7 knights to die   作:道造

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第25話  empty promise(空約束)

 

「――申し訳ない。負けてしまった」

 

 私が、ヴォルフガングが最初に言うべき言葉はこれであった。

 入場口にて観戦していた戦友たちは誰も責めぬ。

 それどころか、慰めるかのような視線で合った。

 

「あのトラクスが相手では誰も勝てぬ。辛うじてヴォルフガング卿が担当してくれたから本当の死者が出なかっただけで、誰が担当しても死に番なれば仕方ない。責める者など何処にもおらん」

 

 ドミニク卿がそう慰めてくれた。

 まあ、それは事実である。

 私以外の誰が対戦しても勝てなかったし、それどころか死亡者が出た可能性も高いと判断した。

 だからこそ、私が名乗り出たのだ。

 

「そもそも貴卿が機転を回して、コロッセウム観客からのイザベラ嬢に対する名誉はすでに守っているのだ。勝ったも同然と言える」

 

 また領主騎士が慰めるように口にした。

 これも事実ではある。

 上手くトラクスがエンターテイメントに応えてくれて、イザベラ嬢の名誉は試合開始前から保証された。

 これを考慮すれば、良い結果と言えるのかもしれないが。

 まあ、決闘裁判上における負けは負けである。

 ところで、ヨルダン殿の視線が厳しい。

 

「さて、家臣としては言わねばならぬのだが。ヴォルフガング卿。我が主君のキスを受けてどんな気分であった?」

 

 そちらの方が重要なのだと言いたげな彼の視線に。

 私は堂々と答えた。

 

「城の一つでも貰った気分だったよ」

「ならばよろしい。それだけの価値があると思ったならば貴殿を許そう」

 

 ヨルダン殿は苦笑いをした。

 リドル(謎かけ)の答えは正解だったようだ。

 バンバンと肩でも叩かれそうな勢いであったが、怪我に気遣いをみせたのか、それはなかった。

 

「とにかく、すぐに止血を。流血が多すぎる」

 

 紋章官殿が紐で腕の根本を縛り、止血剤の軟膏を塗り、その上に包帯を重ねてくれた。

 頼りになる男である。

 思えば情報担当は彼に任せきりで、世話になってばかりだ。

 

「はて――」

 

 ヨルダン殿ではなく、アッカーマン家の陪臣騎士殿といえばだ。

 先ほどから誰かをキョロキョロと探している。

 そういえば、確かに一人いない。

 

「勝負を見届けるまでは確かにいたのだが、処刑人殿は何処へ?」

「はて? ケジメとして私を処刑するつもりなのだろうか?」

 

 とぼけたように、冗談を口にする。

 とても悪い冗談を。

 

「まさか」

 

 私の冗談に皆が笑った。

 そこにぬっと、処刑人殿が現れた。

 大きな斧を持っている。

 

「え? 本当に?」

 

 私はまさかと驚いた。

 殺される覚悟はあるが、本気だとは思わなかった。

 

「うん? どうされたか」

 

 どうやら違ったようで、処刑人殿は不思議そうに周囲を見渡した。

 相変わらず生真面目な顔つきである。

 

「その斧は?」

「処刑の必要があると王命がありまして――当然のことながら、貴殿に対してではないので、ご安心を」

 

 処刑人はそう告げて。

 ゆっくりと、アリーナの壇上を見た。

 そこにはまだトラクスしかいないが、何やらこれから行われるようだ。

 処刑執行人が行うこと――当然、それは。

 

 

 

 

 

 *********************

 

 

 

 

 

 

 アレクサンダーは手を叩いて笑った。

 認めよう。

 これは認めなければ王としての恥よ。

 まだ興奮冷めやらぬコロッセウムにて、クラウスが手を上げた。

 それに対応した指揮官が、配置された兵士に合図して観客を鎮めさせた。

 

「さて、コロッセウムの観客たちよ。愛する我が国民たちよ。この様子であれば、もはや判断を私が左右する必要もあるまい。私が開始前に告げたことを皆はハッキリと覚えていよう。誇り高き決闘を果たした暁には、それが勝利であれ敗北であれ、『特別な配慮』を与えるつもりがあることを、我がアレクサンダー王の名において約定すると。知っているだろうが、私は嘘つきではない」

 

 観客は静まっている。

 だが、いよいよかと覚悟した表情でアレクサンダーを見つめている。

 王は続けた。

 

「『特別な配慮』とは言うまでもない。『恩赦』に他ならぬ。本日この場を以て、『戦争捕虜』トラクスに恩赦を与え、その身分を自由とする。皆も知ってのことだろうが、トラクスは私からの任官に対する勧誘を断り続けた。やるべきことがあるからだ。故国に帰りてやるべきことがあるからだ。そう答え続けて。それについて私からの言及は一切せぬ」

 

 王は言葉を続けている。

 トラクスはアリーナの舞台中央に立ち尽くしている。

 その姿を見事として、自分と同じ覇気の持ち主であるとアレクサンダーは看做した。

 

