7 knights to die   作:道造

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第34話 Ungrateful Samson(恩知らずのサムソン)

 

「どうかお慈悲を」

 

 サムソンは罪人から放たれる言葉のそれを、今まで無視してきた。

 その言葉を自分が吐くことになるとは思わなかった。

 それもアレクサンダー王に対して。

 サムソンは処刑執行人である。

 一族としてその処刑人としての役目を任じられており、斧で罪人の首を刎ねる。

 彼が与えられる慈悲とは、罪人を苦痛なく一撃で殺してやることでしかない。

 同時に、誰かが務めねばならぬ役目であると考えている。

 彼がその人生で嘆いたこと。

 それは数少ない。

 思えば愛妻を若くして亡くしたことが、彼の人生にとっては最大の悲劇であっただろうか。

 処刑執行人を生業とする彼に文句の一つも無く嫁に来てくれ、彼を愛してくれた。

 だから、別な女性を愛する気になどなれなかった。

 若きアレクサンダー王にも後添えを随分勧められたが、かたくなに首を振った。

 一族で仕事をしているのだ。

 血を繋ぐ役目は兄弟がすればよい。

 私はただ、暴力装置であればよい。

 罪人だけを処刑する、恐怖の対象であればよい。

 自我など持ってはいかぬ。

 そんな植物のような人生を後は送るだけだ。

 そう言い聞かせてきた。

 なれど。

 

「繰り返します、どうかお慈悲を」

 

 その処刑執行人でさえも嫌な事はある。

 頑是ない子供の首を刎ねることだ。

 無垢な五歳の子供に何の罪があるだろうか?

 それが貴族ならばまだよい。

 連座で捕まった平民の子供とあれば、もはやサムソンにも耐え難かった。

 処刑の拒否はサムソンの処刑執行人としての人生にとっても、初めてのことであった。

 同時に、王に対する初めての嘆願でもある。

 玉座の間にて、アレクサンダー王に慈悲を訴える。

 

「駄目だ。サムソン。子供であろうと処刑する。ザクセン王国にて定めた法に例外はない」

 

 アレクサンダー王はそれを断った。

 すげなく、ではない。

 サムソンの心情を十二分に理解したうえで拒否をした。

 アレクサンダー王とて、サムソンに嫌な役目を押し付けているとは思っている。

 

「まだ五歳の子でございます。生かした今後はどうするのか? そう問われれば、我が一族で養育します。決して、王に何の恨みも持たぬよう教育しますので――」

 

 サムソンは食い下がる。

 王の不興を買うと知っての上でだ。

 くどいと。

 そう一言で跳ね除けられてもおかしくなかったが。

 

「サムソンよ」

 

 そもそも、そう跳ね除けるつもりであれば、アレクサンダー王は面会すらしてくれなかったであろう。

 謁見を許してくださったからには、慈悲も有り得た。

 サムソンはその可能性に縋りつくつもりであったが。

 

「今回、平民の家族が使用人として仕えていた主家の罪状を述べよ」

 

 アレクサンダー王は、厳かに罪を問うた。

 サムソンは答えた。

 

「……外患誘致、及び国家反逆罪でございます」

 

 問答無用の族滅。

 罪人の三親等だけでなく、それに関わったと看做される全てに対しての死罪。

 それがザクセン王国の法であった。

 これを逃れるには、よほど国家に貢献したと看做される人間でなくば――

 

「そうだ。この罪人の伯爵家は敵国家に通じていた。戦場におけるザクセン王国の防衛戦略を伝え、内応の約束すらしていた。反乱に至るほどの動機を与えたことはない。王家は伯爵家を今まで優遇してやっていたのに、それに増長してのことだ。更なる利益を求めての愚行だ」

 

 そうだ。

 今回の罪人――伯爵家の一族郎党に対する処刑に関しては何の不満もない。

 殺されるべきであろう。

 その中には、平民である使用人さえ含まれて当然だ。

 それでこそ連座の――広範囲における集団的懲罰を設けることで、犯罪の発生を抑制することができる。

 ただ、ただ。

 

「相手は五歳の――」

 

