アリウス分校のキリツグさん 作:新米愉悦部員A
SSを書くうえで一番大変なのって作品名とサブタイトルを考えることだと思う。
……自分の引き出しが少なすぎるだけ?
そ、そうっすね……
早くも感想や評価、誤字報告ありがとうございます。
モチベーションが上がりますんで、ぶっちゃけこれからもどんどんください!(オイ)
Interlude 2
『トリニティ総合学園』。
キヴォトスを代表するマンモス校にして、有数のお嬢様学校として知られるこの学校は、在校生の数だけでも実に数千人におよぶ。
当然、学園都市であるキヴォトス全体のパワーバランスの一角も担っており、この学校が政治的、軍事的行動ひとつ起こすだけで――それこそ、その内容がどのようなもので、どれほどの規模であっても――キヴォトスの社会情勢に大なり小なり変化が生じる。
そんなトリニティを統べている政府機関にあたる生徒会が『ティーパーティー』だ。
トリニティはその学園設立までの経緯から三頭政治体制をとっており、複数存在する「分派」と称される政治派閥のうちの三つが生徒会を形成するという仕組みである。
――しかし、実際のところはティーパーティーを成している三つの派閥は、今日までの長きにわたって変わっていない。
『パテル分派』、『フィリウス分派』、『サンクトゥス分派』――この三分派はトリニティ設立以前から強大な力を有しており、現在の学園となった今でもそれぞれが自治区、そして学園に強い影響力を持っている。
この日は、そんな三大派閥の長たちである三人の首長――すなわち、現在のトリニティの三人の生徒会長が、お茶会も兼ねた定例会を催す日であった。
「――それで、どうだったかなセイアちゃん?
私がこの間持ってきたプランは?
我ながら珍しく頑張って考えたと自負しているんだけど……?」
『パテル分派』の首長である聖園ミカは、共に円卓型のティーテーブルを囲っている二人のうちの一人――『サンクトゥス分派』の首長にして最終意思決定者「ホスト」である百合園セイアに問いかけた。
事のあらましは数日前、生徒会の活動ではなく個人的なお茶会の席において、ミカが珍しく「議案」と称してセイアに数枚のメモを渡したことである。
――ミカは言ってしまえば「お飾り」の首長だった。
お世辞にも政治の世界には向かない彼女が、なぜ一大派閥の長の座にいるのかというと、それはひとえに彼女の家柄による。
トリニティ有数の名家である聖園家の御令嬢――それだけで、神輿として担ぎ上げるには十分な価値があったわけである。
加えて、同じ『ティーパーティー』を構成している『フィリウス分派』の現在の首長である人物が人物であるため、その者に対する牽制的な意味合いもあった。
「ミカさん……その日は私は別件で席を外しておりましたので詳細はわかりませんが……
いったい、どんなろくでもないアイディアを思いついたのですか?
――というより、プライベートの場でそのような行為におよぶのはいかがなものかと」
「ええ~?
この間、“たまには首長らしいことをしなさい”って言ってきたのはナギちゃんじゃ~ん?
言われたとおり、パテルの首長らしく私の考えをセイアちゃんに伝えただけなのに、その言い方はちょっと酷くない?」
「公私の区別はつけなければいけません。
首長であり生徒会長である私たちが悪習の前例を生み出すようなことがあってはならないことです」
――桐藤ナギサ。
『フィリウス分派』の首長にしてミカの幼馴染。
トリニティはおろか、キヴォトス有数の名門、桐藤家の御令嬢である彼女は、生まれながらの統治者――人の上に立つ者であった。
現在こそ前生徒会長たちから首長などの座をそのまま引き継いだため、ホストはセイアが務めているが、新年度になり三人が三年生に進級すれば、それに合わせてホストはナギサに譲られるだろう、というのがトリニティの政治情勢を知る者の誰もが予想していることだ。
「まあ、いいじゃないかナギサ。
それに、あれは友人同士の手紙のやり取りのようなものだよ。
君が想像しているほど問題になるような行為じゃないと言っておこう」
隣に座るナギサを制止させるように、セイアが軽く手を上げながら声をかける。
――そんなセイアの手に、彼女が普段から可愛がっている白い小鳥がぱたぱたと羽音をたてて飛んできた。
「――で、だ。
ミカ、君が先日持ってきた例の件だけど、悪いが却下させてもらおう」
「ええっ!? どうして!?」
「いくらなんでも突拍子すぎるんだよ。
“エデン条約”の締結に向けて忙しいこの時期に、アリウスの残党との間に和平を結ぼうだなんて……」
「ちょっ……!?」
セイアの言葉に、ミカとナギサはそれぞれ異なる理由から驚きの声をあげた。
ちょうど紅茶の入ったティーカップを口につけていたナギサは、思わずその中身をこぼしそうになったが、なんとかしのいだのはさすがというべきか。
「み、ミカさん、あなたはなにを考えているんですか!?