「だが、恩赦の前に一つ約束して欲しいことがある。それはトラクスが故国に帰りても、我が国民を襲わぬことだ。我がザクセン王国と敵対せぬことだ。貴殿とは戦いたくないと言うのが、このアレクサンダーの本音よ。これが恩赦に対するたった一つの条件だ。尋ねる。良いかトラクスよ」

 

 少しだけ時間が立ち。

 トラクスは答えた。

 

「ある人間を立会人として指定したい。それが認められれば、確かに約定しよう」

「よろしい。それが貴殿にとって相応しい人物であるならば、当方にとっても相応しい人物であろう」

 

 相応しい決闘にはふさわしい対戦相手を。

 なれば、相応しい約定にはそれに相応しい立会人を。

 アレクサンダーはトラクスが誰を立会人として指名するかはわからぬが、それが誰であるかの心配はしなかった。

 少なくとも、その大事な約定を任された立会人以外は、困る人物などいないように思えたからだ。

 相互不可侵条約は、これから国を獲るトラクス、国を守りたいアレクサンダー、その両者のためになる約定だ。

 

「なれば、まずはこの観客全員を立会人とすることで。恩赦の約定をいたそう」

 

 観客が絶叫した。

 トラクスの恩赦を喜ぶものが半数、トラクスの引退を悲しむものが半数といったところか。

 だが、観客の誰もが悪い気分ではなかった。

 英明なるアレクサンダー王と、素晴らしき剣闘士であるトラクスとの恩赦における立会人として認められるのは、観客の一人一人にとって誉れであった。

 きっと、誰もが『トラクスの恩赦』をこの目で見たことがあると話題にするであろう。

 だが、ここでトラクスが尋ねた。

 

「ところで、一つだけ質問したい。良いか、アレクサンダー王」

「何であろうか、トラクスよ。何でもかまわん」

 

 事前に打ち合わせしているわけではない。

 だが、アレクサンダーはトラクスが何を言い出すのか、おおよそを理解していた。

 

「王が私に恩赦を与えるのは、決闘当事者であるアーデルベルトから求められてのことであろうか? 私は彼から恩赦を報酬と約され、決闘代理人としてこの場に立ったのだが」

 

 トラクスが言い出さなければ、アレクサンダー王から言い出すつもりであった内容であるからだ。

 本当に、トラクスには王たる資格がある。

 話の分かるやつだと思いながら、王は答えた。

 

「いや、全く違うな。私は『そこの男』から何の話も聞いておらん。貴殿に恩赦を与えて欲しいなど、一言も聞いておらん。貴殿に恩赦を与えるのは、まったくもって完全に私からの純粋な好意にすぎぬ」

 

 計画通りに進んでいる。

 全く以て計画通りに進んでいると、アレクサンダーは顎を撫ぜた。

 トラクスはまた尋ねた。

 

「ほう、では『そこの男』は、私に空約束をしたということか。私に嘘をついたと?」

 

 トラクスはアーデルベルトを睨みつけた。

 アーデルベルトは、何故私の話に、とばかりにうろたえた。

 

「そうなるな。とんでもない話だ。まさか『そこの男』が勇者たるトラクスに空約束をして、不当な決闘を行わせたとは。許されぬ行為だ」

 

 アレクサンダー王は、血がつながっているとは認めたくない息子を睨みつけた。

 その息子は相変わらず、ただひたすらにうろたえるばかりである。

 

「それが真実であるとするならば、とても許せぬ話だ。刑罰を以て償わねばならぬ。死罪が当然だ」

 

 続けての言葉にて。

 東口の入場口から、一人の人物が現れた。

 大きな斧を持っている。

 観客が騒ぎ出した。

 

「サムソンだ」

「処刑執行人だ」

 

 処刑執行人の名はサムソンと呼ばれていた。

 血に飢えたコロッセウムの観客とて、別に全てが彼の名を知っているわけではないが。

 それでも彼の名は有名であった。

 処刑執行人サムソン。

 死罪になった者に対し、『斧で首を刎ねる』役目を任じられている。

 

「ち、父上、まさか」

 

 アーデルベルトは慌てた。

 まさか、父は私を殺そうとしているのかと。

 たかが戦争捕虜との約束を守らなかったぐらいでと。

 そう慌てて――すぐに。

 何かを思いついたかのように、薄気味悪い笑顔で答えた。

 

「わ、私は何も知りません。そこの戦争捕虜――いえ、『トラクス殿』との交渉役を務めたのは私ではありません。エドガーです。とんでもない奴だ、主君に約定を教えないなどと」

 

 別な生贄を差し出した。

 愚図の本領発揮である。

 

「な――」

 

 『小銭拾い』エドガーは驚愕した。

 何を言っているのだ、アーデルベルト様はと。

 そう言いたげに、顔を見るが。

 アーデルベルトはエドガーを指さすだけで、その青白い顔は振り向こうともしない。

 どう誤魔化すか。

 愚図の思考はそれだけで埋まっていた。

 

