7 knights to die   作:道造

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第36話  non-negotiable/譲れないもの

 

「ベルリヒンゲン、すまんが勝たせてもらう」

 

 サムソンはそう口にした。

 入場口の東側で、ベルリヒンゲンが出てきたのを確認する。

 こちらを見た。

 痩せ細っている。

 一年の牢獄生活が、ベルリヒンゲンの身体を蝕んでいた。

 だが、その眼光は死んでいるどころか、今にもこちらを射殺そうとしている。

 私の傍にいるのは、近くで見守る予定の代表者たるドミニクと補佐役たる紋章官。

 そしてイザベラ嬢であった。

 その彼女が、毅然と口にする。

 

「負けても構いません」

「イザベラ嬢」

「私の名誉などどうでもよいのです、サムソン卿。あのベルリヒンゲン卿を殺すのはおやめください。今すぐに降伏しても何の問題もありません。どうか慈悲を。それこそが、このイザベラの願いです」

 

 それはない。

 それだけは許されないのだ、イザベラ嬢。

 私は貴女の名誉を守らなければならない。

 例え、あのベルリヒンゲンの名を絶叫している、観客の一人。

 奴の身内としか思えぬ少女の希望を、ベルリヒンゲンの命を、眼前で奪うことになってもだ。

 

「処刑執行人が、恨まれるのは慣れておりますので」

 

 そうだ、慣れていた。

 私の心はただ植物のようであればよい。

 いつだか、ベルリヒンゲンが嘯いていたな。

 血は鉄の味がするのだ、喧嘩こそがそれを想い出させてくれると。

 処刑執行人サムソンにとって――血とは、首を刎ねる際に飛び散る、死を意味するものでしかない。

 

「そうではありません、サムソン卿」

 

 イザベラ嬢は首を振った。

 何が違うのだろうか?

 私は首を傾げる。

 

「貴方は悲しんでおられます。とても」

「私が?」

 

 何を言っているのだ。

 悲しい、その感情は確かにある。

 植物のように生きればよい、ただ法の暴力装置であればよい。

 そう望む私にも、こうあって欲しいという願望はある。

 この状況は私の望んだものではなかった。

 だが、それ以上に優先されるべきものがある。

 アッカーマン辺境伯への恩返しであり、イザベラ嬢の名誉を守ることだ。

 

「サムソン卿、繰り返します。降伏しても問題ありません。罪なき農奴が解放されることを考えれば、故郷に帰せることを考えれば、たかが私個人の名誉にどれだけの価値がありましょう」

 

 イザベラ嬢は、やはり毅然と口にした。

 自分の名誉が穢されても構わないと。

 それよりも――慈悲を見せてやれと。

 だがしかし、だ。

 

「少なくとも私たち七人の騎士が命を懸ける程度には価値がありましょう。貴女は貴女の名誉を軽く見積もりすぎている。それは私たち全員の命より重い物なのです」

 

 サムソンはそう返した。

 もう死んでも構わぬ。

 我々はその覚悟で、この決闘裁判に挑んでいるのだから。

 

「――我が父ならば。この状況を何と仰いましょうか。もうよいからと、貴方を止めるでしょう」

「……」

 

 イザベラ嬢は嘆いた。

 申し訳ないと思う。

 彼女には申し訳ないと思うが、それでも。

 それでもだ。

 譲れないものがあるのだ。

 騎士として、守るべき名誉に対し、退くようなことがあってはならぬのだ。

 それが例え万人に憎まれるようなことであってもだ。

 決して退いてはならぬ。

 それが騎士の教えだ。

 忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕。

 騎士道を聖なるものとしている王に誓って、私は騎士としての完全な権利により、かつ欺瞞や虚偽なしに――

 この決闘裁判を履行する。

 それが法の番人にして、騎士としての秩序を守る憲兵たる私の誇りである。

 

「イザベラ嬢、いつかのパーティーで貴方は私に問いましたな。もしよろしければ、どんな悪戯だったかを聞かせていただく機会があればと。アルミン王太子とアッカーマン辺境伯と、私のやらかした悪戯について」

「はい、確かに」

「この決闘が終われば、貴女にだけは教えるのもやぶさかではない。一生秘密にすると誓って頂けるならば」

 

 子供をなだめるように。

 亡き愛妻の腹からついに産まれることのなかった、我が子を宥めるように。

 玩具で誤魔化すようにして、サムソンは話を逸らした。

 その目は優しかった。

 

「そのためにも、私はこの決闘を生き残らねばなりません。ええ、あのベルリヒンゲンを殺すことになったとしても」

「サムソン卿!」

「ここまでです、イザベラ嬢。そろそろ行かねばなりませぬ」

 

 サムソンは歩き出した。

 中央の、すでにベルリヒンゲンが立つアリーナ(円形闘技台)に向かって。

 そしてアリーナに上がり、ベルリヒンゲンと少し離れた距離にて。

 

「やあ、『ヤンチャ者』。久しぶりだな」

「やあ、『頑固者』。久しぶりだな」

 

 お互いの印象について。

 かつて、フェーデという名の喧嘩を王都中でやらかしていたベルリヒンゲンに。

 かつて、騎士の秩序維持を担う、厳格な憲兵として彼に説教をしていたサムソンに。

 二人はお互いに挨拶をした。

 

「ふふ。まさかこうなるとはな」

「まさかに」

 

 殺気を一度、すっかりと潜めて。

 二人は笑いあった。

 ベルリヒンゲンにとっては珍しくもないが、『頑固者』のサムソンには珍しい気楽な笑いであった。

 ベルリヒンゲンは、残念そうに首を振った。

 