そもそも、アリウスの方々が今どこに潜んでいるのかなんて誰にもわからないんですよ!?」
「いや~、確かにそうなんだけどさ……
やっぱり、自分たちの問題も解決してないのに、先にゲヘナとの問題を解決しようとするのは無茶があるんじゃないかなと思って……」
「ミカ、君のその考え自体は間違ったものではいないよ。
だけど、ナギサの言うとおり、私たちは今アリウスがどこに存在しているのかわからない以上、君が今回挙げた議案は机上の空論でしかない」
「むぅ~……」
「それに、だ」
一度ティーカップに口をつけた後、再度セイアはミカに論ずるように口を開いた。
「アリウスの残党が私たちトリニティに対してどのような感情を抱いているのか――
そちらも不明瞭である以上、早急な捜索と接触は推奨できない。
正直、危険だと言わざるを得ないね。
この手の歴史的な問題は、私たちの想像している以上に根深いものだ。
一日二日で片付けられるようなものなら、先人がとっくの昔に解決しているさ」
――話は終わりだ。
そう言わんばかりに、セイアは目の前に置かれていたケーキの皿を手に取った。
「ミカさん、私もセイアさんの考えに全面的に同意します。
トリニティとアリウス間の問題は、どちらに非があるにせよ、早急に解決できるものではありません。
それに、私たちがアリウスがいまだに組織として健在であることを知ることができたのは、本当にただの偶然なのですから……」
「……うん。
まあ、そうだね……」
――ミカたちがアリウスの存在を知ることができたのは、ナギサが述べたように本当にただの偶然である。
ある日、セイアの未来予知が発現し、その予知の中で彼女は見知らぬ装いをした生徒たちの姿をとらえた。
その生徒たちは校章と思わしきシンボルマークが描かれた黒い腕章をしており、そのデザインが非常に印象に残るものだった。
――髑髏と薔薇。
意識が現実に帰還したセイアは、早速ミカとナギサに予知の内容を伝え、この生徒たちが何者であるのか、個人的な興味も含んで調べてみることにした。
――その結果、生徒たちの腕章に描かれていたシンボルマークの正体が、かつてトリニティが激しい弾圧を行った末に、歴史上から抹消した「アリウス」と呼ばれる学校の校章であることが発覚。
同時に、そんなアリウスが今もなお、このキヴォトスのどこかに組織的に存続しているということを知ったのである。
その後、トリニティの歴史上の記録を詳細に遺している学園の大図書館の古書堂を、図書委員会や手の空いていたティーパーティーの役員たちの協力のもと調べてみたりもしたが、残念ながらアリウスに関する詳細な記録は遺されてはいなかった。
せいぜいわかったことは、アリウスはかつて幾多の学校の合併・統合による現在のトリニティの設立に最後まで反対の立場をとっていた学校であり、トリニティの設立をキヴォトス中に宣言した「第一回公会議」において、討伐対象に指定されたということくらいである。
――自分たちに歯向かう者はすべて敵とみなしたのか、それとも後の世に禍根を残したくなかったのか、はたまた単に自分たちの力をキヴォトス中に知らしめるための見せしめにちょうどいいと思ったのか、アリウスを弾圧した当時のトリニティ上層部の思惑は今となっては知る由もない。
「はぁ……
もういっそのこと、アリウスのほうからトリニティに仲直りしたいって来てくれないかな?」
「さすがにそれはあり得ないでしょう……
真実がどうであれ、歴史的経緯からしてアリウスがトリニティに歩み寄りの姿勢を見せるとは思えません。
