7 knights to die   作:道造

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第15話 There's no one on my side(誰も味方はおらず)

 

 第二王子の執務室。

 アカデミーの隅にある一室にて、アーデルベルトは叫んだ。

 愚痴である。

 

「母が英傑を探しだしてくれるはずではなかったのか!? 決闘を志願した英傑など何処にもおらんぞ?」

 

 アーデルベルトは誰かに対し、明確に叫んだわけではない。

 但し、誰かからの明瞭な返答を待っていた。

 いつもそうだ。

 ただ待つだけ、王妃に与えられるだけのアーデルベルト。

 大口開きの馬鹿魚。

 竿を振ればすぐ餌に飛びつく、王城の水堀で養殖されている魚よりも頭が悪い。

 そのように王城の騎士に侮蔑されていることも知らぬ。

 自分で考える知能を持っておらぬのだ。

 素質も悪ければ教育も悪かった。

 アカデミーの教育はアーデルベルトに何の知恵も与えなかった。

 

「さて、前宣誓の時にはすでに、王太子親衛隊のディートリヒ卿に接触をしていると伺っておりましたが。上手くいかなかったので?」

 

 アルバンが白々しくも口にする。

 あの大英雄ディートリヒが、思い通りに動くはずがないことは承知の上である。

 アレクサンダー王か、アルミン王太子の言うこと以外を聞くはずがないのだ。

 それぐらいに頑固であったし、自分の立場にすら無頓着であった。

 王太子が儚くなれば、ひょいと流浪の騎士になってしまう恐れさえあると噂されているのだ。

 どんな金銭や地位をぶら下げられようが、釣られるわけがない。

 一匹の小海老を粗末な竿にぶら下げて、どうして白鯨が釣れようか。

 

「ディートリヒは強い侮辱の言葉とともに、私の側に付くことを拒否したそうだ。何故、ディートリヒは王妃や、次の王太子である私の言うことを聞かぬ?」

 

 主君に相応しくなきがゆえに。

 どのような騎士にも主君を選ぶ権利がある。

 二言で言えば、それだけであった。

 だが、それを言っても理解できまい。

 アルバンは大昔、王妃にアーデルベルトの側近に指名された際に。

 なんとか、この阿呆をまともな主君へ矯正しようと試みたことがある。

 一応は仕えることになるのだから、それも側近の務めであると真面目なアルバンは考えたのだ。

 だが矯正しようとして――駄目だった。

 そもそも、アルバンの手に負える存在であるならば、あの英明なアレクサンダー王がどうにかしていよう。

 王太子アルミンを育てた男である。

 第三王子ベルノルト、第四王子ブルーノも王太子には及ばずとも、立派な王族である。

 要するに、アーデルベルトが「こうである」のは幼少教育のせいではない。

 この世に産まれ落ちた時から、アーデルベルトは愚図なのだ。

 最も明白で重要な現実は、アーデルベルトが実際に見たり聞いたりしたことを、正しく認識できないと言うこと。

 つまり誇大妄想癖を患っているのだ。

 この世はなんでもかんでも自分の都合の良いように、思い通りに動くはずであるという。

 

「アルバン、答えよ」

 

 執務室にいる側近は誰もが答えず。

 ついに、自分が指名された。

 溜め息を吐きそうになる代わりに、返事をする。

  

「アーデルベルト様、仮に私が貴方の弟君であるブルーノ様から、引き抜きの誘いをいただいたとしましょう。ですが、私はそれを断るつもりです」

「うむ。当然のことである」

 

 仕方なくも嘘を吐く。

 騎士として相応しい振る舞いではない。

 アルバンは嘘をつくのが嫌で嫌で仕方なかったが。

 

「忠誠の形とは本来そういうものです。少なくともアルミン王太子が亡くなるまでは、ディートリヒ卿は他の誰にも仕えるつもりがないのでしょう。決闘代理人とて同じことです」

 

 アルバンがスパイである以上は、どうしようもなかった。

 ともあれ、『ロバの耳』の話ではディートリヒ卿が遅延工作を行うと聞いていたが。

 この時点で拒否すると言うことは、どうやら途中で癇癪を起こしたようだ。

 あの王妃のことだ、何やら卿にとって耐え難い侮辱の言葉を口にしたのであろう。

 遅延工作は失敗である。

 いや、かえってよかったか。

 

「どいつもこいつも、先の見えぬ愚か者が! 計算も出来ぬのか」

 

 もし遅延工作が上手く「いきすぎれば」、次の決闘までに誰も代理人を見つけられず。

 仕方なくもアルバンが強引に選出される可能性もあった。

 その場合、アルバンは即座に降参するつもりである。

 あの誇り高き七人の騎士を相手に回して、勝てる気はしなかった。

 戦場の匂いをぷんぷんとさせている相手は、初陣も済んでいない未熟な自分が敵に回して良い存在ではない。

 そもそも、いくらスパイとて命まで懸ける義理はアルバンにない。

 

「とにかくも、次の決闘代理人を見つけねばなりませぬ。お心当たりは?」

 

 ともあれ、話を進めよう。

 なんとか自分が選ばれぬよう、代役を見つけねばならぬ。

 

「母上が王城の騎士をあたったが、全てに断られたそうだ。臆病者ばかりだ」

 

 それもそうだろう。

 14歳の初陣を拒否したゆえに、アカデミーに追放されたことを眼前で見ている。

 そんな王城の騎士達が、アーデルベルト側に付くわけがない。

 率先して陣頭指揮を執れぬ阿呆に誰が付いていこうというのだ。

 だが、これでは話が進まぬ。

 

