコ達がホロウに入ってから調べて分かった事がある。
なんと今日、この先にある旧都カンバス通りの爆破解体が行われるらしく、爆破予定と一部範囲が重なっているデッドエンドホロウは、爆薬の遠隔誤爆を防ぐために民間の信号を遮断しているらしいのだ。
とはいえ、元々信号の送信はトラブル発生時の最後の手段。
キャロットさえあれば邪兎屋ほどのベテランホロウレイダーが探し物程度の依頼でここまで時間がかかるのは想像しづらい。
真っ先に考えられるのは、邪兎屋に報酬を踏み倒された可能性。
正直言って邪兎屋は有名ではあるが、それは良くも悪くもだ。
最近は有名な半グレ集団を壊滅させたなんていう噂も耳にするが、それよりも詐欺にあったというレビューの方が多く目に入ってくる。
顔を見せないのは
これは至って単純明快な理由だ。
まあ今回は元々コネ作りがメインで報酬額は気にしていなかったので、支払われなかったとしても生活に困るようなことにはならない。
しかし、今後邪兎屋と関われる機会も失うと考えると今回の収穫はゼロということになる。
プロキシ自体が違法な以上、詐欺に遭ったと治安局に駆け込むこともできない。
勉強代として仕方なく受け入れることにしよう。
考えられるもう一つの可能性は、邪兎屋がホロウ内で不明なトラブルと遭遇した可能性だ。
たとえエーテル適正の高い人物でも、ホロウの中で長時間過ごせばエーテルに侵食され、エーテリアスという名の怪物に変貌してしまう。
それ以前に、彼女らが探索していたのは今日爆破される予定の範囲の中だ。
どちらにせよ、ニコ達がデッドエンドホロウで立ち往生という状況だった場合、彼女らに命の危機が迫っていることになる。
邪兎屋とはビジネスの関係であり、ホロウレイダーは常に危険と隣り合わせな職業だ。
俺にプロキシとして尽くせる手はもう無く、彼女らを絶対に助けないといけない理由も無い。
故に見捨てても、誰にも咎められない。
◆◇◆
六分街へと向かう地下鉄の中で、入力欄に打ち込まれたその文章を何度見ただろうか。
セスをはじめとした治安局が介入してくれれば、ニコ達が危機的な状況でも助かるかもしれない。
だが、そうなれば俺がプロキシであることはバレてしまう。
幾度と送信ボタンを押そうと試みたが、俺の指がそれを拒んでいた。
俺は、保身の為に他者を犠牲にするのも厭わないのか?
生死の価値観が、この終末世界で過ごして歪んでしまったのだろうか。
それとも……
「おい! 大丈夫か?」
そう声を掛けられ、気がつけば俺は六分街のラーメン屋「滝湯谷・錦鯉」の面する通りを歩いていた事に気がついた。
そして俺に声を掛けてきたのは、俺がメッセージを送ろうとしていたセス・ローウェル本人だった。
「セ、セス……どうしてここに?」
「えーっと、私用で来てるってのは今朝も送ったよな? って、そんな事より顔色がとんでもなく悪いぞ!?」
そう言われて、セスが六分街を訪れようとしていた事を思い出す。
己の顔から血の気が引いているのは、鏡を見ずとも自覚できるほど感じていたが、無理があると思いつつも首を横に振る。
「そ、そう? 別に、平気だよ」
「……何かあったんだな?」
治安官相手にそんなごまかしが通じる訳もなく、真っ直ぐ瞳を見つめてそう問われ、思わず首肯してしまいそうになる。
咄嗟に目を逸らすと、俺の住んでいる「TURBO」の建物が視界に入ってきた。
もし俺が逮捕されれば、部屋を貸してくれたエンゾウおじさんに迷惑がかかるだろう。
それだけではない、俺を気に掛けてくれた「明けの明星」さんも芋づる式に危なくなるかもしれない。
「何でもない。本当に何でもないから!」
「お、おい!」
静止するセスを振り切り、自分の部屋に駆け込む。
ドアを閉めて鍵をかけると、玄関にへたり込んだ。
たとえ心の中であったとしても、恩人を理由にしてしまった自分に嫌気が差し、嗚咽が止め処なく溢れた。
邪兎屋を助けるために全てを投げうつ事が出来ないのは、ただの俺のエゴだというのに。
──セスに嫌われたくないからなのに。
◆◇◆
窓から差し込む光と、外から聞こえる小鳥のさえずりで目を覚ます。
どうやらあのまま床で寝てしまっていたらしい。
乾いた涙で髪が顔に貼り付いている。
無意識に握りしめていたスマホを点けても、ニコ達からの連絡は当然来ていなかった。
