殺したいほど憎いのに、好きになりそう   作:味噌村 幸太郎

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35 男だけに優しい女の子

 

 広くて長い階段を上ると、チケット売り場が見えてきた。

 だが、俺たちは鬼塚の母親から前売り券を貰ったので、チケットは買わなくていい。

 そのまま、入口に入ろうとした瞬間。

 ひとりの少女が声をかけてきた。

 

「鬼塚くん!」

 

 鬼塚と同じぐらい、小柄な女の子。

 長い髪は前髪から全てセンター分けで、おでこが丸見え。

 よっぽど、自分の顔に自信があると感じる。

 その小さな身体とは対照的に、大きな瞳を輝かせていた。

 

 誰だっけ? この女の子、どっかで見た気が……。

 

「あ、鞍手(くらて)か」

 

 鬼塚の口からその名前が出た瞬間、俺は思わず二度見してしまう。

 

 普段は制服姿しか、見たことがないからだ。

 前世でも、鞍手 あゆみという女は学校帰りに、俺の家に来てくれたから。

 私服は初めて見る。

 

 見た目、バリバリのヤンキーじゃん……。

 着ているニットはヒョウ柄だし、黒いレザーのショートパンツを履いているもん。

 この人、本当に俺が前世で憧れていた少女なの?

 

 

「鬼塚くん、今日はどうしてマリンワールドに来たの? 翔平くんも一緒?」

「あ、いや……本当なら、あいつも一緒に来る予定だったんだけど。風邪引いちゃってさ」

「えぇ~ かわいそう~ 大丈夫? あゆみがあとで様子を見に行こうか?」

「そこまでしなくていいよ。水鉄砲で遊び過ぎただけで……」

「もう、翔平くんはいつまでも可愛いねぇ~」

 

 俺のことは眼中に無いようで、ほとんど空気扱いだ。

 しかし、女体化した俺に対する態度とは大違いだな……。

 でも、前世での優しいあゆみちゃんは、こんなイメージだった気がする。

 家に引きこもって、風呂に入らなかった俺でも嫌な顔せず、優しく接してくれた初恋の人。

 

「あゆみは家族と来てるんだけど。良かったら、あとで合流する?」

「悪いけど、今日は水巻を水族館に案内する約束なんだ」

 

 鬼塚が俺の名前を発した途端、鋭い目つきがこちらに向けられる。

 相変わらず、目力が強い。吸い込まれそうだ……。

 

「あ……水巻さん? いたんだぁ~」

 

 なんだろう、彼女からものすごい圧を感じる。

 これは、女の嫉妬ってやつなんだろうか。

 怖すぎる。

 

「あはは……鞍手さん、こんにちは」

「こんにちはぁ~」

 

 優しく微笑んでいるが、目が笑っていない。

 今度、学校で殺されそう。

 

「じゃあ、鞍手。俺たち、母ちゃんから貰った前売り券で入るから、またな」

「おばさんから貰ったんだぁ~ 良かったね、水巻さん?」

「う、うん……すごく嬉しいなぁ」

 

 最愛の人に嫌われるとこうなるのか。

 地獄だな……。

 

  ※

 

 この前鬼塚から貰ったチケットを、入口の前で職員に渡す。すると半券を切り取られて、返された。

 ラッコの写真がプリントされた可愛らしい半券。

 水族館に入ると、鬼塚の様子がおかしかった。

 挙動不審というか、きょろきょろと辺りを見回している。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……悪りぃ、トイレに行っていいか? 自転車の時から我慢していて」

「我慢してたの? 行ってきなよ」

「悪りぃな、すぐ戻るから」

 

 なんだよ、小便ぐらい。

 俺だって元は男だから、そんなの何とも思わないのに。

 格好をつけやがって……と苦笑していたら、背中を何かで突かれた。

 振り返ると、先ほどのヤンキー少女が立っていた。

 鞍手 あゆみだ。俺とはかなりの身長差があるから、自ずと上目遣いになってしまう。

 前世でなら、可愛くてたまらないと感じたが……この世界では恐怖しか無い。

 

「ねぇ、水巻さん」

「え? あゆみちゃん? ど、どうしたの?」

「はぁ? なんで水巻さんに下の名前で呼ばれないといけないわけ?」

 

 なんて冷たい声をしているんだ?

 怖すぎだろ……。

 

「ご、ごめん……」

「ところでさ、なんで鬼塚くんと一緒なの?」

「えっと、それは色々とあって……弟の翔平くんと一緒に来る予定がダメになって」

「はぁ? なんで翔平くんのことを知っているの?」

「なんでって、この前一緒に遊んだから……」

 

 そう言うと、彼女は深いため息をつく。

 そして更に距離を詰めると、下から俺を睨みつける。

 

「あのさ、私。鬼塚くんと小さな頃から同じマンションで育った仲なの。翔平くんもね」

「うん。それがどうしたの?」

「水巻さん、前はそんな性格じゃなかったでしょ? もっとオドオドしていて……それが急にがっつくから、嫌なのよ」

 

 彼女の言いたいことが何一つ、伝わってこない。

 

「ごめん、何が嫌なの?」

「はぁ……水巻さん、本当にどうしたの? 私が言いたいのは、これ以上鬼塚くんを振り回さないで欲しいの!」

 

 険しい剣幕で彼女が俺を睨んでいると、鬼塚がトイレから戻って来た。

 

「あれ、鞍手。どうしたんだ?」

「鬼塚くぅ~ん! ちょっと、水巻さんとお話していてぇ。彼女、すごく変わったよねぇ~ って」

「そっか、鞍手もそう思ってたんだ」

「うん、本当だよねぇ~」

 

 と甘い声で喋っているけど、俺の右足を踏んでいるんだよなぁ。

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