それこそ、アリウスからしてみればトリニティに全面降伏をするようなものです」
「……そうだね。
向こうから来てくれるのならば、それに越したことはないが……」
ぶー、とわざとらしく不貞腐れるミカと、そんな彼女に正論を述べるナギサを視界から外しつつ、セイアは再びティーカップに口をつける。
――それが友好的なものであるとは限らない。
その言葉をセイアは口にはせず、紅茶とともに喉の奥へと流し込んだ。
――結局この日、アリウスに関する新たな予知を見ていたことを、セイアはミカにもナギサにもついぞ明かすことはなかった。
セイアが白洲アズサの襲撃を受ける三日前のことである。
V
――結果から述べてしまうと、白洲アズサは百合園セイアのもとにたどり着くことに成功した。
街中の防犯カメラ、通行人や市街のパトロールを行っていた『ヴァルキューレ警察学校』や、トリニティの治安組織である『正義実現委員会』の生徒、そしてセイアのいるセーフハウスのセキュリティ――
それらを慎重に、かつ怪しまれぬこともなく全て突破した頃には、外はすっかり陽は沈み夜となっていた。
予定よりも少々時間がかかってしまったが、百合園セイアがセーフハウス、および自室の外に出た様子はない。
ここまで問題なく来れたのも、何年も前から隠密行動のやり方を切嗣から教わっていたおかげだ、とアズサは思いながら、セイアがいるであろう部屋の出入り口である扉のドアノブを握る。
そして、一呼吸置いた後、音をたてずゆっくりと扉を開き、アズサは部屋の中へと足を踏み入れた。
「――待っていたよ、白洲アズサ」
「……っ!?」
――百合園セイアは、部屋の窓辺で月が浮かぶ夜空を背景に立っていた。
ターゲットが自分の名前を知っており、かつ窓のそばに立っているという状況から、アズサは瞬時にひとつの結論に達する。
「私が今日、ここに来ることを知っていたな?
未来予知で――」
「まあね。
――ああ、銃を向ける必要はないよ。今さら逃げも隠れもしないさ」
アズサにアサルトライフルの銃口を向けられながらも、セイアは臆する様子も、身を守る素振りも見せなかった。
それでも、その表情に余裕さを消していないのは、たとえ至近距離のフルオート射撃でもアサルトライフル程度では死にはしないということを理解しているからだろうか――
「本当に逃げないという保証も、警備の者や正義実現委員会を呼び出さないという保証もない」
「やれやれ……我ながら信用されていないな。
――では、問おう。
このセーフハウスの周囲、そして内部で君は警備の者や正義実現委員会の生徒の姿を見たかな?」
「……見ていない。一人も」
アズサの返答に、セイアは満足そうに頷いた。
「そうだろう。なにせ、はじめから手配していなかったからね」
「……なぜ?
私が今日来ることを予知で知っていたのなら、警備や警護の者を手配しておけば……」
「私の未来予知のことを知っているなら、それで予知した未来がどういうものなのかも知っているんじゃないかい?」
「――!」
「……うん。そういうことだよ。
私の予知によって見えた未来は確定してしまうんだ。それが
君が今日、この瞬間、私の前に現れることを見ていたんだ。
こうなることがはじめから決まってしまっているのだから、警備や警護を用意しても無駄というものだろう?」
「……逃げることだってできたはず」
「それも無駄だよ。私が何年この能力と付き合っていると思っているんだい?
