7 knights to die   作:道造

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第30話 Klaus' hatred(クラウスの憎悪)

 

「もう勘弁ならぬ。父ラインホルトをこの手で殺す。それでどのような混乱が起きようが知ったことか」

 

 クラウスの決断は早かった。

 毒殺か、それともこの手による刺殺か。

 それとも拷問官を招いて、徹底的に罪を味わわせるか。

 手段はどれでも構いはしなかった。

 

「クラウス兄さん! 落ち着いてくれ!!」

「落ち着いている。もっと早くに殺しておくべきだったと考えるくらいにはな! 民の反乱が終わった時点で、ベルリヒンゲン卿や農民に詫びて、あの父の首を彼らの眼前で刎ね飛ばすべきであったわ!!」

 

 公爵家の屋敷。

 王城での仕事を終え、ようやく屋敷に帰り着いたクラウスが全てを知った時に。

 あろうことか、ベルリヒンゲン卿が見世物のように決闘裁判の場に引きずり出されることを知り得た際に。

 その怒りはとうとう頂点に達した。

 

「あの阿呆が! もはや父とも思うていなかったが、ここまでクズだとはな! 領邦君主として、よりにもよってアカデミーのゴミどもを雇い入れ、その悪政による民の反乱を招いておきながら!」

 

 クラウスが、テーブルの脚を蹴とばした。

 乗っていたティーカップが倒れ、茶が零れる。

 

「その悪政に唯一立ち向かったベルリヒンゲン卿を恩赦の代わりに決闘裁判に引きずり出すだと! どこまで公爵家の品位を落ちぶれさせれば気が済むのだ!!」

 

 致命的な失敗だった。

 アカデミーの運営を骨抜きにした、あのクソババア(王妃テレージア)の横やり。

 それを補填するために、アカデミーに子弟を通わせた公爵におもねる貴族家の苦情を最低限にするために、やはり馬鹿でしかないアカデミー卒業生の公爵家への雇い入れ。

 その卒業生の代官や徴税官による、私腹を肥やすための、民を民とも思わない搾取。

 そこからのベルリヒンゲン卿を旗印にしての農民反乱。

 領主として、ここまで致命的な失敗をよくやらかせるものだ。

 呆れて声も出ない。

 その全てが明らかになった時、クラウスは父にこう口にしたのだ。

 「ここに至っては潔く自裁せよ!」と。

 悪政による民の反乱など、領主にとって自裁すべき恥以外の何物でもないではないかと。

 

「兄さん、父を殺すのは良い」

 

 アルバンも。

 「公爵家の中で最も優しい」アルバンでさえも、父ラインホルトがどれだけの愚劣をやらかしたのかは理解している。

 ベルリヒンゲン卿を悪の首魁として捕らえたことには、憎んでさえいた。

 搾取のあまり、他領地の人買いに娘を売り飛ばす寸前まで追い込まれ、ついに反乱を起こした農民には申し訳ない気持ちしか存在しなかった。

 頭を下げられる立場なら、アルバンは彼らに幾らでも詫びたかった。

 だから、止めはしない。

 止めはしないが――

 

「殺すのは良いが、今ではない」

「今ではないだと? 今でなければいつだというのだ。今殺せば、ベルリヒンゲン卿は決闘裁判に出なくて済む」

 

 クラウスがまず考えたのは、父の愚行を止めることだ。

 ベルリヒンゲン卿を引きずり出し、決闘裁判の見世物にしないことだ。

 出せば、公爵家の品位に傷が付く。

 『とうとう何の罪もない罪人を脅迫し、決闘裁判に出すまでに落ちぶれたか』と。

 貴族も市民も誰もがそう思うであろう。

 その何の弁明もしようがない事実を、今ならば止めることが出来た。

 

「逆に考えて欲しい。最早ベルリヒンゲン卿を決闘裁判に出したところで、これ以上公爵家の品位が落ちることはない。もうすでに公爵家は悪政による農民の反乱を招いたことで――」

 

