アリウス分校のキリツグさん   作:新米愉悦部員A

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 まさか即興同然に始めたSSが、日間ランキング(一般総合ランキング)と二次創作日間ランキング(一般二次ランキング)にランクインするとは……
 感想、評価、誤字報告も含んで、皆様ありがとうございます。
 引き続き本作をよろしくお願いします。



ゲマトリア

 Interlude 3

 

 ナギサとミカは、目の前のベッドの上に横たえられている友人の変わり果てた姿を見て声を詰まらせた。

 脳も視界から飛び込んできた情報をどう処理していいのかわからず、強制停止に陥ってしまう。

 

 ――要するに、あまりのショックに頭の中が真っ白になってしまったのである。

 頭だけでなく、体のほうもその光景を前にどのような反応をすればいいとばかりに、完全に静止してしまっていた。

 

「セイア、ちゃん……?

 嘘……だよ、ね……?」

 

 沈黙に支配され、心電図モニターの音だけが響き渡っていた病室の静寂を打ち破ったのは、ミカの口から零れ落ちた目の前の現実を否定したいという意思がこめられたそんな声だった。

 隣に立つナギサも幼馴染同様、眼前の光景から目を背けたい衝動に駆られるが、なんとかそれをしのぐ。

 

「――ミカ様、今のミカ様の御心中はお察しいたします。

 ですが……残念なことに、これは現実です」

 

 二人より一歩ほど前に立っている『救護騎士団』の団長である蒼森ミネが、残酷な事実を突きつける言葉を発する。

 ――トリニティ総合学園の敷地内に設けられている『救護騎士団』の拠点である病院の一室は、再び心電図モニターの音だけが支配する沈黙に包まれた。

 

 ナギサとミカのもとに「セイアが何者かの襲撃を受けて負傷し、病院に緊急搬送された」という連絡が届いたのは、今から数時間前の深夜のことである。

 急報を受けた二人は朝一でセイアが搬送されたという病院に向かい、そこで彼女たちが来るのを待っていたミネと対面した。

 そして、ミネの案内を受けて病院の奥深く――相応の身分の者のために用意された専用の病室に足を運び、今に至っている。

 

「一命はとりとめましたが、いつ容態が急変するかわからない状況です。

 怪我のほうも、完治までには相当の時間を要すると思われます。

 ――意識がいつ戻られるかにつきましては、残念ながら私どものほうでも見当がつきません」

「…………」

「…………」

 

 ミネが述べていくセイアの現状を、ナギサもミカも耳にしつつも素直に受け止めることができない。

 ――いや、受け止めざるを得ないのは十分理解しているのだが、それでも目の前の友人の姿をすんなり受け入れられるほど、彼女たちの精神は強固でも不動でもないというのが正しい表現だろう。

 

 病室のベッドに寝かされているセイアの体は、その肌という肌に白い包帯が巻かれており、さながらハロウィンの仮装におけるミイラ男のようだ。

 ナギサたちの目に見える範囲で露出している部位は、せいぜい口元と頭頂部の大きな狐耳、それと長く伸ばされた髪くらいで、さらに言うと、口元には酸素マスクが装着されているため実質露出しているのは後者二つだけである。

 正直、その二つが露出していなければ、ナギサもミカも目の前の存在がセイアだとは思わなかっただろう。

 

「――私も今日まで多くの方の救護に携わってまいりましたが、今回ほどの惨状の治療に当たった経験はありませんでした。

 はっきりと申し上げさせていただきますが、こうして一命をとりとめられただけでも奇跡としか……」

 

 それまではなんとか平静を装うことができていたミネの顔に曇りと歪みが見え始める。

 その理由は発見から今に至るまでのセイアの身の状況を思い出してしまったがゆえか、それとも自らの無力さを痛感しているがゆえの無念か――

 

「……原因は?