そのままインターノット眺めていると、件の爆破解体を担う大手建設会社「ヴィジョン」が声明を出していた。
曰く「技術的な要因」で昨日行う予定だった爆破を、今日の夜まで延期するという。
しかし、今の俺にとっては最早どうでもいいことだった。
たとえ爆破されなかったとしても、ホロウ調査協会の耐侵食装備でも身につけていない限り、丸一日ホロウで過ごして無事なはずがない。
仕方がなかったと自分に言い聞かせ、胸にこみ上げる罪悪感に気づかないフリをする。
「……お腹すいた」
そう一人呟くと、途端に空腹感が込み上げてきた。
思えばほぼ丸一日何も食べていなかったことに気づき、最悪な気分でもお腹が減る事実に溜息を吐いた。
顔を洗い、髪を最低限整える。
服を着替えるのも億劫で、そのまま外に出る。
玄関を開けた瞬間に流れ込んできた日光に、思わず目を細めた。
「……ラーメン、食べちゃおうかな」
立地的に「TURBO」の2階にある家の玄関から出ると、「滝湯谷・錦鯉」の看板が真っ先に目に入る。
今まで目立つ事を恐れて日中に行くことは控えていたが、今はただ全てがどうでもよくなって、そんな事を気にする気分になれなかった。
……あるいは、俺がプロキシであることがバレてしまえばいいのだと思っているのかもしれない。
自分の気持ちすら曖昧になりながら、覚束ない足取りで外階段を降りている時、隣にあるビデオ屋「RandomPlay」の入り口から人影が飛び出してきた。
咄嗟にそちらの方へと顔を向けた俺は、目を丸くしたまま硬直した。
「それじゃあ、行ってくるにゃ〜!」
「猫、又……?」
それは昨日、邪兎屋と共にデッドエンドホロウへと向かっていったはずのシリオンの少女だった。
両手にスカーフを巻いたビデオ屋のボンプを抱えている。
「猫又っ!」
「うみゃあ!? ……ってキミは昨日のプロキシ!」
思わず尻尾を掴んで呼び止めると、猫又は飛び跳ねて振り返った。
「どうしてここに? ニコ達は生きてるの? どこに向かうの? なんでビデオ屋から? そのボンプは──」
「ちょ、ちょっとちょっと! そんな一遍に聞かれても答えられないぞ!」
猫又にそう言われ、気持ちが溢れて全ての疑問が口から出てしまっていた事を反省し、少し冷静になる。
「ごめんなさい。……昨日は、何があったんですか」
「えーっと、それについては説明が難しいというか……」
言い淀む猫又の目は泳いでおり、なんだか落ち着きがない。
「お願いです、教えてください!」
「別に隠してるワケじゃないけど……あたしは今急いでるんだ。詳しい話は『パエトーン』に聞いてくれ!」
「パエトーン」? 何故今、その名前が出てくるのか。
そもそも、俺はあんな有名人と面識など無いのだが──などと考えている間に、猫又は俺から遠く離れた地点へ移動していた。
「ま、待って……邪兎屋は何処に居るの!」
「カンバス通り! あたしもすぐに向かうぞ!」
俺の呼びかけに対してそう言い残して遠ざかっていく彼女の姿はどんどんと小さくなり、やがて見えなくなった。
「はぁー……」
路上であることにも構わず、俺はその場にしゃがみこんで大きく息を吐く。
それが安堵の溜息か、これからに対する不安か、はたまた自分に対する呆れかは分からなかったが、少なくとも気分はさっきよりマシになっていた。
◆◇◆
結局「滝湯谷」には寄らず、貨屋「141」で適当な軽食を買って家へと戻った。
それらを食べながらインターノットでヴィジョンの爆破解体について調べていたが、彼らの言う「技術的な要因」についてはなにも分からずじまいだった。
猫又の言っていた「パエトーン」と連絡が取れるはずもなく、気づけば外は暗くなっていたため、部屋の電気に加えてテレビの電源を点けた。
「速報! 速報です!──あの『ヴィジョン』に、重大な人命軽視が発覚しました!」
そのニュース音声が聞こえた瞬間、勢いよくテレビの前へと駆け寄った。
「情報を受け、本局の記者は治安局の部隊の後に続いて、デッドエンドホロウ入口付近の爆破解体本部に駆けつけました」
その言葉と共に、治安局の服装をした人物達が他の治安官に取り押さえられている様子が映し出される。
画面を見ていても状況が掴めず狼狽えていると、リポーターが続ける。
「現在、治安部隊は現場を封鎖しており、治安官を装った不審者を多数確保したとのことです!」