 落ちるところまで落ちているのだから。

 少なくともアルバンはそう考えていた。

 恥である。

 確かにクラウスの考えている通りになってしまえば公爵家の恥であるが、いっそここまで落ちぶれたならば。

 

「少なくとも、決闘裁判に出せば、ベルリヒンゲン卿と農奴の恩赦は叶おう。父はきっとその約束までは破らない。速やかに故郷に帰してやることができる」

 

 この時点で選択可能な実利を選ぶべきだと。

 アルバンはそう考えた。

 本意ではない。

 義挙を起こしたベルリヒンゲン卿を牢に繋ぐことも、反乱を起こした農民を農奴に落としたことも。

 公爵家のクラウス・アルバン兄弟にとって何ら本意ではなかった。

 全ては公爵家の罪である。

 その贖罪だけはせねばなるまい。

 で、あるならば。

 

「我ら公爵家兄弟が恥を飲もう、クラウス兄さん。彼らを解放してやろう。もう落ちた公爵家の品位だ、それが塵芥に塗れることも受け入れよう」

「……私がすぐさま父を殺し、解放することもできる」

 

 クラウスは少しだけ落ち着いて。

 やはり、殺すべきだと口にしたが。

 

「まだ父におもねる派閥も家に残っている。もしクラウス兄さんが父を刺殺したとあらば、公爵家の混乱は免れない。アレクサンダー王も、内心では褒め称えても、表向きでは父殺しを咎めざるを得ないだろう。まだ早い。どうせなら――」

 

 アルバンはここで言葉を止めた。

 自分より賢い兄ならば、言いたいことがわかると思っているからだ。

 

「どうせなら、父の名声を落とすところまで落とそう。具体的にはベルリヒンゲン卿が決闘裁判に出されることを容認し、ラインホルト公爵はついに、ここまで落ちぶれたのだと世間にハッキリ認識させろと?」

「――そういう話になる」

 

 少なくとも、アルバンにはそれ以上に良い考えが思いつかなかった。

 徹底的に落ちぶれさせる。

 そして、ある日に父ラインホルトが公爵家で「何らかの事情」で急死しても――誰にも、何も咎められぬ。

 アレクサンダー王が表向き何も言わなくても問題とされず、公爵家の内部からも何の異議も上がらぬほどに。

 父の権威を徹底的に貶める。

 とうとうくたばりやがった、間抜けめ、と誰もが鼻で笑うほどに。

 それしかないと考えている。

 

「……公爵家はすでに王家から外戚としての扱いさえ受けておらぬ。アレクサンダー王に公爵家が憎まれているから当然だがな。何せ、防衛戦争中にアカデミーの設立なんて馬鹿をやらかして、後ろから国を刺した家だ」

「だが、クラウス兄さんと私は違う。やりなおそう。公爵家自体は落ちぶれてもよい。貴族として全ての膿を吐き出し、一からやりなおそう。傷口を塞ぐのはそれからだ」

 

 クラウスの思考は、ここで落ち着きを見せた。

 アルバンの説得が通ったと同時に、自分が傲慢であることを恥じた。

 何もかも弟のいう通りだと思ったのだ。

 公爵家の品位? 今更何を論ずるべき必要が?

 そんなもの犬にでも食わせて、公爵家が犯した罪償いを民に対して精一杯行い、一からスタートする。

 自分にとって必要なのはその覚悟ではないかと、クラウスは自覚した。

 

「すまない、アルバン。お前のいう通りだ」

 

 クラウスはため息を吐いた。

 そして深呼吸をしてから――蹴とばしたテーブルの位置を戻し、倒れていたティーカップを元の位置に戻した。

 零れた茶をカップに戻すことは出来ぬが、布でふき取ることはできる。

 そうだ、やり直すのだ。

 

「公爵家を一からやり直そう。このクラウスは自分がやるべきことを、お前のおかげで自覚したぞ」

「兄さん、わかってくれて嬉しいよ」

 

