アレクサンダー王の執務室にて。
アルミンから借りている側近たるクラウスと向かい合い、現状把握をする。
喫緊の報告であった。
「昨日からディートリヒが行方知れず?」
「はい。それに、昨晩アルバンから報告が――ディートリヒの妹が病床に陥ったと。すぐにアカデミーから脱出したいが、彼女を見捨ててイザベラ嬢だけを救出するわけにもいかぬ。どうか救援を求むと」
「……」
アレクサンダーは少しだけ顎をなぞり、考える。
そして舌打ちをした。
「毒だな」
「マルゴット様を暗殺したものと同じく?」
「そうとしか考えられん。そう考えるのが正しい」
宮殿に潜伏させている「ロバの耳」からは何の報告も上がっていないが。
おそらくは――
「ディートリヒの妹が毒を盛られ、脅迫を受けている。条件は決闘裁判に出て勝利すること。それだけであろう」
「テレージアは阿呆ですか? ディートリヒはそうたやすく制御できる男ではありません。アルミン王太子だからこそ、あの男は仕えているのですよ?」
「おそらくは強烈な反撃を受けたであろうな」
まず、ディートリヒならば脅迫を甘んじて受けるのではなく。
逆に「舐めるなよ」とばかりに殺しにかかる性格である。
「宮殿の、王妃親衛隊の数を調べよ。おそらくは、すでに数が減っておる」
「何人かは殺したでしょうね」
「やろうと思えば皆殺しにできたであろう。それこそテレージアごと。さすがにそこまでの様子であれば、この私の耳にも入っているが。そうなっていないとなると――」
ディートリヒは脅迫に屈したか。
いや。
ここは、我々を信じて託してくれたと考えるべきだろう。
私たちが如何にかしてくれると判断したのだ。
さすがにあの『猪突騎士』といえど、妹の身を優先したか。
「イザベラ嬢と、ディートリヒの妹をアカデミーに未だに置いていたのはやはり拙かった。このアレクサンダーの失敗である。恥ずかしい限りだ」
少なくともアカデミーが潰れるのは決定しているのだから。
せめてラインホルトの奴めが全てを告白し、自裁した時点で引き離しておくべきだった。
そう考える。
「ですが、王はすでにその選択を提示しておられました。アカデミーに残ったのはイザベラ嬢の意思です」
「それはそうだが……」
そうだ、一度アカデミーから離れておくことは提案したのだ。
もうゲームセットだ。
アカデミーは潰すし、その卒業生も在校生もロクなものではない。
それは公爵領にて、アカデミー卒業生を代官や徴税官に雇い入れた際に全てわかっている。
アイツらは選民思想に染まったクズどもだ。
女子生徒の殆どは結婚前のモラトリアム期間のような気分で入っているから、まあよいが。
ただの兵役拒否に過ぎず、アカデミーの腐れた思想に染まった男子生徒は皆、処分だ。
何らかの手管を使って廃嫡させるなり、前途を閉ざすなりしよう。
そう判断を下したが――
「どうしようもない事情があって、アカデミーに入学した者もいるというのがイザベラ嬢の訴えでしたね」
「うむ」
もちろん、アルバンのような「ロバの耳」としてのスパイから。
イザベラ嬢のように、アーデルベルトの婚約者だから仕方なく入学した者。
ディートリヒの妹のように、イザベラ嬢を護る為に入学した者。
公爵家・王妃派閥だから入学した――コイツラは別に見捨てても良いが。
さすがに、長男次男三男全員が戦死しているから、このうえ四男まで死んでは家が潰れるとの親心で入学してきたケースまで責めるのは、アレクサンダー王でも心苦しかった。
「すぐさま切り捨てるのではなく、本当にどうしようもないケースでアカデミーに入学したパターン。そしてアカデミーの教育でも腐っていないと判断できる生徒に対しては選定し、アカデミーを今からでも自主退学するように彼女が説得するから、少し待ってくれという話でした」
「言っていること自体は至極真っ当だが。選定はアカデミーを潰してからでも良かった。こうなっては、やはり強引に引き離すべきだった。このアレクサンダーの判断ミスという点では何も変わらぬ」
それが可能だったかというと、怪しいものではあるが。
このアレクサンダー王が苛烈な手段に出ると、些かの犠牲者など気にしないと、イザベラ嬢は踏んだのだ。
だからこそアカデミーに残ろうとしたのであろう。
こうなると、アッカーマン辺境伯家の血筋は厄介である。
根っからの頑固者であるから、梃子でも動かなくなるのだ。
だから私は、アカデミーから離れるようにとの説得は諦めた。
「ともあれアカデミーに残った判断は失敗であった。こうなっては救出の手を差し伸べなければならぬ」
「軍を動かしますか?」
クラウスの判断は、かなり強引な物になっている。
その理由は、ラインホルト公爵の自裁にある。
すでに公爵家当主の権限がクラウスに移った以上は、何も手加減をする必要はないのだ。
アカデミーなど潰してしまえばよい。
抵抗する者など殺してしまえばよい。
そんな苛烈な判断であるが。
「……目的は、イザベラ嬢とディートリヒ妹の救出であって、アカデミーを潰す事ではないぞ。状況を履き違えていないか」
「確かにそうですな」
クラウスはあっさりと頷いた。
アレクサンダー王のいう通りである。
先に、どうにかして救出作戦を実行せねばならぬ。
「アルバンだけでは難しいか?」
「アカデミーは王妃の庭です。公爵家がスポンサーから離れた以上、教員等も王妃側に与したものと判断してよいでしょう。アルバンも弱くはありませんが、十数名に囲まれて病人を抱えての脱出は……」
そもそも、その教員たちもロクなものではない。
王妃におもねるのが上手だっただけの馬鹿者たちでしかないのだ。
