アリウス分校のキリツグさん   作:新米愉悦部員A

2 / 4

 ウェイバー・ベルベット … 157cm
 ロード・エルメロイⅡ世 … 186cm
 春原シュン … 身長174cm
 羽川ハスミ … 身長179cm
 大野ツクヨ … 身長180cm

 型月世界における「第三次成長期」がブルアカ世界にもあったら、シュンとハスミとツクヨは十年後には身長200cm超えてるかもしれんな……



地獄への道は

 Interlude 1

 

 衛宮切嗣にとってキヴォトスという地は、まさに悪夢の具現であり、地獄であった。

 キヴォトスにやって来る以前から「恒久的な世界平和の実現」という理想を胸に抱いていた切嗣は、当初キヴォトスにおいてもその理想を果たそうと考えていた。

 

 ――だが、情報を得ることも兼ねて一度アリウスの地を離れた彼が目にした光景は、そんな彼の理想を嘲笑い、そして完膚なきまでに粉砕することになった。

 

 「学園都市」という学生――すなわち子供が行政を担うという特異な政治体制には眉をひそめこそしたが、すでにアリウスの内戦で「生徒」とも呼ばれるこの地の子供たちの超人的かつ神秘的な能力をいろいろと見てきたこともあり、そういう文化なんだろう、と最終的に納得することはできた。

 ――これは切嗣自身が自らの世界において「隠された側面」に属している人間であったこともある。

 

 だが、それゆえか、はたまた別の理由かはわからないが、ほぼ毎日のように強盗やハイジャックなどの凶悪犯罪や、爆弾テロといった事件が各地で発生し、おまけにそれがこの地の日常かつ平穏の一ページ、つまりは「象徴」として定着してしまっているという事実には、頭を抱えたくなるというレベルではない衝撃と絶望を味わうことになった。

 加えて、このキヴォトスの地の住人――見かけは切嗣同様人間である者もいるが、明らかに獣人やロボットも存在し、キヴォトスではこれらを総じて「ヒト」と称している――は、大人から子供までこのような社会に染まり切り、「あたりまえ」として受け入れてしまっているので、倫理観が狂っている。

 個人もしくは組織間でなにか問題が生じれば、「このほうが手っ取り早い」とばかりにお互いに銃をぶっ放し合うなどよくあること、不良が「なんとなく」といたずら感覚で商店や銀行を襲撃したり、白昼の街中で銃を乱射するのが日常茶飯事、はてには街中の車道を戦車が暴走して一般車両を轢き潰したり、軍用ヘリがこれまた街中で機銃やミサイルを「誤射」していくのが()()と、次々と繰り広げられるキヴォトスの日々の出来事に、切嗣の脳が情報処理に苦戦して頭から本当に煙を吹き出しそうになったことは一度や二度ではない。

 風の噂で「幼児が白リン弾をおもちゃ替わりにして遊んでいる地域もある」と耳にした時は、文字どおり泡を吹いて倒れそうになった。

 

 ――キヴォトスがこのような戦場とも修羅場とも呼べる環境となってしまっている一因は、銃弾や爆弾などを受けても基本的に致命傷となり得ないこの地の人々の異常なまでの肉体強度にある。

 切嗣の世界における死徒――いわゆる吸血鬼や、「幻想種」と総称される神秘存在に匹敵、もしくは同等の耐久力を一般の人々が老若男女問わず有していると説明すれば、その異常性もわかりやすいだろうか?

 

 そのような者たちからすれば、ただの殴り合いなど、喧嘩にすらならないのかもしれない。

 いや、下手をすれば銃で撃ち合うのも、この地の人々からすれば挨拶かコミュニケーション程度のものという可能性すらある。

 ――しかし、一応は警察や治安組織なども存在し、切嗣の世界の一般社会と同レベルの法も存在するという点が、切嗣の頭をさらに混乱させることになった。

 

 とにかく社会のありとあらゆる分野や概念が歪みに歪んでいる地――

 切嗣は最終的に、キヴォトスに対してそう結論づけた。

 ――同時に、ここで自分の理想を実現しようとすることは不可能であり、しようとすること自体がバカげているとも。

 

 自分がやろうとしていたことは、例えるなら妖精たちの国に人間の社会常識や法を広めるようなもの――

 そのようなことをしたところで、いったい誰が得をするのか?