――過去に何度も、予知で見た悪しき未来を回避しようと、覆そうと、変えようとしたさ。
だけどね、そうして運命に抗えば抗うほど、足掻けば足掻くほど、もっと残酷な運命を突きつけられるんだ。
簡単に言ってしまえば、当初見た未来よりもさらに事態が悪化している未来が見えてしまうんだよ。
言うまでもなく、私の行動によって最悪の未来がより最悪なものになってしまった結果さ。
……おかげさまで、この歳になって友人と呼べる者が指で数えるだけしかいない」
「…………」
――それだけいれば十分じゃないか、とはあえて言わず、アズサは黙ってセイアの話に耳を傾ける。
念のため、アサルトライフルはいまだ構えたままだが。
「――つまり、全てを受け入れるしかないんだよ、私には。
はじめから運命を選択することも、運命を切り拓くことも私には許されていなかったんだ。
ただ全てが無意味であることを思い知らされて、無気力に生きることを強いられる――それが私なのさ。
確か、君たちアリウスの教義にもあっただろう? ええと……」
「ばにたすばにたーたむ、えとーむにあばにたす?」
「ああ、それそれ。
“全ては虚しいものである”――私にとってはまさにそのとおりだ。
未来がわかっていながら、ただ受け入れることしかできない。
抗うことも、歯向かうことも、最後は全て徒労という結果で終わってしまう……」
はあっ、とセイアは大きくため息をつくと、予め用意していたのか、近くに置いてあった椅子に腰かけた。
「――正直に言うとね、私は今すごく安心しているんだ。
この空虚な人生がようやく終わると思うと、解放されたような気分がして実にすがすがしい。
私の見た未来で、私個人に関するものは、今この瞬間が最後だからね」
「
それはつまり、
「もちろん。
むしろ、これまで見てきた未来はそういうものばかりだった。
直接、間接問わず、私が関わる未来が見えたのは全体のほんのわずかだよ。
私がアリウスの存在を知ったのも予知によるものさ。
覚えのない見知らぬ地にいる君たちアリウスの生徒の姿を見たんだ。あれがアリウスの本拠地なのかな?
――まあ、今となってはもうどうでもいいけどね」
セイアは一度窓の外を見る。
相変わらず、ただ夜空に浮かんでいるだけの月の姿があった。
「しかし、“死”がもうそこにあるというのに、恐怖をまったく感じないなんておかしなものだ。
さっきも言ったけど、安心感のほうがはるかに勝っている」
「……お前は、死にたいのか?」
「当然だろう?
だからこうして逃げることも、抗うこともせず、君に討たれる時を待っているんだ」
「ふざけるな!」
セーフハウスの一室にアズサの叫び声が響き渡った。
もしこの建物内にセイア以外の者がいれば、すぐさま誰かが部屋になだれ込んでくるだろう。
――しかし、数十秒、一分と時間が経過しても、人がやってくる気配はなかった。
警備や警護の者がいないというセイアの話は事実らしい。
「――私にお前の自殺に付き合わせるな。死にたかったら自分の手で勝手に死ね。
首を吊るなり、部屋に火を放つなりすれば、ヘイローを砕くことはできるはずだ」
「いいのかい?
生き残るために私が君に嘘をついている可能性だってゼロじゃないんだよ?
それに、ここで私を確実に殺しておかないと、アリウスに最悪の未来が訪れることが確定してしまうかもしれない」
「自分自身を人質にするつもり?」
「人質か……面白い表現だね。
だけど、人質は殺すよりも生かしているほうが価値のあるものだ。だからその表現は、この状況では間違いでもあるね」
「…………」
――こいつはイカれている。
アズサはアサルトライフルの銃口を自然と下ろしていた。
こんなやつを殺そうとしていた自分や、アリウスのみんながバカみたいだ、とも思ってしまう。
別の意味でアズサは虚しさを感じた。
「――帰る。お前を殺そうと思った私がバカだった」
「そうかい?
