7 knights to die   作:道造

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第12話 the hammer of judgment(裁きの鉄槌)

 

 

 マウントポジションを取れば、試合が終わりではない。

 ここからひっくり返す方法は幾らでもある。

 事実、ヨルダンはその方法を戦場にて実行し、窮地をひっくり返したことが幾度もある。

 隠し持っていたナイフで装甲の無い腿の裏を突く。

 必死になって手を伸ばし、相手の耳を引きちぎる。

 あるいは目玉を突く。

 「あるかもしれない反撃」を黒騎士ヨルダンは忌避した。

 ゆえに、試合はまだ終わっていない。

 戦場と違い、幸い「横やり」や「背後」を警戒する必要はないが――

 すぐさまシュテファンを殺害せねばならぬ。

 ヨルダンから裁きの鉄槌が打ち下ろされた。

 モーニングスターを振り上げる。

 頭蓋めがけて振り下ろす。

 何度も、何度も。

 頭蓋骨の骨折と、シュテファンの意識の喪失を狙って。

 ただただ、その単調なる作業を繰り返す。

 何度か、抵抗するようにシュテファンの手が動いたように見えた。

 まだ生きていやがるのか。

 贅を凝らした兜が、シュテファンの頭蓋を守っていた。

 足も何度かびくびくと跳ねあがっている。

 まだ生きている証拠に他ならぬ。

 さっさと殺さねばならぬ。

 イザベラ嬢への誹謗中傷に対する報復を行わねばならぬのだ。

 

「イザベラ嬢は誰にでも股を開く淫売であり、アカデミーの男子生徒に貞操を売ることでローゼマリー嬢への嫌がらせに協力させていた」

 

 戦勝祝賀会。

 あのアッカーマン辺境伯への追悼式の意味を含んだパーティーにて、シュテファンがそうイザベラ嬢を侮辱したことは鮮明に覚えている。

 あのパーティーで、ドミニク卿が決闘裁判を訴えなければ、私はシュテファンの喉元を掻っ切っていたであろう。

 とにかくも、シュテファンは惨たらしく死ぬべきであった。

 くたばれ、シュテファン。

 

「もうシュテファンは駄目です、殿下、潔く敗北を認めて試合の中止を! 今ならば、命だけは助かります!!」

 

 アルバンと言ったか?

 アーデルベルトの補佐役の声が聞こえたが、アーデルベルトからの敗北を認める声は上がらぬ。

 やはり愚図だな、潔く敗北を認めることすらできんのだ。

 捩くれたプライドの持ち主であるがゆえに。

 なれば、裁きの鉄槌を継続する。

 今度は顔面を叩き続けた。

 鼻骨が折れる音がした。

 眼窩が砕ける音がした。

 頬骨の圧し折れる音がした。

 贅を凝らした兜と言えど、床を鉄床のようにしての鉄槌を何度も受けては敵わなかった。

 シュテファンの兜からは血が流れている。

 鮮血ではない。

 どす黒い血であった。

 戦闘はまだ続いている。

 敗北宣言があるまで、戦闘は終わらぬ。

 すでに、兜の空洞部分はシュテファンの血で埋まり、モーニングスターが叩く音も変質してきていた。

 まるで、シュテファンの血肉が、兜のスプリング鋼と癒着さえしているように。

 意識のない、ただの肉の塊になったような――。

 

「黒騎士殿、もう止めてくれ! シュテファンはすでに息絶えている!! このアルバンが第二王子の代理として認める。こちら側の敗北だ!」

 

 コロッセウムの誰にでも聞こえるような声で、アルバンが叫んだ。

 終わりか。

 敗北宣言が為された以上、これ以上の遺体損壊行為は勝利の名誉を穢すことになる。

 跨がっていたシュテファンから自分の身体をどけ、ゆっくりと立ち上がる。

 自分の為した行為の結果を見た。

 シュテファンの兜は、すでに原形をとどめていなかった。

 ヨルダンの鉄槌で叩きつぶされ、ぐちゃぐちゃになっていた。

 中身も大体想像は付く。

 せっかくの色男が台無しだ。

 

「――仕えた主君が悪かったな、剣士シュテファン」

 

