7 knights to die   作:道造

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第50話 monster hunter(モンスターハンター)

 ディートリヒ卿の眼光が変わるとともに。

 両手に握りしルツェルンハンマーが音を立てた。

 全長2.5mの長柄の武器である。

 当然武器としては重たく、取り回しは悪い。

 だが、そんな悪条件などディートリヒの膂力の前では不利とならぬのだ。

 ディートリヒは走り込むと同時に、右斜め上からハンマーを撃ち放った。

 

「――」

 

 レオンハルトは一瞬ためらった。

 彼の装備は、カイトシールド(凧型盾)にロングソードという騎士にとって伝統的なスタイルである。

 正直、ディートリヒ卿と戦うにあたっては悪条件であると、七騎士の誰もが判断した。

 何せ、レオンハルトでさえそう思う。

 だが、「では、ディートリヒ卿に勝ちうる装備は存在するのか?」と問われると誰もが閉口する。

 勝利条件を整理する必要があった。

 出血させる。

 一太刀を浴びせる。

 そこまで出来れば騎士としては誇ることができよう。

 あいてはまさにモンスター(化物)だ。

 だから、騎士として如何に勇ましく誇らしく戦うかが求められる。

 ゆえに、この装備だった。

 

「避けろ!」

 

 観客の数人が叫んだが。

 避けない。

 その判断は騎士として有り得ない。

 誇らしくない戦い方である。

 私は左手のカイトシールドで、あえてディートリヒ卿の攻撃を受けた。

 楯の中央で受けるのではない。

 楯の端で受ける。

 だが――

 その楯の端が、ものすごい勢いで削れた。

 ぞっとするような音であった。

 この一撃で、金属製のカイトシールドが数センチも削れたのだ。

 当然、それだけの威力を受けた左腕も無事では済まない。

 

「――ッ!」

 

 腕がジンジンと痺れる。

 幸い、受ける覚悟はできていたので、防御の体勢にて攻撃を迎えることは出来た。

 ゆえに、地面を転がるような無様は避けられた。

 ぶん、と風切り音を立てて、またハンマーが引き戻される。

 攻め込もう、と考えるが駄目だ。

 次の攻撃に耐えられない。

 今の『金属製の盾が数センチ削れるほどの攻撃』は別にディートリヒ卿の本気ではない。

 少なくとも絶命を狙った必殺の一撃ではない。

 ただ次々と振るわれる中の一手に過ぎないのだ。

 だから、何度でも同じ攻撃が2,3秒ごとに訪れる。

 

「――ッ!」

 

 だが、避けない。

 観客は何やら「逃げろ逃げろ」と囃し立てるのではなく、本気で「逃げないと死ぬから逃げろ!」という意味で絶叫している輩が増え始めたが。

 逃げない。

 それは騎士として恥である。

 このレオンハルトは真っすぐ、真正面からディートリヒ卿に挑んで見せよう。

 正気ではない。

 ヨルダン卿などは、この作戦に真っ向から反対されたな。

 

「私だけではない。ここにいる七騎士誰もがディートリヒ卿の戦を見たことがあるだろう。あれは駆逐だ。戦いではない。絶望的なモンスター(化物)が眼前の敵を屠るだけの駆逐だ」

 

 確かに見たことがある。

 彼はこうも言った。

 ハンター(狩猟家)がこの世の何処にもいない化物なのだと。

 確かに、常道では勝機は見いだせない。

 それでも。

 レオンハルトはアッカーマン辺境伯領騎士団長、筆頭家臣にして歴戦の騎士である。

 その事実だけで。

 

「血が滾るわ」

 

 死など怖くない。

 もっとも怖いものは、あの御方の騎士であることを誇れなくなることだけであった。

 攻撃を受ける。

 ディートリヒ卿の攻撃速度は上がっている。

 通常の騎士ならば振り回す事も容易ではないハンマーも、彼にとっては木剣も同然であった。

 回転。

 風切り音を上げて、ルツェルンハンマーはディートリヒ卿の周囲を旋転している。

 人はこれを「死の旋風」と呼んだ。

 まだ本気ではない。

 この状況においても、彼はまだ本気ではないのだ。

 手を抜いている。

 

「降参を!」

 

 観客の騎士が叫び出した。

 なんだ、ディートリヒ卿が化物と呼ばれる由縁を初めて目にしたのか?

