7 knights to die   作:道造

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第32話  iron hand(鉄の手)

 

 『鉄の手』ベルリヒンゲン。

 彼には右腕がない。

 無い代わりに鋼鉄の義手がある。

 この鋼鉄の義手は良く動き、剣を握る事さえ出来た。

 

「……」

 

 その義手の調子を調えている。

 今は牢屋から解放され、自身の義手を取り返したところであった。

 だから、必死になって調整をしている。

 決闘裁判にあたっての万全の調子を調え、騎士の名に恥じぬ闘いをするために。

 彼は決闘裁判にあたって負けるわけにはいかぬ。

 全ての説明はラインホルトより受けた。

 決闘裁判に至るまでの詳しい事情を、様々な人からも聞いた。

 予想通り、アーデルベルトの愚図が悪く、イザベラ嬢には何の罪もないと言う風評であった。

 なれば悪役はこちらである。

 名誉裁判の相手である彼女には申し訳なく思うが。

 やはり、負けるわけにはいかぬ。

 必ずや勝利せねばならぬ理由がある。

 ここで、ベルリヒンゲンは一つ勘違いをしていた。

 ――実のところ、依頼者である公爵ラインホルトにとってはどちらでもよいのだ。

 勝とうが、負けようが。

 そもそもが妹である王妃テレージアに脅迫された形に過ぎぬのだ。

 その心境は半ばヤケになっている。

 ベルリヒンゲンが勝とうが負けようが、どうせ自分は息子であるクラウスに殺されるのだと、それを予期している。

 農奴やベルリヒンゲンを、今更その巻き添えにするつもりはない。

 彼には彼の羞恥心があった。

 だが――それを『鉄の手』ベルリヒンゲンは知らない。

 必ずや勝たねばならぬと思い込んでいる。

 

「自分は良い」

 

 もう年だ。

 騎兵が30歳を目前にして死ぬなど当然の光景であるのを、戦場で目にしてきた。

 自分には嫁も子もおらぬ。

 だから、いつ死のうが構いはしない。

 この年まで好き放題に生きてきたのだ。

 いつ死のうが悔いはなかった。

 

「自分は良いのだ」

 

 独り言を繰り返す。

 傷痍軍人となった。

 戦場で右腕を失い、傷痍軍人となったのだ。

 もう戦はできぬと諦めていた。

 戦友の足を引っ張るわけにはいかぬからだ。

 戦場に出ることこそ諦めてはいたが、不思議と騎士としての熱は消えなかった。

 いつの間にやら腕の良い鍛冶師に、この義手を作らせていた。

 

「……」

 

 大丈夫だ。

 義手は動く。

 気の利いた人間が、いつかベルリヒンゲンが解放されることを信じて。

 よく整備してくれていたのか、何の不具合もなかった。

 物を握るギミックに問題はない。

 左手を使えば剣を固定することもできた。

 

「……」

 

 巻き藁の前に立つ。

 左手で、腰に差した剣を抜き、義手も用いて剣を握る。

 巻き藁が爆ぜた。

 爆ぜるまでの時間は、僅かに一秒もない。

 東洋剣――刀における居合切りの技法とは異なる。

 抜いて、構えて、斬るという動作は変わらないからだ。

 ただ、西洋剣には珍しい高速の抜き打ち技法を、ベルリヒンゲンは習得していた。

 習得したのは、急襲のためである。

 

「……」

 

 義手になってから、随分と侮られるようになった。

 なれど熱は消えぬ。

 騎士として剣を錆びつかせるわけにはいかぬ。

 自然と『侮辱された時に、如何に相手を油断させた状態で急襲して勝ちを拾うか』という発想になった。

 それゆえに身に着けた抜き打ち技法であったが。

 

「これは試合で使えぬな」

 

 お互いに剣を構えた状態で始まる試合では使えぬ。

 嘆息した。

 まあ、無駄にはならなかった。

 少なくとも、あのクソ代官の足はこの技術で切り飛ばせた。

 

「……」

 

 決闘相手について。

 情報はすでに入手している。

 処刑執行人サムソン。

 知らない相手ではなかった。

 若い頃は随分と世話になった相手である。

 フェーデ(合法的私戦)。

 ザクセン王国では、すべての自由人において侵害された自己の権利を。

 裁判手続に訴えることなく、実力で回復する権利が「かつて」存在した。

 それゆえに発生する暴力的争い――合法的私戦である。

 もちろん、厳格な封建的社会であった「かつて」の話だ。

 アレクサンダー王がまだ若き治世、ベルリヒンゲンの若い頃でさえ、すでに禁止されていた。

 表向きにはだが。

 裏では公然と行われていた。

 

「ふふ」

 

 サムソン。

 本当に随分と世話になった。

 ベルリヒンゲンにとってのフェーデ(合法的私戦)は、何か自己の権利を守るもの。

 あるいは誰かを救済するものではない。

 喧嘩の理由である。

 若い頃は血気盛んで、どこかで争いが起きれば、必ずや首を突っ込んでいた。

 それが知り合いであろうがなかろうが、あまり関係ない。

 いや、市民を乱暴に扱う『ムカつく貴族を殴ったり』、女性に性的侮辱を加えた輩を『裸にして街角に吊るしたり』していた場合が殆どであったので。

 その行為は騎士として軽蔑されるようなことは無かったが――。

 まあ、禁止行為は禁止行為。

 法的にフェーデは許されぬ。

 若い頃には衛兵に捕まり、あのサムソンとその一族にしっかり説教を食らったものだ。

 彼らは罪人を処刑するだけではない。

 騎士の秩序維持を担う、厳格な憲兵でもあった。

 

「ふふ」

 

