7 knights to die   作:道造

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第17話  cheers(乾杯)

 

「――まずは乾杯を」

 

 誰に?

 問うまでもない、ヨルダン卿にである。

 もはや傭兵(ゼルトナー)でもなければ黒騎士でもない、陪臣騎士ヨルダン卿にである。

 ここはアッカーマン辺境伯家がアレクサンダー王より与えられた下屋敷。

 そこで誰も彼もが儀式に協力し、戦友である我ら六名が立会人となって、イザベラ嬢との臣従礼(オマージュ)をヨルダン卿が見事に行い終えた後である。

 まだ決闘裁判は続いている。

 だが我ら七人の騎士が決闘裁判に挑み、まずはヨルダン卿が見事な一勝を得た。

 ヨルダン卿も生涯の忠誠を誓う主君を得た。

 これは非常に喜ばしいことであり、乾杯の一つぐらいは良いではないか。

 戦友の栄達を祝えないほど、騎士として悲しいことはないぞ。

 そうドミニク卿が言いだして、そして誰も反対しなかった。

 いや、唯一、ヨルダン卿だけはどうにも照れ臭そうにして遠慮していたが、そんなものは見事に無視された。

 各々がワインの入ったグラスを掲げ、それを一息に飲み干す。

 飲み干して――話が始まった。

 

「さて――目出度い宴席でこのような話はしたくないのですが。任せられた仕事を優先させて頂きたく」

 

 紋章官が口を開く。

 誰もが視線を向け、その目つきは酒気を帯びた朗らかさを残しつつも。

 狼のような鋭さを滲ませた。

 

「アーデルベルト側に動きが?」

「はい。まず、王妃テレージアが王太子親衛隊のディートリヒ卿に声をかけたようですが――」

「ディートリヒ卿が出てくると恐ろしいな。そうなると誰も勝てぬが――」

 

 処刑人が笑った。

 生真面目な彼にしては珍しい微笑である。

 如何にも「どうせ断られたんだろう?」とでも言いたげに。

 

「はい、当然ですが断られました。王妃テレージアや、アーデルベルト風情に忠誠を誓えるかとの言葉とともに」

「まあ、そうなる。主君どころか、雇い主としても仕えるに値せぬな。ましてや、アルミン王太子に肩を剣で叩かれた立場とあっては……」

 

 主君に肩を剣で叩かれたばかりの、ヨルダンが理解を示した。

 ディートリヒ卿は英雄である。

 それこそ、ザクセン王国の騎士なれば知らぬ方が恥であると言うぐらいに。

 傭兵(フリーランサー)であった、ヨルダン卿が知っているぐらいである。

 その英雄であるディートリヒ卿が、アーデルベルト側になど付くわけがなかった。 

 

「『アーデルベルトが剣士シュテファンを見殺しにした』という話は何処まで流れている?」

 

 領主騎士が問うた。

 別にこの質問は、アレクサンダー王が仕掛けた罠を知っているからではない。

 いわゆる東方植民地の開拓騎士、『田舎者』という自覚のある彼の耳にも入るぐらいに、王都中にこの話が駆け巡っているからである。

 

「新聞を読む市民どころか、街角で講談を聞くだけの者。識字も出来ぬ市民すら知っておりますな」

 

 紋章官が答えた。

 アレクサンダー王はありとあらゆる手を用いて、この醜聞を流した。

 王都で知らぬ者がいないなど、許されぬと言うほどに。

 『ロバの耳』所属の諜報員全てのポケットが銀貨で溢れるほどに俸禄を支払い、強引に働かせたのだ。

 実を言えば、紋章官も少し疲れている。

 そんな彼に、陪臣騎士が尋ねた。

 

「なれば、アカデミー生から次の選出者は?」

「おそらく出ないでしょう。それどころかアーデルベルトの側近からでさえも。誰が命懸けで、助命もしてくれぬアーデルベルトのために戦えるものですか」

 

 なるほど、とドミニクは頷いた。

 眉を顰めている。

 如何にも心配であると言いたげに。

 

「さすがにアーデルベルトでさえも、決闘代理人の雇用を考えるか?」

「そうなりましょう。ただ、元よりアカデミー生やアーデルベルトの側近に、自ら剣を握る覚悟はありませんよ。シュテファンが特別だったのです」

 

 ただし、特別なアホだがな。

 紋章官はそう心中で侮蔑した。

 口にしなかったのは、人前で死者を口汚く罵るやつだという侮蔑を、戦友から受けたくなかったからである。

 本当に、どうしてこれほどまでに誇り高きヨルダン卿に勝てると思ったのか。

 あまりにも戦場経験が違いすぎた。

 人によってはあの試合を、紙一重と評価するであろうが。

 結果としては必然であったのだ。

 あの試合における『黒騎士ヨルダン』に勝てる騎士など、そうはいまい。

 コロッセウムに詰めかけた戦場経験者の騎士達でさえ、そう思ったであろう。

 清き者の腕に勇士の力を与え、偽れる者の強力を萎えさせよ。

 その決闘裁判の文句通りに、あの時のヨルダン卿には勇士の力が宿っていたのだ。

 ともあれ、シュテファンを殺さずとも、この流れは変わらなかったであろう。 

 ろくな人材が配下にいないアーデルベルトは、王妃テレージアに泣きつくか、外部から決闘代理人を雇用したはずである。

 

「……アーデルベルトが雇用する決闘代理人は分かるか?」

 

