7 knights to die   作:道造

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第20話 Proud Thrax's Revenge(誇り高きトラクスの復讐)

 

 軍人として生きてきた。

 このトラクスは国家のため、民のため、軍人として生きてきた。

 トラクス男爵家の当主として生きてきた。

 誇り高き「戦う者」として生きてきたのだ。

 繰り返す。

 誰よりも誇り高く「生きてきた」のだ。

 だが、唐突にその誇りの全てを失った。

 アルミン王太子の巧みな戦略に嵌まった際か?

 そうして部下全員の助命と引き換えに、自身は戦争捕虜として投降した際か。

 違う。

 アルミン王太子は見事な人物であり、誇り高く我々の投降を認めてくれた。

 その際に粗略に扱われた覚えはない。

 では、尽くしに尽くした国家から身代金の支払いを拒まれ、男爵位を剥奪された時か?

 これも違う。

 身代金を拒んだ紋章官は、私に対してだけは自害をせんばかりの勢いで謝罪をしていた。

 少なくとも、彼に対しての恨みはない。

 やるだけのことをやって、この結果であったのだろう。

 では、アレクサンダー王からの任官への誘いを拒んだゆえに、剣奴にまで身分を落とされた時か?

 それも違う。

 十分極まりない待遇を用意してもらいながら、その待遇を蹴とばして貴様などに仕えぬと言ったのだから。

 アレクサンダー王の怒りは尤もである。

 では、剣奴として闘技場で戦いぬいて、ザクセン王国の娯楽(サーカス)の一員となった時か?

 やはり違う。

 これも決して悪い生活ではなかった。

 私は戦うこと自体はそれほど嫌いではないし、ザクセン王国の観衆も誇り高き戦いに対しては称賛を惜しまなかった。

 誰もが私に対する拍手も金銭も惜しまなかったし、沢山のスポンサーもついてくれた。

 何もかもが違う。

 私が唐突に誇りを失ったのは、そうした苦難の時ではなかった。

 私が唯一許せないのは――

 

「やはり、私は王の御落胤(おとしだね)だったのだな」

 

 仕えた国家に見捨てられた理由。

 それが私の軍人としての立ち振る舞いが原因ではなく、とても政治的な理由であることを、私が理解した時だった。 

 トラクス男爵は、王の御落胤。

 そうした噂は昔から故国に流れていた。

 なれど、トラクスは気にしなかった。

 誰よりも優秀であれば、そのような噂は声を潜めたからだ。

 幼年のトーナメントでは、ジョスト(一騎打ち)もトゥルネイ(団体戦)でも常に優勝したし。

 学問においても、誰もが認めるほどに有能であった。

 しかし、それよりも大事なことは。

 戦場にて働くことだ。

 戦場にて戦働きをこなすことだ。

 誰よりもがむしゃらに働くことだ。

 父は、立場弱きゆえに、愛する母を王に差し出すことになった父は、そう語った。

 そうすれば、皆がお前を、「お前だけ」を見てくれよう。

 何の背景もなく、お前と言う武人だけを見てくれるだろう。

 この体弱きゆえに戦場に出ることも出来ず、後ろ盾無きがゆえに、母を護ることも出来なかった先代トラクス男爵とは違う。

 お前は強い。

 戦場にさえ出れば、誰もがお前を認めてくれよう。

 そう語った私の父は、私の14の成人を見届けて病で死んだ。

 母は父が亡くなってすぐさまに、懐剣により自害している。

 遺言や遺書はなかった。

 それは逆に、このトラクスに対する愛情であると思っている。

 少しでも恨み言を残せば、このトラクスが気兼ねをすると思ったのであろう。

 私は14歳にしてトラクス男爵家を継ぐことになった。

 すくに、当主就任のための叙任式(オマージュ)が行われた。

 故国の王が、血縁上の父が、ああ、あの時の子かと言いたげに、おざなりに私の肩を剣で叩いたことを覚えている。

 私はその後、絹のタオルで執拗に肩を拭ったがな。

 

「――」

 

 茶を飲んでいる。

 屋敷にて、あまり美味くもない茶を嗜んでいる。

 

「本日のお茶はいかがでしょうか、トラクス様」

「悪くないよ。大分マシになったんじゃないか」

 

 茶を入れているのは、アレクサンダー王に用意された執事ではない。

 私が剣闘士としての稼ぎにより保釈金を支払い、釈放した部下の一人である。

 彼は故国に帰ることなく、私に仕えていた。

 

「執事に詳しく聞いておりますので、いやはや、剣以外のことは苦手ですな」

「もう五年になるのだ、少しは慣れてはどうだ」

「やはり、騎士としては剣の腕をおろそかにするわけにもいかず。訓練時間を割くわけにはいきません。難しいものですな」

 

 部下がそう照れ臭そうにしている。

 良い部下だ。

 私が保釈金を支払って解放した部下の騎士たちは、その全員が私の屋敷に残ってくれている。

 私には勿体ないくらいの部下たちであった。

 私はかつて尋ねたことがある。

 全てを説明してだ。

 

「私が、このトラクス男爵が。そして貴様らが故国に身代金を支払われずに、故国に帰れないのは。王の落胤という――認めよう、噂でもなんでもない事実のせいである。故国は私が邪魔になったのだ。貴様らはその巻き添えを食らっただけにすぎぬ。私に対する恨みはないか? この顔に唾を吐きかけても甘んじて受けよう。せめてもの詫びとして保釈金は私が払った。今からでも故国に帰るがよい」

 

 と。

 配下の騎士たちは答えた。

 

