7 knights to die   作:道造

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第48話 Massacre Melody(皆殺しのメロディ)

 

 コロッセウム。

 円形闘技場に観客が詰めかけているが、そこに市民はいない。

 観客の全てが騎士であった。

 ザクセン王国の騎士、そして中でも前側に陣取っているのが先の戦。

 アッカーマン辺境伯領の防衛戦に参加した騎士である。

 集まった騎士に、誰一人として無知はいない。

 アーデルベルト側に『狂える大猪』ディートリヒが与した理由は、おそらく脅されての事であろう。

 当然だが王妃側に名誉があるわけではなく、金や地位といった欲得ずくで王妃側に与するような男ではない。

 それに――すでに一度、王妃を面罵して断ったことは誰もが知っている。

 だから、皆がディートリヒには同情を寄せている。

 同時に、一つの嫌な予感がした。

 『決闘相手に手加減できないだろうな』と。

 ディートリヒが『狂える大猪』と綽名された由縁は、その敵味方見境なしである剣風の怖ろしさにある。

 ザクセン王国最強騎士であることは誰もが認めるところだが――

 その致命的な性質における欠点だけはついに直せなかった。

 

「まさか、これであのレオンハルト殿が死ぬようなことはなかろうな」

「有り得るぞ。レオンハルト殿とて、辺境伯領の騎士団長としての名誉がある。そうそう容易くは降伏しようとせんだろう」

 

 イザベラ様の名誉。

 これは当然ある。

 今は亡き主君の名誉がかかっている以上、死に物狂いで闘うだろう。

 それだけではない。

 騎士は舐められるわけにはいかんのだ。

 どうせディートリヒには勝てないだろうからと。

 早々に諦めたとあっては、何もかも事情を知る観客の騎士達とてレオンハルトに失望するであろう。

 誰一人として、レオンハルトの勝利を信じておらずとも。

 だからといって最初から諦めてしまうような根性無しは、騎士として認められぬのだ。

 レオンハルトは名誉と勇気を示さねばならなかった。

 それが騎士というものだ。

 

「誰か――ディートリヒ卿が王妃側に与した理由をご存知の方はおられるか?」

「なんでも、アカデミーで騒動があったとか」

 

 情報共有。

 そこかしこで騎士同士が会話を交わし、情報を手に入れようとする。

 状況は混乱していた。

 

「アカデミー側の生徒も教師も来ておらぬであろう? 昨日、襲撃を受けて十数名が殺された。観戦どころではないということだ」

「アカデミー、というと。ディートリヒ卿の妹君が入学されておられたな」

「数日前から病床に伏していたと聞く。おそらく、今はもうアカデミーにいないであろうが――人質にとられていたのであろうな」

 

 騎士達は愚かではない。

 さすがに、ディートリヒの妹パウラが王妃に毒を盛られた。

 そこまでの結論にたどり着く者は少なかったが――

 

「とにかくも、王妃派閥は元々信用がならん」

 

 そもそものアーデルベルトの評判が悪い。

 王妃テレージアの評価も同様である。

 後ろ盾であったラインホルト公爵が死んだ今となっては、庇い立てしようとする者は少なかった。

 

「今回の決闘を貴殿らはどう捉えるか?」

「まずディートリヒ卿が勝つであろう。あえて負けられるよう性格ではない」

「レオンハルト殿に死んでほしくはないが……あの御仁は、アッカーマン辺境伯という誠の主君を失ったことに焦燥しておられたからな」

 

 難しい勝負になるのではないか。

 そろそろ決闘が始まる。

 それまでに騎士殿の共通の見解はこうであった。

 ディートリヒ卿の勝利は動かないだろう。

 けれども、レオンハルトは死に物狂いで闘おうとするだろう。

 

「――私の落ち度だな。繰り返すが、クラウス。お前から報告があった翌日にはテレージアを殺しておくべきであった」

 

 アレクサンダー王はクラウスに愚痴を吐いた。

 すでに一度した後悔であったが、それを反芻するように。

 