 セイアさんがこのような姿になってしまった原因――犯行に使われた凶器などは明らかになっているのですか?」

 

 震えが混ざった声でナギサがなんとか口から声をひねり出しミネに尋ねる。

 それに対してミネは首を軽く左右に振るだけであった。

 

「治療時、胸部に至近距離からライフル銃で撃たれたと思わしきアザがひとつだけありましたが……それ以外に目立った外傷は見られませんでした。

 しかし、毒など何らかの薬物が使用された痕跡も現時点では見つかっておりません。

 セイア様の血液や唾液、粘膜や髪などもすでに採取して調べてはおりますが、それらのどれにも毒物などの反応は一切なく……」

「そうですか……」

「発見時のお体の被害状況と治療内容、検査結果の詳細は後ほどお渡しいたしますが……

 お時間がおありでしたら、今この場でご説明することも――」

「いえ、そこまでお手を煩わせていただかなくて結構です。

 このような状況とはいえ、お互い多忙な身であることに変わりはありませんから」

「わかりました」

 

 ――強い人だ、とミネは思った。

 誰よりもこの場で今すぐにでも取り乱したいのは間違いなくナギサだろう。

 だが、そんな自らを強い意思のもと抑えつけ、人の上に立つ者として、トリニティを束ねる者として威厳を維持している。

 そうしなければ、ティーパーティー、そしてトリニティ全体に動揺が瞬く間に広がってしまうということをこの齢十七の少女は理解しているのだ。

 ミネも『ヨハネ分派』という一派閥の長の身ではあるが、政治というものがもとから自分の性に合っていないことを抜きにしても、到底真似することはできない。

 

「――校則およびティーパーティーの規約に則り、現時点より私、桐藤ナギサがホスト代行の任を務めさせていただきます。

 ミカさん、よろしいですね?」

「うん。構わないよ。

 これまでもセイアちゃんが不在の時は、いつもナギちゃんが代わりにみんなに指示出してたしね」

「ヨハネ分派首長として私も承認させていただきます。

 本来は必要のないことですが、ティーパーティー以外の分派の長も認めていると公にしておけば、異を唱える者は現れないでしょうから……」

「ありがとうございます」

 

 ミカとミネに対して、ナギサは軽く頭を下げて感謝の意を示す。

 ――もう彼女の声と体には一切の震えはなかった。

 

 これが桐藤ナギサ。生まれながらの統治者。

 このような者を人は「カリスマ」と呼び、尊敬し、憧れ、魅了され、そして恐れるのだろう。

 

「此度のセイアさんの件は、“体調不良による入院ならびに療養”として発表いたします。

 このようなことを言うのもなんですが、セイアさんはもとから体が丈夫な方ではありませんでしたので、公務を離れることに対する表向きの理由付けとしては妥当かと……」

「でしたら、容態が安定次第セイア様の身は別の場所に移されたほうが良いかもしれませんね。

 再び襲撃を受ける可能性もないとは言い切れませんので――」

「はい。よろしくお願いします。

 それと、移送先も救護騎士団のほうで手配いただけますでしょうか?

 混乱や情報漏洩を防ぐ意味でも、ティーパーティーで手配するのは得策ではないと思いますから……」

「わかりま――」

「ナギちゃん」

 

 突然、ミネとの会話をまだ完全に終えていないナギサにミカが声をかける。

 ナギサは視線だけを隣にいる幼馴染に向け、彼女の言葉を待った。

 

「ナギちゃんはもしかして、セイアちゃんを襲ったのはティーパーティーの誰かだと思ってるの?」

「――可能性がゼロではない以上は、としかお答えできません」

「そう……」

 

 ナギサの回答に、ミカは彼女の言いたいことを瞬時に理解する。

 こういう面に関しては、伊達にナギサの幼馴染をしていないといったところか。

 

 ――セイアが襲撃されたセーフハウスの場所は、彼女が首長を務めているサンクトゥス分派の者でも知る者は限られている。

 ミネは体が弱いセイアが診療や検診のために、たびたび個人的に呼び出していたため、セーフハウスの場所を知る数少ない生徒の一人だった。

 