「ああ、確かに交渉役はその者でした。ハッキリ覚えております。『そこの男』が嘘をついたわけではなかったのですね」

 

 トラクスは、笑顔で答えた。

 うっかり忘れていたよ。

 そう言いたげに、照れ臭そうに頭を掻きながら。

 観客も笑った。

 全くもって、トラクスはうっかりしているところがあると言いたげに。

 薄々は、アーデルベルトも空約束をしたに間違いないと観客も気づきつつ。

 

「そうか、ではエドガーに『責任』を取らせるとしよう。それで空約束の始末は許すか、トラクス」

「喜んで、アレクサンダー王。エドガーに『責任』を取って頂くことで、空約束は始末をつけることにしましょう」

 

 きっと、『まだ』殺す段階ではないのだろうな。

 何か事情があるのだろう。

 そういう認識で、トラクスとアレクサンダー王の言葉を、観客はただ聞き流すことにした。

 

「ひいっ!?」

 

 トラクスがアリーナから降りようとしている。

 それとは逆に、エドガーは衛兵二人に取り押さえられた。

 アリーナの壇上へ上るため、地面を引きずられている。 

 

「アーデルベルト様! 何か仰ってください!! 貴方の命令で空約束をしたんだ!! 貴方は言ったじゃないか、決闘裁判が勝利であれ敗北であれ、こう言ってやるがよい。貴様の戦いなど誇り高き決闘ではなかった。ゆえに恩赦は認めぬと!!」

 

 観客が騒ぎ出した。

 知ってはいたが、アーデルベルトはとんでもない奴である。

 ヴォルフガングとトラクスの、あの相応しき決闘を、最初から認めるつもりではなかったのだ。

 それは観客にとって死に値する罪である。

 たまらずアーデルベルトへの罵倒が観客の口から漏れだすが、アーデルベルトは耳を塞ぐ。

 聞こえないフリである。

 アーデルベルトには誇大妄想癖があり、そして何より愚図だった。

 

「アルバン! アルバン! 助けてくれ! 友人だろ!!」

 

 観客の視線が、エドガーの友人であるアルバンとやらに集まった。

 こいつも同じ愚図か、と言いたげな視線で。

 アルバンは答えた。

 

「私の知らぬことだ。私は間違いなく、トラクス殿に恩赦を約束したつもりなのだから。まさか私の嘆願が、アレクサンダー王の耳に届いてすらいないとは思わなかった」

「ああ、そうだ。観客の皆、『アルバン殿とは』確かにそう約束をしたぞ。固い握手をしたのだ。彼は嘘をついていない。何もかも、そこのエドガーが悪いのだ。この嘘吐きめが!!」

 

 これはトラクスが庇った。

 トラクスが言うのならばそうであろう。

 アルバンへの非難の視線はあっさりと退けられ、また再びエドガーに注目が集まる。

 すでに彼は、アリーナの壇上に引き上げられている。

 その中央では、処刑執行人サムソンが斧を持ちて立っている。

 

「お許しを! アレクサンダー王、私は何か勘違いをしていたのです! 今気づきました! 改悛の機会を!!」

「ふむ。罰を与えるのは王の務め、そしてまた許しを与えるのも王の務めである。だが、ここはコロッセウム。丁度よい、ここは観客に判断を求めることにしよう。皆の者、聞くがよい」

 

 アレクサンダー王は尋ねた。

 その覇気を以て、観客の全てに尋ねた。

 

「エドガーの罪を許すべきか? 誇り高きトラクスと空約束をし、決闘裁判が勝利であれ敗北であれ、こう口にするつもりであった。貴様の戦いなど誇り高き決闘ではなかった、そう約束を反故にするつもりであった。この罪についてどう思う? 裁定を求む。コロッセウムの流儀にて」

 

 観客は答えた。

 死罪こそが相応しい。

 当然だが、敗者への扱い――処刑を望むために親指で喉を掻っ切る動作を示すこと、そのコロッセウムの流儀にて応じた。

 誰一人、エドガーを許そうとする者などいなかった。

 

「嘘だ! 嘘だ! 何かの間違いだ!!」

 

 エドガーが喚いている。

 そうして地面を引きずられている。

 処刑執行人たるサムソンは、ただ中央に立っている。

 その前に、エドガーは投げ捨てるように放り出された。

 『小銭拾い』のエドガーは最後にこう喋った。

 

「お金、貴方にお金を差し上げます。だから、どうか――!!」

 

 命乞いであった。

 懐から銀貨の入った袋が放り出された。

 幾枚の銀貨が、袋から零れ落ちる。

 それをエドガーは拾おうとしたところで。

 

「せめて痛み無きように」

 

 処刑執行人サムソンだけが罪人に対して唯一、慈悲深く。

 痛みが無いように、その斧の一撃でエドガーの首を刎ねた。 

 血が、銀貨の上に飛び散って、その銀貨は鈍く光った。

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