7 knights to die   作:道造

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第38話 self-judgment(自裁)

 

「かまわん。元よりそのつもりであった」

 

 アルバンの、父ラインホルトへの直訴。

 それ自体は拍子抜けするほどに簡単に通った。

 

「最初からそのつもりであったとは?」

「勝とうが負けようが、ベルリヒンゲンが生き残れば恩赦を与え。そして農奴は解放して故郷に帰すつもりであった」

 

 公爵家の屋敷。

 ラインホルトは酒を飲んで、すっかりと酩酊していた。

 何もかもが嫌になったとばかりにヤケ酒をしていたのだ。

 ワイン瓶が部屋のそこら中に転がっている有様に、アルバンはすっかり呆れ返ったが。

 それでも直訴を行ったところの返事がこれである。

 

「馬鹿な! ならば、もっと早くそうしてやれば――それこそ戦が終わった時に罪を認め」

「全て罪を認めるには、もう何もかもが遅かった。クラウスが公爵家当主に就いたときの功績として、民への慰撫として用いるつもりであったのだ。それでこそ効き目があるという物だ」

 

 薬にも飲むべき用量と時間というものがある。

 過ぎれば毒ぞ。 

 確かに統治に問題があったがゆえの農民戦争であった。

 だが、反乱は反乱。

 

「私にも羞恥心という物がある。お前は信じないかもしれないが――自分に非が無いと思っていたならば、最初からベルリヒンゲンも農民も殺していた。私に正義がないことなど最初から理解している」

 

 ラインホルトはそう語る。

 その姿は、やはり酩酊しきっていて――逆に、明け透けに全てを正直に語っているかのようであった。

 父はアカデミー卒業生を雇用した凡愚であるが、本人の人品までは醜悪なる劣等ではない。

 それだけは違った。

 

「だから、私の風評はもうどうにもならぬから。せめてクラウスが当主になった際の慰撫策として『あのラインホルトと今回の当主クラウスはどうやら違うぞ』と、今後の統治について判らせるための施策を行わせるつもりであった。その前準備もしていた。家人たちも、牢番の一人に至るまでクラウスが当主になりさえすれば、ベルリヒンゲンも農奴も解放されると信じていたはずだ。どちらにも手酷い扱いまではしていない」

 

 これも嘘ではない。

 父ラインホルトは真実を語っているように見えた。

 アルバンはもう何も疑っていない。

 

「……最初から」

 

 最初から、そうして頂ければ。

 父がもっと賢明であったならば。

 ならば、ならばと。

 そう仮定を積み重ねてもしかたないが。

 

「では、ベルリヒンゲン卿を決闘裁判に連れ出したのはどういう理由ですか。それこそ愚かだ。本人は自分が死に物狂いで闘って勝たねば農奴は解放されぬと思っていたし、事実私もそう思っていた。父さんが本当に賢明であったならそう説明するなり、そもそも――」

「アーデルベルトなど早々に見捨て、決闘裁判そのものに関与すべきではなかった、と言いたいのだろう? 私もそうしたかったが――それには理由がある。決闘裁判において手抜きをしてもらうわけにはいかなかったのだ」

 

 ラインホルトは語る。

 アーデルベルトを見捨てられるものなら、今回見捨てていた。

 だが、そうは出来なかった。

 

「その理由が知りたい」

 

 ここで、同席していたクラウスが始めて口を開いた。

 ワインにすっかり酩酊しきった父ラインホルトを、侮蔑していた目で睨み続けていたクラウスが。

 今ならば全てを正直に話すと見切ったのだ。

 

「――」

 

 ラインホルトは一度口を閉じたが。

 

「私を甘く見るな。アレクサンダー王との相談で、すでにおおよそは理解している。あのクソババア、王妃テレージアに脅迫されたな? 仕方なくも、お前は決闘裁判にベルリヒンゲンを出した。私が指揮を掌握している公爵家の騎士ではない、最低限『お前が』出せる罪人の騎士として」

「そうだ」

 

