7 knights to die   作:道造

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第33話  peasant war(農民戦争)

 

 ベルリヒンゲンが傷痍軍人として引っ込んだのは、とある公爵領の田舎である。

 何故そのような田舎に、と言われれば王都の喧騒が嫌になったからであった。

 ベルリヒンゲンを恨む人間は多い。

 もちろんそれは喧嘩っ早いフェーデを数え切れぬほど起こしたからであり、自分の振る舞いが原因であるため不満を言う気はないが。

 隻腕になってからも喧騒に巻き込まれるのはどうかと思ったのだ。

 妻子もおらぬ。

 ここは何処か、自分を知らぬ土地をと言うことで王家直轄領を避けた。

 そうして、公爵家のとある田舎に引っ込むことになったのだ。

 小さな屋敷とも呼べぬ家を構えて、毎朝ノックの音をドアから聞く。

 

「騎士様、今日もお掃除とお食事を作りに参りましたよ。今日はニンジンのシチューです」

「おお、すまぬな。お嬢さん。本日も頼むよ」

 

 ただ隻腕の身では、生活しづらい面もある。

 幸い、傷痍軍人としての年金があり、小間使いを雇う金には困っていなかった。

 彼は近くに住む農民が金に困っていると知り、では通いの家政婦としてその家人を雇い入れることにした。

 まだ14歳、少し鼻ぺちゃで三つ編みの、美人とまでは言い難い農民の少女をである。

 だが、ベルリヒンゲンは快活な彼女を、隻腕のベルリヒンゲンを気遣って細かいところに気が回る彼女を好んだ。

 さすがに老年なので、少女を口説くような真似は騎士としてしないが、もう少し自分が若ければとさえ思う。

 

「最近、暮らしが悪くなってきました。税が重くなって、粉ひきにさえ税金がかかるようになって」

「ふむ」

 

 その快活である少女が顔を曇らせるようになったのは、いつ頃からであったか。

 ベルリヒンゲンは元騎士の傷痍軍人であり、年金暮らしである。

 領地を取り仕切る者からの徴税など特に無かったが――

 

「代官が変わったと聞いたが?」

「なんでも、王都のアカデミーから来られた若い代官様だとか」

 

 アカデミー。

 ああ、あの兵役拒否の王立学園からか。

 ベルリヒンゲンは眉を顰めた。

 良い印象はない。

 文官の専門学校ならまだしも、防衛戦争中のザクセン王国で、兵役拒否の武家の入学が相次いだと聞いた。

 ラインホルト公爵め、卒業生の採用先がなくて、公爵家で大量に雇用したのか。

 馬鹿馬鹿しい。

 

「どうせ若いから徴税の加減もわかっとらんのだろう。そのうち公爵家からの『お叱り』が来る」

「そうだといいんですけどねえ」

 

 ベルリヒンゲンはこの時の判断を今でも後悔している。

 王家に――それこそ直臣であったのだから、警戒が甘いうちにすぐさまアレクサンダー王に手紙を送るべきであったのだ。

 公爵家も――ラインホルトでさえも、おそらくは知らないことであったのだから。

 すぐさま重い腰を上げて、血に飢えた若き頃のように、公爵家に殴り込めばよかったのだ。

 それからだ。

 一年もしない内に、村から農民の笑顔が消えた。 

 

「税がまた重くなりました」

「……」

 

 少女の笑顔が消えている。

 日々を過ごすうちに、あの快活な少女の笑顔は失せていた。

 ベルリヒンゲンはこれを大いに悲しんだ。

 これが若き頃であったならば、すぐさま代官屋敷に怒鳴り込んでいるところだが。

 

「……ラインホルト公爵はそこまで横暴ではなかったはずだが?」

 

 どうもおかしい。

 ラインホルト公爵は権勢を使って、妹を王妃としてアレクサンダー王に押し付けるような真似をして。

 外戚としての野心にこそ燃えているが、そこまでの無能ではなかったはずだ。

 この税の徴収の仕方は有り得ぬ。

 

「ベルリヒンゲン様」

 