それは残念だ……」
「…………」
部屋を後にするため、アズサはきびすを返してゆっくりと歩き始めた。
切嗣やみんなにはなんて説明しようか、などと早速頭の中で皆を納得させられる方法はないか考え始める。
「ああ、そうそう。
アリウスの未来はまだ確定していないけれど、キヴォトスの未来は確定しているよ。
――“滅び”という未来がね」
「……えっ?」
――だが、背後からセイアのそんな言葉が聞こえた瞬間、アズサの体と思考は停止してしまった。
キヴォトスの滅び――それは、すなわち「世界の滅亡」と同意だ。
セイアは今、「キヴォトスの未来は確定している」と言った。
それはつまり――
「アリウスも……トリニティも……なにもかもが終わりを迎えるっていうの?」
「そういうことだね。
残念ながら、それがいつ、どのような形で訪れるのかまではわからないのだけれど……
少なくとも、私の予知してきた未来からして、そう遠い未来の話じゃない。それだけは確かだよ」
「っ……!」
気がつけば、アズサは振り返るどころか、再びセイアのほうへと詰め寄り、彼女の胸倉を掴んでいた。
「なぜ……なぜそれをわかっていながら平然としていられるんだ!?」
「言っただろう? 私にできることは受け入れることだけだって。
抗おうとすれば、足掻けばその分だけより最悪の未来が確定してしまう。
だったら、誰にも明かすことなく、ただその時が訪れるのを待つしかないじゃないか」
「みんなに“座して死ね”と――そう言いたいの、お前は!?」
「そこまでは思っていないさ。
だけど、どうせ死ぬなら、苦しむよりも穏やかに死を迎えたほうがいい、とは思うよ」
「同じだ!」
激高とともにアズサはセイアを突き飛ばした。
セイアの体が、背後の壁に勢いよく叩きつけられる。
「私は――私たちは、そんな未来を受け入れられないっ!」
「うん。それが普通の反応だ、アズサ。
だけど、私が予知してしまった以上、もはや止めようも、変えようもない。未来はすでに確定してしまっている」
「いや、ひとつだけ可能性は残されている!」
そう叫んだアズサは、三度セイアに詰め寄ると、羽織っていたジャケットで隠されていた胸元に右手を突っ込み、そして抜いた。
その手に握られていたのは、狩猟用のライフルを極度に短くしたような奇抜な外見をした一丁の銃。
――トンプソン・コンテンダー。
トリニティ自治区に潜入する直前、敬愛する師より預かった、彼の、そしてアズサたちの運命を切り拓き、未来を作り出してきた銃だった。
VI
――時は一度、アズサがトリニティ自治区に潜入する直前に戻る。
「アズサ」
アズサは目の前にいる師――衛宮切嗣が、自らの象徴ともいえる銃を突然取り出し、その
「……キリツグ?」
「持っていけ。
気休めにはなるはずだ」
「だけど、この銃はキリツグの……」
「後で――アリウスに戻ってきた時に返してくれればいい」
「…………」
アズサはおそるおそるといった様子で、切嗣からその銃――トンプソン・コンテンダーを受け取った。
過去にアズサがこの切嗣の銃に触らせてもらったことは何度もある。
しかし、この時のその銃はいつもよりも重く感じられた。
「すでに知っていると思うが、一応説明はしておく。
使用弾薬は.30-06 Springfield弾、装弾数は一発だ。
弾丸の装填と排莢はどちらも手作業でやる必要があるが……今回は予備弾はないからあまり関係はないな」
「うん……」
話を聞きながらアズサは中折れ機構を動作させて、弾薬が装填されていることを確認する。
――バレル内の薬室には一発の.30-06 Springfield弾が装填されていた。
「この弾丸、もしかして……」
「――『ヘイローを破壊する爆弾』が信用できない時は
九年前の内戦の時に、すでに効果は実証済みだ」
「っ……」
ごくり、とアズサは一度唾を飲み込む。
コンテンダーに装填されている弾丸は、通常の.30-06 Springfield弾とは異なるもの――
そして、この弾丸がどのようなものであるかはアズサもよく知っている。
九年前の内戦時、アズサは実際に切嗣がこの弾丸を使用する光景を目にしていた。
「その弾丸を受けた者の肉体は、強制的に“切断”と“結合”の二つの特性を発現させる。
僕の個人的な統計では、ヘイローを持つ者に対しては特に効果を発揮していた。