 当時、ミネが現場に一番に駆け込むことができたのは、偶然セーフハウスの近くを救護騎士団に所属する生徒が通りかかり、ライフルの発砲音と思わしき銃声を耳にしたからである。

 その生徒からの報告を受けたミネは、現場がセイアのセーフハウスに近いということから最悪の事態を想定して真っ先にそこへ急行したのだ。

 ミネが今回セイアを救うことができたのは、彼女とセイアに個人的な繋がりがあったことと、救護騎士団が日頃から報連相を徹底していたおかげとも言える。

 

 ――ミカは考える。

 自分とセイアも含んだ今この部屋にいる四人以外で、セイアのセーフハウスの場所を知る者を。

 そして、現在のトリニティにおいて、セイアが亡き者となれば誰が一番得をするかを。

 

「…………」

 

 無言でセイアが寝かされているベッドに近づいたミカは、そのままそっと指先でセイアの頬を撫でた。

 顔に巻かれている包帯のざらりとした感触と、それ越しにセイアの体温がミカの指にかすかに伝わる。

 

 ――覚悟は決まった。

 

「……ナギちゃん」

「――なんですか、ミカさん?」

 

 ナギサはまたしてもミカに対して視線しか向けなかった。

 ミカが幼馴染ゆえにナギサの心中を理解できるように、ナギサもまた同様の理由でミカの心がわかるからだ。

 

「セイアちゃんを襲ったやつがわかったら、そいつに対する沙汰は私にやらせてくれない?」

「気持ちはわかりますが抑えてください。

 此度の件の真実の公表は控えると決めた以上、そのようなことをすれば私がミカさんを悪として断罪しなければならなくなります」

「チッ……」

「――沙汰を下すのは全てが明らかになってからです。その時はお願いします」

「あっは☆

 ナギちゃんのそういう話がわかるところ、本当に大好きだよ♪」

 

 ――瞬間、病室内の空気が一変したのをミネは感じた。

 同時に、寒気にも似た感覚が全身に走る。

 

 これがティーパーティー。

 トリニティという乙女の園の皮を被った伏魔殿を統べる者たちの真の姿。

 それは、神の力を体現する天の御使いか、はたまた魔界で覇を唱える魔将か――

 

 ミネは――自業自得とはいえ――セイアを襲撃した者の未来に少しばかり同情する。

 また、その者の治療には自分を呼び出さないでほしいなとも思った。

 確実にセイアに匹敵する有様となるのが予想できるからだ。

 

 

 

 

 

 X

 

 その日、切嗣はアツコとミサキを連れてアリウス自治区の外に赴いた。

 ――といっても、彼らが向かうのはトリニティ自治区でも他の学園自治区でもない。

 

「お待ちしておりましたよ、ミスター衛宮」

「今日はお前が出迎え役か」

「クックック……

 マダムのほうがよろしかったでしょうか?」

「まさか。

 いきなりあの女の面を拝まなくて済んだから、ありがたいくらいだ」

 

 カタコンベの一画。

 そこで切嗣たちは一人の奇抜な男と面会する。

 

 その男の服装は黒のスーツの姿で、それだけならばいたって普通。

 だが、服を着ていない生身の部分が男の存在を奇抜にして不気味なものに仕立て上げていた。

 

 ――人の形こそしているが、男の肌はスーツよりも暗い漆黒に染まっており、それだけでなく、鼻や耳、目、口といった人間には本来備わっている部位が存在しない。

 な(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のではなく、明らかに最(・)初(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)のである。

 おまけに、顔をはじめ全身に白い亀裂のような模様が走っており、ところどころでそこから光にも炎にも見えるな(・)に(・)か(・)が漏れていた。

 ちょうど人体においては目と口にあたる部分からも光が漏れているため、疑似的な顔のようになっていなければ、切嗣たちは男をヒトとは認識しなかったかもしれない。

 

