殺したいほど憎いのに、好きになりそう   作:味噌村 幸太郎

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76 1995年のデートプラン

 

 顔面真っ青でお会計をすませると、「そろそろ帰ろう」と呟く鬼塚。

 レジカウンターに表示された数値は7千円を超えていた。

 鬼塚のおばさんから貰ったお金は5千円らしいから、かなりオーバーしてしまったようだ。

 それでも、彼は自らのお小遣いだけで支払ってしまう。

 

 

 店から出ると、一応鬼塚に頭をさげておく。

 

「ご、ごめん。つい美味しかったからいっぱい食べちゃった……ごちそうさま」

「気にすんなよ。美味かったんだろ? ならいいさ、これで水巻にお礼が出来たって母ちゃんも喜ぶよ」

 

 そう強がってはいるが、ずっと財布の中を確認しては暗い顔になっている。

 前世じゃ引きこもってばかりだったから、何年も外食なんてしたことないし、金額とか分からなかった。

 だからといって、俺がお返しを鬼塚にするとしたら……。

 

 店の目の前に大きな交差点があり、新三号線の道路をたくさんの車がものすごいスピードを出して走っている。

 辺りは真っ暗で、きっとみんな帰宅ラッシュなのだろう。

 すれ違う運転手たちの顔はイラついて見える。

 

 俺と鬼塚は二人して肩を並べ、横断歩道の信号機の色が変わるのを待つ。

 

「ここの信号、時間がかかるよな」

「そうだね」

 

 とまっすぐ信号の先を目にした瞬間、俺はとある建物の看板に釘付けになる。

 ”ホテル 707”

 

「なっ!?」

 

 思い出した! 優子ちゃんが言っていたことを……。

 俺たちの地元、真島の若者たちに人気のデートコース。

 イタリアンレストランT・REXでお腹いっぱいになったら、目の前にあるラブホテルへ直行すれば、ほとんどのカップルは結ばれるという……。

 

 ま、まさか……鬼塚の奴、俺の初めてを今夜頂く気なのか!?

 それだけは嫌だ。

 食い過ぎたことは申し訳ないけど、一晩7千円で買われるとか安すぎだろ!

 

 藍ちゃんはそんな安い女の子じゃない。

 ここは帰り道を変えて、少し遠回りして帰ろう。

 

「あ、あの……鬼塚さ。もう一つ隣りの信号で渡らない?」

 

 ラブホテルの反対側にある交差点を指差す。

 そこにある建物は、これまた中学生が入る店じゃない。

 ヤニ臭い大人たちが出入りするパチンコ屋だからだ。

 でも、この通りを歩けば、ラブホテルからは逃げられる。

 

「え? なんでだよ? こっちの方が水巻ん家は近いぜ。それにもうすぐ青になるし」

「う……でも、私あっち側を歩いてみたいし。良いじゃん」

 

 そう言って彼の左腕を掴んだ瞬間、鬼塚が何かに気がついたようで、大きな声で叫ぶ。

 

「ああっ! あれは……」

 

 ラブホテルの看板を指差して固まる鬼塚。

 一体、何に驚いてんだ?

 休憩時間の価格に驚いたのか。

 

 気がつくと、彼は交差点を渡ってしまった。

 何かに憑りつかれたように、ラブホテルへと足を進める鬼塚。

 

「ちょっと! 鬼塚!」

 

 俺が声をかけても、全然反応なし。

 ひとりでどんどんホテルの入口まで進んでしまう。

 仕方ないので、俺も彼の背中を追いかける。

 ホテルの前にたどり着くと、ようやく足を止める鬼塚。

 

「やっぱり、このバイク。”ハーレー”じゃん! カッコいいよなぁ……」

 

 なんだ。看板のバイクが気になってこの建物に近づいたのか。

 確かバイク好きだったもんな。まあもうハーレーと分かったのだから、満足しただろう。

 ラブホテルの前で若い男女二人が立っていたら、勘違いされちまうぞ。

 早くここを離れよう。

 

「鬼塚、もうバイクって分かったんなら早く帰ろうよ」

「え? なんで?」

「なんでって……ここがどんな場所か分かるでしょ?」

「分かんない。バイク屋じゃないのか」

 

 そうだった。以前もお姉ちゃんに渡されたコンドームを見ても、それが何か分からないほど無知な男子だった。

 ここは何と言えば、彼も理解してくれるのだろう。

 

「なあ、水巻はこの建物を知っているのか?」

「う、噂だけなら……」

「じゃあさ、二人で一緒に入ってみようぜ! 俺、生でハーレーを見たことないんだよ。看板にあるぐらいだから、中に実物があるんだろ?」

「いいっ!?」

 

 俺と鬼塚はラブホテルの入口で「入る」「入らない」でしばらく揉めていたが。

 別のカップルが近づいて来たので、ようやく脱出できた。

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