 少女が、改まった様子でベルリヒンゲンの名を呼んだ。

 

「なんだ?」

「父が――いえ、父だけではなく村長が一度、ベルリヒンゲン様にお会いしたいと。色々な相談がしたいと」

「……会おう」

 

 私は密かに彼女の父や村長と出会い、話を聞いてやった。

 どうもおかしい。

 この人頭税の上がり方では、我々は食べていくのが精いっぱいどころか――

 何かにつけて、どのような事にも徴税官は税金を―――

 

「なんとかなりませぬか。ベルリヒンゲン様は、王都の元騎士様と伺っております」

「わかった。なんとかしよう」

 

 とにかく、重税が課されている。

 この様子はあまりにもおかしい。

 私は手紙を出した。

 アレクサンダー王と、ラインホルト公爵の両方にだ。

 だが。

 その手紙は届かなかったようだ。

 いくら待っても、何の返信もない。

 

「このベルリヒンゲン卿の名では、訴えが通用しなかったか?」

 

 いや、おそらく違う。

 少なくとも、アレクサンダー王ならば無視などせず、必ずやこのベルリヒンゲンの言葉を拾い上げて下さり、公爵家にお叱りの一つでも与えたはずだ。

 手紙が届いていないのだ。

 何者かが握りつぶしている。

 考えられる相手は一つしかなかった。

 アカデミー出身の代官や徴税官といった者たちが、徒党を組んで手紙の流通を止めているのだ。

 

「……」

 

 手紙を待つ間にも、税はますます重くなっている。

 ベルリヒンゲンの周囲からは、農民の笑顔が消えていった。

 なんとかせねばならぬ。

 

「会うか」

 

 決断は早かった。

 代官屋敷に怒鳴り込む。

 血気盛んであった、フェーデに明け暮れた血が再び燃え上がるようであった。

 代官はベルリヒンゲンの訪問を意外なことに断らず、むしろ礼をもってこれを迎え入れた。

 だが――

 

「王都の元騎士と聞いていたが、なんだ。隻腕の傷痍軍人か」

 

 最初から、代官はベルリヒンゲンへの侮蔑を隠そうともしなかった。

 戦役経験がない。

 初陣経験がない。

 それゆえに、傷痍軍人のことを端から侮り、馬鹿にさえしているようであった。

 その侮蔑に、ベルリヒンゲンも礼儀を保とうとしなかった。

 

「税が重すぎる。何とかしろ。農民を飢え死にさせる気か」

 

 言うべきことはそれだけだ。

 それだけを告げて、返事を待つ。

 

「ああ、ああ。わかっていますとも。貴方はアレクサンダー王に手紙を送ったり、ラインホルト公爵に手紙を送ったり、ややこしいことをしなさる」

 

 ――やはり、手紙を握りつぶしていたのか。

 ベルリヒンゲンは頭に血が上ったが、ここで交渉を破棄するわけにもいかぬ。

 だが、代官の次の仕草には――本当に腹が立った。

 

「欲しいものはこれでしょう?」

 

 代官は銀貨の詰まった袋を取り出して、テーブルの上に放り投げた。

 ベルリヒンゲンは問うた。

 意味は分かっているが、あえて問うた。

 

「これは何だ?」

「もちろん口止め料ですよ。今後も貴殿の侘しい田舎生活の、僅かな付け届け程度ならしてあげましょう。その代わり、余計な事をしないでいただきたい」

 

 コイツは何だ?

 そのような小銭を投げつけて、このベルリヒンゲンに黙っていろだと?

 馬鹿にしているのか?

 私は傷痍軍人の元騎士とはいえ、未だに血は熱く燃えている。

 フェーデをやっていた頃の血が蘇るように、煮えたぎる気がした。

 

「お前は何もわかっていない! このままでは農民たちが飢え死にすると言っているんだ!」

「胡麻の油と百姓は、絞れば絞るほど出るものです。私はそうアカデミーで習いましたよ」

 

 アカデミーとやらは何を教えているんだ。

 馬鹿の生産でもしているのか?

 このような愚劣を育てて何がしたいのだ?