 ――決まっている。自分だけだ。

 仮に実現できるとしても、そんなものは誰のためでもない。自慰行為にも等しい自己満足にすぎない。

 

 ――では、それまで自分が自らの世界で成そうとしていた理想は?

 

 皮肉なことに、衛宮切嗣は異郷の地に足を踏み入れたことで、自分という存在と自らの理想を客観的に見ることができるようになり、それらも歪みに歪んでいるものであるということに気がついた。

 ――当然、そうなった彼に襲いかかったのは自己崩壊にも等しい後悔と自己否定の嵐であった。

 

 自分はどこで選択を誤り、どこで望んでもいなかった責任を背負い込んでしまったんだ――?

 

 そして彼は、枯れた植物のようにしおしおとアリウス自治区へと戻り、以降は引きこもるように子供たちの世話を焼くようになったのであった。

 衛宮切嗣、齢にして二十代半ばを迎えようとしていた時のことである。

 

 ――このような出来事を経験してもなお、自分が抱いた理想を完全には捨て切れていないのは、彼が機械ではなく人間であるがゆえであろう。

 「恒久的世界平和」という当初の理想は、「子供たちの楽園」という形に変貌し、今の切嗣を突き動かす動力源となった。

 

 ――これを彼がかつて夢見ていた「正義の味方」への回帰と見るか、それともただの現実逃避と断じるかは人による。

 だが、最終的な判断を下せるのは衛宮切嗣自身であり、そして彼だけである。

 

 

 

 

 

 III

 

 白洲アズサが衛宮切嗣、そしてアリウス分校生徒会長である秤アツコから緊急の招集を受けたのは、二か月ほど前のことである。

 アズサは生徒会副会長である錠前サオリが隊長を務めている『アリウス防衛隊』に所属する一生徒だ。

 しかし、立場こそあくまでも一生徒であるが、その戦闘能力と素質、才能はサオリ、そして師である切嗣も認めるほどであり、実質サオリの右腕もしくは懐刀的な存在であった。

 

「――トリニティに潜入し、この生徒を暗殺してほしい」

 

 生徒会室に着いたアズサに対して、サオリ、そして切嗣は、今まで見たこともない険しい顔をしながら単刀直入にそう告げる。

 それと同時に、切嗣がコートのポケットの中から取り出した一枚の写真には、頭頂部に大きな狐耳を生やした長い髪の小柄な少女の姿が写っていた。

 

 暗殺。それはすなわち、命を奪うということ。

 それも人――他校とはいえ、アズサと同じ生徒の命を、だ。

 つまるところ、殺人である。

 

 内戦が終息し、「理不尽な暴力」というものから長らく無縁となっていたアリウスにおいて、それはかつての恐怖と狂気を呼び覚ます行為に等しい。

 サオリたちもそれはわかっているはず――

 それなのに、なぜ?

 

 アズサは無言という形で、自らの胸中の疑問を二人にぶつけた。

 

「この生徒――百合園セイアには未来予知の能力があるそうだ」

 

 沈黙に支配されつつあった生徒会室に切嗣の言葉が響く。

 この場、そしてアリウス唯一の大人である彼の声は、いつも子供であるアズサやサオリたちの耳や頭には一言一句詳細に染み渡る強力な言霊だ。

 

「未来予知?」

「ああ。それも、文字どおりただ“未来を知る”だけの力じゃない。

 こいつが予知した未来は“()()()()()()()()()()()()()()”――

 つまり、この世界の運命を予め決定させてしまうんだ」

「――!」

 

 お世辞にも学はない――というより、アリウスの子供たちは全体的に学力が低い――アズサでも、切嗣のその言葉の意味はすぐに理解できた。

 世界の運命――未来を予め決めてしまうということは、物語の結末を最初に描いてしまうようなものだ。

 

「え、ええっ!?