全員がもはや王妃派閥に属する明確な敵である。
「……こういう時こそ、ディートリヒが使えれば楽なのだが」
ディートリヒはザクセン王国最強騎士であり、王家が単体で想定しうる限りの最強戦力である。
例え素手の状況であろうが、例えば決闘裁判第一戦目に登場したシュテファン程度であれば一方的に撲殺するであろう。
アレは獣だ。
怒り狂う大猪だ。
その身柄を確保したテレージアも、それが制御不可能な獣と知った時点で戦々恐々としていようが。
――なるほど、テレージアも全くの阿呆ではない。
決闘裁判に勝つことだけを目的とせず、こちらにとって一番重要な駒を抑えよった。
「軍を使って攻め入るのでなければ――あくまで、イザベラ嬢とディートリヒ妹の安全を最優先での救出作戦を行うのであれば、少数精鋭でとなります」
「それも、アカデミー内部に入っても文句を付けられない人間となるな。誰ぞおるか?」
「アレクサンダー王」
クラウスは、何故思いつかないのだ? と不思議そうな顔できょとんとする。
彼にはすでに心当たりがあるようだ。
「丁度いいところに七騎士がいるではありませんか。辺境伯由縁の者が」
「なるほど。しかし、決闘裁判中である連中に迷惑をかけるわけには……」
「決闘裁判が終わった、手の空いている人間を使えばよろしいのです。特にヨルダンはイザベラ嬢の家臣でありますから、アカデミー内部に強引に押し通ることも可能です」
現在は第四試合目。
決闘が終わったのは、ヨルダン、ヴォルフガング、サムソンの三名である。
なるほど。
この三名であれば申し分ない。
どれも百戦錬磨の騎士である。
「どうにかなるか?」
「七騎士の側に、紋章官を通じて情報を伝えることにします。イザベラ嬢が囚われの身になっていると」
ロバの耳所属の紋章官。
彼を通じて情報を流せば、想定通りに動いてくれるであろう。
そのクラウスの判断は正しい。
「なれば、すぐにそのように」
「かしこまりました」
クラウスが礼儀正しく頭を下げる。
それにしても――
「毒か。何の毒を使ったか判るか、あるいは解毒剤を入手するまで。テレージアをすぐさま殺すことは難しくなったな」
「確かに。特にディートリヒの身柄を確保された状態では……」
殺すつもりであったのだ。
ラインホルト公爵は死んだ。
クラウスが無事に当主を継ぎ、内憂であったアカデミーを潰す手筈も整った。
ならば、次はテレージアだ。
どのような手段を使ってでも殺す。
マルゴットを殺したことに対する復讐を果たす。
そう思っていたが――人質を取られては、どのような手段に及んでもいいから、すぐさまにとはいかん。
「少し遅れたか」
それこそラインホルトの奴が自裁した翌日には殺しておくべきであった。
何もかも穏当に。
出来る限り王国の混乱を抑えて。
そのような事ばかり考えていたから、後れをとるのだと。
アレクサンダーは猛省した。
「決めたぞ、クラウス。殺すことが可能になり次第、テレージアは殺す。もはや手段は選ばぬ」
「それがよろしいかと。ベルノルト第三王子、ブルーノ第四王子にも今回のあらましはお伝えしておきますか?」
「当然だ。全て明らかにする」
全てを詳らかにするのだ。
ベルノルトにもブルーノにも、どれだけ馬鹿なことが王家に起きたか。
このアレクサンダーが理由あってのことといえ、どのようなミスをしたか。
王族として全てを知る権利があり、私の二の轍を踏まないようにしてもらわねば困る。
「……アルミン王太子と同腹のベルノルト様はよろしい。ですが、ブルーノ様は如何しましょうか?」
「如何とは?」
「未だ、次の王太子をどちらにするかは決めておりませんが? ブルーノ様が王位に就くのはもはや難しいですぞ? それでもどちらが王太子かは決めかねると?」
その話か。
確かに、そろそろどちらかに決めておかねば困るが。
マルゴットの次男で、アルミンと同腹だから王太子にふさわしく。
テレージアの次男で、アーデルベルトと同腹だから王太子にはふさわしくない。
そういった視線で配下がどうしても見てしまうのは避けられないが。
「正直言って、普通に考えればどちらも後継として申し分ない。決めかねる。少なくともブルーノがしてきた努力を、アルミンもベルノルトも粗略にするつもりなどない」
両方とも若い。
ブルーノに至っては初陣が10歳、現在14歳でようやく成人とみられる齢である。
そして、その経歴に負けないほどベルノルトも努力は怠っておらず、特に最近は治世の才を見せている。
問題は、どちらも王位を継ぐ気など最初から欠片もなかったことだが。
両方ともアルミンに憧れを抱いていた。
兄さま、兄さまと子供の頃から酷く懐いていた。
それ以上にアルミンは弟二人をこれ以上ないほどに愛した。
あの弟二人はアルミン兄様が王になるに相応しい人物で、自分はそれを支える王佐の才になれるよう今から努力するとばかり考えていて、王位に対する野心など欠片もなかったのだ。
もちろん、それはアレクサンダー王も同じであった。
未だに認められないでいるのだ。
アルミンという、自分以上の王になることが誰からも望まれた愛息が死ぬなど。
「……お嫌でしょうが、そろそろ後継をどちらにするかお決めになる必要があります」
クラウスとて、王太子アルミンの側近である以上は同じである。
こんなことは言いたくない。
だが、決めるしかないのだ。
決闘裁判が始まって、すでに一か月以上が経過している。
アルミン王太子の命数も、残り僅かと言うことだ。
「――」
愛息アルミンが死ぬ。
そのことがアレクサンダー王は、ただ悲しかった。