 

「いざとなれば、人買いの手配だって用意していますよ」

「人買いだと?」

「この土地にはあまりにも農民が多すぎる。多少は売り飛ばしてでも税は払ってもらいます」

 

 何を言っているんだ。

 本当に、何を言っているんだ、コイツは?

 これでも騎士か?

 民を守ろうと言う気概どころか、民を売り飛ばすことを考えている。

 とても青い血のやることではない。

 貴種とは、身銭を切るノブレス・オブリュージュを持ってこその貴種なのだ。

 

「お前は公爵領に人買いを招こうというのか? 代官にその権利があると?」

「どうせ公爵様は何も知りはしませんよ。こんな田舎のことなど。人別帳さえロクに確認されていない。私がちゃんと既定の税さえ納めていれば、いくら私腹を肥やそうが知ったことではないでしょう」

 

 ラインホルトの愚図が!

 ベルリヒンゲンは思わずそう心中で罵った。

 無能だとは思っていなかったが、アカデミーの卒業生にここまで好き勝手にやらせるとは!

 監視の目を置いていない時点で、無能も同然である。

 

「ああ、金で足らないというならば、ベルリヒンゲン様も使用人を買うと言うのはどうです?」

「この私に人買いをせよと?」

「農民の小間使いを雇っているのでしょう? 性処理にその娘を買うと言うのはどうです」

 

 代官はそう笑った。

 下衆が。

 この下衆めが!!

 このベルリヒンゲンに人買いをせよだと!

 あの少女を、女性を奴隷のごとく扱えだと!

 この時点で、ベルリヒンゲンは眼前の代官とは話し合いなど不可能であると看做した。

 フェーデ。

 喧嘩っ早い若き頃の血が完全に蘇った。

 

「お前は民の事を何だと思っている? 主は貴様の悪行を見ておられるぞ!?」

「何を馬鹿な――民の事を何だと、ならばハッキリとアカデミーで学んだ考えを言いましょう」

 

 代官は一つ息を吸い。

 こう言ってのけた。

 

「家畜に神はいませんよ?」

 

 ベルリヒンゲンの怒りは沸点に達した。

 

「剣を抜け!」

「おやおや、どうしたというのですか。短気は見苦しいですぞ」

 

 ベルリヒンゲンは剣の鞘に手をかける。

 代官は笑った。

 

「私はアカデミーでも優秀な武術成績を収めていたのですよ? 貴方如き老人の『片腕無し』が立ち向かえると――」

「剣を抜けと言っているのだ!!」

「ふん、そこまで言うなら剣の錆にしてやるわ」

 

 ベルリヒンゲンは再びそう告げた。

 では、相手をしてやるかとニヤニヤ笑いを隠そうともせぬが。

 彼が剣を抜こうとした瞬間に。

 ベルリヒンゲンの剣技、高速の抜き打ち技法が炸裂した。

 左手で、腰に差した剣を抜き、義手も用いて剣を握る。

 その瞬間に、代官の右足は刎ね飛んだ。

 

「――は?」

「のろいわ、愚図が」

 

 血飛沫が上がる。

 代官は一瞬何の事だかわからなかったようだが、すぐに理解した。

 失った足元がもたらす強烈な痛みと出血によって。

 

「な、な――ああああああああああああ!」

「これだけでは済まさぬ!」

 

 ベルリヒンゲンは代官の首根っこを捕まえ、代官屋敷から引きずり出した。

 代官屋敷の周囲には、ベルリヒンゲンが直訴するということで農民たちが集まっている。

 その中には、ベルリヒンゲンが家政婦として雇っている少女も心配そうに見つめていた。

 

「べ、ベルリヒンゲン様!」

 

 少女が心配そうに声を上げた。

 それを敢えて無視して、ベルリヒンゲンは声を張り上げた。

 

「皆の者、よく聞け! 代官は公爵が定めた規定以上の税金を徴収し、私腹を肥やしていた! その罪には目に余るものがある、諸君にはフェーデの権利がある!!」

 

