7 knights to die   作:道造

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第35話 honor to love(愛に誉れ)

 

 コロッセウム。

 円形闘技場に観客が詰めかけている。

 多くは王都市民である。

 だが、彼らは別に血に飢えた観衆というわけではない。

 娯楽として決闘裁判を楽しみに来たわけではなかった。

 処刑執行人サムソンと「鉄の手」ベルリヒンゲンの戦い。

 かつて、王都市民にとっては名の知れた彼らであった。

 サムソンはもちろん「首切りサムソン」、その生業の処刑執行人として。

 ベルリヒンゲンはかつて王都にて「ヤンチャ」なフェーデに明け暮れた喧嘩騎士として。

 嫌であった。

 実のところ、サムソンはその生業に対して、そこまで市民に嫌悪されているわけではない。

 むしろ騎士の秩序維持を保つための憲兵としての役割もしっかりとこなしており、その評判は悪くなかった。

 ベルリヒンゲンも同様である。

 彼の喧嘩っ早さに市民は難儀したが、それこそ傲慢な貴族相手の「ヤンチャ」は胸がすくことさえあった。

 そして、公爵家における農民反乱の首謀者として彼の正義を誰が責められようか。

 どちらも市民に嫌われてなどいなかった。

 その両者が、名誉決闘裁判に出場して戦うのだ。

 

「なんで二人が闘うことになったんだ」

 

 市民の一人が呟いた。

 誰に対して言うわけでもなく、答えを求めるわけでもなく。

 そして、その言葉は観衆誰もの本音であった。

 彼方、東のサムソン。

 彼が闘う理由、それは令嬢の名誉のために。

 罪人の首を刎ねるためではなかった。

 此方、西のベルリヒンゲン。

 彼が闘う理由、それは農民反乱で囚われた農奴の恩赦と故郷への送還のために。

 当然だが、これを真の罪人とは呼べぬ。

 それは観客の誰もが知っていた。

 決闘の結末を知りたいのは本音であるが、娯楽として望んだ試合でもなかった。

 

「ラインホルトの糞野郎が」

 

 ある市民が本音を漏らした。

 貴族への侮辱であったが、それは誰も咎めなかった。

 観客は全ての事情を承知していた。

 

「全くもって不快である。私は試合前の演説などせんぞ。自分の無力さを眼前で見せつけられるほどの屈辱はない。何故、我が直臣騎士二人が争わねばならぬ」

 

 アレクサンダー王はクラウスに愚痴を吐いた。

 今ここで見ていることだけしかできぬのが、苦痛と言いたげに。

 

「それは私も変わりません。このクラウスは今まさに、公爵家の恥を眼前で見せつけられております。何なら、今からでもラインホルトの首を刎ね、あの試合場に投げ込みたいくらいだ」

 

 そうすれば試合を止めることが出来る。

 事実、そうしようかとも考えたが――それではアルバンが私にしてくれた進言が無駄になる。

 クラウスは、自分の弟の思いを無視することなどできなかった。

 

「あのクズ――ラインホルトは如何にしておる?」

「あのクズなりの羞恥心があります。試合の観戦などできますまい。今頃公爵家の自室に籠っていることでしょう」

「ラインホルトは何故、今回の仕儀に及んだ? 理由を答えよ、クラウス」

 

 アレクサンダー王の疑問。

 なるほど、ラインホルト公爵は愚かである。

 凡愚としか言いようがない。

 だが、アカデミーや王妃、それにアーデルベルトの損切りのタイミングなど、とうの昔に過ぎていた。

 本来ならば、アーデルベルトを見捨てるべきである。

 

「……」

 

 それを王に指摘されれば、確かにそうだと思えた。

 ラインホルトは、我が父は凡愚である。

 であれば、もうアーデルベルトやアカデミーなど完全に見限っていよう。

 少なくとも更なる恥を――出血を。

 ベルリヒンゲンを脅迫する形で決闘裁判に出場させるなど、凡愚の域を超えていた。

 まるでアーデルベルトや王妃テレージア並みの阿呆である。

 

「テレージアの奴めに泣きつかれたか?」

「むしろ、見捨てるタイミングだと説得を試みたでしょう」

「そうであろう。ならばこそ、何故?」

 

 懐疑。

 アレクサンダー王とクラウスの心中にそれがよぎった。

 この状況はおかしい。

 こうなることが読めるならば、両者とて何らかの手を事前に打っていた。

 

「……あのベルリヒンゲンと同様に、脅迫をされている、というのが私の考えに」

 

 クラウスの考えは、誰かに強いられているという結論である。

 

「公爵とあろうものが誰に脅迫されるというのだ」

 

 アレクサンダー王の当然の疑問。

 だが、自分で口にして、その相手など一人しかいないことに気づいた。

 

「テレージアの奴か?」

「おそらくは」

 

 今の公爵を脅迫できる相手など、王妃テレージアしかおらぬ。

 だが、どんな手を使って?