 ――もっとも、切嗣たちはキヴォトスに住む「ヒト」がどのような存在であるのかすでに知っているため、今さら外見など気にはしないのだが。

 ついでに言うと、切嗣もアツコも、そしてミサキも男とはこれが初対面ではない。

 なお、これは完全に蛇足であるが、切嗣が生まれ育った世界においても「人間としての姿を捨てた者たち」が――歴史の表舞台にこそ出てこないが――普通に存在している。

 

「……久しぶりね、“黒服”」

「おや? あなたは確か、戒野ミサキさんでしたか?

 お久しぶりです。今日はあなたが護衛役なのですね」

「そうだけど……悪い?」

「クックック……

 いえいえ、そのようなことは……」

 

 ――『黒服』。

 そう呼ばれた男は自身を睨みつけ、軽く殺気まで放ってきているミサキに臆する様子もなく、笑い声を漏らす。

 はっきり言って、その声も仕草も見ていて胡散臭いことこのうえない。

 

「――そして、こちらもお久しぶりですね、アリウスの姫。そして我らが救世の聖女。

 ご息災そうでなによりです」

「うん。そっちも変わらず元気そうだね」

「はい。おかげさまで」

 

 男――黒服は続けざまにアツコに対して胸元に手をやりながら片膝をついて頭を下げる。

 その動作自体は彼の服装もあって紳士的に見えなくもないが、その声と口調のせいでやはり胡散臭かった。

 

「……すでに他の連中は集まっているんだろう?

 さっさと僕たちを案内してくれ。相手を待たせたくない」

「クックック……

 相変わらずあなたはつれませんね、ミスター衛宮。こういうのは形から入るものですよ?」

「そうか。それなら、僕たちのような悪人らしい形の入り方をしようじゃないか?」

 

 切嗣が冷めた目を黒服に向けながら、胸元のホルスターから抜き取ったコンテンダーを彼の頭部に向ける。

 二人の間隔は至近、切嗣が少しでも腕を伸ばせば、コンテンダーの銃口はほぼゼロ距離で黒服の頭を捉えることになるだろう。

 

 ――なお、切嗣がこのような行動に出たのは、実際に時間が押しているからであって、断じてアツコに黒服が近づくことが気に入らないからではない。

 おそらく、たぶん、きっと。

 

「やれやれ……あなたは本当に冗談が通じない方だ」

「冗談が通じるようなやつじゃないのはお互い様だろう?

 それより、僕たちを案内するのか、ここで頭を吹き飛ばしたいのか、どちらだ?」

「クックック……

 ご案内いたします」

 

 切嗣に銃を突きつけられながらも愉快そうに笑う黒服が、遊び手となっていた左手で指をパチンと弾いた。

 すると、一瞬のうちに彼や切嗣たちの周囲に黒い霧にも靄(もや)にも見える“揺らぎ”が発生し、その場にいる全員を包み込む。

 ――数秒もしないうちにそれは消え去ったが、その“揺らぎ”が起きていた場所からは切嗣たちの姿も消えていた。

 

 

 

 

 

 XI

 

 自分たちを包んでいた漆黒のベールが消えると、切嗣たちが立っていたのはどこかの建物の内部だった。

 部屋は赤い照明で薄暗く照らされており、面積自体は一般家庭の居間と同じくらいで大して広くもない。

 内装も中央に少し大きめの丸いテーブルがひとつ置かれているくらいで、はっきり言って質素で殺風景だ。

 ――しかし、全体の雰囲気からさながらそこは、なにかの研究施設とも、ヒーローものの特撮に登場する悪の秘密結社のアジトのようでもあった。

 

「――来たか、魔術師(メイガス)よ」

「お待ちしておりました、ミスター衛宮」

「そういうこった」

「…………」

 