 静かに。

 本当に静かに、剣闘士殿が尋ねた。

 名をヴォルフガング卿。

 上級剣闘士として王都で名を馳せる存在である。

 先ほどのヨルダン卿の臣従礼(オマージュ)においても、とんでもない業物の剣を「これこそが貴卿の肩を叩くに相応しかろう」と持ってきて、それをそのままプレゼントしたほどの金持ちでもある。

 ヨルダン卿は酷く遠慮をしたし、イザベラ嬢もせめて私が買い取ると言い出したのだが。

 数十本所有している業物の一本に過ぎぬから、本当に大したプレゼントでもない。

 使わぬ私が所持して腐らせるよりも。

 これから主君を守らねばならぬ『本当の騎士』たるヨルダン卿に使われた方が剣も喜ぶであろうから、是非とも貰ってくれと。

 快活な笑顔でそう口にされた。

 上級剣闘士が金持ちなのは誰もが知っているが、まあ本当に気前の良い男だ。

 ともあれ、それはよい。

 紋章官にとっては単純に清々しい男というだけで、別に金持ちであることを妬むつもりもなかった。

 『ロバの耳』から得ている懸念を口にする。

 

「……アーデルベルト側近のアルバンが、コロッセウムに向かったと情報が」

 

 そのアルバン様が実はスパイであるとは口にできぬ。

 本当に可哀想な御方だ。

 『ロバの耳』の中では『かわいそうなアルバン』で名が通っている。

 何故に公爵家次男として生まれ落ち、性格もお人好しとさえ言える彼がスパイなどやらされているのか。

 上の事情はよくわからぬが。

 

「アルバンがか。怖いな。コロッセウムで剣闘士を雇うつもりであろうか?」

 

 ドミニク卿がそう口にする。

 アーデルベルトは心底侮蔑しているが、側近のアルバンに対しては侮るつもりなどない。

 そう言いたげにだ。

 

「トラクス」

 

 ヴォルフガング卿が短く言葉を口にした。

 人の名前である。

 この紋章官が知る限り、上級剣闘士にして戦争捕虜の――。

 

「おそらく、『戦争捕虜』トラクスが出てくる。ドミニク卿、次の選出者は私を指名してくれ。そうでなければ勝てぬ」

 

 戦友への遠慮なしに。

 ヴォルフガング卿はそう口にして、周囲を見た。

 別に盟友である貴方たちを侮辱するつもりなどは、欠片もないのだと。

 そう言いたげに。

 

「わかっている。ヴォルフガング卿がこの中では一番強いと」

 

 ドミニク卿が頷いた。

 他から不満の声もあがらぬ。

 事実であるからだ。

 ヴォルフガング卿の試合など知らねど、それこそ最初にヨルダン卿が『私より強いのだから、貴方という札は後に回すべきだ』と進言したように。

 誰もがヴォルフガング卿を、七騎士の中で最強の騎士だと認めていた。

 戦場経験者ゆえの機微である。

 

「貴卿でなければ勝てぬのだな?」

「私でなければ絶対に勝てぬ。いや、私でさえも危ういが――私にやらせてくれ」

 

 ドミニク卿の問い。

 ヴォルフガング卿は、自分の勝利でさえもあやふやだと答えた。

 ここで、ドミニクには脳裏に「では、死に番とすべきでは」という考えも浮かんだ。

 イザベラ嬢の名誉を守るためには、七戦七勝の必要はないのだ。

 名誉を守れるだけの勝利を得ればよい。

 いっそ、ドミニク自身が次の試合に名乗り出て、負けても良い。

 戦友の命ならばともかく、自分の命ならば捨てても惜しくもなかった。

 だが――どうして断れよう。

 

「頼む。必ずや、勝ってみせる」

 

 ヴォルフガング卿の真剣なまなざし。

 銭金が目的ではなく、イザベラ嬢の名誉がために命を投げ出した戦友の嘆願を、この中の誰が断れようか。

 自分の考えなど、騎士として恥じるべきである。

 

「ではお任せしたい」

「任せてくれ」

 

 騎士として、この二つの応諾の言葉以上を交わす必要はなかった。

 

「……ヴォルフガング卿の戦い、眼にさせて頂くが。はて、トラクス? どのような人物だろうか」

 

 戦争捕虜だと聞いたが。

 ドミニクにはとんと聞き覚えがない。

 戦場に出ている味方ならば、記憶力の良いドミニクはキチンと全員を覚えているのだが。

 敵となれば自信はなかった。

 ヴォルフガング卿が、気遣いするように答えた。

 

「ドミニク卿が知らぬのも無理はあるまい。住まいが王都にあるとはいえ、戦場漬けであろう?」

「そうだな。剣闘士としては有名なのか?」

 

 ドミニクには剣闘に対する知見がない。

 なにせ王都では上級剣闘士にして人気者(スタープレイヤー)の一人であるヴォルフガング卿の事も、戦場の活躍以外では知らなかったほどだ。

 

「私以上の人気者だ。いや、トラクスにとっては不本意であろうが――」

 

 本当に不本意そうに。

 まるで相哀れむような顔さえして、ヴォルフガング卿はトラクスについて語る。

 

「人気者だからこそ、人気が過ぎるからこそに。国に、故郷に帰してもらえぬのだ。なれば、今回の機に必ずや王妃テレージアの権勢による恩赦を条件に、決闘裁判を受け入れるだろう。次の相手は必ずやトラクスだ」

 

 紋章官殿の調査報告はもちろん待つが。

 確信を持って言えると。

 そうヴォルフガング卿は告げて、次のワインを求めて、杯に注いだ。

 

 

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