――だが、効果を除けばただのライフル弾と変わりはない。
対象による個人差もあるので、一撃必殺とまではいかない可能性も高い。
それでも、命中させることができれば、致命傷を負わせることはできるだろう」
「…………」
「――起源弾。
僕の切り札にして、手元に残されたうちの貴重な一発だ。
百合園セイアになら、こいつの効果は十全に発揮されるはずだ」
VII
「う……あ……」
――セイアの意識が戻ったのは、はっきり言って奇跡と呼べた。
口の中に広がる鉄の味と、日常生活ではまず嗅ぐことはない独特の臭い――
そして、体中に走る激しい痛みと、身にまとっている制服からする湿っぽい感触――
(ああ、そうか……
撃たれたんだったね……)
意識が途切れる直前の出来事が、頭の中に少しずつ思い出されていく。
――あの後、セイアはアズサが手にしていたコンテンダーから放たれた「起源弾」の直撃を受けた。
セイアのその薄い胸のほぼ中心部に弾丸が命中するのと同時に、神経痛にも似た感覚がセイアの体中を駆け巡った。
やがて、それは全身を内側から外側へと襲いくる激痛へと変貌し、ついには体中のいたる箇所から血を噴き出させる。
口、鼻、目、耳、指先、腕、足、背中――
それはさながら、破裂した水風船のようにも、水道管のようでもあった。
(あの銃……それとも、あの銃に装填されていた弾丸の特性かな?
いや、白洲アズサ自身の持つ能力だった可能性もある――)
もとから「死」を受け入れていたからか、自分の血でできた水たまりの中に倒れ伏しているという状況でありながらも、セイアは意外なほど冷静だった。
しかし、大量に出血しているせいか、それともいまだに激痛が走るせいか、彼女の肉体は意思に反してピクリともしない。
声を出そうにも、口から出てくるのはうめき声にも似た声にならぬ声と、呼吸によって生じるヒューヒューという音だけだ。
「ハ……」
セイアの口が三日月型に歪む。
まさか、このような方法で自身が予知した未来を回避しようとするとは、思わなかった。
『お前が見た未来が現実となるのは、その未来を見たお前自身が生きているからだ!
それなら、その目印であるお前を殺せば未来は実現しない!』
――コンテンダーが火を噴く直前、アズサが自身に言っていた言葉が思い出される。
ああ――その考えには思い至らなかったな、とセイアは自嘲気味にさらに口を歪めた。
なんて無様なのだろう。
「最悪の結果がさらに最悪な結果になってしまうから」などと言い訳をして、自分はすべてを諦めて逃げ続けていたのだ。
――自分の「死」からも。
(なんだ……私は結局のところ、死にたくなかったんじゃないか。
死を受け入れていたつもりになっていただけで、本当はただ目を背けていた……)
全身を朱に染めながら、けらけらとセイアは嗤う。
運命という糸に踊らされ続けた、哀れな道化たる自分自身に。
事ここに至り、百合園セイアの中に「死」に対する恐怖が徐々に芽生えてきた。
――否、もとから芽吹いていた恐怖が、実際に死に瀕することで急速に成長を遂げたのだ。
(だけど、もう、遅いな……)
セイアは理解してしまう。
「百合園セイア」はここで終わると。
仮に、その命が尽きることがなかったとしても、それはもう「百合園セイア」でありながらも「百合園セイア」ではない。
例えるなら、砕けてしまったティーカップを修復しても、百パーセント砕ける前の状態に戻るわけではないのと同じだ。必ずどこかに歪みや亀裂が生じている。
今セイアの身に起きているのはそういうことだ。
(――ああ、残念だ。
まさか、ここにきて未練ができてしまうなんて。
白洲アズサ、君の――君たちアリウスの結末を“私”が見届けられないのが残念でならないよ。
君たちが未来を覆すか、それとも、やはり私の予知どおり徒労で終わってしまうのか――)
セイアの脳裏に、またしてもアズサの声がフラッシュバックする。
『――たとえ全てが虚しいとしても、それは今を諦める理由にはならない。
私たちの運命は私たちが決める。
アリウスの未来は、私たちが選んだ道の先にある――!』
それはセイアの意識が途切れる寸前に耳にした言葉。
なるほど、アリウスの教義にはそういう解釈もあるのか、とセイアは思わず納得した。
Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.