 それってつまり、映画の内容を予め知ったうえで観ているようなものじゃないですか!?

 そんなの面白くないですよ!」

 

 そう叫んだのは、生徒会のメンバーでありアズサ同様防衛隊に所属する生徒の一人、槌永ヒヨリだった。

 内戦以前から落ちている雑誌を収集することを趣味としていた彼女は、切嗣と出会ってからは彼がアリウスの外から持ち込んできてくれる映画やアニメなどを視聴することも趣味としていた。

 今のヒヨリの発言は、実にそんな彼女らしいものである。

 

「そうだな。確かにそれは面白くない。

 ……だが、もっと面白くないことに、この百合園セイアは私たちアリウスの存在を知っていることが確認された。

 アリウスはトリニティからも、そしてキヴォトスからも歴史の表舞台から抹消されて忘れ去られたはずなのに、だ」

「ええええーーーーっ!?」

 

 サオリの言葉に、ヒヨリが先ほどよりも大きな声をあげた。

 アズサや生徒会室にいた者たちも、声にこそしなかったが驚きの表情を浮かべている。

 ――表情を一切変えていないのは、衝撃の事実を述べたサオリ本人と、切嗣、そしてアツコの三人だけだ。

 おそらく切嗣とアツコもすでにこのことは知っていたのだろう。

 

「それってつまり……私たちのことがすでにトリニティにバレてるってこと?」

 

 サオリに対して睨むような視線を向けながらそう口にしたのは戒野ミサキ。

 彼女もまた生徒会のメンバーであり、防衛隊に所属する生徒である。

 

「そう考えるのが無難だろう。

 現に百合園セイアは、トリニティの生徒会である『ティーパーティー』のホストだ」

「なんですか、“ホスト”って?」

「トリニティ総合学園は三頭政治――つまり、生徒会長が三人いるんだ。

 その生徒会長たちの中で、最終決定権を有する者のことだよ。

 ――要するに、こいつが現在のトリニティのトップということさ」

 

 切嗣とヒヨリの会話が生徒会室にいる者たち全員の耳に浸透する。

 それによって、その場にいた誰もが危機感を強めることとなった。

 

「かつてアリウスを歴史の表舞台から消し去ったトリニティ……

 そのトップがアリウスが健在であることを知っていて、なおかつ未来を予め決定してしまう能力を持っているって……」

「なんですかこれ……?

 反則じゃないですか!?

 こんなの、この人がその気になればいつでも――!」

「うん。アリウスの――私たちの未来をいつでも決めることができちゃうね」

 

 ミサキ、ヒヨリに続く形で、今まで口を閉ざしていたアツコが声を発した。

 生徒会長――アリウスにおいてはその伝統と風習から、ある種の神聖視に近い扱いも受けている少女に、皆の視線が集中する。

 

「私は、せっかく平和になった今のアリウスを失いたくはない。

 キリツグが進めてくれた時計が、止まるようなことは起きてほしくない」

「…………」

「姫……」

 

 アツコの隣の席に座るサオリは、思わずアツコに対する敬称を口にし、そんなサオリの後ろで腕を組んで壁に寄りかかっている切嗣は、無言でアツコに視線を向け続けている。

 

「――私たちの未来は私たちが決める。

 この人にも、誰にも、私たちの未来を決めさせはしない。

 その意思を示すためにも、この人は――百合園セイアは排除する」

 

 アツコは座っていた生徒会長用の椅子からゆっくりと立ち上がると、アズサのほうに歩み寄る。

 そして、自分の手がアズサに届くほどの距離まで近づいたところで、懐からなにかを取り出すと、それをアズサの前に差し出しながら再び口を開いた。

 

「アズサ、ごめん。

 私たちはあなたに突然過酷な選択を強いてしまっている。

 だけど、現状これを成し遂げられそうなのはあなた以外にいないの」

「アツコ、これはいったい――?」

「これは『ヘイローを破壊する爆弾』だよ」

「っ……!?」

 