「王妃親衛隊の誰かから選出するというのはどうでしょうか?」

 

 とりあえずスパイとしての仕事を。

 アーデルベルトと王妃側の戦力を削れる案を提示する。

 

「……」

 

 ここで、アーデルベルトは沈黙した。

 おや、と思うが。

 

「王妃親衛隊の誰かを無作為に選んで、アルバンは決闘に勝てると思うてか?」

 

 珍しく、本当に珍しく真面目な面持ちで。

 アーデルベルトは答えた。

 ここで、そう思うという返事をするのは拙い。

 悪手である。

 正直に返事をする。

 それも素朴な理由付きで。

 

「残念ながら――そうは思えませんね。誰もがシュテファン以下の技量でありましょう」

 

 なにせ、王妃親衛隊には実戦経験者がいない。

 騎士には主君を選ぶ権利があるゆえに。

 公爵家から側近を連れて来ることが出来た昔はともかく、現在における王妃の親衛隊に腕利きはおらぬ。

 全てアカデミー卒業の、戦場未経験の騎士ばかりである。

 何の役にも立たぬ。

 ただの張りぼてに過ぎぬ。

 

「王妃親衛隊の隊長でもやはり駄目か?」

「おそらくは」

「その理由を答えよ。アカデミーでも優秀な騎士を選んで構成したのが、王妃親衛隊である」

 

 コイツ、尻に火が付いたか?

 アルバンは眉を顰めそうになった。

 今更、ここで愚昧から急に頭が良くなられても困るのだが。

 ここで不信を買うわけにはいかぬ。

 アルバンは正直に答えるしかなかった。

 

「戦場経験者がおりませぬ。いえ、厳密には実戦経験というべきでしょうか」

 

 結局のところ、命の競り合いをしたことのない人間が。

 「最悪は死んでも良い。相討ち上等よ」「死に番は私が務める。その代わりに他が勝て」「最終的にイザベラ嬢の名誉が守れればそれでよい」という覚悟で決闘裁判に挑んでいる、あの七人の騎士に勝てる理由がないのだ。

 名誉がために神に心臓を捧げた勇者に対して、雑魚がどう挑もうが無駄である。

 

「……」

 

 アーデルベルトは考えている。

 何かを考えている。

 それが怖ろしかった。

 馬鹿の考えは読めぬ。

 

「アルバン、あの愚かな七騎士の内、誰が最も強い?」

 

 まるで子供のように。

 子供が、ザクセン王国の英傑で誰が一番強い、と騎士ごっこの最中に言いあうように尋ねた。

 誰が一番強いか、という質問なれば答えは当然ディートリヒ卿であったが。

 

「それは――剣闘士(グラディエーター)でしょうな」

 

 あの誇り高き七人の騎士の中で言えば、間違いなく剣闘士殿である。

 それは確信できる。

 何故ならば――

 

「理由を」

「コロッセウムで日銭を稼ぐだけの剣闘士にも、格というものがありまして」

 

 下級、中級、上級のクラスがある。

 その中でもあの剣闘士殿は。

 

「あの剣闘士は上級剣闘士。ザクセン王国でも36名しか参加が認められていない御前試合(トーナメント)の参加権が認められた男です。それこそディートリヒ卿ほどの英傑でもなければ、まず勝てぬ相手かと。コロッセウムでの戦いにも慣れております。普通の騎士では相手になりませぬな」

「……何故そのような男が、敵方にいる?」

 

 アーデルベルトは疑問を示した。

 お前がアッカーマン辺境伯の追悼式をぶち壊したからだよ。

 その娘であるイザベラ嬢の名誉を根拠なしに穢したからだよ。

 そんな愚痴は口にせず――これも正直に答える。

 

「辺境伯と剣闘士の由縁まではさすがに知りかねます。ですが、辺境伯に雇われる形で、先の戦に参陣していたようですな」

 

 パーティーにいたということは、参陣していたということである。

 参陣理由は、単純に雇用されたということであろう。

 決闘裁判に手を上げた理由は――剣闘士殿曰く「アッカーマン辺境伯には義理がある。ここで見捨てれば二度と騎士は名乗れぬ」であったか。

 私ならば、恐ろしくて剣を向けることも出来ぬ。

 次の決闘者として私が選出され、相手が剣闘士殿であったならば、まず剣を捨てて声高に降伏を叫ぼう。

 勝ち目など皆無である。

 それはそれとして。

 アーデルベルトは何かを考えている。

 

「……」

 

 嫌な予感がするな。

 どんな馬鹿でも、気付けることはある。

 例えば、相手が強い剣闘士ならば。

 

「剣闘士を雇おう。何、コロッセウムなどで日銭を稼いでいるだけの哀れな奴らよ。銀貨を撒けば、飼い慣らされた魚のように、いくらでも餌に集まるであろう」

 

 こちらも強い剣闘士をぶつける。

 子供でも考え付く単純な答えを、アーデルベルトは導き出してしまう。

 

「賢明な判断であるかと」

 

 私はアーデルベルト側の戦力を削れないことを残念に思いながらも。

 そう答えることしかできなかった。

 出来れば、側近である伯爵家次男坊の一人ぐらいは、ここで殺しておきたかったのだが。

 ただ。

 そう上手くいくかな?

 お前は大事な事を忘れているぞ?

 「剣士シュテファンの死は誰が原因であるか? それは王都中の誰もが知っている」ということをな。

 そう心中に考えながらも、アルバンはただひたすらに、アーデルベルトの判断を褒め称えた。

 

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