 そして、その部屋には切嗣たちを除くと、すでに三人――いや、四(・)人(・)の異形がいた。

 その者たちは全員黒服同様、人の形こそしているが、明らかに切嗣やアツコたちと同じ人間ではない者たちだった。

 

 タキシード姿の双頭の木偶人形。

 黒い湯気のような煙を全身から立ち昇らせているコートを着た首無しの男性。

 その男が手にしている後ろ姿の紳士の絵画。

 白いドレスを身にまとった血のように紅い肌で、頭部の上半分が無数の目が付いた羽で覆い隠された黒髪の女。

 

 彼らと黒服こそ、切嗣とアリウスの最大の支援者である組織『ゲマトリア』のメンバーだ。

 各々のやり方で「崇高」と呼ばれる領域への到達を目指し、それにより世界の終わりに抗おうとする探究者にして外道たち――

 要するに、切嗣の生まれ育った世界に存在する『魔術師』たちと似て非なる、物好きかつクソッタレな連中である。

 

「クックック……

 それでは、全員揃ったところで定例会を始めましょうか?」

「…………」

 

 中央のテーブルのそばに立った黒服のその宣言とともに、他のゲマトリアの面々、そして切嗣たちもテーブルの周りに集まった。

 ――万が一の場合に備えて、アツコは切嗣の一歩後方に、そしてミサキはその隣に立つ。

 当然、二人とも手にしていた銃はいつでも撃てるように安全装置(セーフティ)は外してある。

 

 切嗣たちにとってこの空間は完全にアウェーであり、相手の胃の中に飛び込んでいるようなものだ。

 隙を見せることは許されない。一瞬で消化されてもおかしくない緊張感がそこにはあった。

 ――切嗣にとっては魔術師の工房に踏み込んだ時の感覚に似ており、どこか懐かしさもあったが。

 

「まずはじめに、先日ミスター衛宮を通してアリウスに依頼した件についての報告を聞きましょう」

 

 黒服の言葉に従うように、部屋にいた全員の視線が切嗣に集中する。

 切嗣はそれに動じることもなく、ゆっくりと口を開いた。

 

「先に結果から言わせてもらうと、成功した。

 こちらが選出した生徒――あえてこの場では身元を明かすのは控えさせてもらうが、彼女の手によって百合園セイアの暗殺は予定どおり実行された」

「ほう……それはそれは……」

「では、私の用意した『ヘイローを破壊する爆弾』は問題なく機能したということでしょうか?」

「そう判断してもらって構わない。

 ――だが、今回は上手くいったからといって、同じものを出されて同様の依頼を受けても成功は約束できないと言わせてもらおう。

 殺人という行為を彼女たちが素直に受け入れられるとは思わないことだ」

「わかりました。あれはそう簡単に作り出せるものではありませんので、こちらとしてもそう言っていただけて助かります」

 

 切嗣からの報告に、紅い肌の女――ベアトリーチェは手にしていた扇子を口元にやり、どこか嬉しそうな声を漏らし、紳士の絵画ことゴルコンダは自らが作り出した兵器の性能に満足そうな声をあげる。

 

 ――切嗣が以前聞いた話によると、ゲマトリアのメンバーはそれぞれが何らかの能力を有しており、ゴルコンダの能力は「創作」なのだという。

 曰く、「世界(ものがたり)に対して本来は存在しない要素を一時的に付与するチカラ」なのだそうだ。

 この能力を応用すれば、『ヘイローを破壊する爆弾』のように既存のものとはまったく異なる兵器を生み出すこともできる。

 ――ただし、他者が思うほど便利な能力ではなく、発動するためにはいろいろと条件などがあるらしく、そう易々と使えるものではないのだという。

 切嗣の世界における魔術などの異能も、同様に行使するためには様々な制約や条件があることを考えると、やはり彼らゲマトリアは魔術師と似て非なる者たちかもしれない。

 

「魔術師(メイガス)よ、質問よろしいか?」

 

 切嗣がゴルコンダとの会話を終えると、木偶人形――マエストロがその体をぎぃぎぃと鳴らしながら手を挙げた。

 

「なんだ?」

「百合園セイアはトリニティの生徒会長だが、その者が除かれたことでトリニティの動きはどうなっている?