 ――ヘイローを破壊する爆弾。

 その言葉がアツコの口から飛び出すと、生徒会室中に軽いざわめきが起こり、空気が一気に重苦しいものに変わった。

 

 ヘイローとは、キヴォトスの生徒たち、および生徒だった者たちの頭上に浮かぶ、天子の輪のようなものである。

 具体的にどういうものなのかは誰にもわからないが、少なくとも生徒たちの命や精神に関わっているものであることだけははっきりしていた。

 ――切嗣は生徒たちの超人的かつ神秘的な能力にも関与しているのではないかと考えているが、あくまでも自説にすぎないため、口外はせず自分の頭の中だけにとどめている。

 

 そんなヘイローを破壊する――

 それはつまるところ、通常の爆弾では致命傷を負うことはまずない生徒に、事実上の致命傷を負わせることができる爆弾ということである。

 

「可能なのか、そんなことが?」

「――理論上は、確かにそいつでヘイローを破壊することは可能だ」

「マスター?」

 

 アズサの疑問に答えたのはアツコではなく切嗣だった。

 

「詳細は省くが、そいつには通常の爆弾とは違い、物理的な干渉能力は一切ない。

 大雑把に言ってしまうと、精神面にのみ干渉する爆発を起こす爆弾ということだ」

「精神面にだけ……?」

「そうだ。正直、僕も半信半疑ではあるがね……

 だが、実際にヘイローに触れたり、傷をつけたりといった物理的な干渉は不可能なことは事実だ。

 となると、精神的な干渉ならば有効なのではないか、という判断に至るのは別におかしなことじゃない」

 

 ため息をつくかのように一度わざとらしく息を吐いた後、再度切嗣は口を開く。

 

「そいつを爆発させるためには、ある特別な条件がいる。

 それは、起爆する者もヘイローを有している者――つまり、生徒でなければいけないということだ。

 そうしなければ、ヘイローに干渉する能力が発揮されないらしい」

「それって……」

 

 ――切嗣の顔がほんの一瞬だけ、より一層険しさを増したのをアズサは見逃さなかった。

 

「そいつは、生徒に同じ生徒を殺させるための――子供を人殺しにすることを前提に作られた兵器というわけさ」

 

 組まれていた腕を握る切嗣の手に自然と力がこもり、ギリリという音が生じる。

 それは極めて小さな音であったが、生徒会室が静まり返っていたこともあり、生徒たちの耳にははっきりと聞こえた。

 

 ――アズサは、なぜ自分にこの任務が下されたのかをようやく理解した。

 

 アズサをはじめアリウスの子供たちから見て、衛宮切嗣とは誰よりも優しく、それゆえに頑張りすぎてしまう男だ。

 同時に、誰よりも子供のために戦い、誰よりも子供のために身を削る大人でもある。

 

 要するに、「子供に人殺しをさせるくらいならば自分がやる」というタイプの人間なのだ、切嗣とは。

 そんな彼が、子供であるアズサに殺人をさせようとしている。

 かつてアツコやサオリたちが、銃火器の扱い方や戦い方を教えてほしいと頼み込んだ際、鬼のような形相で怒って拒否したと云われているあの切嗣が、だ。

 ――キヴォトスの実情を知ったことで、最終的に「自衛のため」という名目で折れることになったが。

 

「――マスター、いったいこれは誰からの要望だ?」

「こういう時のお前は、本当に頭がさえるな」

 

 自嘲的にその顔に軽く笑みを浮かべた後、すぐさままた顔を険しくして切嗣は話を続けた。

 

「――ゲマトリア。

 ()()()の属する組織からの依頼だ。

 この機に乗じて、アリウスの生徒たちが自分たちの目論見に使える存在かどうか確かめたいんだろう」

「ベアトリーチェか……」

 

 アズサ、そして生徒会室にいた面々の脳裏にいけ好かない女の姿が浮かび上がる。

 