 クラウスの詰問に、あっさりと口を割った。

 もはやここまでといった様子で、全てを諦めたのだ。

 

「どんな脅迫を受けた? それだけがわからぬ」

「少なくともお前が勘違いしていることは理解している」

「勘違い? 理解だと? 貴様と通じ合えることなど何一つないわ」

 

 クラウスは唾を吐きそうになった。

 ラインホルトの瞳は揺れている。

 本当に、すっかりと酩酊していた。

 

「脅迫はされているが、お前が考えている内容ではないということだ。例えばアルミン王太子を殺害するために、敵方に内通――敵国家へ情報を流したなどといった誤解だ」

「違うとでも?」

「そこまで恥知らずではない。少なくとも、私には外戚としてザクセン王国での権勢を確保する欲望はあれど、あのようなアカデミーを作る気は欠片もなかったし、当たり前だが敵国家との内通などせぬ」

 

 確かに私はアレクサンダー王の背を刺した。

 だが、そもそも刺すつもりはなかった。

 防衛戦争中に馬鹿貴族どもの兵役逃れとしか言えぬアカデミーを設立したが、そんなものを作りたかったわけではない。

 私は少数精鋭の文官教育機関を作り、各地に公爵派の文官を送り込もうと――

 何もかもがテレージアのせいであった。

 息子アーデルベルトのために、自分におもねるクズどもの居場所として、アカデミーを骨抜きの阿呆どもの巣窟にした。

 もちろん、それが止められなんだは、私が凡愚ゆえだが。

 そうラインホルトは語る。

 

「言い訳は良い。では答えよ。『お前が』脅迫された内容とは?」

 

 クラウスは、もはやラインホルトを父として慕う気などなかった。

 なかったが、今ラインホルトが真実を語っていることだけはわかっている。

 

「全ての間違いはあのテレージアの仕業よ。嫁になど出さず、この手で殺しておくべきであった。お前ら二人には語っておく必要があるだろう。公爵家の罪を。だが約束しろクラウス」

「何の約束を?」

「アルミン王太子に申し訳ないと自裁することは止めよ」

 

 クラウスは一度、沈黙した。

 やはり、想像通りではないか。

 少なくともアルミン王太子絡みであることに変わりはなかった。

 

「いいだろう」

 

 ここでクラウスは嘘をついた。

 本当に必要とあらば、アレクサンダー王に打ち明けた後はすぐさま自裁し、アルバンに後事を託すつもりであった。

 

「公爵家の罪とは、テレージアの仕業よ。アルミン王太子の母君にして、アレクサンダー王が本当に心から愛した第二王妃マルゴット様の暗殺だ」

「……馬鹿な」

 

 ラインホルトが語る真実。

 それにクラウスはまず驚いた。

 

「マルゴット様の死は病死のはず――」

「私もそう思っていた。だがテレージアの奴が酒に酔って、私に漏らした。マルゴットは私が殺してやったのだと。酷く愉快そうに。あの愚か者が……」

 

 アルバンが目を剥いた。

 馬鹿なと言いたげに。

 

「どうやったのかまではわからん。だが、徐々に体を弱らせる薬でも盛ったのであろうと考える。あのテレージアにおもねる欲得ずくのクズは沢山いた。女官が毒を盛ることも可能であったはずだ」

「……すぐにアレクサンダー王に伝えるがよいな」

「かまわん。アレクサンダー王が怒り狂うことになるだろうが」

 

 当たり前だ。

 あのクソババアとは大違いの、本当に愛していた妻を毒殺されたのだぞ!

 それもアルミン王太子の母上をだ。

 怒り狂わないわけがあるか!

