アリウス分校のキリツグさん 作:新米愉悦部員A
Prime VideoでFateのアニメ見ていたら衝動的に書きたくなってしまった。
そして勢いのままに書いてみたら、なんかできた。
よろしければ最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。
……完結できる自信はないけど(オイ!)。
およそ十年前、一人の男がその地を訪れた。
いや、
なぜそう表現するかというと、その男がその地に現れた理由や原因は誰にもわからないからだ。
――それこそ、現れた男自身にすら。
当時、『アリウス自治区』と呼ばれたその地は内戦状態にあった。
戦端が開かれた理由や原因も、これまた誰にもわからない。
しかし、当時のアリウスはまさに地獄だったということだけはっきりしている。
そんな地獄に終止符を打ったのがその男だった。
彼が内戦を終結に導いた方法は、実に単純明快なもの――
内戦を主導する者、内戦を続けようとする者を、アリウスの地より一掃したのだ。
――要するに、
老若男女問わず、一切の慈悲も情けもなく、彼はその地に地獄を、悪意をもたらそうとした輩を一人残らず、文字どおり全て排除した。
それこそ機械のように、人の形をした何らかのシステムであるかのごとく――
やり方はともかく、男の手によって地獄のような内戦は終わりを告げた。
だが、それによってアリウスの地に残されたものはあまりにも少なく、同時に多かった。
荒れ果てた大地と幾多の屍の山、そこかしこに転がる銃火器や兵器、その残骸――
そして、生き残った齢二桁にも満たない純粋無垢な子供たち。
――結論から言おう。内戦中においては冷酷無慈悲な殺人機械にも思えた男だが、彼はそれらを放置するほど無情ではなかった。
今思えば、たとえ無責任と罵られても放置してしまっていたほうが彼にとっては幸せだったかもしれない。
しかし、それはもう遅いこと。今となっては「もしも」の話にすぎなかった。
I
アリウス自治区に存在する唯一の学校――その敷地内に設けられている教会の聖堂に、錠前サオリが探し求めていた人物はいた。
ここ『アリウス分校』は、十年ほど前に起きた内戦によって校舎をはじめ敷地内のいたる部分が損傷し、いまだにそれらが修復されずに残ったままの状態である。
しかし、彼女が足を踏み入れた聖堂は運よく戦火を免れ、当時のままの姿を残している貴重な建築物のひとつだった。
――そんな歴史ある神聖な場所は現在、サオリが目当てとしていた男によって彼専用の喫煙所と化していた。
アリウス自治区を含むキヴォトスにおいて、酒やタバコは別の意味で貴重品である。
男は久しぶりに手に入れることができた紙巻きタバコから、紫煙の香りとニコチンの苦みを味わっていた。
それがかつて愛飲していた銘柄ではないとしても、喫煙者である男にとってその独特の臭いと味は、彼の心と体に過去を嫌でも想起させてくれる。
男にとって喫煙という行為は、習慣や趣味という側面だけでなく、忘却という逃避を戒めるための一種の儀式でもあった。
「マスター」
男の姿を確認したサオリは、そう言いながら聖堂の奥――男が腰かけている椅子のそばへと近づいた。
サオリにとって――いや、アリウスの子供たちにとって男は恩人であり、親代わりであり、師であり、唯一の大人である。
そのため、今のサオリのようにアリウスの子供たちは彼に敬意と親しみをこめて「マスター」と呼んでいた。
――そう呼ばれることを男が好いていないことをわかっていながらもだ。
「今、アズサから連絡があ――」
男の前に立ったサオリは、彼の顔をのぞきこんだ瞬間、口から発していた言葉を止めた。
彼の目がサオリのほうを向いていないことに気がついたからだ。
その視線は聖堂の祭壇の上に描かれているステンドグラスへと向けられている。
――無視しているな、とサオリはすぐに理解した。
自分の目の前にいるこの男は、見かけに反して結構子供っぽいところがあることを彼女は知っている。
それだけ彼女は男との付き合いが長かった。
「キリツグ」
一度閉じた後、再度開かれたサオリの口から飛び出した第一声は男の名前。