 『ゲマトリア』とは、アリウスの内戦の終結前後に切嗣に接触してきた組織の名だ。

 曰く「研究者であり探究者の集まり」にして「世界の終わりに抗う者たち」――らしい。

 彼らは、各々が自分たちの掲げるテーマのもと、「崇高」と呼ばれる領域への到達を目指しており、その「崇高」の力をもってして世界の終わりを回避しようとしているのだという。

 

 そんな組織において、切嗣やアリウスに最もコンタクトを取ってくるのが「ベアトリーチェ」と名乗る女である。

 彼女が言うには、もともとは自身もアリウスの内戦に干渉するつもりであったが、それよりも早く切嗣がアリウスの地に現れて内戦を終結させてしまった。

 それゆえに、衛宮切嗣という人間に興味を抱き、同時に敬意を払っているという。

 ――「彼女なりの」という枕詞が付くが。

 

 切嗣やアリウスの子供たちから見てベアトリーチェという女は、一挙手一投足、一言一句がとにかく鼻につく輩であった。

 常にこちらを下と見て、傲慢な物言いと挙動で神経を逆なでてくる。

 

「そういう本質のもとに生まれてしまったのだろう。

 ある意味哀れなやつだよ、そう考えるとね」

 

 ――かつて切嗣が語ったベアトリーチェに対するその評を聞かなければ、サオリやアズサたちは今頃鉛玉をこれでもかと彼女にぶち込んでいただろう。

 それくらいベアトリーチェはアリウスの子供たちに、そして切嗣に嫌われていた。

 

 それなのに、切嗣たちがベアトリーチェ、そしてゲマトリアと今日まで接触を続けているのは、ひとえに彼女たちが現在のアリウスの最大の支援者だからというのが大きい。

 アリウスは本来、歴史の表舞台から消えた者たちである。

 そのため、内戦からの復興をしようにも、表立って各所から支援を受けることができない。

 駄目元で受けてみようとした結果、かつて自分たちを追いやったトリニティに存在が露見し、再び迫害と弾圧を受ける可能性もあった。

 

 そのような事情もあり、半ば仕方なくではあるが、切嗣やアリウスの子供たちはゲマトリア側が提示してきた支援を受け入れることにしたのである。

 アリウスの復興と子供たちが生きていくうえで必要な物資や武器をゲマトリアが提供する見返りに、切嗣とアリウスはゲマトリア側から要請を受けた場合、可能な限り彼らに協力するという内容の契約が交わされたのは、もう九年ほど前の話だ。

 ――それ以来、たびたび衝突することはあったが、お互いその契約を律儀に今日まで守ってこられたのは、やはりアリウス側に切嗣という大人の存在がいたからというのが大きい。

 

 話を戻そう。

 とにかく、ゲマトリアの中でも特にアリウスと切嗣からの受けが悪いベアトリーチェからの要求とあれば、それに対するアリウスの子供たちの反応は言わずもがなであった。

 

「アズサ、そんなもの受け取らなくていいよ」

「そ、そうですよ。

 アズサちゃんが手を汚す必要なんてないと思います」

「――だが、百合園セイアを排除しなければアリウスに未来はないのは事実だ」

「…………」

 

 サオリの言葉に、アズサを止めようと声をかけたミサキやヒヨリも口を閉ざしてしまう。

 

 未来を確定させてしまうセイアを殺害し、アリウスの破滅を回避しなければならないのはすでに決定事項。

 そして、それを成すことができる手段をアリウスは所持している。

 

 ――衛宮切嗣。かつてたった一人でアリウスの内戦を終わらせた男。

 言い換えれば、キヴォトスにおいて「殺人」という行為を実行し、実現できる存在――

 そして、アズサやアツコら子供たちの未来を守った「正義の味方」――

 そんな男が、人の形をした最強の殺人兵器がアリウスにはいる。

 

 だが、今回はそんな切嗣の力をあてにすることができない。

 『ヘイローを破壊する爆弾』という奇策をもって先手を打たれたからだ。

 言ってしまえば、契約の内容の穴を突かれた形である。

 

「……百合園セイアの殺害は早急に実行しなければならない。

 そして、アリウスを存続させていくためには契約にも従わなければならない、ということか……」

 