 まだ早いわ。

 「死の旋風」と接敵する。

 とにかくも、本気を出させぬことには話にならぬ。

 そこに隙が生まれるのだ。

 

「――ッ!」

 

 ディートリヒ卿が反応した。

 またハンマーが振り下ろされる。

 カイトシールドでなんとかしのぐ。

 また、盾の端が数センチ『削れる』ことと、自分の左腕のダメージを引き換えとして。

 そして、今度はそれだけではない。

 すぐさま、左斜め上からの攻撃が襲ってきた。

 これをロングソードで防ぐが。

 これも、やはりだなあ。

 ぞっとするような音が鳴った。

 鋼の削れる音。

 

「――ヒィ!」

 

 初陣を経ていない者などいない騎士の観客からさえも、赤子のような悲鳴が聞こえた。

 削れたのだ。

 ごりっと鋼と鋼がこすれる音を鳴り響かせて。

 防いだロングソードの端が欠けて、ものすごい音を立てて飛び散った。

 その鋼粉がコロッセウムの観客にさえ見えたのだ。

 

「人じゃねえ!」

 

 今更何を。

 これがザクセン王国最強騎士、ディートリヒ卿である。

 人間ではないのだ。

 人ではない化物と私は戦っているのだ。

 それは分かって頂けたかな?

 観客の全てが、それを理解したならば、よろしい。

 ここからだ。

 ここから、勝負が始まるのだ。

 

「挑むぞ、ディートリヒ卿。我が誇りを見届けよ」

 

 ぴくり、とディートリヒ卿が反応したように見えた。

 返事はない。

 戦闘時の彼は何もかも曖昧で、正気ではなかった。

 だが、一つだけ伝わることがある。

 覚悟――

 自分に死に物狂いで挑んでくる奴が現れたなという、ただそれだけ。

 

「いざ、尋常に」

 

 そうディートリヒ卿の口から、言葉が発せられた。

 尋常に。

 尋常にか。

 貴殿と尋常の勝負が成り立つ者など、この世の何処にも存在しないよ。

 神様は不公平な才能を貴方に配分したのだから。

 だが、こちらも卑怯な真似はせぬ。

 真正面から堂々と歩み寄った。

 

「やめろ! 無茶だ!!」

 

 また観客の叫び声が聞こえた。

 ディートリヒ卿と、私との距離は。

 わずか十歩の間である。

 これを僅か五歩までに縮める。

 まずはそこまで近づかねば、一太刀浴びせることも不可能であった。

 真正面から、相手が一撃を放つ前に殴りつける!

 それすら不可能なのだ。

 

「勝負だ、ディートリヒ卿」

 

 私は挑発をした。

 かかってくれるはずもない挑発を。

 

「オオッ!」

 

 ディートリヒ卿が、本気を出した。

 身体を回転させて、矛先を左斜め下から屋根の形まで振り回しての攻撃。

 怒りの一撃。

 

「――」

 

 強烈な一撃であった。

 今度はカイトシールドが数センチ削れる程度ではない。

 カイトシールドを貫いたのだ。

 貫いて、そのまま切り落とした。

 楯はその存在価値の役目を果たさず。

 私の左腕は、深い傷を負った。

 出血。

 強烈なダメージ。

 熱湯を浴びせられたような痛みが、私の左腕を襲う。

 

「……ふふ、ヨルダン卿のようにはいかんか」

 

 上手くすれば、決闘裁判の第一戦で見せたようなヨルダン卿の戦闘技術。

 楯で、一時的に対戦相手の武器を奪う。

 それも有り得ると思ったのだが、ヨルダン卿が受けた一撃とは違って、これは真の化物の刃である。

 そのまま金属製のカイトシールドを真っ二つに切り裂いた。

 ぐわん、とカイトシールドの半分が地面に音を立てて転がった。

 

「――」

 

 だが、一瞬の隙は出来た。

 体当たり。

 すかさず、レオンハルトの頭にはそれが思い浮かんだ。

 体当たりから、すかさず鎧間に剣を差し込んでの刺殺である。

 

「オオオオオッ!!」

 

 レオンハルトの鉄靴に力が籠る。

 発条が跳ねるように、私は飛び掛かった。

 問題は、相手がディートリヒ卿だということ。

 ただそれだけ。

 私の体当たりは、全重量をかけての突進は、攻撃で体勢を崩したディートリヒ卿にすら通じぬ。

 鎧の重量を含めた全身による体当たりであるというのに。

 互いの鎧が強烈な重低音を上げて衝突するが、ディートリヒ卿は倒れぬ。

 