「切る」そして「
アリウスの地に満ちていた怨恨と苦痛を断ち切り、自分たちに未来を与えてくれた男――
衛宮切嗣は、まさにサオリたちアリウスの子供たちにとって「正義の味方」であり、「英雄」を体現した存在であった。
閑話休題。
サオリに名前を呼ばれたことで、切嗣はようやくその視線を下ろし、彼女の姿をその黒一色に染まった両目に収めた。
「なんだい、サオリ?」
口元だけをわずかに歪ませてぎこちない笑みを浮かべながら切嗣はサオリに問いかける。
そのような顔をするのは、気に入ってない呼び名を言われたことに対する不満からか、それとも別の理由からか――
残念ながらその時のサオリにはわからなかった。
「アズサから連絡があった」
「そうか……
彼女はなんと言っていた?」
「――ただ一言、“狐を狩った”、と」
「…………」
サオリの言葉に、切嗣は元から険しく見えるその顔をさらに険しくした。
そして、手にしていたタバコを足下に落とすと、それが床に着くと同時にぐしゃりと足で踏みつける。
「このことを
「もちろん話していない。この手の話は誰よりも先にキリツグに伝える。
私たちにそう頼んできたのは、ほかでもなくキリツグじゃないか」
「――ああ。そうだったな」
つぶやくようにそう言いながら切嗣は再び視線をステンドグラスに向ける。
そして、ふうっ、と一度大きく息を吐き出すと、座っていた椅子からゆっくりと腰を上げた。
「アツコは今どこに?」
「外にいる。
いつものところだ」
「わかった」
サオリに目を戻して軽く頷いた切嗣は、そのまま聖堂の外へと向かって歩き始める。
――この話はこれで終わりだが、誰にも言うな。
無言で足を進める切嗣の背中は、サオリにそう語っていた。
II
アリウス自治区は、幾千幾百という自治区が存在するキヴォトスという特異な地においても特に異質な地である。
「自治区」と称されながらも土地自体の面積は極めて狭く、その広さは切嗣の知るバチカンと呼ばれる国よりも小さい。
それに加えて、四方が高大な岩壁に囲われており、外から見ると岩山をくり抜いて、その中の空洞に集落を作っているように見える。
そして、おまけとばかりに天頂部は常に厚い雲に覆われているため、昼間であっても日の光が大地になかなか届かない。
――正直、このような地に人が住み、居住区を作っているなど、聞くだけでもおかしな話だと言いたくなるし、暮らしている者たちの正気を一瞬疑いたくなる。
無論、こんな土地に人々の営みが存在することにはちゃんとした理由があるわけだが――
「アツコ」
アリウス分校の敷地内の一画、他と比べると少しだけ日当たりがいいそこは、とある少女の手によって小さくはあるが花壇が造られていた。
そして、そんな花壇を造った張本人にして切嗣が会いにきた人物こそ秤アツコである。
彼女は15歳という身ながら、アリウス分校の生徒会長――すなわち、アリウスの子供たちの代表的立場にあった。
これにはアリウスの伝統と風習が絡んでいる。
――かつて、このアリウスの地には『ユスティナ聖徒会』と呼ばれる宗教組織が存在した。
そして、アリウス分校を創立したのがこの聖徒会であり、同組織の長が分校の初代生徒会長も兼任したことから、彼女に対する敬意もこめて「ユスティナ聖徒会長の血を引く母方の直系の者は、アリウス分校の生徒会長となる」という、一種の世襲制的な伝統と風習が誕生したのである。
そんなユスティナ聖徒会長の母方の直系の子孫で、唯一の存命者が秤アツコだった。
「アズサから連絡があったの?」
アツコは切嗣のほうに振り返ることなく、目の前の土に如雨露で水をまきながら尋ねた。
「ああ」
「――久しぶりにタバコ吸ってたんだね?
ここからでもヤニの臭いがはっきりとわかる」
「…………」
「大丈夫。私は嫌いじゃないよ。
むしろ私は、タバコや硝煙の臭いがしているほうがキリツグって感じがして好き」
「そうか。よかった」
「…………」
「…………」
お互い無言のまま数秒ほど時間が流れる。
その沈黙を破ったのはアツコだった。
「それで、アズサは成功したの?