 アズサは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 さながらそれは自己暗示とも言える。

 

 ――数秒ほど考えたところで、アズサはアツコの手から『ヘイローを破壊する爆弾』をひったくるように受け取った。

 

「わかった。私に任せてくれ。

 今こそマスターから――キリツグから受けてきた恩に報いる時なんだ」

 

 

 

 

 

 IV

 

 アリウス自治区を出入りする方法は、基本的にひとつしかない。

 それは、トリニティ自治区地下に存在する巨大なカタコンベに通じている秘密の地下道を通るというものである。

 

 このカタコンベは存在自体がオーパーツであり、不定期に内部の構造が変化する迷宮という側面も持っていた。

 そんな地下迷宮においてアリウスに通じる正しいルートを完全に把握しているのは、アリウスの子供たちと切嗣、そしてゲマトリアだけだ。

 過去にトリニティから激しい弾圧と迫害を受け、歴史の表舞台から抹消されたアリウスが今日まで生き永らえることができたのは、アリウス自治区の立地だけでなく、このカタコンベの存在あってのものでもある。

 

 そんなカタコンベを、切嗣とアズサの二人は慎重に歩いていた。

 この日、ついに百合園セイアを暗殺する作戦が決行されるのである。

 

「――本当に、カタコンベまででいいのか?」

「ああ。そこから先は私一人で行く。

 切嗣たちはすでにトリニティ側に顔が割れている可能性があるんだろう?

 だったら、後は私一人で作戦を実行したほうがいい」

 

 アズサは迷いなく切嗣の問いに答えつつ、自らの装備を確認していた。

 

 もう何年もその銃身を握り、慣れ親しんだアサルトライフル。

 サイドアームで、これまたすっかり手に馴染んでいるオートマチックピストルとナイフ。

 煙幕も含んだグレネード――手榴弾各種。

 ライフルとピストルの予備マガジン。

 そして、今回の任務の要である『ヘイローを破壊する爆弾』――

 

「百合園セイアが身を潜めているセーフハウスまでの道のりと、セーフハウスの内部構造も頭の中に叩き込んである。

 間違えることも忘れることもないから安心してほしい」

「アズサ」

「ん?」

 

 突然自分の名前を呼びながら切嗣が足を止めた。

 まだカタコンベの出口までは距離がある。

 どうしたのだろうか、とアズサも足を止めて切嗣のほうへと目を向けた。

 

「…………」

「……マスター、どうしたんだ?」

 

 普段と変わらない険しい顔を浮かべたまま無言でその場に立ち尽くす切嗣。

 そんな彼の様子に、さすがに違和感を抱いたアズサは心配そうな表情で問いかけた。

 

「そ、そんなに私が一人で任務を遂行できるかが心配なのか?

 私はそんなに頼りなく見え――」

「そうじゃない。

 そういうわけじゃないんだ、アズサ……」

 

 アズサの言葉を遮りながら、その顔に苦笑いにも似た笑みを切嗣は浮かべる。

 ――見るからに弱々しさを感じる、そんな表情を切嗣がするのをアズサは初めて見た。

 

「じゃあ、どういう……」

「僕が今ここで、“人を殺すのをやめてくれ”と言えば、君は従ってくれるか?」

「えっ……?」

 

 切嗣の言葉にアズサの体と思考が停止する。

 

 ――なぜそんなことを言うんだ、とは思わなかった。

 衛宮切嗣という男がどういう人物であるのか、アズサも十分知っているからだ。

 それでも、そんな切嗣が一瞬だけとはいえ情けない大人に見えてしまったのは、アズサにとって本当にはじめてのことだった。

 

「で、でも……そんなことをすれば、あいつらとの契約が……

 アリウスの復興や、みんなが生きていくために必要な物資が……」

「君たちの食べるものくらいなら僕がなんとかしてみせる。

 この九年間でキヴォトスでのツテもある程度はできた。それを活用すればどうにかなる」

「嘘だ。

 本当にどうにかなるなら、最初からそうしていたはず。

 私の知るマスターはそういう人だ。常に私たちの予想の裏をかくのが得意だった」

「…………」

 