 僅かに笑う。

 嫌いではなかった、あの生真面目でジョークが通じるかも怪しい頑固者。

 真面目に調書を取り、すっかり事情を聞いて被害者に同情し、「それならば法に、我々に訴えれば良かったのだ」といつも困り顔で私を、このベルリヒンゲンを説教とともに解放する。

 その姿は嫌いではなかった。

 そうか、あのサムソンが相手か。

 

「……」

 

 勝てぬな。

 おそらく、勝てぬ。

 身体の調子を確かめる。

 拷問こそ受けなかったが、牢屋での一年はすっかりベルリヒンゲンの身体を錆びつかせていた。

 そもそも、やはり隻腕というのが不利であった。

 コロッセウムの試合では、お得意の急襲も通じぬ。

 勝ち目は薄い。

 サムソンの一族は厳格な憲兵であり、処刑執行人であり、立派な騎士でもあった。

 事実、辺境伯との戦において、その三つの役目を求められて援軍として参戦している。

 いや、聞くところによると、サムソンが自ら参陣を望んだらしいが。

 

「珍しいこともあるものだ」

 

 あのサムソンがわざわざ戦への参陣を望むとは。

 王都からあまり離れることも、まず無いはずなのだが。

 

「何か辺境伯に思うところでもあったのか? 借りや義理の一つでもあったのか? 間違っても金で動く男ではあるまい」

 

 それはわからない。

 聞くすべもない。

 今の囚われの身であるベルリヒンゲンに、サムソンと渡りをつける術はなかった。

 まさか決闘相手に手紙を送るわけにもいかぬし。

 その時間もない。

 

「まあよいか」

 

 どうでもよくないが、どうでもよい。

 そう思うことにした。

 今はそれよりも優先すべきことがあるからだ。

 決闘裁判において、「鉄の手」ベルリヒンゲンの名に恥じぬ闘いをすることが一つ。

 自分の命などではなく、囚われの農民たちを解放し、故郷に帰すことが一つ。

 もう一つは。

 勝ち目が薄い、今の願いは。

 

「そうだな、もし、どうしても負けるとするならば――」

 

 せめて、あのサムソンに。

 処刑執行人サムソンに憐れまれぬ闘いをしたい。

 それは屈辱だ。

 あのサムソンにだけは、この隻腕の身を憐れまれたくない。

 このベルリヒンゲンは誇り高く生きてきた。

 剣の迷いを覚えて欲しくはない。

 『苦痛なき一撃』以外の慈悲を与えられるようなことがあってはならぬのだ。

 もし彼にすら憐れまわれては、喜びの野に行くことさえできぬ。

 血が燃えている。

 鉄の味がする血だ。

 

「……いかんな」

 

 弱気になっている。

 勝たねばならんのだ。

 必ずや、農奴を解放せねばならぬ。

 おそらくは――いずれは解放されるのであろうが。

 その信頼はある。

 クラウスとアルバンの兄弟は優秀であると噂に聞いた。

 あの兄弟の何れかが――おそらくはクラウスが当主を継げば、農奴などすぐさまに故郷に帰してもらえるであろう。

 牢番などは誰もが繰り返し、そう口にしていた。

 その信頼はしている。

 だが、それがいつの日になるかがわからぬ。

 一刻も早く帰してやりたい。

 その思いがある。

 

「……」

 

 ラインホルト。

 あやつを殺せれば何事も問題なく片付くのだが。

 流石に無理だろう。

 アイツは二度とこの私の前に姿を見せぬ。

 私を恐れているし、鎖に繋がれぬ私の前に姿を現すほどの間抜けではない。

 

「……」

 

 剣を振る。

 今は少しでも、囚われの一年で付いた身体の錆を落とさなければならなかった。

 そのために、一つでも多く剣を振る。

 私は可能性を探っている。

 ありとあらゆる可能性を。

 今の自分が、最大限に出来ることは何だろうか。

 本当に決闘裁判に挑み、勝ち負けを演じることだけが大事か?

 やはり復讐ではないか?

 ラインホルトを殺す可能性も探るべきであった。

 彼に恨みを持つ者。

 まず私。

 そして農民。

 更に――色々と考えれば、クラウスやアルバンの名前も自然と浮かんだ。

 あの公爵家兄弟はおそらくラインホルトを疎んでいる。

 殺して欲しいはずだ。

 何か、彼らと渡りをつける機会はなかろうか。

 一つでも繋がる糸はないだろうか。

 アルバン。

 その名が思いつく。

 アーデルベルトという愚図の側近であるが、望んでの事ではあるまい。

 それは私にも予想できる。

 彼と渡りをつけて、ラインホルトを暗殺する。

 その手段を選べれば良いのだが。

 

「そうそう上手くはいかんか」

 

 話したこともない相手である。

 自分の思惑通りに動いてくれるという思い込みはいかぬ。

 このベルリヒンゲン、そこまで器用な騎士ではない。

 むしろ不器用である。

 かつての主君、アレクサンダー王に農民が搾取されていることを直訴する手紙を送ろうとして失敗し。

 密かにクラウスやアルバンと通じようとして失敗し。

 アカデミー卒業生の代官や徴税官を話が通じるものとして考え、真面目に交渉しようとして失敗し。

 結果的に農民を率いての反乱に至ったのだから。

 自分の都合の良いように事が運ぶなど、夢想でしかなかった。

 

「戦うしかない」

 

 独り言を口にしながら、剣を振る。

 巻藁に向けて、空に向けて。

 だが、その仮想相手は決闘相手となる処刑執行人サムソンではなく。

 どうしても憎き公爵ラインホルトの顔が思い浮かんだ。

 

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