「全ては虚しく、この世の一切は空虚なものである」という意味のアリウスの教義――
だが、その教えをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかは人による。
今回の場合、アズサは前者、セイアは後者だった。それだけの話だ。
(だけどアズサ、気づいているかい?
君の、君たちの選んだその道は地獄――修羅の道だ。
これでもう、トリニティとアリウスが互いの手を取ることはないだろう。
――だが、私のこの予想すら覆すことができれば、行き着く先は地獄ではないかもしれないね)
セイアがそう思考すると同時に、全身が急激に重くなったような感覚がした。
どうやら、「時間切れ」が来てしまったらしい。さすがに血を流しすぎた。
視界が徐々に暗転し始め、思考が水の底へと沈むように薄れていく――
(地獄か……楽園か……はたまたそれ以外の別の場所か……
君たちの、そしてキヴォトスの未来は、いったいどこにあるんだろうね――?)
「セイア様!」
――セイアの両目が閉じられるのと、外から窓ガラスを突き破って『救護騎士団』の団長である蒼森ミネが部屋に飛び込んできたのは、ほぼ同じタイミングだった。
VIII
キヴォトスのとある自治区の某所。
一人の女が建物の屋根の上に腰かけながら月を眺めていた。
「――トリニティの予言者が逝ったか。
ああいや、まだ生命活動自体は維持しておるな」
突然そうつぶやくと、女は手にしていた
煙はその身を薄れさせながら、夜空の月に向かっていくようにゆっくりと天に昇っていく。
「しかし、彼の者はもう予言者に
あれが未来をその目にすることは二度とないじゃろう」
――再度煙管を口にし、紫煙をゆっくりと吐き出す女。
その目は月を捉えながらも、どこか別の場所を見ているようであった。
「それにしても、面白い者たちがいたものよ。
まさか、あのようなやり方で確定しつつあった事象を強引に捻じ曲げるとはな。
“切断”と“結合”――確かに、それを用いれば彼の者の本質を強制的に変貌させ、因果に綻びを生むこともできるというものじゃ。
まあ、当人たちはまったく気づいておらんかったみたいじゃがな……」
愉快そうに軽く笑いながら、女は独り言を続ける。
その場には女以外誰もいないため、彼女に奇異の目を向ける者は当然存在しない。
「とはいえ、あの者たちが此度成し得たのは、あくまでも綻びを生んだ
彼の者の見た未来を完全に覆したわけでも、回避したわけでもない。
結果は変わらぬか、別の糸が結ばれるか、糸自体が断ち切れるかは、あの者たちをはじめとした幾多の者共の選択次第よ」
女の口元が軽く歪む。
もし、女のその顔を見た者がいれば、きっと良い感情は抱かないだろう。
「“楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか”――
第五の古則に対して、はたして其方らはどのような答えを見出すか、見届けさせてもらうとしよう。この百鬼夜行の予言者クズノハが」
IX
(――“狐を狩った”。
“殺した”と確信していないということは、アズサは起源弾を使ったのだろう)
喫煙に興じながら、切嗣はアズサからの報告の内容に思考をめぐらせる。
起源弾がキヴォトスの生徒たちに対しても有効であることは、アズサに言ったとおりアリウスの内戦時に把握している。
――そして、弾丸である以上、銃撃に耐性があるキヴォトスの人間に対しては「決定打」になり得はするが、「必殺」にはなり得ないことも切嗣は把握していた。
これは、ゲマトリアのとある男が言っていた「神秘」という概念が、切嗣の世界における「魔力」とは似て非なるものであることも影響しているのだろう。
改めてキヴォトスが自分の生きていた世界とは異なる地なのだということを切嗣は理解した。
(現時点では百合園セイアの生死ははっきりしていないが……
少なくとも起源弾を受けたのならば、今後マトモな生活が送れるとは考えにくい。