 アズサの反論に、切嗣は返す言葉がなかった。

 それが彼女の言葉が事実であることを裏付けることとなる。

 

「マスター、あなたが私たちのことを思ってくれているのは嬉しい。

 だけど、もうアツコやサオリたちから何度も言われているかもしれないけど、ここはキヴォトスなんだ。

 マスターが生きていた“外の世界”とは違うんだ。たぶん、根本から……」

「だが、この世界でも人を殺すことは禁忌なんだろう?

 それなら、とっくにそれを犯してしまっている僕が――」

「キリツグ、残念だけど、これはもうキリツグ個人が背負い込むべき問題じゃないんだ。

 アリウスとトリニティ――私たち全員が背負わねばならない問題なんだと思う。

 それなら、その責任を最初に背負うのはアリウスの――キヴォトスの人間でなければダメなんだ」

「っ……」

 

 切嗣はここにきて、自分が完全に「部外者」であることを呪った。

 自分の知らないところで、事態はすでに彼個人でどうにかできるものではなくなっていた。

 この問題を切嗣個人で処理できるものにするには、それこそ過去に遡ってアリウスとトリニティ間の問題に介入するレベルのことをしなければならない。

 ――当然、そのようなことは時間操作の魔術を代々継承していた衛宮家の魔術師である切嗣をもってしても不可能なことである。

 彼の世界において時間逆行――タイムワープは「魔術」ではなく「魔法」の領域に近いものだ。

 

「……どうしても、止められないのか?」

「うん。

 ――私はすでに覚悟を決めた。たぶん、アツコやサオリもだ。

 ここから先は間違いなく“戦争”になる。

 アリウスとトリニティ、今度こそどちらかが滅びるまでこの“戦争”は終わらないだろう」

「…………」

 

 切嗣の顔が微妙に歪む。

 「微妙」と称しても、それは本当に微々たるもので、アズサのように普段から、そして何年も切嗣の顔を見ている者でなければわからない変化だが。

 

 ――そんな顔をしないでほしい、とはアズサには言えなかった。

 言えば確実に、目の前の男は力尽くで自分を止めるとわかっていたし、自分は彼には絶対に敵わないということもわかっているからだ。

 すでに切嗣の肉体は全盛期を過ぎ去り、衰えが始まっているとしても。

 

「――キリツグがいなかったら、私たちは今頃ベアトリーチェやゲマトリアにいいように利用されていたと思う。

 いや、内戦の時点で死んでいたかもしれない。

 なにもできず、ただトリニティに一方的に滅ぼされていた可能性だってある――

 だからキリツグには感謝してる。

 私たちを今日まで生かしてくれて、戦い方を、生き方を教えてくれてありがとう」

「…………」

 

 純粋に感謝の気持ちを述べるアズサの姿を映している切嗣の瞳が揺れる。

 

 ――やめてくれ。

 そんな言葉が聞きたくてお前たちを、君たちを今日まで生かしていたわけじゃない。

 

 「目は口程に物を言う」という言葉があるが、今の切嗣はまさにそれだ、とアズサには思えた。

 私の、私たちの知る衛宮切嗣とは、こんなに弱い大人だっただろうか?

 

 ――ああ、そうか。

 私が、私たちがこの人をここまで弱くしてしまったんだ。

 

 自分たちという存在が目の前の男の――自分たちが誰よりも信頼している大人の足枷になってしまっている。

 その事実にアズサは悲しくなった。

 

 ――だが、それで任務を放棄するほど白洲アズサという少女は弱くはなかった。

 むしろ、だからこそ自分がやらなければならない、と気持ちを改めた。

 

 自分たちはいまだ子供だが、それでも、もう守られてばかりの存在ではないと――

 衛宮切嗣の足枷にはならないと証明する――!

