7 knights to die   作:道造

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第18話  negotiation terms(交渉条件)

 

 『戦争捕虜』トラクス。

 といっても、彼は別に鎖に繋がれた生活を送っているわけではない。

 牢屋にも入っていなかった。

 それどころか王都に屋敷すら与えられ、執事やメイドに囲まれた裕福な生活を送っているらしい。

 アレクサンダー王が特別に与えた待遇であるとのことだ。

 興行主殿から茶や菓子などを提供され、有り難く頂いて待っていると。

 

「お待たせして申し訳ない」

 

 立派な髭を蓄えた、紳士然としたトラクスが現れた。

 戦争捕虜のイメージとは全く違い、生活になど何の不自由もしていない。

 毅然とした敵国軍服姿の、「ぴかぴか」の勲章が沢山軍服についた、一目で一流の武人と分かる男である。

 

「いえいえ、こちらが面会をお願いする立場ですので」

 

 アルバンは椅子から立ち上がり、頭を下げる。

 エドガーは立ち上がりすらしなかった。

 どうして戦争捕虜風情に頭を下げてやらねばならぬとさえも、言いたげな姿である。

 テーブルから零れた小銭を拾い集めるぐらいでしか、使い道の無い男なので仕方ない。

 トラクスも、最初から礼儀の期待はしていないと言いたげに無視をする。

 

「さて、こうして呼ばれたと言うことは条件を受け入れてくれるということかね? アルバン卿」

「――条件は恩赦、故郷への帰還とのことですが」

「そうだ。アレクサンダー王は認めてくれぬのでな」

 

 トラクスは、先の戦(辺境伯領に攻め込んできた蛮族との戦い)における敵対国家とは所属が違う。

 捕らえられたのは、五年前のアルミン王太子が負傷した戦においてである。

 アルミン王太子の見事な策略に嵌まり、トラクスは孤立無援の窮地に陥った。

 その際に部下全員の助命と引き換えに、自身は戦争捕虜として降り、騎士から剣奴にまで身分を落とされた。

 その剣奴から上級剣闘士にまで成り上がったのだ。

 元々の爵位は男爵であると伺っている。

 要するに、敵騎士と言えども我々は確かな敬意を払うべき相手であるのに、隣のエドガーは。

 『小銭拾い』のエドガーは未だに挨拶さえしようとせぬ。

 死ねばいいのに。

 

「正直難しい、と言いたいところなのですが……我々にアレクサンダー王の意向に逆らえと?」

「今更であろう? テレージア王妃が王に嫌われていることぐらいは知っている」

 

 これ以上嫌われたところで、何が不自由すると言うのか。

 そう言いたげにトラクスは髭を撫でた。

 事実ではある。

 今更、アレクサンダー王の怒りが解かれることはない。

 アーデルベルトも王妃もアカデミーも、そして公爵たる我が父も。

 王は、全てを始末するつもりでいるのだ。

 

「テレージア王妃と公爵家の意向があれば、戦争捕虜の一人ぐらいには恩赦を与えられよう。どうかね、公爵家次男のアルバン卿」

「……」

 

 さて、どうだかなあ。

 アルバンは正直それを疑問に思っていた。

 アーデルベルトの無能さ加減は、誰もが周知の事実であったが。

 だからといって、当初はテレージア王妃や、公爵家までが嫌われていたわけではなかったのだ。

 兄クラウスはアルミン王太子の忠実な側近として有名であったし、従兄弟殿である第四王子ブルーノも同じく有能であるのだから、致命的に嫌われてまではいなかった。

 凋落の原因は、アーデルベルトのために作ったアカデミーが原因である。 

 戦争に行かなくとも卒業すれば一人前の貴族と認める、というアカデミーの施策自体は一部の貴族に当時人気を博した。

 「一時的」にはだ。

 今は全く違う。

 アカデミー卒業生を一人前の騎士として認め、あるいは文官として認め。

 我が家に是非とも雇い入れたいという貴族家など、現実には何処にも存在しなかったのだから。

 当たり前である。

 戦場も経験していない役立たずの騎士、貴族家における文官としての真っ当な教育も受けていない人材をだ。

 何処の家が雇用したいと考えるのだ。

 その就職先は限られており、一握りが王妃親衛隊の衛兵として雇い入れられるのが精々である。

 おそらくは――公爵である父は。

 公爵家寄りに育てた文官を王宮や各地に送り込むとかそういう意図をもって、アカデミーを作ったのであろうが、その思惑は完全に失敗したのだ。

 当時から、アルバンを含めたマトモな貴族は白い目で見ていた。

 何がアカデミー(王立学園)だ、馬鹿馬鹿しい。

 最初から紋章官や徴税官といった専門職を少数育成することが目的であるならば、むしろよかった。

 実態は違う。

 実際のところは上っ面の高等教育だけを与え、傲慢な貴族を生むだけであった。

 自分が貴種であり、特別な存在であると言う自己肥大の精神を育てるだけの教育現場。

 アーデルベルトを代表とする「役立たず」を育てるだけの、何の価値もない場所だと看做されている。

 それがアカデミーの現状であった。

 女子生徒が、嫁に行くまでのせめて最後の遊び場としてのモラトリアムが精々だ。

 実際に通っているアルバン自身さえも、そう認識しているのだから。

 もうどうしようもなかった。

 このアカデミー設立の失敗により、王妃と公爵家の権威はすでに落ちている。

 