「私たちのために自らを剣奴に落としてまで、助命を請うてくださった貴方をどうして怨めましょう。我らが曾祖父の代から受け継いできた騎士としての尊厳に関わります。貴様、上官に助命されておきながら、その恩一つも返せぬ忘恩の輩であったのかと」

 

 曾祖父が墓から這い上がり、必ずや我らを殺しに来るでしょう。

 まるで粗末なおどかし、化け話のように舌を大きく伸ばして、手を大きく広げて。

 おどけて部下は語った。

 それ以外も同様に語った。

 

「こんな恥ずかしいことを言わせないでください、トラクス男爵。貴方が王の御落胤であろうがなかろうが、そんなこと私たちには一切関係ないのだ。私たちの上官は貴方で、故国の王から肩を剣で叩かれたことすらも、もはや見捨てられた時点で忘却の彼方。私は貴方に、トラクス男爵に肩を剣で叩かれたいのです。それ以外に主君など見いだせなくなりました」

 

 と。

 私は肩が震え、泣きそうになった。

 父の言うことは事実であったのだ。

 『戦場にさえ出れば、誰もがお前を認めてくれよう』と。

 確かに誇り高く戦場で戦った理由は目の前に存在した。

 であれば。

 であるならば。

 全てを部下に打ち明けることにした。

 

「貴卿ら、我が部下たちよ。このトラクスは、父の誇りを穢されたことが、母が恥辱を受けたことが、そして政治的理由で我が誇りすら侮辱されたことに、もう我慢がならぬ。王を殺そうと思う。血縁上の父を殺そうと思う」

 

 と。

 復讐である。

 復讐の誓いを配下に漏らした。

 

「良いお考えです。貴方のためならば喜んで命を投げ出しましょうぞ」

 

 と。

 配下は真剣な面持ちで応えた。

 貴方を知ってしまいました。

 呆れるほどに、トラクス男爵と言う騎士を知ってしまいました。

 貴方が復讐を望むと言うのならば、喜んでそれに従いましょう。

 王を殺すだけでは飽き足らない。

 あの故国など、丸ごと乗っ取ってしまいましょう。

 トラクス男爵、貴方にはその権利があるはずだ。

 そうして。

 そうして、私は配下に背中を押される形で、何もかもの覚悟を固めたのだ。

 故国を乗っ取ろう。

 そして私が王になろう、と。

 

「……」

 

 それから、私は必要な準備を揃えた。

 ザクセン王国どころか、七つの王国を股にかける豪商のスポンサーを用意することができた。

 彼は私たちが故国を乗っ取ると言えば、それは浪漫ですな。

 剣奴から上級剣闘士に成り上がり、故国に帰りて王になるとはすばらしい浪漫です。

 そう言わんばかりに、呆れるほどの金銭や武具を提供する約束をしてくれた。

 手紙も送った。

 かつての配下や戦友、現在の故国の治世に不満を持つ領主騎士に対して。

 誰もが内応すると応じてくれた。

 些かの紛れ――裏切りはあるだろうが、構いやしない。

 それを疑っては何もかも前進しない。

 私は自身を信じるのみであった。

 父の言葉――『戦場にさえ出れば、誰もがお前を認めてくれよう』を信じるのみである。

 国を乗っ取れる可能性は確実とは言えぬが、あの血縁上の父を殺せる可能性だけは現在でも確実にある。 

 後、必要なものは一つだけ。

 

「恩赦が欲しい」

 

 ザクセン王国を出るための恩赦が必要であった。

 これが無ければ何も始まらぬ。

 敵国を出ることすらできぬのに、どうしてあの血縁上の父の首を刎ねられようか。

 ゆえに、私は利用する。

 アーデルベルト?

 まさか、奴になど期待はしておらぬ。

 どうしようもない愚か者よ。

 騎士としての約定の大切さを理解しているかさえ怪しい。

 王妃テレージア?

 まさか、アーデルベルトの白痴脳症はあの母由縁のものであろう。

 何の期待も出来ぬ。

 では公爵か?

 それこそまさかだ。

 臆病者で、もはや自死すらもその子供たちに望まれている愚か者の貴族に、何が出来ようか。

 私が狙っているのは――

 

「アルバン、君だ」

 

 このトラクスが狙ったのは、アルバン、君だった。

 君が交渉の場に来てくれて良かった。

 騎士としての約定を何よりも大切にしてくれるのが「お人好し」の貴方であることは、このトラクスでさえ知っている。

 貴方は公爵家の次男坊であり、そして何よりもクラウスの弟だ。

 あの王太子アルミンに繋がる、か細くも唯一の伝手だ。

 

「――」

 

 今頃、アルバン殿は、私と固い握手をしてくれた「お人好し」の卿は、兄クラウスに恩赦をせがんでくれている最中かもしれぬな。

 そうであってほしい。

 安心してくれ、このトラクスは貴方への恩を決して忘れぬつもりだ。

 アルバンと握った握手の感触を思い出す。

 騎士の手であった。

 アカデミー所属であることを馬鹿にされながら、未だに騎士の鍛錬を忘れていない男の手であった。

 

「きっと、うまくいく」

 

 もちろん、この企みはアルミン王太子なれば見抜くだろう。

 なれど、大丈夫だ。

 この話はアルミン王太子にとっても何も悪い話ではない。

 決して悪い取り引きではないはずだ。

 アルミン王太子が亡くなる寸前の今、敵対国家の混乱は望むところであろう。

 なんなら、不可侵条約さえ約束しても良い。

 その時の交渉役がアルバン卿であったならばだが。

 そう考えて、全てが上手くいくことを祈りながら――ソファにて、誇り高きトラクスは目を閉じた。

 瞼の下には故国の王の姿、その首を刎ね飛ばす瞬間を夢想して。

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