7 knights to die   作:道造

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第28話 That thing(あのこと)

 

 ザクセン王国宮殿。

 登城権を持つ騎士でさえも、容易に踏み込めない場所であるが。

 王妃の兄にして、公爵の立場なれば話は別であった。

 

「もう無理だ。見捨てよう」

 

 その公爵は、速やかに甥を見捨てる決断を口にした。

 もちろん見捨てるのはアーデルベルトをである。

 限界が来ていた。

 公爵は椅子に座り、頭を抱えてぐったりとしていた。

 

「ラインホルト兄さま、冗談でもそのような事は――」

「冗談ではない。本気も本気だ。これ以上付き合い切れん」

 

 ラインホルト公爵の権力にも限界が来ているのだ。

 何故、あのような愚図に力添えをせねばならぬのか? と。

 公爵家の中からも多数批判の声が上がっている。

 その先頭を切っているのは、王太子アルミン派にして実の息子である嫡男クラウスであり。

 妹であるテレージアには口に出せないが、アーデルベルトの側近として差し出した次男アルバンであり。

 身内どころか、今までラインホルトにおもねっていた連中ですら、段々と距離を置いてクラウス派に鞍替えしている現状である。

 公爵家が家を守るために、当主であるラインホルトを見捨てる段階に入ったのだ。

 そして、ラインホルト自身にも限界が来ていた。

 何故、あのような愚図にこれ以上力添えをせねばならぬのか。

 もうこれ以上、こんな馬鹿げたことには付き合い切れなかった。

 

「失敗した。失敗した。私たちは失敗したんだよ、テレージア」

 

 上手くいくはずだった。

 アカデミー運営は上手くいくはずだったのだ。

 アーデルベルトが追放されそうになったのを契機にして。

 王妃の歳費を用い、アカデミー設立までは上手くいった。

 他国からの防衛戦争に明け暮れるアレクサンダー王には、これ以上内憂を抱えることはできない。

 公爵家を敵に回すわけにはいかない。

 その隙を上手く突いたのだ。

 後はアカデミーで『公爵家寄りの都合の良きように育てた』文官を王宮や各地に送り込めば、公爵家の外戚としての権勢は一層高まるはずであった。

 彼らの学友たるアーデルベルトの地位を高め、ザクセン王位に押し上げることだって。

 あの太陽のように燦然と輝く、武官の尊敬を一身に浴びるアルミン王太子に立ち向かうことだってできた。

 武官対文官の構図を描くことだってできた。

 だが、失敗した。

 結論から言うと、「何もするべきではなかった」のだ。

 ああ、それこそアルミン王太子が戦傷により王位継承戦をリタイアするなんて知っていれば、本当に何もしなかった!

 まして、アーデルベルトがあそこまで愚図だと知っていれば、第四王子ブルーノの後押しに全力を尽くした。

 何もかもが計画倒れだ!

 

「私はあくまでも少数精鋭の文官教育機関としてアカデミーを設立しようとしたんだ。高等教育機関を作ろうとしたんだ。それなのに、お前が戦役拒否をしたいだけの馬鹿どもを集める巣窟にしてしまった」

「私のせいだと仰るので!?」

「事実だろうが! 貴様があのような愚図を産んだのが悪い! アカデミーの計画を歪めたのが悪い!!」

 

 声を荒げそうになる。

 愚図なのが悪い。

 アーデルベルトが、想像を絶するクズ過ぎたのが悪かった。

 それに妹であるテレージアである。

 こいつもあの愚劣と変わらぬ。

 

「私はちゃんとした教育機関を作ろうとしたんだ。市政の大学からちゃんとした学者を招き、退役した文官を教員に迎えようとした。なのに、お前は愚かしくもお前におもねるだけの馬鹿騎士どもを教員にした。あの貴族意識だけ自己肥大した無能どもを!!」