 愚かな妹の嘆願など、すげなく無視してしまえばよい。

 

「この段階では当て推量に過ぎぬが。クラウスならば、どんな手を使う?」

 

 まだ確定ではない。

 だが仮定として、アレクサンダー王は問うた。

 

「公爵家の秘事についてザクセン王家にバラすと、息子可愛さに我が身を捨てての脅迫を。実際のところ、テレージアにそのような度胸などないでしょうが」

 

 クラウスは答えた。

 これも確定ではない。

 

「公爵家は何か背信を働いたか?」

「働いたと言えば、現在進行形で働いております。アカデミー設立そのものが国家に対する背信行為だ」

「だが、それはすでに周知の事実。このアレクサンダーの機嫌などすでに損ねている。他には?」

 

 クラウスは考えた。

 だが思いつかない。

 しかし、もし、まだ隠していることがあるとすれば――

 

「思いつきませぬ。しかし何か隠しているとすれば、アレクサンダー王。私があのサムソンに首を刎ねられる日も近いかもしれませんな」

 

 クラウスは自分の死と、公爵家の族滅を覚悟した。

 背信行為があるとすれば、当然のことである。

 

「仮に何かが発覚したとして、お前とアルバンは殺さぬ。自裁することも許さぬ」

「殺さなくては示しがつきませぬ」

 

 どうしようもない会話をしている。

 わかっている。

 クラウスにも、王が公爵家を潰す気などないとわかっている。

 だが、それは慈悲からではない。

 

「今、クラウスやアルバンといった若手の、将来の官僚となるべき存在を殺す余裕などザクセン王国にはない。私はすでにアッカーマン辺境伯という盟友を失った。これから愛息であるアルミンも失うであろう。確実に信頼のおける人間を、国家に貢献できると信じられる存在を、これ以上失うわけにはいかぬのだ」

 

 ザクセン王国の長い長い防衛戦争は終わり、ようやく休息の時を迎えた。

 だが、その代償は大きい。

 アッカーマン辺境伯とアルミン王太子の喪失は国家にとって、あまりにも大きかった。

 

「何があろうとも自裁は許さぬ」

 

 アレクサンダーは、もはや孤独であった。

 第三王子ベルノルト、第四王子ブルーノも、アーデルベルトとは違いマトモである。

 さすがにアルミン王太子には届かぬが、優秀であるとさえ言えた。

 だが、まだ若い。

 その王族としての才能が開花するまでは時間が必要であった。

 せめて、少しでも才能ある官僚を残さねばなあらぬ。

 

「……」

 

 クラウスは答えない。

 例えば、もしこれが内通――敵国家へ情報を流したとしよう。

 それが元で、アルミン王太子が両足を失う原因にでもなっていたとしよう。

 であれば、クラウスは懐剣ですぐさま喉を突くつもりであった。

 誠に申し訳ないが、それで王の慈悲を請い、アルバンには公爵家を継いでもらわねばならぬ。

 そうして、アルミン王太子亡き後のザクセン王国を支えてもらわねばならぬ。

 

「聞いているのか、クラウス。何があろうと自裁は許さぬ」

「わかりました」

 

 クラウスは聞き届けた振りをした。

 

「テレージアの首を絞めて、簡単に吐くのであればそうしたいが――」

 

 アレクサンダー王は考えている。

 随分と乱暴な方法も考えている。

 だが、そのやり方ではテレージアも吐かぬであろう。

 

「まずは公爵家です。ラインホルトからです。アカデミーの資金源をなくします」

 

 ラインホルトを殺す。

 公爵ラインホルトを殺すのだ。

 殺して、アカデミーを潰す。

 先にそこからだ。

 

「次にテレージアだ」

 

 アレクサンダー王は、内憂の全てを排除するつもりでいる。

 テレージアもその一つだ。

 公爵家の後ろ盾がなければ、もはや何もできないも同然だが。

 王妃としての権力の全てを奪い、それだけでなく、可能ならば命を奪うことも考慮していた。

 あのアカデミーを設立した罪は大きい。

 

「最後にアーデルベルトです」

 