「そのテレージアは本日の決闘でも欠席ですか」

 

 コロッセウムの特別席。

 玉座はアレクサンダーが座る一つしかなく、王妃テレージアは今回の決闘裁判でも来ていない。

 

「大方、ディートリヒを恐れての事であろう。だが、王妃派閥の騎士十数名が、コロッセウムの中に入るのを見たと『ロバの耳』から報告があったが」

 

 観客席にはいない。

 おそらくは、アーデルベルトが隠している。

 試合が終わった後のディートリヒを殺すつもりで集めたのだろうが。

 

「無駄な事を」

 

 馬鹿にするように言葉を吐き捨てる。

 あのディートリヒを殺すなど、雑魚を十数名集めただけでは不可能である。

 あれは一種の英雄とも、超人とも呼べる存在なのだ。

 

「だが、念のため手をまわしておこうか? どうすべきかクラウス」

「必要ないでしょう。というより、下手な手助けは戦いに巻き込まれて無駄な犠牲が出ますよ」

「うむ。確かに。だが、念のためだ。戦いには参加させぬが、戦闘後のディートリヒを回収するよう『ロバの耳』に連絡しておけ」

 

 アレクサンダー王の提案。

 かしこまりました、とばかりにクラウスが頷く。

 すぐに合図を出し、傍に控えていた衛兵が一人立ち去った。

 

「……そろそろ始まるか」

 

 入場門の西口付近の観衆がザワついている。

 アーデルベルト、そしてアルバンが現れた。

 名誉決闘裁判の被告であるアカデミー生徒は登場していない。

 すでに死亡している。

 実家が不名誉であると当事者である次男坊を当主自らが刺殺し、当主自身も自裁している。

 どうか嫡男にはお慈悲をと、アレクサンダーには報告があがっている。

 

「あの家は残してやれ」

「承知しました。すぐに赦免を通達します」

 

 すぐさま、アレクサンダーは判断を下した。

 念のため、当主に関しては葬式も許すように告げる。

 そんなアレクサンダーとクラウスをよそに、入場口のアルバンが動いた。

 

「ディートリヒ卿、敵方にイザベラ嬢がおられますな」

「ああ、そのようだな」

 

 アーデルベルトを無視して。

 アルバンがディートリヒの横で、それとなく話を振る。

 アーデルベルトに疑心を抱かれないように、ただ事実だけを告げる。

 ほっとしたように、狂える大猪は息を吐いた。

 

「……パウラは無事に救出されたようだな。さて、アルバン殿。一つ言っておくことがある」

「なんなりと」

「決闘の見届けが終わり次第、姿を隠せ。君まで巻き添えで殺してしまいかねん」

 

 こっそりと。

 ディートリヒはアルバンにだけ聞こえるように、そう呟いた。

 

「……王妃派の」

 

 王妃派の騎士が十数名、決闘裁判が終わった後のディートリヒを取り囲んで殺そうとしている。

 それをアルバンは告げようとしたが。

 何の事はない、全て読まれている。

 アルバンは頷くこともなく、ただ一言のみを返した。

 

「承知しました」

 

 ディートリヒとアルバンは、会話を打ち切った。

 『狂える大猪』。

 そう呼ばれるディートリヒの防具は、装飾などない戦場用の、素朴ながら見事な甲冑である。

 鎧は小さな傷だらけだ。

 装甲に不備が無ければ不要であるとばかりに、あえて傷を消していないのである。

 楯は持っていない。

 ディートリヒのスタイルは完全な攻撃に特化している。

 両手に握るは、全長2.5mのルツェルンハンマーである。

 ディートリヒの攻撃手段とは、その狂った膂力でこの武器を振り回し、敵の板金鎧ごと肉体を破壊する。

 戦場に現れた破壊者である。

 

「……」

 

 コロッセウムは静かである。

 少しぐらいは手加減する様子を――せめて、その武器はよしておけ。

 完全に戦場の立ち振る舞いそのままではないか。

 そう観客の騎士たちはそう思ったが。

 ディートリヒ自身は違う。

 彼の心境は違う。

 