 繰り言のように、サムソンが首を刎ねる予定となった子供の年齢を告げる。

 ここにしか縋るべき慈悲はなかった。

 使用人の家族ばかりは、幼い子供だけは許してほしかった。 

 サムソンは愛妻を亡くしている。

 お腹の子供ごとだ。

 ちょうど、生きていれば五歳である。

 それを思えば、サムソンにはどうしても五歳の子供の首を刎ねることはできなかった。

 それはもはや、処刑執行人としての忍耐や使命感を超えていた。

 

「――慈悲を見せれば、国家の規律が緩む」

 

 アレクサンダー王とてそれを知っている。

 嫌な仕事を押し付けているという自覚はあった。

 王としての慈悲を見せることはできる。

 ただし、それは主家の罪が軽ければだ。

 今回の場合は伯爵家の罪があまりにも大きすぎた。 

 

「父上、サムソンの言を聞き入れるべきではないでしょうか。五歳の子供にまで連座を適用するのはいかがかと」

 

 救いの手が差し伸べられた。

 まだ若きアルミン王太子からである。

 それに次いで――

 

「最悪、サムソンではなく私が預かってもよい。辺境伯が責任をとる形で免罪したといえばよかろう」

 

 アッカーマン辺境伯。

 王の盟友たる彼からも、私に対する擁護の意見が入った。

 偶然ではない。

 今回の伯爵家に対する処罰を相談するため、王の盟友たる彼もその場に居たのだ。

 

「貴様らまで反対するのか」

 

 アレクサンダー王は渋面を示した。

 彼は、愛息たるアルミン王太子と、盟友たるアッカーマン辺境伯に対してのみは弱かった。

 慈悲が得られるという希望が見えた。

 だが。

 

「……」

 

 一度、思考の様子こそみせたが。

 アレクサンダーは英明であるが、頑固なところもある。

 そして、それ以上に。

 

「伯爵家が罪を犯す前ならば許せた。防衛計画を敵国家に漏らす前ならば許した。だが、計画段階ではなく、全ての情報が敵国家に漏れた後である。これに僅かでも慈悲を見せるわけにはいかぬ」

 

 彼は王なのだ。

 無責任な判断をすることは許されなかった。

 集団的懲罰こそが、今回の伯爵家の罪に当たっての正統な罰であるという判断を覆さぬ。

 

「父上」

「盟友よ」

 

 アルミン王太子とアッカーマン辺境伯が食い下がる。

 ここに至っては、私の進言など許されぬ。

 言い争いが続いた。

 あくまでも法の厳守を訴えるアレクサンダー王。

 慈悲を見せろと口にする、アルミン王太子とアッカーマン辺境伯。

 それは本当に長い、長い謁見であったが。

 ついに王の判断は覆らなかった。

 

 

 

 

  

 

 ************************

 

 

 

 

 肩を落とし、王城を去ろうとする私の背に。

 アッカーマン辺境伯から声がかかった。

 

「おい、囚人を逃がすぞ」

 

 何を言っているのだ、この御方は。

 そんなことが出来るわけがない。

 許されていいはずがない。

 そんな顔をするが。

 

「アレクサンダーの本意ではないことぐらい、貴卿とてわかっていよう」

 

 わかっている!

 嫌というほど判っている。

 

「頑是ない幼子を、このアレクサンダーが殺したくて殺そうとしていると思うてか! 逃がせるものなら逃がしてやりたいが、王自らが法を破るわけにもいかぬ。連座がなくば、世が混乱する。恨みたければ恨むがよい! この王の判断は覆らぬ!!」

 

 アルミン王太子とアッカーマン辺境伯に対する、最後の絶叫。

 そこからも、アレクサンダー王とて慈悲を見せたくて仕方ない。

 その上で、法の遵守を優先したのだ。

 それぐらい判っている。

 

「逃がせるわけがありません。我が一族で罪人を預かっているならともかく、今回の罪人は王城の牢獄に――」

 

 そうだ、逃がせるわけがない。

 

「五歳の子供を含め、使用人の中で完全に無罪と判断できる者のみをリストアップせよ」

「アッカーマン辺境伯?」

「私の言うことに黙って従うんだ、サムソン。五歳の頑是ない子供の首を刎ねたくなければな」

 

 アッカーマン辺境伯は鬼気迫る真剣な表情をしている。

 本気で言っているのか?