 最後も最後。

 決闘裁判にて、ドミニクの手により惨たらしく死んで頂く。

 この三か月の間に、何もかも内憂を片付けるつもりでいる。

 今更であるが、その再確認をお互いに行う。

 

「……始まるか」

 

 入場門の西口付近の観衆がザワついている。

 アーデルベルト、そしてアルバンが現れた。

 名誉決闘裁判の被告であるアカデミー生徒は登場していない。

 拒否したのだ。

 病気で臥せっていると実家は返答している。

 

「……クラウス、被告の家は潰せ。愚かな息子を見限らなかった。元々無能で知られる家だ」

「承知しました」

 

 すぐさま、アレクサンダーは判断を下した。

 ここで縁切り――姻族関係の終了届を出せば、許される目もあったが。

 もはや、それはない。

 

「ベルリヒンゲン卿、なんとお詫びをすればよいか。私には言葉が見当たりませぬ」

 

 アーデルベルトを無視して。

 アルバンがベルリヒンゲンに駆け寄り、謝罪をする。

 たとえアーデルベルトに疑心を抱かれようが、言わずにはいられなかったのだ。

 

「……貴卿はマトモなようだな。アルバン殿とは後で話がしたいことが」

「こちらも、謝罪の上でお話ししたいことが」

 

 ひそひそと。

 アルバンとベルリヒンゲンは語り合い、接触の機会を設ける。

 

「おい! 何を話しているんだ! 農民ごときがための反乱で多くのアカデミー卒業生を殺した輩と!!」

 

 アーデルベルトはどこまでも愚劣である。

 蛮行がゆえに殺されたとアカデミー卒業生を見限らず、それどころか恨みにすら思っていた。

 農民を家畜としか思っていない、王どころか貴族にふさわしくない愚図である。

 

「……全ては試合が終わった後に。私が殺されては、話し合う意味も喪失する」

「承知しました」

 

 ベルリヒンゲンとアルバンは、仕方なく会話を打ち切った。

 「鉄の手」。

 右腕は鋼鉄の義手である。

 装備は素朴な装飾もない戦場用の見事な甲冑である。

 楯はない。

 元々、隻腕であることを考えれば楯を持つことは困難である。

 もし義手が剣を取り落とせば、それで試合は負けであった。

 殺されるだけである。

 であれば、両手でロングソードを持つことが正解である。

 

「……」

 

 コロッセウムは静かである。

 入場時こそ騒いでいたが、静かである。

 「鉄の手」ベルリヒンゲンの身体は細い。

 一年の牢獄生活である。

 僅かな釈放時間で、その体力を取り戻すことはできなかった。

 そもそもが老年である。

 その弱弱しい姿は観客の憐れみを誘ったが。

 ベルリヒンゲン自身は違う。

 彼の心境は違う。

 

「……」

 

 血が燃え上がっている。

 鉄の味のする血が燃え上がっているのだ。

 ただ負けるつもりはない。

 サムソンには申し訳ないが、せめて相討ちに。

 

「ベルリヒンゲン様!」

 

 声が聞こえた。

 よく聞きなれた、農民の娘で、自分の小間使いの――

 思わず、声の元を見つめる。

 驚愕した。

 

「なんと!」

「ベルリヒンゲン様!!」

 

 自分の名前を叫んでいる人間が、コロッセウムの観衆の中にいた。

 彼女は農民反乱に参加しなかった。

 どの農民も、どの男も、妻や娘を巻き込むつもりはなかった。

 

「勝って帰ってきてください! 死なないでください! ベルリヒンゲン様!!」

 

 小間使いが泣き叫んでいる。

 おそらくは、故郷の農村から駆けつけてきたのであろう。

 ベルリヒンゲンの決闘裁判を聞きつけて、ただその応援をするためだけに。

 公爵家領の一農民に過ぎぬ彼女が、この王都に来るまでどのような苦労をしたのか。

 それは想像もつかぬ。

 

「……」

 

 ベルリヒンゲンは泣きそうになった。

 だが、泣くわけにはいかぬ。

 騎士は泣かぬのだ。

 

「すまん、サムソン。まだ死ぬわけにはいかん。農奴を解放せねばならん。私は生きて帰らねばならんのだ。婦女子を泣かせてはまさに騎士の恥ぞ!!」

 

 お前を殺してでも。

 何の罪もないお前を殺してでも、何の罪もないイザベラ嬢の名誉を穢してでも。

 勝利をもぎとらせてもらう。

 ベルリヒンゲンはそう誓いを改めた。

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