 代官が、地面に投げ捨てられた。

 農民は怒りの目で、代官を見ている。

 皆が痩せこけていた。

 無理な徴税で、食事代すらも削っているのだ。

 

「代官を殺せ! 諸君らにはその権利がある!!」

 

 農民は一瞬何の事かわからなかった。

 思考が停止していた。

 だが、村長が頷き、近くの農具――ピッツフォークを手に取った。

 それに従って、周囲の農民も鎌などを取り出して。

 

「き、貴様ら何のつもりだ! 代官に逆らっていいと――やめ、やめろ!!」

 

 悲鳴を上げる代官を、思う存分に切り刻んだ。

 その死体は棍棒でも殴られ、もはや原形をとどめていない。

 

「村長。私を捕縛しろ」

「何を仰いますか、ベルリヒンゲン様。貴方様は私たちの代わりに直訴を――」

「代官を殺したことに変わらぬ。私だ。私が代官を殺したのだと言い張れ。私はこのまま刑場に出されるだろうが、その場にて直訴を――」

 

 死ぬ覚悟はできていた。

 この老骨が、せめて最後に民のために役立てると言うならば死は怖くない。

 そう考えたが。

 直訴。

 それは通るのかと考えた。

 

「ベルリヒンゲン様、それは違います。もはや直訴など届きません。私も、貴方様のように手紙による直訴は行いましたが、全て握りつぶされたのです。ベルリヒンゲン様を差し出したところで、それは同じでしょう」

 

 村長が、何かをこらえるように口にした。

 おそらくは刑場にて訴えることさえ叶わぬ。

 裁判の場を設けられることさえないだろう。

 直訴さえ叶わぬのか。

 私は天を仰いだ。

 

「この周辺は、我々と同じように重税に苦しむ村ばかりです。おそらくは、ベルリヒンゲン様は護送される途中の村で始末されてしまうことでしょう。ならば――」

 

 ならば。

 わかっている。

 ここまで来たら、出来ることなど一つしかない。

 

「反乱か」

「違います。フェーデ(自己救済)でございます、ベルリヒンゲン様。これは重税に苦しむ我らが権利を獲得するためのフェーデなのです」

「なるほど」

 

 もはや、万策尽きた。

 ならば、ベルリヒンゲンの出来ることは一つしかない。

 フェーデである。

 もちろん、ベルリヒンゲンはその後もなんとか公爵家と連絡を取ろうとした。

 クラウスやアルバンといった、王都に滞在している公爵家の子息とも連絡を取ろうとした。

 譲歩さえ通れば、自分の命など惜しくはない。

 反乱をすぐに止めるつもりであった。

 だが、それもままならなかった。

 全てはアカデミーだ。

 アカデミー卒業生という腐れた結託が、派閥利益が直訴を拒んでいた。

 

「――」

 

 ならば、アカデミー卒業生の代官や徴税官と言った者を殺しつくすしかなかった。

 誰もが農具を武器として、立ち上がった。

 公爵家における農民戦争である。

 反乱首謀者はベルリヒンゲンであった。

 せめて、責任の所在は自分であろうとした。

 そして、戦が始まった。

 殺し殺して、殺し殺されて。

 何人の死者が出たであろうか?

 その死者の中には何の罪もない、ただ領地や民を守りたいだけの公爵家の立派な騎士や善良な兵士もいたであろう。

 もはや、ベルリヒンゲンは止まることが出来なかった。

 ラインホルト側も、途中で事態は把握した。

 自分が悪であることを理解したとはいえ、ここまで大規模になった反乱を放っておく事もできない。

 ここに至っての譲歩や和解など不可能であった。

 そうして。

 そうして――沢山の人が死んで、農民側が負けて。

 ベルリヒンゲンは反乱の首謀者として牢に繋がれた。

 公爵家も農民も誰も救われない、悲惨な結末であった。

 全てはアカデミー卒業生と言う無能な派閥が出来たことによる、悲惨な事例であった。

 その彼らも戦にて殺しつくされ、その実家も連座処罰を受けて。

 この後に、アカデミー卒業生を雇う貴族家は何処にも存在しない。

 

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