 それによっては我々の今後の活動に多大な影響が及ぶことになる」

「そちらに関しましては私のほうからご報告いたします」

 

 マエストロの質問に対して、黒服が間に割り込むように手を挙げる。

 同時に、テーブルの上にコンピューターのウインドウのような四角形の画面が、浮かぶような形で複数表示された。

 

 ――それらの画面に映されているのは、『クロノススクール』をはじめとしたキヴォトスの各報道機関が配信しているニュースや、SNS、インターネットのウェブサイトであった。

 そこには詳細な内容こそ異なるが、「百(・)合(・)園(・)セ(・)イ(・)ア(・)緊(・)急(・)入(・)院(・)」という共通の話題が報じられていた。

 

「ご覧のとおり、トリニティは百合園セイアの件は“急な体調不良による入院”と公表しております。

 さすがに生徒――それも学園のトップたる者が暗殺されたなどと正直に明かしてしまうと、キヴォトス全体にもたらされる混乱は計り知れないと判断したのでしょう」

「トリニティはキヴォトス有数のマンモス校ですからね。

 事を大きくしたくないのはあちらも同じということでしょうか?」

「なるほど、一理あるな。

 これなら我々の活動にも影響はなさそうだ」

「…………」

 

 黒服のもたらした情報に、ゴルコンダとマエストロは納得したといった感じの声を発する。

 一方で、ゴルコンダを手にする首無しの男『デカルコマニー』は無言だった。

 

 ――というより、デカルコマニーは自ら意思を表明したり、示したりすることはない。

 彼は基本的に考えも判断もゴルコンダと共通しているようだ。

 その証拠に、彼が「そういうこった」とゴルコンダに相槌を打つ以外の発言をしたところを、他のゲマトリアのメンバーや切嗣たちは聞いたことがなかった。

 

(――トリニティは百合園セイアの件を上手く隠蔽できているようだ。

 しかし、ここにある情報だけでは彼女が生きているのか、死んでいるのかの判断はできない。

 生死をはっきりさせるためにも、直接トリニティに赴いて調べる必要がありそうだ)

 

 表示されている画面の内容に目を通しながら、切嗣は今後の自分、そしてアリウスがとるべき行動を考え始める。

 ――もっとも、実際に行動するのは自分だが。

 子供たちを大人の薄汚い企てに必要以上に巻き込む気など切嗣にはなかった。

 

「お待ちなさい黒服。トリニティが事実を隠しているのではなく、実際に百合園セイアが生きているという可能性もゼロではありません」

 

 手にしていた扇子を一度パンと音をたてて軽く叩きながら、ベアトリーチェがハイトーン気味な声を部屋に響かせた。

 その声に、今後は彼女に皆の視線が集中する。

 

「それは、確かにそうです。

 百合園セイアの実際の生死に関しては、はっきりとさせなければなりません。

 少なくとも、ここにいる我々だけでも真実は共有する必要があります」

「そう考えているのならば、迅速に動くべきでしょう。

 百合園セイアの未来予知は私たちにとって現状最大の脅威――

 彼女の予知によって私たちの存在や目論見が、ある日突然公のもとにさらされるおそれがあるのですから……」

「…………」

 

 切嗣はベアトリーチェの発する言葉から、彼女が少なからず焦っていることを読み取った。

 同時に、彼女の発言には嘘や偽りなどは含まれていないとも判断する。

 切嗣、そしてゲマトリアに百合園セイアの存在と、彼女の持つ未来予知の情報をもたらしたのはベアトリーチェである。

 そのことからも、彼女はセイア――厳密にはセイアの予知――を本心から脅威だと考えていることが容易に想像できた。

 

 ――しかし、この状況は切嗣にとってはまずい流れだった。

 理由は説明するまでもない。

 

「――そちらから子供たちに殺人を強要しておいて、その結果が信じられないというのか?」

「当然です。

 “真実”とは自らの目で見て、自らの頭で判断し、そこから取捨選択された情報のことを言います。

 また聞きで得られた情報など、俗世に流れている噂となんの大差もありません」

「では、仮に百合園セイアが本当に生きていた場合、お前はどうするつもりだ?