その後、事件の全容が明らかになった。
どうやらヴィジョンはカンバス通りの爆破解体を実行するにあたり、そこに住む住民の移転に伴う補償金の支出を渋り、コスト削減のために住民ごと爆破しようとしていたらしい。
いくら終末世界でも、企業単位で行うには証拠隠滅の手段が大胆過ぎるだろと思わなくもないが、実際にあと一歩の所まで漕ぎ着けていたのだから笑い事ではない。
テレビには、治安局の応援に駆けつけたヴィジョンのライバル会社「白祇重工」や、救助されたカンバス通りの住民達にカメラが向けられる。
──その隅に小さく、見覚えのある姿が映っていることに気づいた。
「猫又! それに、邪兎屋の人達も……!」
画面の中のリポーターが彼らに触れる事は無く、そのままニュース番組は終了してしまった。
しかし、俺にとってその様子を僅かでも見れた事に大きな意味があった。
「よかった……本当に、よかった……!」
俺はテレビの前で、その言葉を何度も繰り返す。
俺自身が一度、彼女等を見捨てる判断をしてしまったのは紛れもない事実であり、それは彼女等よりも自分を優先した結果だ。
しかし今、その生存を心から喜んでいる事もまた事実だった。
ここは新エリー都──世界に残された最後の都市。
ホロウという名の死と隣り合わせでありながら、前向きに生きる人々が暮らす街。
たとえ自分の事で精一杯だったとしても、自分以外の幸運を喜んではいけない訳では無い。
俺はノックノックを開き、ニコにメッセージを送った。
■□■
【ニコさん】
【ニュースに映っているのを見ました】
【ご無事で良かったです】
猫又に「パエトーン」、それに配下の従業員と共に訪れた食べ放題の店内で、何気なくスマホを開いたニコ・デマラは石の様に固まった。
「げっ、忘れてた……」
「どうしたんだい、ニコ?」
その様子を見て、「パエトーン」が訊ねる。
「な、なんでもないわ!」
「明らかに何かあったという反応だったけれど……」
「なんでもないったら! ほら、さっさと食べないと高いの無くなっちゃうわよ! 食べ放題なんだから元を取らないと」
「今日の支払いは僕なんだから、どう食べるかは僕の勝手だろう?」
彼はそう言うが、それこそがニコの懸念に繋がっているのだった。
想定外の連続だった今回の一件、発端となる猫又の依頼──彼女の家族の形見というのは、存在しなかった。
実は彼女の当初の目的は、邪兎屋をデッドエンドホロウの中で葬ることであり、探し物はただの口実に過ぎなかったのである。
色々あって誤解は解け、晴れて猫又は邪兎屋の新たな従業員に加わることになったのだが……依頼自体は達成不可能だったのだ。
今回協力した「パエトーン」には、依頼料の代わりにツケの返済を約束して事なきを得たが、デッドエンドホロウのキャロットを用意して貰ったプロキシの事をニコは完全に失念していた。
今回の依頼で稼げば余裕で支払える算段だったが、収入どころか払わなければいけないお金が増えてしまった今、プロキシに対して支払えるお金は残っていなかった。
祝賀会である今夜の支払いは、ニコの懐事情を察した「パエトーン」が奢ってくれることになったが、さすがにこれ以上の無心は出来ないというのは、流石のニコでも感じていた。
ニコは自身が送信した内容を確認する。
邪兎屋はヴィジョンの起こした事案について、カンバス通りの住民の代表として裁判を起こす予定がある。
そういう意味では、嘘はついていない……あえて邪兎屋の懐事情に言及していないだけだ。
【そうなんですか】
【大変ですね】
メッセージの送り主は、ただ純粋に感想を述べただけである。
しかしその簡潔な丁寧語は、負い目を感じていたニコに誤解を生じさせた。
最初のメッセージと併せて、ニコの目には「生きて帰ってきたなら、報酬を払ってください。今忙しい? それ私に関係あります?」と言っているように映っていた。
【分かりました】
【ではまた今度】
その返信を見て、相手に納得してもらえたと胸をなで下ろすニコ。
しかし同時に、返したそばからツケが増えた事に溜息を漏らすのだった。
なお、当のプロキシは邪兎屋ともう一度仕事が出来る事を喜んでいた模様。
前回、たくさんの高評価やお気に入り登録ありがとうございました。
大変嬉しい事なのですが、小説はイラストの息抜きに書いているので、投稿頻度には期待しないでください……