「アカデミーの運営費を払っているのは私です、私に教員を選ぶ権利が……」

「結果として費用が莫大になり、お前の歳費だけでは支えきれず、公爵家がほとんどを負担することになったのであろうが! 生徒も教員も、何の使い物にならない馬鹿ばかりを集めおって!!」

 

 権勢を高めるどころではなかった。

 むしろ公爵家は落ちぶれた。

 公爵家とは名ばかりで、もはやザクセン王国で第二位の権勢すら誇っておらぬ。

 なによりもアレクサンダー王からの憎悪を招いた。

 公爵ラインホルト、王妃テレージア、第二王子アーデルベルトに対する強烈な憎しみである。

 なにもかも、眼前の馬鹿な妹と、愚図の甥アーデルベルトのせいである。

 このままでは私も殺される!

 アルミン王太子とアッカーマン辺境伯がその命と引き換えに、全ての防衛戦争を終わらせた以上。

 今、アレクサンダー王は公爵家と真正面から殺しあう余裕さえあるのだ!

 内憂の全てに決着をつけることが、せめて二人のための鎮魂曲(レクイエム)になるかもしれぬと考えている節さえある。

 私は今、あのアレクサンダー王が怖ろしかった。

 

「アーデルベルトを見捨てろ。あれは生きている資格もない男だったと」

「私のお腹を痛めて産んだ息子です! そんな薄情な事ができますか!!」

「それをいうならば、ブルーノとて息子であろうが!」

 

 生き残る道を考えている。

 公爵家が、自らが生き残る道だけを考えている。

 それには息子であるクラウス、アルバンとの和解。

 そして――何よりも第四王子ブルーノからの慈悲と支援が必要であった。

 あの甥が王の座に付いてさえくれれば、まだ取り戻せる。

 

「切り替えろ。アーデルベルトはもう駄目だ。あまりにも貴族の怒りを買いすぎた。市民の怒りを買いすぎた。あれが王になる目など、もはや万が一にもない」

「だからといって、このままではアーデルベルトは決闘裁判に敗れ、それどころか決闘代理人が用意できなければ自らが裁判に出るまで追い込まれ殺されます!!」

「自業自得だろうが!!」

 

 むしろ死んでくれ。

 すみやかに死んでくれ。

 アーデルベルトの自害を心から望んでいる。

 これ以上、公爵家に被害を与える前にだ。

 やるんじゃなかった。

 アカデミーの設立なんて馬鹿な事を考えるんじゃなかった。

 外戚として、甥を王座にまで押し上げようなんて馬鹿な事を考えるんじゃなかった。

 まさかアーデルベルトが、あそこまで使い物にもならん愚図だとは。

 軽い神輿の方が担ぎやすいとは言うが、あれは操り人形にも使えぬ脳カスである。

 

「これ以上の協力はできん。諦めろ。助命したければ、それこそブルーノが王の座に付くことに全力を尽くすべきだ」

「あれは私の言うことを聞かず、アーデルベルトを兄と呼ばず、異母兄であるアルミンの方を兄と考えています。息子として可愛くありません」

「……」

 

 当たり前だろうが。

 マトモな思考回路があれば、あんな愚図のアーデルベルトよりも。

 異母兄弟であろうと関係なしに可愛がってくれた、アルミンの方を兄として尊敬するであろう。

 このラインホルトでさえ、ブルーノの立場であればそうするわ!

 

「決闘裁判に勝利さえすれば、アーデルベルトが王太子に――」

「決闘裁判の内容が民衆にここまで広がり、その情けなさが伝わった以上。誰もアーデルベルトを次の王になど認めぬ。このまま確実に廃嫡だ。アレクサンダー王が『ああなさる』のも無理はないと誰もが判断する。もう結論はすでに出た」

「そんな!」

 

 そんな! ではない。

 お前がアーデルベルトと勝手に心中するのは良い。

 だが、このラインホルトまで巻き込まれるのは御免だ。

 

「……なんとかアーデルベルトが生き残る道はないのですか?」

「ない」

 