 王に歯向かうことになるのだぞ?

 だが――もし、あの子供が助かるのであれば。

 

「……わかりました」

 

 私は黙って、その指示に従うしかなかった。

 家に戻り、完全に無罪といえるものだけをリストアップして、辺境伯に渡す。

 相も変わらず笑顔一つ浮かべず、アッカーマン辺境伯は真剣な表情でそれを受け取り。

 

「今晩は王城に居るがよい。私の部屋に身を隠しておれ」

「……逃がせるわけがありません」

 

 ここまでやっておいてなんだが。

 逃がす方法がない。

 まさか王城の正面門を強行突破するわけにもいかぬ。

 

「伝手がある」

 

 伝手?

 何の伝手だ?

 そう疑問を浮かべる私に、相変わらずピクリとも辺境伯は笑わない。

 彼も緊張しているのだ。

 私たちが為そうとしているのは、とても大それたことだ。

 それこそ死罪になっても文句は言えない。

 私はよい。

 どうせ妻も子も亡くした。

 だが、アッカーマン辺境伯まで巻き込むわけには――

 そんな思考をしていた時。

 王城に与えられた辺境伯の私室を叩く、ノックの音が。

 

「偉大なことを成し遂げる人は」

 

 符丁。

 のように思われた。

 その言葉に対し、アッカーマン辺境伯が言葉を返した。

 

「つねに大胆な冒険者である」

 

 これも符丁。

 お互いに納得したと見えて、ゆっくりと私室のドアが開いた。

 現れたのは――

 

「アルミン王太子?」

「声を潜めよ、サムソン」

 

 アルミン王太子は、若い側近を二人ばかり連れている。

 一人はディートリヒ、一人はクラウスであった。

 

「本当にやるのですか、アルミン王太子」

「私は今でも反対しております」

 

 側近二人の言葉。

 

「やる。断固としてやる」

 

 それに対して、アルミン王太子はくすりと笑いながら答えた。

 

「アッカーマン辺境伯、それにサムソンよ。王城の牢獄へ行くぞ。なに、牢番にはすでに話を通してある」

 

 私たちはアルミン王太子に引き連れられて、王城の牢獄へと向かった。

 その間に出会う衛兵は、アルミン王太子に対してはただ敬礼するだけであり。

 その道先が牢獄であろうが、何かを言うことはなかった。

 まるで、黙って見てみぬフリをしているような――

 

「着いたぞ」

 

 王城の牢獄に辿り着いた。

 そこには、私がリストアップした完全に無罪といえる囚人の数十名だけが、牢屋に入っていた。

 

「ディートリヒ」

「承知しました」

 

 ディートリヒ卿が、どうやって手に入れたのか牢屋の鍵を取り出して。

 牢屋を空けて、囚人を解放する。

 囚人はどうして解放されたのかわからず困惑して、逃げようとすらせぬ。

 私が助けたかった五歳の子供などは何が起きたか本当にわからず、目をくりくりとさせていた。

 だが、どうやって逃げることが出来よう。

 まさか、本当に王城の正面門を突破するつもりか。

 

「それでは行こうか。皆、ついてこい」

「何処へ?」

「王家のみが知っている秘密の脱出口だ」

 

 アルミン王太子はそう告げて、牢獄の奥に手をやる。

 そこはただの壁にしか見えなかったが――何度かアルミンが押すと、鍵穴が見えた。

 そこに鍵を差し込んで、鍵ごと引っ張ると。

 扉が開いた。

 

「アルミン王太子? 私は今でも反対しておりますからね?」

 

 クラウスが繰り言のように忠言を口にした。

 

「さて、逃げるぞ。五歳の足には辛いであろうから、サムソン。お前が背負え」

 

 アルミン王太子はそれを無視した。

 先頭を意気揚々と切って歩いていく。

 ぞろぞろと、その後を側近たるクラウスとディートリヒ。

 そしてアッカーマン辺境伯と、囚人たちが続く。

 

「そうだな、一時間も歩けば出口だ」

 

 そのお言葉通り。

 秘密の脱出口は人二人分が並べれば精々とよべるほど狭くて、岩肌がゴツゴツとしていたが。

 そこを出れば、まだ王都の壁の中ではあったもののの、確かに王城の堀から離れた外であった。

 