 アルバンは一安心とばかりに息を吐いた。

 公爵家の品性を犠牲にする必要はあるが、少なくとも本願であったベルリヒンゲン卿と農奴の恩赦は叶う。

 今からでもその手筈を調えて――とクラウスは算段するが。

 

「だが父は殺す。これが終わり次第、必ずや殺す。もうあの愚劣の顔を見るのは、アレと血が繋がっていると考えるだけでもウンザリだ。内憂を一掃する」

「……」

 

 王も。

 アレクサンダー王も、アーデルベルトに同じような感情を抱いているのだろうな。

 クラウス兄さんが父ラインホルトに抱いている肉親がゆえの、想像を絶する憎しみを。

 そうアルバンは考えた。

 

「――」

 

 いつからこうなった、とアルバンは考える。

 アルバンとて父は憎んでいる。

 死ぬべきだと考えている。

 だが、父自身はここまで愚劣ではなかったはずなのだ。

 性格は醜悪でもなかったし、父とて自分が愚行を犯した現実は受け止めていよう。

 全ては外戚としての権勢を高めようと、あの叔母を――王妃テレージアを王家に嫁として出したのが間違いであった。

 とても外に出すには相応しいとは思えない人物をである。

 どこか塔にでも閉じ込めて、一生公爵家の外に出すべきではなかったのだ。

 そうすれば、全ての悲劇を生むことはなかった。

 従兄弟であり、アーデルベルトとは違って『マトモな』第四王子ブルーノが産まれたこと以外に、良いことなど何一つ存在しない。

 そんなアルバンの苦悩を無視するように。

 

「……ベルリヒンゲン卿は決闘裁判に勝てると思うか?」

 

 クラウスの興味は、決闘裁判へと移った。

 父への憎悪は一旦忘れて、実務へと思考を移したのだ。

 

「決闘裁判に勝ってもらってはイザベラ嬢の名誉が傷つくため困るが、負けてもらっても困る」

 

 第二戦とはちがう。

 剣闘士トラクス殿が出した条件は、『勝っても負けても解放せよ』であったため、どう転ぼうが良かった。

 そもそもヴォルフガング卿がアドリブでかました機転が良かった。

 だが第三戦は。

 ベルリヒンゲン卿の場合は、彼が勝たなければ卿本人と農奴の速やかな解放はされぬ。

 

「いや、クラウス兄さん。大丈夫だ。もはやイザベラ嬢の名誉は、そう簡単に傷つかぬ」

 

 貴族も市民も、誰もアーデルベルト側の訴えに正義があるなどと信じてはいないのだ。

 ヴォルフガングとトラクスの犯した悪戯は、本当に効き目があった。

 イザベラ嬢は貞淑な淑女で、彼女が罪を犯したなど有り得ぬと。

 誰もが、そう判断している。

 

「つまり、ベルリヒンゲン卿が勝ってもよいと?」

「正直、アーデルベルトを決闘裁判に出場させるまで追い込めればなんでもよいと考えている。あくまでこれは宮廷事情であって、真剣にイザベラ嬢の名誉を守るために決闘裁判を戦っている七人の騎士には漏らせぬが」

「なるほど」

 

 クラウスは考えている。

 とすれば、今回ベルリヒンゲン卿が出るのはかえって良かったのかもしれぬと。

 公爵家の品位が落ちぶれるのは別として、そう考えた。

 誰がどう見ても、ベルリヒンゲン卿が決闘裁判に出るのは本意からではない。

 見世物のように出場させたアーデルベルト側は、より一層の権威の没落に繋がる。

 さぞかし市民からの人気も下がるであろう。

 

「……」

「……」

 

 クラウスは考えている。

 アルバンも考えている。

 これからの事だ。

 父ラインホルトの殺害について。

 ベルリヒンゲン卿と農奴達の速やかな恩赦と、故郷への解放について。

 今後の公爵家が民から信頼を取り戻すために何をすべきか。

 クラウスとアルバンの両肩には、父ラインホルトと叔母テレージアの負債が山と言うほど圧し掛かっていた。

 

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