 

 アズサの中で決意の火が灯り、一瞬で業火となって燃え上がる。

 もはや彼女の中に迷いはなかった。

 

「……意思は変わらないんだな?」

「うん。

 たとえキリツグが力尽くで止めようとしても私は行く。

 いつまでもキリツグに甘えるわけにはいかない」

「…………」

 

 切嗣はまたしても無言でアズサの姿をその瞳に収める。

 そして、そのまま数秒静止していたが、やがてゆっくりと右手をコートに隠されていた胸元に伸ばした。

 

「キリツグ、それって……」

 

 ――再びさらけ出された切嗣の右手には一丁の奇妙な外見の銃が握られていた。

 アズサ、そしてアツコやサオリたちアリウスの子供は、その銃がなんであるかはとうに知っている。

 

 トンプソン・コンテンダー。

 衛宮切嗣という男を象徴する銃であり、かつ彼の最強の武器――

 

 それを切嗣が自身の前で引き抜いた。

 アズサが知る限り、切嗣がこれを取り出すのは、必勝、必殺を確信している時だけだ。

 つまり、それが意味するところは――

 

「アズサ」

 

 切嗣は一言アズサの名前だけを口にすると、コンテンダーを彼女のほうに向けた。




 原作のアリウス関連の設定は、まとめればまとめるほど「なんでこれで本編まで生き残れたんだ?」という疑問が湧き上がってしまう……
 MX Studio、マジでちょっとこのあたりの詳細な説明をしてほしいから公式設定資料集を出してくれ。頼む。


■TIPS

●衛宮切嗣
 キヴォトスという魔境に馴染むことも、抗うこともできない哀れな男。
 だって、そんなことをしたら自分がそれまで犠牲にしてきたものが全て無駄になっちゃうんだもん……
 せめてアリウスだけは平和な場所にしようと、諦め悪く自分なりに頑張っていたら、なんか子供たちが戦争を始めようとしてる件。
 ――親の心子知らず?
 いいえ。むしろ親の心を理解しまくっているがゆえの選択と行動です。


●白洲アズサ
 アリウスの特異点。原作ほどばにばにはしない。本質は変わらないが。
 TYPE-MOON的に言えば、間違いなく起源は「反抗」か「反逆」。
 切嗣が自分に手を汚さないでほしいと願っているのは承知だが、それでも百合園セイアを暗殺しない理由にはならない。
 原作同様、戦闘能力とそのセンスには光るものがある。それゆえに切嗣は曇る。


●錠前サオリ
 今回もちょっとだけ出てきた。
 形だけとはいえ、アリウス分校の生徒会が存在しているので、副会長の座に就いている。
 ちなみに、彼女が隊長を務めている『アリウス防衛隊』は、名前こそアリウスの治安組織のように聞こえるが、実際はただの自警団である。
 アリウスの実情と、軍隊の真似事なんてしたら切嗣がいい顔をしないので仕方がない。


●戒野ミサキ
 ちょっとだけ登場。
 生徒会のメンバーだが、生徒会自体が形だけの存在なので、決まった役職はない。
 原作同様、メイン火器はスティンガーだが、彼女がそれを手にするたびに切嗣は一瞬だけ顔を曇らせる。
 当然ミサキたちもそれには気づいているが、さすがに理由まではわからない。わかったら怖い。


●槌永ヒヨリ
 こちらもちょっとだけ登場。ミサキと同じく、形だけの生徒会のメンバー。
 原作とは違い、切嗣がアリウスの外からいろいろと娯楽や嗜好品を手に入れてきてくれるので、それほどネガティブ思考ではない。
 しかし、自尊心は原作同様低かったりする。周りにいる面子が面子なので、こればかりは仕方がないが。


●ベアトリーチェ
 名前だけ登場。みんな(いろんな意味で)大好き舞台装置おばさん。
 切嗣とかいう予想外すぎるイレギュラーの登場によって、計画がいきなり狂った。
 最終的に、アリウスの子供たちへの食料を文字どおり餌にして切嗣とアリウスを利用する方向にシフトした。
 ……ただし、相手が相手なので、これも思っていたより上手くいっていないのが現状だったりする。

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