「……」

 

 手加減をしたいとは思っている。

 だが、自分にはできないだろう。

 ゆえに、互いに剣での決闘となるとまずいのだ。

 力量差が明確に出てしまう。

 せめて、一手二手、相手の攻撃を浴びての戦いを演じたい。

 むしろ、ディートリヒは配慮して、この愛用の武器を選んだのだ。

 

「ふん、やる気ではないか。ディートリヒ。もし貴様にその気があれば、今すぐ母上と私に謝罪の言葉を述べよ。一度は決闘代理人を断って申し訳ありませんでした。是非ともアーデルベルト様の親衛隊の末席でも良いので仕えさせてもらえないかと――」

 

 アーデルベルトが声をかけてきた。

 試合が終わり次第、睾丸を踏みつぶし去勢する予定の男である。

 

「しゃべるな、口が臭い」

 

 ディートリヒはつれなく返事をした。

 

「なんだと!」

「私が生涯で忠誠を誓ったのはアルミン様のみよ。貴様如き凡愚や暗愚という言葉どころか、家畜の豚にも劣る生き物に仕える騎士などどこにもいるものか。どうせ私を決闘裁判後に殺そうとするつもりであろうが――」

 

 ディートリヒは、アーデルベルトの首襟をつかんだ。

 そして、耳元でこうささやいた。

 

「皆殺しだ。お前ら王妃派閥全員を皆殺しにしてやる。これが終わり次第、誰もが小便を垂れ流して哀れを請おうが許すつもりはない」

 

 ディートリヒは本気であった。

 そもそも、誰かに制御できるような男ではない。

 たまたま野生の狂った大猪が、何故かアルミンという男にだけは酷く懐いた。

 それだけの現実でしかないのだ。

 その妹に毒を盛った以上、もはや王妃派閥全ての人間が殺戮対象であった。

 仮にアレクサンダー王とて、止めようとしても、これを止められるものではない。

 

「……」

 

 アーデルベルトは何かを口にしようとして。

 ただ間抜け魚のように、口をぱくぱくと開くだけであった。

 

「さて――まずは準備運動をしようか。レオンハルト卿。申し訳ないが、手加減は出来んぞ」

 

 殺そう。

 沢山殺そう。

 王妃派の騎士も兵士も沢山殺して殺して、死体の山を積み上げよう。

 皆殺しのメロディを奏でよう。

 容易いことだ。

 ディートリヒはそう笑って、愛用のルツェルンハンマーの柄を握りしめた。





【挿絵表示】


許可が下りましたので「7Knights to die」の表紙を公開します。
エンターブレイン(ファミ通文庫)様より今月末7/30発売です。
絵師はめいさい先生です。イケオジ、イケジジが描ける方で大変助かりました。
よろしくお願い致します。
紙でも電子でも構いませんので、どうかお買い上げくださるようお願いいたします。
(紙で買って頂けると続巻可能性が電子より高いです。もちろん電子で買ってくださっても当然ありがたいです)

あ、3500文字ほどの特典SSペーパーも2作書きました。

ゲーマーズ様:「興行主の目指すもの」
 ヴォルフガング・トラクスというスタープレイヤー二名を失った興行主が、ただ失意に沈むだけではなく対抗心を燃やして、興行という物を一から考え直す作品。

メロンブックス様:「ヨルダンの昔話と今後」
 ヨルダンの傭兵時代の話を聞くイザベラと、今後は筆頭家臣として当然求められる嫁探しについての話を書いた作品。

となります。

書籍版ですが1,2章126,651字に対して、更に30000字の加筆修正を加えた作品となります。
イザベラの客観的視点を本編に15000字追加の上、より精密に本編を修正。
ヨルダン外伝 書き下ろし外伝① accolade(騎士叙任式)
ヴォルフガング外伝 書き下ろし外伝② after that(それから)
トラクス外伝 書き下ろし外伝③ best friend(親友)

を加えた内容となっておりますので発売の際はよろしくお願いします。
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