「さて、ここからはアッカーマン辺境伯。君の仕事だ。彼らをどうする?」

「はい、ちょうど代官職を辞め、東方開拓地にて開拓領主をやりたいという騎士がおります」

「そうか。開拓地にやるか。私がとれる責任はここまでだ。後はよろしく頼むぞ」

 

 何が起きているのか。

 ただ黙ってついてきただけの囚人たちには判らず、混乱しているようであったが。

 クラウスが彼らに説明しており、表向き罪を許すことは出来ぬが、このままアッカーマン辺境伯に付いていくことで釈放を許すと話している。

 

「アルミン王太子、アッカーマン辺境伯。大変ありがたい話ですが」

 

 サムソンは何かを言おうとして、口にできなかった。

 こんな大それたことをして、どうしようというのか。

 確かに無罪の囚人は助かったが、その後貴方たちがとんでもないお叱りを――

 そう口にしようとして。

 

「サムソン、君は父を勘違いしている」

 

 アルミン王太子はけらけらと笑った。

 

「父はあれでも慈悲深いのだよ。後で君が会話をすれば、それが嫌というほどわかる」

 

 サムソンの背の中で道中眠っていた、今回の脱出劇の原因である五歳の子供が目を覚ます。

 それに語り掛けるように、アルミン王太子は口を開いた。

 

「おお、目覚めたようだな。助けられて何よりだ、囚人たちよ。そして少年よ。もしこの先、東方植民地で生きながらえれば、こう日記に残しておくがよい」

 

 アルミン王太子は、こほんと咳をするようにして。

 

「私が見たことのあるアルミン王太子は、すさまじい美男子であったとな」

 

 少々、ふざけた台詞を口にした。

 

 

 

 

 ************************

 

 

 

 

 翌日、アレクサンダー王の元に呼ばれたのだ。

 どんなお叱りを受けるか――アルミン王太子とアッカーマン辺境伯を庇う為ならば、自分の死すら甘受しよう。

 その心構えで出向いたが。

 アレクサンダー王はこう口にした。

 

「サムソン、昨晩は疲れたであろう。王城の地下牢獄にて数十人もの処刑を行ったのだからな。大儀であった」

 

 ああ。

 ああ。

 ああ、そういうことなのだ。

 アレクサンダー王は、『そういうこと』にしたのだ。

 それがこの英明な王にとって出来る最大限の譲歩であったのだ。

 処刑にしたことにして、こっそりと逃がす。

 

「……初めからこのつもりであったのでしょうか?」

 

 それならば言って下されば。

 そう思ったが。

 

「馬鹿な。確かに殺すつもりであったわ。そこまで私は甘くない」

 

 だがな、と。

 アレクサンダー王は前置きをして。

 

「私は愛息と盟友の両方に嫌われて、平気でいられるほどの大した男でもないのだ」

 

 そう告げられた。

 王様は嘘つきだ。

 きっと、最初から逃がすつもりであった。

 なんたって、あのアルミン王太子の父親であり、アッカーマン辺境伯の盟友であるのだ。

 そんなことを考えた。

 それから何年もたっての事だ。

 あの英明な――心臓すら捧げてもよいほどの魅力を放つアルミン王太子が戦傷で両足を失い。

 すっかり世の中は暗くなってしまった。

 だが、私の仕事は変わらぬ。

 ただ法の番人としての仕事を厳守する。

 しかして、恩を忘れたつもりはない。

 私の嘆願を汲んでくれた、アッカーマン辺境伯への恩を忘れたつもりはないのだ。

 だからこそ、志願した。

 アッカーマン辺境伯領が襲われていると知った時の援軍に志願したのだ。

 私はアレクサンダー王が送った援軍の中に混ぜてもらい、辺境伯領に辿り着いた。

 そして、アッカーマン辺境伯と再会した。

 

「よくぞ来てくれた、サムソン。あの時の悪戯が懐かしいな」

 

 アッカーマン辺境伯が笑って、悪戯っぽく尋ねた。

 

「あの時の御恩を忘れておりません。しかし、あの時逃がした五歳の子供はどうなったのでしょうかね?」

 

 私は気になっていたことを口にする。

 