それとも――」
「成功だ」
「…………」
「……これでもう、君たちは後戻りできない。
アリウスが過去という呪縛を断ち切り、トリニティを滅ぼすか――
それとも逆に、トリニティが狩り忘れていた禍根を断ち、アリウスを滅ぼすか――
道が行き着く先は、この二つのうちのどちらかだ」
「わかってる。
だけど、みんなで決めて、そして私が選んだ道だから――」
そう言いながらアツコは地面に如雨露を置くと、ゆっくりと振り返る。
「覚悟はできてる」
そう言った少女の顔に噓偽りが一切ないことを切嗣は瞬時に悟った。
そして、それゆえに、自分の胸に深々と刃物が突き刺さるような感覚に襲われた。
「――君に、みんなに、こんな選択自体をさせたくはなかった」
アツコを見る切嗣の表情は、先ほどサオリと話をしていた時と変わらず険しいもの。
けれども、その口から発せられる言葉は先ほどとは違い、「気力」というものが感じられなかった。
大人であるがゆえの「圧」と称するべきか、「覇気」と称するべきか、とにかく、今の切嗣の口からこぼれた言葉にはそのようなものが一切存在しない。
例えるなら、弱気になった子供が口にするそれである。
「こんな、お世辞にも人が満足に暮らせるような環境じゃないとしても……
僕は、君たちには最後まで穏やかに、平和に生きていてほしかった」
「残念だけど、ここがキヴォトスである以上、銃を手にして誰かと争うことは避けられない。
それに、このアリウスは実際は名前だけの自治区で、連邦生徒会に正式に認められた場所じゃないから――」
「わかっている。
わかってはいるんだ……そんなことは……!」
アツコの言葉を遮るように、切嗣は少しばかり声を荒げた。
――よく見ると、その表情に反して、彼の両足はわずかに震えていた。
「――あれからもう九年以上の歳月が経った。
嫌というほどこの地の、この世界の異常さと異質さを思い知らされた。
だから、せめて、ここだけは……このアリウスの地と君たちだけは、と……」
「キリツグがそう思ってくれていただけでも私は嬉しいよ。
たぶん、サッちゃんやみんなもそう」
「だがアツコ、これで君は――」
言いかけたところで声が詰まる切嗣。
ここにきて、ついに彼の顔がほんの少しではあるが苦痛に歪む。
――これ以上先の言葉を口にしてはいけない。
切嗣の体が、意思が、彼自身にそう警告を発する。
しかし、切嗣は言わなければならなかった。
それが今の状況の全ての元凶である自分自身に科せられた責任であり、罰であるからだ。
「君は、君だけは、アリウスがこの先どちらの道を歩んでも死ぬことになる。
ほかでもなく、僕が君を、殺す」
「うん」
おそるおそるとばかりに震えた声で告げられた切嗣の言葉に反して、アツコは穏やかな声と表情であっさりと答えた。
即答と言ってしまってもいい。
「なにもせずに過ごしているだけでも、そう遠くないうちにキヴォトスは終焉を迎える――
だけど、私一人の犠牲でそれを覆せるなら、私は躊躇わないし、この命を惜しまない。
――私のこの覚悟もあなたが教えてくれたことだよ、キリツグ?」
「っ……!」
優しく微笑みを浮かべるアツコの顔をその瞳に映した瞬間、切嗣は膝を折りそうになった。
しかし、折るわけにはいかない。これは罰だから。
すべての命を等価値として扱い、大のために小を犠牲に、理想のために感情を捨ててきたことに対するツケを彼は今払わされているのである。
それがわかるくらいには衛宮切嗣という男も大人になってしまっていた。
「キリツグは私たちに未来をくれた。
あなたがいなかったら私たちの時間は、あの内戦の時点で止まっていたと思う。
たった九年程度とキリツグは思うかもしれないけど、私からすれば九年以上も時間をもらえた。
これがアリウスの生徒会長――ロイヤルブラッドの使命だというなら、私はこの務めを最後まで果たすよ。
そして、今度は私がキリツグやみんなに未来をあげる」
「…………」
無意識に握っていた切嗣の両拳に自然と力がこもる。
下唇も気づかぬ間に嚙み切ってしまっていたのか、口の中に若干鉄の味がした。
「だから、私の分までサッちゃんやみんなを――」
「今の僕に……君の分まで生きる資格なんて、ない」
「――っ」
アツコは切嗣の目を見た。
普段は生気をまるで感じられないようなその瞳が、今は激しく揺れ動いているように思えた。
九年と数か月という時間は、彼という人間をここまで弱くしてしまった――
いや、違う。これが本来の衛宮切嗣という男なのだ。
誰よりも平和という理想に殉じながらも、誰よりもその犠牲となる者たちのことを捨てきれない。
普段の彼という仮面に隠されていた素顔――それが今自分の前にいる切嗣の姿なのだろう。
ほんの数秒で、秤アツコという少女は衛宮切嗣の本質を悟った。
それができてしまうほど、彼女は目の前の男と長く短い時をこのアリウスで過ごしてきたのだ。
時に娘、時に妹、時に教え子、時に他人、そして時に少女として――
サオリや他のアリウスの少女たちもそれは同様であるが、アツコには「一番最初に衛宮切嗣と出会った」というアドバンテージがある。
ゆえに、切嗣に関することだけは他の誰よりも上だと自負していた。
そういうわけもあり、今のアツコの胸に湧き上がってきたのは、悲しみなどではなく喜びだった。
サオリや他の子たちには絶対に見せないであろう本心を、自分にだけはさらけ出してくれた――
自分のことを本当に信頼してくれているという証明に対する歓喜である。
「――キリツグ」
相手にそれを悟られると、きっとさらに悲しんでしまうだろうな、と思い、その感情を必死に隠しつつアツコは再び口を開く。
――言わずもがな、こうした感情を表出さないための方法をアツコたちに教えたのも切嗣だ。
「キリツグ、“自分に生きる資格なんてない”なんて言わないで。
平和な世界を作るのが――このアリウスをキヴォトス唯一の楽園にすることが今のキリツグの夢なんでしょ?
