7 knights to die   作:道造

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第13話 welcome to the black parade

 

 全てを話した。

 私がアッカーマン辺境伯から勧誘された黒騎士ヨルダン本人であること。

 主君となる予定の御方をむざむざと死なせたと言うのに。

 その死んだ主君との約束を履行してくれと、その娘に嘆願することができなかったこと。

 黒騎士ヨルダンとして「なけなし」のプライド全てを打ち明けて。

 

「なんたる不器用な! 不器用にもほどがあるぞ、黒騎士殿!!」

 

 その全てを、ドミニク卿のたった一言で打ち崩された。

 大きなため息を吐かれる。

 それはドミニク卿だけではなく、陪臣騎士殿やイザベラ嬢も同様である。

 他の戦友たちも、同様に呆れかえっていた。

 確かに、不器用ではある。

 だが、この黒騎士ヨルダンは「こうである」と決めたからには、「こうである」としか生きられぬのだ。

 そうして生きてきた。

 誰に侮蔑されようとも、地位も身分もなくとも、自分にだけは誇れるように生きてきた。

 今更、生き方は変えられぬのだよ。

 

「委細、承知しました。それでは改めて、この場にて勧誘させていただくことにしましょう」

「イザベラ嬢、アッカーマン辺境伯が亡くなられた以上、約束は無効で――」

「お父様の日記に残っている以上、約束は有効です!」

 

 イザベラ嬢に強弁される。

 確かに、そういう見方もあるが。

 ふんす、と鼻息を荒く、イザベラ嬢は腰に両手を当てながらに叫んだ。

 この御令嬢、見た目よりも毅然にして気丈である。

 あの馬鹿王子は何故、これほど良い御令嬢との婚約を棄てたのか。

 何故、このような御令嬢が稚気じみた嫌がらせや暗殺を試みたと思い込んだのか。

 本当に不思議で仕方がない。

 馬鹿の考えはわからぬと、諦めるしかなかったが。

 そんな考えをよそに、イザベラ嬢の宣言は続く。

 

「黒騎士ヨルダン殿。貴方にはこれから三つの道があります!」

「三つ?」

「一つは、この決闘裁判の勝利により掴んだ名誉を以て、アレクサンダー王に仕えることです。希望あれば、私が口添えをします。王も喜んで家臣に迎え入れてくれることでしょう。おそらく立場はドミニク卿と同じ、一代騎士となってしまうでしょうが――」

 

 あの英明な王に直臣として?

 そんなことが可能なのか?

 確かに可能とあれば、それは名誉なことである。

 アレクサンダー王の事は、立派な王として認めていた。

 王の直臣となることほど、多くの騎士にとって名誉なことはない。

 そうは思うが。

 

「……お断りですな。私はそのような立身出世のために、この決闘裁判を望んだわけではありませぬ」

 

 確かに名誉は欲しかった。

 それを勝ち取るために決闘裁判に名乗り出た。

 だが、それは銭金や立身出世のためではない。

 私にとっての名誉だ。

 黒騎士ヨルダンにとっての名誉だ。

 仕えることができなかったあの御方、アッカーマン辺境伯への由縁があって挑んだものである。

 今は亡き辺境伯に捧げた名誉である。

 誰に知られずとも、誰に記憶されずとも、私個人だけが納得できさえすれば、それで良かった。

 自己満足に過ぎぬ。

 その名誉をわざわざ誇らしげに、さも自分は誇り高き人物でございと威張って掲げて。

 名誉を売り渡すことと引き換えに、アレクサンダー王に仕えることなど出来るわけがない。

 それはもはや醜き騎士として、この黒騎士ヨルダンが最も侮蔑すべき存在である。

 お断りである。

 私の大事な名誉と引き換えにしてよいものではない。

 

「なれば、二つ目の道を。我が兄に仕えると言うのはどうでしょうか?」

「辺境伯の御令息に?」

「長年の戦により、当家は陪臣騎士が不足しております。元々、父は少しでも兄に優秀な家臣を残したいと考えて、貴方を勧誘しようとしたのですよ。世襲騎士としての立場をお約束しましょう。お望みならば、貴族の御令嬢だって、お嫁さんとして紹介することができますよ?」