 また子供たちに爆弾を手渡して、食い物を文字どおり餌にして人殺しをさせるのか?」

 

 こういうことである。

 たとえアリウスとトリニティの戦争が避けられないものだとしても、切嗣はアリウスの子供たちに誰一人として人殺しをさせる気はない。

 

 アズサから聞いた話では、彼女はセイアに起源弾こそ撃ち込んだが、生死までは確認していなかった。

 キヴォトスの人間の先天的な耐久力の高さから考えて、起源弾を一発撃たれただけでは死ぬことはないだろうと切嗣は考えている。

 ――アズサ本人はセイアの状況から「間違いなく死んだ」と判断しているが。

 

 現に、切嗣の世界において、彼がこれまで起源弾を用いて葬ってきた魔術師たちも、全て一撃必殺で仕留められたわけではない。

 起源弾が特に効果を発揮する優れた才能や実力を有する魔術師ですら、即死させることができたケースは全体の半分あるかないかだったりする。

 起源弾が対魔術師戦の切り札として機能していたのは、魔術師に対する威力以上に「当たれば相手の魔術回路をめちゃくちゃにして事実上の再起不能にする」という「相(・)手(・)の(・)魔(・)術(・)を(・)根(・)本(・)か(・)ら(・)殺(・)す(・)」ところにあった。

 衛宮切嗣が『魔術師殺し』と呼ばれていたのは、単に多くの魔術師を文字どおり殺してきたからだけではないだ。

 

「場合によってはそうせざるを得ないでしょう。

 百合園セイアが生きているのならば、それは“『ヘイローを破壊する爆弾』は効果を発揮しなかった”ということでもあります。

 別の手段を講じる必要があると考えますが――?」

「では、お前にその次善策の案は浮かんでいるのか?」

「あるならばすでに申しております。

 ないからこそ、こうして進言しているのでしょう?」

 

 ――クソッタレが!

 切嗣は内心ベアトリーチェに対して激高する。

 

 この女はいつもこうだ。

 上から目線で他人にはああだこうだと物申してくるが、自分からはなにも策や案を投じたりはしない。

 百合園セイアの暗殺を依頼してきた時も、セイアを排除すべきだと申し出はしたが、具体的な方法までは述べなかった。

 

 まさに徹底した他人任せ。

 自らはリスクを負う気がまったくないくせに、リターンだけはこれでもかともらっていく気満々な図々しさ――

 さながら領民に重税を強いて私腹を肥やす悪徳領主である。

 

「まあまあ。抑えてくださいマダム、それにミスター衛宮。

 仮に百合園セイアが生きていた場合、それは私の作り出した爆弾が不良品であったということ。

 そうなると、その責任を負い、別の方法を模索するのは私の役目ということになります」

「そういうこったぁ!」

 

 切嗣とベアトリーチェの間を取り持つように、ゴルコンダが声をあげる。

 ――ついでにデカルコマニーも、ゴルコンダが描かれている絵画が文字どおり二人の間に割って入るようにずいっと腕を伸ばした。

 

「――できることなら、次は子供たちが使用することを前提とした兵器はやめてほしい。

 人殺しなんて本来なら子供がやっていいことじゃない」

「クックック……

 大人はいいのですか、ミスター衛宮?」

「逆に聞くが、君には僕がその是非を問える人間に見えるかい?」

「……本当に冗談が通じませんね、あなたは」

 