「まさか、本当に貴様と殺しあうことになるとはな」

「私は一度、殺しこそしないがお前を殴り倒そうかと思ったことがあるよ。憲兵としてな」

「私とて――頑固者の貴様を、いけすかない憲兵のお前を何度殴り倒そうと思ったことか」

 

 気楽な会話。

 一度くらいは本気の喧嘩をしてもよいか。

 お互いにそう思っていた。

 そうお互いの心根を晴天に照らし合わせて、笑いあう。

 

「晴天だなあ」

 

 サムソンがそう口にした。

 空は、驚くほどに晴れ渡っていた。

 この決闘を見守る、コロッセウムにおける観客の心境とは真逆である。

 サムソンの戦闘スタイルは騎士としては異端なものである。

 楯は持っていない。

 代わりに斧を持っていた。

 両刃斧である。

 神官が儀式に用いるようで――同時に、ヴァイキングが使うような戦斧であった。

 この戦斧はサムソンの手によく馴染んだ。

 先の戦――辺境伯領の防衛戦争では、これで23名もの敵を屠っている。

 結局、その貢献も無駄に終わり、サムソンはアッカーマン辺境伯を見殺しにした「恩知らずのサムソン」になってしまったことに、ほぞを嚙んでいるが。

 かといって、その恥は、サムソンの強さに陰りを見せるものではない。

 その装備は装飾もない戦場用の素朴ながら見事な甲冑である。

 

「そうだな、良い空だ。雲一つない」

 

 ベルリヒンゲンが答えた。

 まるで世間話のように

 騎士としての務めを終えた、老騎士二人が軒先で語り合う。

 そんな光景にさえ映った。

 ここがコロッセウムでなければ。

 名誉決闘裁判の舞台でなければだ。

 

「我々のような老騎士が晴れ晴れしく死ぬには良い日だ」

「ああ。全くその通りだ」

 

 お互いに同意した。

 誠に良い空であると。

 こんな陽だまりで死ねたならば、どれだけ気持ちが良いか――

 少なくとも、喜びの野も、我々の死を拒みはしないだろう。

 お互いがお互いに勇士であることを、認めあって決闘に挑むのだ。

 戦乙女(ワルキューレ)とて、我々を喜びの野から拒む卑怯はしないだろう。

 

「……先に謝っておきたいことがある」

「なにかね」

「死ぬのはお前だ、サムソン」

 

 ベルリヒンゲンがそう告げた。

 私には勝ち残らねばならぬ理由があるのだと。

 勝ち目など薄いことがわかっていながら、そう虚勢を張った。

 

「謝る必要はないぞ、ベルリヒンゲン。死ぬのはお前だからな」

 

 サムソンも、また慰めるようにそう告げた。

 

「そうか」

「そうともよ。何か――他に言っておくべきことはあるだろうか」

 

 言っておくべきこと。

 ベルリヒンゲンが、ではない。

 お互いにだ。

 思えば、もっと語り合うべきことがある気がする。

 英明なアレクサンダー王に仕えた直臣騎士として、知人として、何かを。

 

「すまんな、何も用意しておらんよ。まさか、貴様とここまで話す機会があるとは思わなかったでな。なんだ、お前が悪い。いつも鉄面皮で怒っているようにさえ見える顔であるから」

「そうか。すまんな、生まれついての生真面目で――自分がもっと、もっと何か」

 

 もっと、別な生き方が出来ればよかったと。

 今更ながらに、サムソンは考えてしまった。

 なんとなく、愛妻の事を思い出している。

 無事産まれれば付ける予定であった、我が子の名前を思い出している。

 人生を回想しているかのように。

 

「すまんな」

 

 何も口にできない。

 サムソンはまた謝った。

 サムソンにとっては珍しく感傷的に――泣きそうにすらなっていた。

 植物のように生きる、彼が声を張り上げて泣いたことは人生でたった二度だけ。

 この世に産まれ落ちた時と、愛妻が死んだ時だけだ。

 

「何を謝るか。今から殺しあう相手に」

「それもそうだ」

 

 二人、笑いあう。

 誰も止めなかった。

 コロッセウムの観衆は、静かに二人の会話を聞いている。

 誰も言葉を発しないコロッセウムに、彼らの会話は良く響いた。

 

「さて、この世に悔いは無いか?」

 

 サムソンは尋ねた。

 処刑執行人サムソンは、出来る限り、罪人の最後の望みを叶えてきた。

 それが可能であったならばだが。

 

「何を馬鹿な。私は悔いがあるからこそ闘うのだ」

 

 ベルリヒンゲンは答えた。

 それもそうだとサムソンは思った。

 

「お前は何のために戦っている?」

 

 ベルリヒンゲンの問い。

 サムソンは答えた。

 

「決して譲れないもののために」

 

 それはアッカーマン辺境伯への恩義のため。

 イザベラ嬢への名誉のため。

 

「それはこちらも同じこと」

 

 知っている。

 全て知っている。

 何もかも分かっている。

 ベルリヒンゲンが背負っている物の重さは分かっている。

 だが、サムソンは思わずこう言いそうになった。

 「なあ、こんな馬鹿なことは止めて、酒でも飲みにいかないか」と。

 そんなことは許されないのに。

 

「……やるか」

「……そうだな」

 

 沈黙していても仕方ない。

 やるしかないのだ。

 誰も望まぬ決闘を。

 ベルリヒンゲンを慕う農民も、サムソンに慈悲を願うイザベラ嬢も望まぬ決闘を。

 

「『鉄の手』ベルリヒンゲン、全力を持って貴殿に挑ませていただく!!」

「処刑執行人サムソン、故あって貴殿に敗北をもたらす」

 

 お互いに名乗りを上げて。

 こうして、決闘裁判の第三試合目が始まった。

 

 

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