「私一人の判断では、返事をできかねます。一度持ち帰らせて頂けますか?」

 

 約束できない。

 ハッキリ言えば、テレージア王妃の権威も、公爵家の権威も、トラクス殿の恩赦を確約できぬほどに弱まっている。

 何もかもアーデルベルトとアカデミーのせいであった。

 あの無能が無能であることは、王城の騎士であれば誰もが知っているし。

 その無能がアカデミーの教育で、更に助長されたことも明らかである。

 こんなことなら市井で識字や算術を教えるだけの、無料の青空学校を増やすことに歳費を費やした方が王国にとって有益であったとさえ言われている。

 宰相や財務方は、完全に王妃や公爵の敵と化していた。

 

「……即答は出来ぬと。もはや王妃や公爵家には、その権威もないか」

 

 トラクスは残念そうに、頭を振った。

 アルバンには返事をしかねた。

 どうにかして一度、話を持ち帰らなければならぬ。

 いや、むしろ、このまま交渉に失敗した方がいいのではないか?

 トラクス殿は明らかに強者である。

 アルバンの立場としては、交渉失敗が最善手である。

 アーデルベルトには相手が無茶な条件を持ち出し、交渉が破綻したと伝えるとしよう。

 そう考えて――

 

「何だと! 貴様一人の恩赦ぐらい、王妃やアーデルベルト様であれば簡単な事よ!」

 

 エドガーが、トラクスの態度に反発をした。

 やめろ馬鹿。

 貴様に交渉権を与えたつもりはない。

 

「ほう、そうか。では約束して頂けるのだね」

「もちろんだ。その代わり、決闘裁判には出てもらうぞ」

「まだだ、他にも条件がある」

 

 勝手に話が進んでいる。

 だが、どうしようもない。

 アーデルベルトや王妃はアホだから、どうせ一度話を持ち帰っても許可するように思えた。

 恩赦の実行における可不可に拘らずである。

 そして戦争捕虜相手に空手形を切ったところで、屁とも思わぬのが連中であった。

 誇りという物がないのだ。

 

「まず一つ。決闘裁判の勝負において、明確に敗北を為した場合。私に誇り高く敗北を認める権利を与えよ」

「……剣士シュテファンの件を持ち出しているのか?」

 

 私が尋ねた。

 あの顔面の原形が留めないほどに黒騎士ヨルダンに撲殺された、シュテファンの死体を思い出す。

 

「無論。正直言えば、アーデルベルト第二王子が誇り高く敗北を認めるなど、私は一切信用ができない」

 

 まあそうだろうな。

 トラクス殿は、当然の権利を申し出ていた。

 

「認めよう。トラクス殿が声も出せないほどの戦闘不能に陥った場合も、このアルバンが代理で敗北を申し出る。他には?」

「もちろんある。誇り高き決闘を果たした暁には、それが勝利であれ敗北であれ、故郷に帰る恩赦を求めたい」

「……注文が多いな」

 

 アルバンは渋った。

 渋ったが、どうしようもない。

 

「戦争捕虜風情がそこまで求める気か! 敗北しても恩赦を認めろと生意気をぬかすか!!」

 

 『小銭拾い』のエドガーが叫んでいる。

 本当に黙っていて欲しい。

 可能であれば『物理的かつ永遠に』エドガーの口を塞ぎたいところだが。

 その術は今のアルバンにない。

 

「無論、誇り高き決闘ではない、無様な戦いであった場合は約束を叶えずとも良い。その判断はコロッセウムの観客がしてくれるであろう」

「コロッセウムの観客?」

 

 アルバンは訝しんだ。

 何を言っているのか察しかねたからだ。

 

「おや、アルバン殿でもわからんのかね。ヴォルフガング卿と、この『戦争捕虜』トラクスは剣闘士の中でも人気が高いのだよ。その戦いが見られるとあれば、コロッセウムは豪商や貴族のスポンサーで、ぎゅうぎゅう詰めになるだろうさ」

「なるほど」

 

 確かに、上位剣闘士の中でも人気の二人が闘うとなれば。

 それも決闘裁判で名誉をかけての本当に命懸けの試合とあれば、これは一つの大興行だ。

 アレクサンダー王にも観戦の嘆願が集まり、そして王さえもそれは拒めない。

 

「もし誇り高き決闘が行われなかった場合、観客はこのトラクスの死さえも求めるだろう。決闘裁判において手抜きをするつもりはない。如何か?」

 

 それはむしろ困るのだが。

 手抜きして欲しい。

 できるかぎり無気力試合を演じて、物の見事に負けて欲しいのだ。

 最初に強く当たって、後は流れで負けて欲しい。

 欲しいのだが――

 

「いいだろう、認めてやる」

 

 偉そうに、『小銭拾い』のエドガーが了承してしまった。

 頭を抱えそうになる。

 このアルバンの目的はどれだけ第二王子に惨めに敗北をさせるかである。

 緊迫したギリギリの戦いをさせることではないのだが。

 ――どうしようもない。

 

「承知しました。このアルバンが約束することとしましょう」

 

 本当に、スパイのアルバンとしては、ここまでが限界である。

 何もかもを愚痴とともに「ロバの耳」に伝えることが精々であった。

 アルバンは手を差し出し、トラクスと固い握手を交わした。

 

 

 

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