 自身に負けず劣らずの漆黒に染まった切嗣の目を見た黒服は、なにかを諦めたかのような様子で軽くため息をついた。

 

「百合園セイアの生死に関しては、ひとまず置いておこう。

 魔術師(メイガス)、先の件でなにか新たに得られた情報などはないか?」

「――そうだ。お前たちにも伝えておくべきことがあった。

 むしろ、僕らとしてはこの情報を共有しておくことが今回の本題だ」

 

 マエストロの言葉に、切嗣は首元のネクタイを一度締め直す仕草を見せながら調子を整える。

 そして、一度深呼吸をすると、意を決したとばかりに再び口を開いた。

 

「百合園セイアは暗殺される直前、新たな予知をしていたらしい。

 その内容は――そう遠くない未来にキヴォトスに終焉が訪れるというものだそうだ」

「……!」

 

 切嗣が語ったその内容に、ゲマトリアの面々は揃って声を詰まらせる。

 そして、彼の背後にいたアツコとミサキも驚きの表情を浮かべた。

 

 ――禍々しさで満ちていた部屋の空気が一変して、張りつめたものとなったのを切嗣は肌身で感じ取った。




 セイア……ついに実装されたな!
 そして前々から予想されていましたが、やはりリオも来ましたね。
 というか、リオのEXスキルがヤバい。人権どころか環境破壊しかねないのでは?


■TIPS

●衛宮切嗣
 順調に親バカになりつつある。もちろん本人にその自覚はない。
 しかし、切嗣が子供たちのために無茶をしようとすると、子供たちも切嗣のために無茶をしようとする。
 互いが互いを想っているがゆえに生じる悪循環。負のスパイラル。
 起源弾に関する解釈は、原作でのケイネス先生の描写や切嗣が行ってきた暗殺の手法的に「起源弾自体で魔術師を死に至らしめられたケースは多くないのでは?」という個人的な考えから。


●秤アツコ
 アリウスの代表として切嗣に同行。
 ゲマトリア――というより黒服からは「世界を救ってくださる聖女様」と扱われている。
 もちろん生贄的な意味で。切嗣は曇る。


●戒野ミサキ
 姫ことアツコの護衛として切嗣に同行。
 言うまでもないが、悪い大人たちの集会場など彼女にとって居心地が良い場所なわけがない。
 早く帰りたい。


●百合園セイア
 ついに実装が決まった我らがセクシーフォックス。
 しかし、本作では包帯巻き巻き死にかけフォックスになってしまった。
 タイミングが悪すぎる……


●聖園ミカ
 原作とは違い、セイアの襲撃に関わっていないので暴走スイッチは入らない――と思ったか?
 別の意味で魔女化フラグが立ってしまった。
 とりあえず、セイアちゃんをこんな目に遭わせたやつには同じ目に遭ってもらうじゃんね☆
 なお、セイアは死にたがっていた模様。当然ミカたちはそのことを知らない。


●桐藤ナギサ
 セイアが生きていることを知っているので、原作ほど恐怖心と疑心はない。
 その代わり、ミカ同様別の感情に心を支配されつつある。
 表向きは冷静かつ真面目な為政者だが、本心はすでに「やっちまえミカ!」だったり。


●蒼森ミネ
 『救護騎士団』の団長。トリニティ三大ゴリラの一角。
 原作とは異なり、セイアの件をちゃんとナギちゃんたちに伝えたので、ティーパーティーの自壊フラグが立つのを阻止した。
 というか、原作でもそうしろ。あと、なんでお前まで姿をくらますねん。ティーパーティーどころか救護騎士団にも迷惑かけてるぞオメー。
 さすがに非常時というかシリアスモードなので、頭救護な彼女はしばらくの間お休みである。
 マジギレモードに突入したティーパーティーの二人に素でビビり&引き。全部終わったらメンタルケアしてあげてね。

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