 言うべき言葉はそれだけであった。

 最初にアルバンが叫んだ時に、アーデルベルトがすぐさま敗北を認めてやれば、決闘後もシュテファンは生き残ることが出来たであろう。

 せいぜいが頭蓋骨の骨折程度で済んだ。

 やはり騎士として生まれた以上、主君はちゃんと選ぶべきなのだ。

 それが主君として仕えるに値せぬ、例えばただの雇用主でもだ。

 この傭兵(ゼルトナー)としての忠告は、もはやシュテファンに届かないだろうがな。

 そんなことを考えながらも、黒騎士ヨルダンはゆっくりと歩いて。

 静かにコロッセウムの壇上から降りる。

 そうして戦友たるドミニク達が待つ、入場口へと帰っていった。

 黒騎士ヨルダンの勝利を讃える拍手の音は、半分しか聞こえなかった。

 級友にして、アカデミーの代表者が惨たらしく死んだと言う結果に悲鳴を上げているのがアカデミーの生徒達。

 逆に、見事な逆転劇に拍手しているのが戦場経験者の騎士たちであった。

 入場口の戦友たち、六人の騎士も誰もが拍手をして、私を出迎えようとしてくれている。

 

「私が貸した籠手とモーニングスターは役に立ったようだな」

 

 処刑人殿が満足げに声をかけてくれた。

 彼が装備を快く貸してくれなければ、勝利は不可能であっただろう。

 とにかく有り難かった。

 彼の胸を軽く、借り受けたガントレットで叩き、処刑人殿の不器用な笑顔に応える。

 

「――怪我の具合はどうですか? すぐに治療を」

 

 紋章官殿が、こちらを心配する。

 出血が鉄鎧を伝って、鉄靴(サバトン)の足裏に血が付着していた。

 後ろを振り返れば、自分の足跡には血の跡がある。

 

「出血はあるが、それほど重い怪我ではない」

 

 すぐさま治療が必要なほどではないと、口にしておく。

 ただ、この年季の入った黒墨の鉄鎧はもう使えぬかもしれぬ。

 あまりにもシュテファンの剣に刻まれすぎた。

 シュテファンは決して弱者ではなかった。

 奴めがもし戦場経験者であれば、もしくは剣闘経験者であれば、負けていたのは私であっただろう。

 素質は少なくとも私を遥かに上回っていたが、ただただ経験が足りなかった。

 そこに付け込むことが出来たために、私は辛くも勝利の栄光を得られたのだ。

 

「まずは治療を。鎧をお脱ぎください」

「わかった」

 

 鎧を脱ぎ捨てる。

 紋章官殿が用意してくれた止血剤の軟膏を塗り、包帯で傷口を押さえる。

 それがようやく終わったのを見届けたところで――陪臣騎士殿が、口を開いた。

 

「黒騎士ヨルダン殿、お話したいことがあります」

「何かね、陪臣騎士殿」

「もしかして、貴方はアッカーマン辺境伯が戦地にて勧誘した黒騎士殿ではないか。私には確かに見覚えがある」

 

 ぴたり、と動きを止める。

 陪臣騎士殿の顔を見た。

 そうだ、はっきり顔を見たわけではないため、今まですっかり忘れていたが。

 この陪臣騎士殿は、辺境伯殿が私を勧誘してくださったときに彼の警護に付いていた騎士ではなかろうか。

 

「……」

 

 さて、どうする?

 上手く誤魔化すことはできないだろうか。

 そう考えたが、私の顔をじっと見つめる陪臣騎士殿を見て、諦めた。

 まさか、一緒に決闘裁判に名乗りを上げた戦友に嘘をつくわけにもいかぬ。

 イザベラ嬢には知られたくないのだが――この期に及んで逃げだすのも男らしくない。

 私は陪臣騎士殿の視線に黙って頷き、その代わりに何も語らなかった。

 

「やはり、そうだったのですね」

 

 入場口の奥。

 薄暗い中から、現れる女性の姿。

 イザベラ・フォン・アッカーマン辺境伯令嬢であった。

 こちらの様子を確認していたようだ。

 優雅にカーテシーをしてから、こちらへと向かって歩いてくる。

 

「まずは勝利し、我が名誉を守って頂いたことに対する御礼を。そして、質問を」

 