 断言してやる。

 ない。

 少なくとも現段階で廃嫡は確実なのだ。

 生き残る道があるとすれば、辛うじて生き筋があるとすれば、決闘裁判に勝ち残ることだが。

 そうすれば僅かながらに名誉は回復して、生き延びることだけはできよう。

 

「ラインホルト兄さま、せめて決闘裁判の支援をお願いします。公爵家の優れた騎士を出してください」

「お前の王妃親衛隊から決闘代理人を勝手に募ればよかろう」

「私の親衛隊では勝負にすらならないと、アーデルベルトに言ったのは貴方の息子のアルバンです」

 

 アルバンめ、余計な事を!

 一瞬そう口にしそうになって、止めた。

 アルバンとて、その忠告は本意ではないだろう。

 私がアーデルベルトの側近に、こうなっては生贄同然に差し出したのだ。

 さぞかし私を恨んでいよう。

 どうにか和解を。

 今からでも遅くはないはずだ!

 このままでは、アレクサンダー王に殺される前に、クラウスが私を殺すだろう。

 そして公爵家の誰もがそれを止めないだろう。

 だが、アルバンが慈悲を願えば、あの優しいアルバンの一言があれば、クラウスとて止まってくれるはずなのだ。

 隠居で済む可能性もまだある。

 

「無理だ、テレージアよ。すでに家中はクラウスに掌握されつつあるのだ。決闘裁判の騎士を募っても誰も名乗りを上げぬし、私が強要する権力など、もはやない」

「……馬鹿な」

 

 馬鹿はお前だ。

 そう言いそうになって、やめた。

 私とて、このラインホルトとて馬鹿だった。

 馬鹿な事をしたのには変わりはない。

 なにより、アーデルベルトという愚図を王位につけようとした時点で、もう馬鹿としかいいようがない。

 何故私はこんな無駄な事を……。

 ずっと後悔している。

 だが、今からでも遅くはない。

 そうあって欲しい。

 

「……ラインホルト兄さま、一つだけ良い考えが」

「何だ?」

 

 どうせろくな思い付きではあるまい。

 そう口にしようとして。

 

「罪人を用いるというのはどうでしょうか? どうせ殺す予定の罪人ならば、ラインホルト兄さまでも都合がつくでしょう?」

「何だと?」

 

 それは――確かに今の私でも可能だが。

 何故、そんなことをせねばならん。

 もう私はアーデルベルトには速やかに死んでほしいのだ。

 

「お断りだ、そんなこと――」

「あら、『あの事』を王に申し上げてもよろしいの?」

「何だと!!」

 

 『あの事』。

 それが何を意味するかわかって、ぞっとした。

 

「バカな、そんなことを王に口にすれば、お前とて死罪だぞ」

「構いませんわ、どうせここで兄さまに見捨てられるなら同じことですもの。アーデルベルトが死ぬくらいなら私も死にますわ」

「バカな」

 

 愚かな母性である。

 どうせ、お前も追い込まれればアーデルベルトを見捨てる癖に。

 そう思いながらも、テレージアが「今だけは」本気であることも感じざるを得なかった。

 『あの事』。

 あれがバレれば、私が死ぬだけでは済まぬ。

 それどころか、王太子アルミン派のクラウスでさえも、主君に申し訳が立たないと自死するであろう。

 アルバンでさえ縛り首かもしれぬ。

 それだけはいかん。

 私は死にたくない。

 死にたくないが、先祖代々受け継いだ公爵家がなくなる可能性を考えれば、せめて最小限に被害を。

 このラインホルトだけが自死した方がまだマシだった。

 

「わかった! やめろ! 罪人ならば用意してやる! とっておきの騎士をだ!!」

「わかっていただければよろしいのです」

 

 私は引き攣った顔で、仕方なく了承する。

 従うしかない。

 今はただ、テレージアに大人しく従うしかなかった。

 

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