 

「だが、一切の証拠が無い事も伝えておく。テレージアの罪を真正面から追求するのは難しいぞ」

「証拠があろうがなかろうが、必ずや殺してやるわ! アイツにおもねる女官も同罪だ!!」

「よかろう。後事はクラウスに全て任せることにしよう」

 

 ラインホルトは全て喋り終えた。

 そう言いたげに、立ち上がる。

 

「だが、私はアレクサンダー王の怒りが怖ろしい。公爵家にまで累が及ぶことが。少なくとも、『このこと』を隠していたことに対して私は責任を取る必要がある。それに――もう私は死んだ方が公爵家のためには良い」

 

 酩酊していた。

 すっかりと酩酊している様子であるが、ラインホルトはよろよろと立ち上がり、公爵家の執事長を呼んだ。

 執事長は一つのワインを抱えている。

 青白い顔で、今にもぶるぶると手を震えさせながらその瓶を抱いている。

 

「この場にて、自裁する」

 

 ラインホルトは息子二人にそう告げた。

 

「だが、このラインホルトは凡愚である。懐剣で自分の喉を突くどころか、毒入りワインをすぐさま飲む勇気も無かった。酩酊しながらでなければ自裁も出来ぬ、恥晒しの父を許せ」

 

 空のワイングラスに。

 執事長が、震える手で毒入りワインを注ぐ。

 クラウスは黙っている。

 アルバンはたまらず父に話しかけた。

 

「父さん」

「何の罪もない領民にも、お前たち兄弟にも本当に申し訳ないことをした。凡愚の父を許せ、アルバン」

 

 ラインホルトはそうアルバンに優しく語り掛けた。

 そして、クラウスにも何か語り掛けようとしたが。

 やめた。

 クラウスは全ての言葉を拒否するであろうし。

 伝えるべきことは伝えてある。

 

「いざ、さらばだ」

 

 ラインホルトは一気にワイングラスを呷った。

 酩酊していた手の震えが止まり、やがて落ち着く。

 

「私は何もかも間違えた。最初からだ。あのテレージアなどを、アレクサンダー王に王妃として押し付けた瞬間から。せめて、お前がベルリヒンゲン卿を救ってくれて良かった」

 

 最期のセリフ。

 人生の何もかもに対する悔恨と、最後にアルバンが与えてくれた、せめてもの救い。

 ラインホルトはそれを告げて、ソファに倒れた。

 死んだのだ。

 

「……執事長、ワイングラスとその毒入りワインの破棄を任せる。お前は何も聞かなかったし、何も知らない。父は酒に酔って急死したのだ」

「承知しました」

 

 執事長が、黙ってワイングラスとワインを持って立ち去る。

 その手の震えはすでに止まっている。

 アルバンとクラウスが子供の頃から仕えている老執事である。

 ここで、何の慰めにもならぬ言葉を送っても仕方ないのはわかっている。

 

「兄さん」

「……すぐにアレクサンダー王に全てを打ち明けるために屋敷を出る。お前はこれからどうする? アーデルベルトを殴りつけた以上、スパイを続けるのは、もう難しいぞ?」

「……ベルリヒンゲン卿の降参を受け入れないことに怒り狂ったとでも口にしておく。アーデルベルトの阿呆は理解しないだろうが、客観的な理由としては十分だ」

 

 本当に?

 本当にそうか?

 これから歩く道には暗雲が立ち込めている。

 アルバンにとって困難な道である。

 父ラインホルトが死んだ。

 これは公爵家にとっては望ましいことのはずだ。

 だが、私にとっては、凡愚ではあったものの、やはり父であった。

 そうアルバンは考えている。

 

「泣くな、アルバン。騎士は泣かぬのだ」

 

 兄は弟にそう告げた。

 クラウスは泣かない。

 父の罪を思えば、その死を悲しんで泣くことなど許されぬし――それにやるべきことがある。

 

「これから、これからだ」

 

 まずはベルリヒンゲン卿、及び農奴に落ちた農民たちに恩赦を与えて故郷に帰してやること。

 父ラインホルトが言った通り、ラインホルトではなく、このクラウスからの恩赦としてだ。

 そして、何よりやるべきこと。

 

「殺してやるぞ、テレージア」

 

 自分の叔母テレージアを追い詰め、惨たらしく殺してやることが何より全てのためになる。

 それをクラウスは知っていた。

 そう考えることでしか、荒れた心を満たせそうになかった。

 

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