 私は体のあちこちに包帯を巻きつけた姿にて、慌てて立ち上がり、会釈する。

 

「何故、ヨルダン卿はあのパーティーで私に『そんな黒騎士は知らない』などと嘘をつかれたのですか?」

 

 まっすぐにこちらを見つめて、本当に不思議そうに尋ねて来るイザベラ嬢に対して。

 私は観念したように、全ての理由を口にすることにした。

 何もかもバレてしまった以上。

 これ以上の虚偽は、騎士としての恥であった。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見苦しい死体だ。

 アレクサンダーは手を叩いて笑った。

 あそこまで装備の差があって、物の見事に負けよった。

 アルバンがさも「友人が殺されてしまった」ことを悼む様子――心の中ではきっと大喜びしている――を周囲に示しながら、シュテファンの遺体を運ぶための担架を用意させている。

 どこにも引き取り先が無い遺体を。

 シュテファンは親兄弟から正式な縁切り届(姻族関係終了届)を、王家に出されている。

 埋もれる墓など用意してもらえないし、当然ながらアーデルベルトが用意しようと気遣うはずもない。

 アイツは本当の愚図であるのだ。

 自分の役に立たない人間に興味を持てない。

 死体はきっと共同墓地行きが精々だろう。

 奴の装備や蓄財は銅貨の一枚まで全て剥ぎ取り、『ロバの耳』の活動資金にさせてもらおうか。

 死体に金は必要ない。

 

「ここで、シュテファンの死体を蹴とばしでもしてくれれば良いのだがな」

 

 そうしてくれれば、アーデルベルトの名声は地に落ちる。

 元々、風評は悪く、知っている人間にとってアーデルベルトとは愚図の具現化であるが。

 

「その度胸もないでしょう」

 

 横に立っているクラウスが、侮蔑するように言葉を吐いた。

 アーデルベルトは、ぐちゃぐちゃに顔面が潰されたシュテファンの死体を気味悪がっていた。

 自分のために死した騎士を弔うことさえできない愚図なのだ。

 担架の手配を速やかに行う堂々としたアルバンとは、真逆の存在である。

 

「――それにしても見事な試合であったな」

「確かに。黒騎士殿への褒美を考えなければ」

 

 すでに二人の思考は、如何に黒騎士ヨルダンの働きに報いてやるか。

 その思考に走っていたが。

 だがその前に、やるべきことはやらなければならない。

 アレクサンダー王とクラウスは静かに、策を実行することにした。

 

「さて。決闘前、確かにアルバンはコロッセウムの誰もが耳にするように『試合の敗北を認めた場合は、代表者が訴えれば中止することが出来る』と説明していたはずだな」

 

 王は質問した。

 まるで再確認のように。

 

「はい。間違いなく」

 

 クラウスは答えた。

 王は再度質問した。

 

「にもかかわらず、あの愚図は何も動こうとしなかった。シュテファンが完全に死した後も、遺体をこれ以上損壊されることを哀れんだアルバンが代理人として、試合を強引に止めたにすぎぬ」

 

 単なる事実を。

 周囲の観客から見た事実を。

 

「はい、その代理人であることさえ嘘であるかのように、周囲の目には映ったでしょう。実際、アーデルベルトは何もしておりませぬ。あの愚図は阿呆のように、ずっと口を閉じていただけ。最後まで負けを認めなかった。『優しい』公爵家次男のアルバンのいう通り、途中で試合を止めればシュテファンは生き残れたでしょうに」

 

 ただの純然たる事実を。

 それを何度も噛み締めるようにして、アレクサンダーは笑顔でクラウスに囁いた。

 とても良い笑顔で。

 

「『ロバの耳』を使って噂を――いや、誰から見ても純粋なる真実を王都にもアカデミーにも流せ。『アーデルベルトが我が身可愛さに決闘代理人、剣士シュテファンを見殺しにした!』とな」

 

 アレクサンダーは事前に用意していた複数の策の内、その一つを見事に成し。

 その策を予定通り実行したクラウスはただ、これからの指示に対して頭を垂れるのみであった。

 上手く演技を続けている弟アルバンを、内心で心の底から褒め称えながら。

 

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