誰もが悲しむことも苦しむこともなく穏やかに暮らしていける、そんなキリツグの――私たちみんなの理想がもう少しで実現できるの。
その時が訪れたら、誰よりも一番最初に救われなければいけないのはキリツグだよ?
だから、そんな見ているとこっちも悲しいし、辛くなるような顔をしないで。
“衛宮切嗣”として、私たちの唯一頼れて信じられる“大人”として、これからも胸を張って生き続けて」
アツコは切嗣に近づくと、いまだに震えている彼の二つある手のうちのひとつを自らの両手でぎゅっと握り、自分の胸に押し当てた。
――アツコの鼓動が、今ここに存在しているという証が、手と腕を通して切嗣に伝わる。
「――それが、僕に科せられた罰なんだな」
「罰じゃない。報酬だよ。
これまでずっとみんなのために頑張ってきた切嗣への、私やみんなからの」
「…………」
切嗣はなにも言わなかった。
一言でも口からなにか言葉を発してしまえば、その時点で自分は決壊してしまうということがわかっているからだ。
自分は大人だから、子供たちのためにも弱音を吐くことも弱気を見せることも許されない――
それがおよそ十年前、突然流れ着いたこのアリウスの地で、当時いつもこなしていた仕事同様に悪を――大人たちを一掃してしまった自分の責任だ、と切嗣は改めて感じた。
――いまだ切嗣の手のひとつはアツコが握っている。
そして、今もその手からアツコの鼓動と、彼女の強い意志が切嗣に伝わっていた。
「……っ」
思わずアツコの手を握り返したい衝動に駆られる。
だが、またしても「自分にそんな資格はない」という考えが浮かんでしまったため、結局握ることはできなかった。
(――アツコ、君の死を、このアリウスの地における最後の流血とする。
この誓いを果たすことが、僕に科せられた最大の責任であり罰だ)
その代わり、その瞳と胸の奥で、決意という煉獄の炎が轟々と音をたてて燃え上がり始めていた。
本作におけるアリウス自治区の設定描写は、原作の世界観と作中描写から個人的に納得できる形に落ちつけようとした結果です。
自分の頭ではマジでこれが精一杯でした。
■TIPS
●衛宮切嗣
ご存知『魔術師殺し』。現在29歳。
原作では20歳時にアインツベルンと接触したが、今作ではキヴォトスに迷い込んだ。
アリウス自治区で起きていた内戦を終息させ、戦災孤児となった同地の子供たちの面倒を見るようになった。
しかし、TYPE-MOON世界の魔術師の子として生まれ、十代の時点で過酷な生涯を歩み続けていた彼が、子供たちをまともに導ける大人になどなれるはずがなく……
それでも原作のベアトリーチェよりははるかにマシなあたり酷い話である。
●秤アツコ
アリウス分校生徒会長。アリウスの姫ちゃん。
原作とは異なり内戦を終わらせたのが切嗣なので、アリウスの伝統と風習に則り、生徒会長になっている。
――といっても、アリウス自治区の現状的に、その役割はアリウスのトップというよりアリウスの生徒たちの代表といった感じ。
なお、現時点ですでに原作と同様の目に遭うことが確定している模様。
今作におけるアイリスフィールとイリヤスフィールのポジション。
ちなみに、彼女の苗字「秤」とユスティナ聖徒会の名前の由来であるローマ神話の正義の女神ユースティティアの名前のドイツ語読みが「ユスティーツァ」だったりする。
偶然の一致ってすげーな! いや、本当にマジで偶然だぞ!?
厳密にはFateのユスティーツァのスペルは「Justeaze」で、ユースティティアは「Justitia」なのだが……(笑)
●錠前サオリ
アリウス分校がメインの作品なので、ちょっとだけ登場してもらった。
上記のとおり切嗣が内戦を終息させたので、その影響から原作ほど十字架は背負ってない。
ついでに性格も原作と比べると少しだけ穏やかになってる。本当に少しだけだけどね。
切嗣のことを「マスター」と呼び慕い、彼が教えてくれる様々な物事にその都度目を輝かせている。
なお、その中でも特に気に入っているのは、やはり戦闘関連の模様。切嗣は曇る。
●アズサ
名前だけ出てきた。
セクシーフォックスハンティングに出かけていたらしい。
いったい何洲アズサなんだ……?
●あの女
切嗣の口から語られた謎の人物。
貴様、いったい何トリーチェだ?