奴の未来予知を封じることができたのならば――アリウスの未来を決定されなければ、こちらとしては十分だ)
そう思い、肺の中に溜め込んでいた紫煙を吐き出す切嗣。
――煙を吐き切ったその顔は、少しばかり穏やかなものになっていた。
(それに、百合園セイアが死んでいなければアズサは“人殺し”にならなくて済む――
このアリウスでその手や体を血で染め上げるのは僕一人で十分だ。
しかし、我ながら本当におかしなものだな。殺したかったはずの相手の生存を願っているなんて……)
やはり、体だけでなく心も衰えてきているな、と切嗣は改めて思い知らされた。
彼がアズサに起源弾を装填したコンテンダーを貸し与えたのは、アズサに人を殺してほしくないという不器用な優しさからである。
アズサたちの覚悟に対して自分も腹をくくった気でいたが、やはり衛宮切嗣という男は最後まで人の情を捨て切れない生き物なのであった。
――なお、アリウスに無事帰還したアズサから、セイアがキヴォトスの終焉を予知していたと聞かされ、切嗣がその顔を憤りと衝撃で歪ませることになるのは翌日のことである。
自分のこだわりなのですが、特定のワードは状況によって「漢字」と「ひらがな」で使い分けています。
代表的なものが「全て」と「すべて」で、今回は前者をよく使いました。
もしよかったら、他の回でも漢字とひらがなでそれぞれ検索してみてください。
こちらの意図がなんとなくわかるかもしれません。わかってくれたら嬉しい(笑)。
■TIPS
●衛宮切嗣
アズサを人殺しにしたくない一心から「起源弾のほうがいいよ」と悪魔のささやきをした。
結果、その一種の賭けは成功し、アズサは人を殺さずに済んだ。
……しかし、時すでに遅く、セイアはアリウスどころかキヴォトスそのものの破滅を予知していた。
ふざけるなバカ狐!
余談だが、切嗣のコンテンダーは初期モデルがベースだが、実在の初期モデルには.30-06 Springfield弾仕様は存在しないのはファンの間では有名な話。やっちまったな虚淵。
●白洲アズサ
運命と出会うために運命と戦う道を選んだ少女。
もうこいつ主人公じゃね?
胡散臭い大人の用意した胡散臭い爆弾と、信頼しているマスターが信頼している銃と弾丸、どちらを使うと言われたら、そりゃ後者に決まってる。
ちなみに、アズサ本人はセイアは死んだと思っている。
●百合園セイア
トリニティのつるぺたセクシーフォックス。さっさと実装されてくれ。
運命を受け入れてしまっていたがゆえに運命から事実上見放された少女。
原作以上にその未来予知と、そこから生じた諦念っぷりを描いてみたら別の意味でやべーやつになってしまった。
蛇足だが、原作のセイアの能力って厳密には未来予知ではなく千里眼の類だと思う。
●聖園ミカ
トリニティ三大ゴリラの一角。あなたのために祈って折るね☆
原作とは違い、アリウスと接触する前にアリウスがフォックスハンティングをしてしまった。
『パテル分派』に神輿兼ナギサに対する牽制目的で担ぎ上げられたお飾り首長だが、担ぎ上げた者たちの想像以上にナギサのストッパーとして機能している。嬉しい誤算。
なお、パテルのモブにロクなやつがいないのは原作どおりの模様。
●桐藤ナギサ
トリニティの胃痛担当。ナギちゃん。
原作においては「キヴォトスでは真面目なやつほど馬鹿を見る」ということを証明してしまっている生徒の一人。
生まれながらに人の上に立つことを求められている者。生まれながらの苦労人。
ただし、ミカが絡むと歳相応のおもしれー女になる。私のミカは最強なんだ!(雁夜おじさん的自信)
●蒼森ミネ
ちょっとだけダイナミックエントリー。
救護ォ!
●クズノハ
なんか出てきた。百鬼夜行のヤニカスフォックス。
この手のキャラはTYPE-MOON世界では大抵ロクなやつじゃない。
良くてマーリン級、悪いとオーロラ級のクソ。
つまり、今作におけるこいつはそういうやつです。