 

 これは良い提案だろう。

 そう楽しそうに、イザベラ嬢が笑う。

 ――アッカーマン辺境伯との約束。

 それを持ち出されては、少し悩むものがあった。

 呻く。 

 これもまた、悪い話ではなかった。

 辺境伯家に正式な騎士として迎え入れられることは、元より望んでいた立場である。 

 だが。

 

「それもまた今更ですな」

 

 悪い話ではなかった。

 自分のような黒騎士には、過分にすぎるにもほどがある条件だ。

 別に、この話を受けても誰が批判するわけでもない。

 元々の約束であるわけだし、黒騎士ヨルダンは辺境伯家のために闘ったのであるから。

 むしろ、話を受けることでこそ、今は亡きアッカーマン辺境伯の意向に沿うこともできよう。

 だが、しかし。

 そうするぐらいなら、それができるくらいなら。

 最初から私はイザベラ辺境伯令嬢が「父と約束を交わした黒騎士」を探している際に、名乗り出ていたのである。

 首を振り、笑って辞退した。

 

「どうしても断ると?」

「御令嬢、私は御令息がどのような人物かを知りませぬ。知らぬ人物に仕えると口にするほど、騎士にとって不名誉なことはありませぬ」

 

 やはり騎士として生まれた以上、主君はちゃんと選ぶべきなのだ。

 騎士には主君を選ぶ権利があるのだ。

 これはシュテファンにも忠告してやったことである。

 もう奴は死んでいたから、無意味な忠告であったがな。

 

「なれば――三つ目の道を。貴方が知っている貴族からの勧誘を」

「はて」

 

 二つは理解した。

 一つ目はアレクサンダー王に仕える直臣となること。

 二つ目はアッカーマン辺境伯の御令息に仕える陪臣騎士となること。

 だが、三つ目となると思いつかぬ。

 この黒騎士が知っている貴族など、ほとんどいなかった。

 誰からの誘いであるのか?

 

「私の家臣になってはいただけませんか、黒騎士ヨルダン殿。三つの中で、最も愚かな選択ではありますがね」

「――貴女の」

 

 イザベラ嬢からの誘い。

 驚きに満ちた表情で、眼を開く。

 だが、それは御令息に仕えることと何が違うのだ?

 辺境伯家に仕えることと、違いがないではないかと思うが。

 

「知っての通り、私はアーデルベルトに婚約を破棄をされてしまいました。仮にも王族。それも王位継承権二位の立場から婚約者に相応しくないと名指しを受けるのは、大変不名誉な事です。この事を憐れんだ兄が、私に領地を分配してくださるという手紙が先日届きました。与えられたのは小さな領地と小さな城ではありますが、自分を護る騎士を数名雇える程度の余裕ならばあります」

「……」

 

 黙り込む。

 悩んでいる。

 

「アレクサンダー王は英明な御方です。第三王子でも第四王子でも、今後王位に就く好きな方に嫁いでくれればそれでもよいと仰ってくださいましたが、お二方とも正式な婚約者がおられる立場。これ以上、ザクセン王国を混乱させたくありません。私は与えられた領地に引きこもることにしました。決闘裁判が終わりアカデミーを立ち去ることになれば、もう二度と王都に戻ることはないでしょう」

「それは――」

 

 なんということだ。

 何の罪もないイザベラ嬢は、ザクセン王国のために自分が損を被ろうと言うのだ。

 愚かで、かつ不器用で――

 

「兄は領地経営のために陪臣騎士を代官として手配すると、そう約束をしてくださいましたが。それも断りました。ただでさえ数少なくなってしまった辺境伯家の騎士を、横から掠め取るわけにはいきません」

 

 損な生き方だ。

 なんたる不器用な。

 とんでもなく不器用なことを、イザベラ嬢は口にしている。

 

「ゆえに、このイザベラ・フォン・アッカーマンは身一つで新領地に向かうことになります。ですので、もし許されるならば」

 