「東方植民地で元気に暮らしていると聞いている。あの時逃がした囚人全員が、今も息災だよ」

 

 私はほっとした。

 もちろん辺境伯を疑ってなどいなかったが、心残りであったのだ。

 

「恩をお返しいたします、アッカーマン辺境伯。貴方にならば、私の心臓を捧げてもよい」

 

 そんな言葉とともに。

 私は辺境伯領防衛のための戦に参陣をした。

 活躍をした。

 随分活躍はしたと思う。

 だが、私一人の貢献では劣勢を覆すには至らぬ。

 そして――辺境伯は死んでしまわれた。

 劣勢を覆すために、誰よりも先陣を切って、敵首魁を自ら討ち取りたる後に失血死による絶命を。

 だから、私は辺境伯と会話する機会を二度と得られなかった。

 私はこれを生涯の恥としている。

 結局、何の恩返しも出来なかったのだ。

 このサムソンは恥さらしだ。

 とんだ恩知らずである。

 

 

 

 

 ************************

 

 

 

 

 

 彼女との出会いは、戦場祝賀会のパーティーにおいてである。

 

「イザベラ・フォン・アッカーマンと申します。突然の挨拶、失礼を」

 

 優雅で、見事なカーテシー(敬意を表すために膝を曲げてお辞儀をする)である。

 私はいつもの愛想のない、生真面目な顔で返す事しかできなかった。

 

「まずは参陣に対する御礼を申し上げます」

 

 イザベラ嬢は毅然として礼を口にした。

 その面影には、確かにアッカーマン辺境伯の面影があった。

 

「失礼ながら、貴卿の名はサムソン卿でしょうか」

「はい。辺境伯からお聞きに?」

 

 静かな会話であった。

 私は一人静かに酒を飲んでいた。

 もちろん、それはアッカーマン辺境伯のための献杯であった。

 

「父からよくよく聞かされておりました。私はアルミン王太子と、あのサムソンとつるんで、とんでもない悪戯をしたことがあるのだぞ。とてもお前には聞かせられぬほどのと」

「そんなことを」

 

 実際、誰にも聞かせられない。

 ただし、恥ずかしくはない。

 

「――もしよろしければ、どんな悪戯だったかを聞かせていただく機会があれば」

「誠に申し訳ない。ただこれだけは言っておきます」

 

 世間話のように、イザベラ嬢に話すことはできない。

 あれはこのサムソン生涯の秘密である。

 もうすぐ儚くなってしまわれるアルミン王太子と。

 すでに儚くなってしまわれたアッカーマン辺境伯と。

 それを守れずに未だに生き恥を晒している私の。

 この生真面目で偏屈な私の、人生たった一度きりの悪戯であった。

 

「――アッカーマン辺境伯は本当に素晴らしい御方でした。あの方の人生に汚点など何一つないでしょう。このサムソンめが保証いたします」

 

 その後もイザベラ嬢と会話を続けていたが、どうやら用事があるようであった。

 また別れの優雅な挨拶をしてくれたが、それに対して私も優雅に返せたかどうか怪しいものだ。

 その後の事は言うまでもないだろう。

 イザベラ嬢がパーティー中に、あるかどうかも怪しい――間違いなく根拠皆無の誹謗中傷を受けた。

 そのイザベラ嬢を庇う為、名乗りを上げた者がいた。

 ドミニク卿であった。

 参陣を求められ――私はすぐさま手を上げ、名乗り出た。

 そして、見事に決闘裁判に参加することを認められた。

 これ以上は。

 私の人生について、語るべきことはもうなにひとつないだろう。

 

「アッカーマン辺境伯、貴方の愛娘、イザベラ嬢の名誉を守ることをお約束いたします」

 

 私は生き恥を晒している。

 アッカーマン辺境伯に恩返しをすることが出来なかったのだ。

 誠にもって騎士として恥ずかしい限りである。

 だからこそ、私は決闘裁判に真剣に挑むつもりである。

 仮にそれがよく知るベルリヒンゲン卿が相手であっても。

 農民の苦境のために立ち上がった、何の罪もない義士を殺すことになったとしても。

 

「貴方の、アッカーマン辺境伯のため、その娘イザベラの名誉のために、必ずや勝利を」

 

 私のやるべきことは、ただそれだけだ。

 

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