「――」

 

 肘鉄。

 すかさず左手をハンマーから離して、私の頭に肘鉄が入った。

 強烈な一撃。

 眩暈がした。

 なにせ、相手はやろうと思えば人力で胴体を引きちぎれるのだ。

 だがディートリヒ卿よ。

 一つだけ、貴殿にも欠点というのはあるのだ。

 それは、貴方がいくら化物でも、私が全力を用いれば担げる程度の重さということだ。

 刺突する。

 もはやロングソードは捨てた。

 腰に吊るしていたナイフで、ディートリヒ卿の腿を刺突する。

 これは通用した。

 

「――」

 

 もちろん、ディートリヒ卿は悲鳴一つすら上げぬ。

 苦痛の表情すら浮かべぬ。

 彼の騎士としての血が全身を巡り、戦闘時の痛みを消しているのだ。

 だが、これはどうかな。

 

「――オオッ!」

 

 私は全身全霊の力を込めて。

 ディートリヒ卿の胴を掴んで、体を持ち上げた。

 もちろん、ディートリヒ卿は抵抗して私の肩を掴んだ。

 その強靭な膂力で鎧が変形した。

 肩には強烈な痛みが走っている。

 

「くらえ、ディートリヒ卿」

 

 構わぬ。

 肩が使えなくなっても構わぬ。

 左腕が使えなくなっても構わぬ。

 それでも、この一度きりの力が使えればよい。

 私はディートリヒ卿の身体を担ぎ上げて、その鎧を含めた重量で全身に悲鳴を上げながらも。

 アリーナの床石に、彼の身体を叩きつけた。

 通常ならば、死ぬほどの勢いで。

 

「――おお!」

「――やりやがった!!」

 

 観客が歓声を上げる。

 まさか、ディートリヒ卿にここまでやれるとは誰もが想像していなかったのだろう。

 だが、私はすぐに右腕でロングソードを拾い上げた。

 もちろん、左腕のカイトシールドは役に立たない。

 というより、もう左腕は出血で持ち上げることが出来ぬ。

 両肩は鎧ごと、彼の膂力でひしゃげていた。

 兜も彼の肘鉄で凹んでいて、眩暈も治らぬ。

 満身創痍であった。

 

「――」

 

 ディートリヒ卿はといえば。

 左足の腿に、ナイフが刺さっていたが、それは地面との衝突時に抜けたようだ。

 そして、私が与えたダメージといえばそれだけなのだ。

 たった、それだけ。

 

「素晴らしい」

 

 ディートリヒ卿が、まるで正気を取り戻したかのように言葉を発したが。

 途端に、ばん、と両手でアリーナの床石を叩いて跳ね起きた。

 地面に叩きつけた、そのダメージなど皆無だと言いたげに。

 すくっと立ち起きて、周囲を見渡すことすらなくルツェルンハンマーを拾い上げる。

 ドミニク卿が、叫んだ。

 

「双方、そこまで――。こちら側の」

「まだだ!」

 

 ドミニク卿が敗北の声を挙げようとした。

 だが、止める。

 まだだ。

 おそらく、観客は私が善戦したと認めてくれるだろう。

 あの化物相手によく頑張ったと褒めてくれるだろう。

 世間からの名誉だけは守られるだろう。

 それだけ。

 それだけだ。

 私が、私の納得がまだ終わっていない。

 私はまだ『恥さらしのレオンハルト』のままである。

 その納得が終わらねば、このまま死んだ方がマシだ!

 

「――」

 

 右手でロングソードを振り上げる。

 屋根の構え。

 怒りの一撃を放つための姿勢であった。

 せめて、一太刀。

 一太刀を浴びせてから死のう。

 そう覚悟を決める。

 

「やめなさい! レオンハルト!!」

 

 たまらず走ってきた、イザベラ様の叫び声が聞こえた 

 そんな気がした。

 私にはアッカーマン辺境伯より死後を頼まれた。

 それだけが心残りであったが――

 もうヨルダン卿という立派な家臣がいる。

 私の役目は終わったのだ。

 

「ディートリヒ卿! 最後の一戦をお願いしたい!!」

「――」

 