 カーテシー。

 敬意を表すために膝を曲げてお辞儀をする行為。

 見事なそれを、イザベラ嬢は私にしてくださって。

 

「我が名誉を決闘裁判にて守ってくださった。戦場経験豊富かつ、勇気に溢れた黒騎士ヨルダン殿が我が家臣となってくださるならば、私にとって、これ以上の名誉はないのですが――何、貴方にとって十分といえる雇用金は、私所有の宝石を売ってでも、なんとか用意して見せましょう」

 

 私に誘いをかけた。

 不器用な。

 私は不器用な男である。

 

「私の」

 

 センスの良い、詩吟のような言葉も口にできぬ。

 吟遊詩人の詩吟を酒場で聞く金もない。

 そのように貧乏で、不器用な黒騎士である。

 

「私のような者でも、よろしいのでしょうか」

 

 声は震えている。

 名誉である。

 なんのことはない。

 小さな新領地を手に入れた、家臣一人持たぬ女領主が、貧しい黒騎士を家臣に勧誘している。

 アーデルベルト――あのような阿呆なれば、このような光景を馬鹿にしたであろう。

 なれど。

 私にとって、これ以上の栄誉は存在しなかった。

 アッカーマン辺境伯の娘を守り通したと言う名誉を出世栄達と引き換えにせず、心中に抱くことができる。

 死ぬまでだ。

 この誘いに従うことによって、それが許された。

 これ以上の誘惑が、この世のどこに存在しようか。

 少なくとも、この黒騎士ヨルダンにとってはあり得なかった。

 

「……黒騎士ヨルダンであるから良いのですよ。少なくとも私にとっては。しかし、口にはしたものの、本当に良いのですか? きっと他の二つよりも愚かな選択ですよ」

 

 イザベラ嬢は、翻意を促した。

 戸惑うように。

 酷く、不器用そうに。

 

「この黒騎士ヨルダン、この勧誘を騎士として至上の誉と受け止めております」

 

 逃さない。

 一度口にした以上、私は貴女に仕えるのだ。

 そう言いたげに、微笑んだ。

 ようやく見つけた主君同様、不器用な笑みで。

 

「よろしい。非常によろしい!」

 

 ドミニク卿が叫んだ。

 まるで自分の事のように、この光景を喜んで拍手をした。

 

「この場にて臣従礼(オマージュ)を行われるか? 立会人は我ら六人が務めようぞ!」

 

 領主騎士殿が子供のように慌てて騒ぎだすが、処刑人殿が生真面目な顔で止めた。 

 

「さすがにコロッセウムの入場口でするのは拙かろう。正式な場所であれば、もっと別な――」

「辺境伯の下屋敷で良いでしょう」

 

 陪臣騎士殿が、笑顔で答えた。

 名誉ある臣従礼(オマージュ)が出来るならば、別にコロッセウムの入場口でも、そこらの河原でも良かったが――それでは主君たるイザベラ様に失礼であろう。

 

「臣従礼の準備はお任せください。慣れておりますので――ヨルダン殿は、作法を御存じで?」

 

 また、紋章官殿が気遣いの言葉を投げてくれた。

 よく考えれば、臣従礼の正式な作法を知らぬな。

 紋章官殿に教えてもらわねばならぬ。

 

「臣従礼にふさわしい、黒騎士ヨルダンの肩を叩くにふさわしい良い剣を探しておこう。それぐらいなら私もできる」

 

 剣闘士殿が、少しだけ笑った。

 戦友の誰もが祝福してくれている。

 主従契約を結ぶ主君すらおらず、それどころか家紋すらなかった。

 郷士階級にすら届かぬ「戦う人」とは名ばかりの貧乏騎士の黒騎士ヨルダンを。

 いや――もう黒騎士ヨルダンは何処にもいない。

 これからは、イザベラ・フォン・アッカーマン家臣、陪臣騎士ヨルダンとしての生き方が待っているのだ。

 本日この場にて、一人の黒騎士が死んだ。

 

 

 

 

 

 

7 Knights to die(一章「welcome to the black parade」) 完

 

 

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