 ディートリヒ卿はやはり答えなかった。

 ただ、一撃を振るうのみである。

 左斜め上である。

 私は自分に襲い掛かるそれを無視して、眼前のディートリヒ卿に一撃を加えようとして。

 

「すまない。レオンハルト卿。貴卿を殺すのは、やはり惜しい」

 

 また、強烈な破裂音が鳴り響いた。

 鋼が割れる音。

 私のロングソードが、圧し折れたのだ。

 ディートリヒ卿の本気の一撃で。

 

「なんと!」

 

 私は叫び声をあげた。

 それでもかまわずナイフを取り出し、突進しようとしたが。

 

「ここまでだ! 潔く敗北を認められよ、レオンハルト卿。敗北を宣言する!!」

「承った」

 

 ドミニク卿の絶叫。

 それはコロッセウム全体に響き渡るほどの声であった。

 私はそれを拒んだ。

 

「ドミニク卿! 何故お止めになる!!」

「貴方はディートリヒ卿が正気に返るほどのダメージを与えた。もう十分であろう」

 

 そう言われた瞬間に、崩れ落ちる。

 身体の力が抜けたのだ。

 騎士が闘う際に神から得られる、痛みの感覚を無くすほどの燃える血が、効力を失ったのだ。

 

「よくぞ成し遂げられました。あそこまでディートリヒ卿を追い込んだ騎士は、他にいないでしょう」

 

 紋章官殿が慰めるように、言葉を告げる。

 私はといえば、左腕の大出血。

 潰れた両肩の鎧と、おそらくヒビが入っているであろう骨。

 頭から出血したとしか思えぬほどの眩暈。

 その三つに加え、使い果たした体力で膝が折れそうになった。

 倒れるな。

 ここで倒れては恥ぞ。

 そう自分を励ます。

 

「うむ、ここまで追い込まれたのは事実初めてだ。誇ってよいぞ、レオンハルト卿」

 

 ディートリヒ卿は、ナイフで刺された左腿を撫でている。

 そうしてルツェルンハンマーを拾い上げて、それを片手で振り上げて、こう叫んだ。

 

「ザクセン王国の騎士達よ。勝負は終わった。見ての通り、私の勝利だ。しかれど侮るなかれ。アッカーマン辺境伯領の騎士団長にして筆頭家臣、レオンハルト卿を褒め称えよ」

 

 らしくもない。

 「狂える大猪」の彼にしてはらしくもない、剣闘士じみたことをして、コロッセウムに一つの約束する。

 

「彼を侮るような者がいれば、私自らが現れて、その者を殺してくれるわ!!」

 

 それは脅迫であろう。

 そう言おうとしたが、我らが誇れるザクセン王国の騎士たちはそれに怯えるのではなく。

 

「素晴らしい戦いであった」

「レオンハルト卿こそ騎士の誉れぞ!」

 

 そう褒め称える声が聞こえる。

 私は成し遂げたのだろうか?

 眩暈がしている。

 やはりあの肘鉄で、頭から出血しているのだろう。

 どろりと視界が真っ赤に染まり、意識が溶暗していく。

 アッカーマン辺境伯。

 私は果たして、貴方にとって誇れる騎士であったのでしょうか?

 最後までちゃんとやり遂げたのでしょうか?

 全ての思考がただそれだけに傾いていく中で、私は意識を失った。




ついに7/30発売日直前となりました。


書籍版ですが1,2章126,651字に対して、更に30000字の加筆修正を加えた作品となります。
イザベラの客観的視点を本編に15000字追加の上、より精密に本編を修正。
ヨルダン外伝 書き下ろし外伝① accolade(騎士叙任式)
ヴォルフガング外伝 書き下ろし外伝② after that(それから)
トラクス外伝 書き下ろし外伝③ best friend(親友)

となります。是非ご購読いただけましたら嬉しいです。


また、3500文字ほどの特典SSペーパーも2作書きました。

ゲーマーズ様:「興行主の目指すもの」
 ヴォルフガング・トラクスというスタープレイヤー二名を失った興行主が、ただ失意に沈むだけではなく対抗心を燃やして、興行という物を一から考え直す作品。


メロンブックス様:「ヨルダンの昔話と今後」
 ヨルダンの傭兵時代の話を聞くイザベラと、今後は筆頭家臣として当然求められる嫁探しについての話を書いた作品。

となります。
よろしくお願いします。
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