第53話 Whirlwind of Death
王都に死の旋風が吹き荒れている。
始まりは第一王子親衛隊長、ディートリヒ卿の失踪であった。
その失踪した翌日からだ。
第二王子派閥、王妃派閥と目される役職の騎士家に押し入り殺人が発生しだしたのは。
すでに十八名が殺害されている。
もちろん、すぐさまに殺害犯行者は特定された。
遺体がまるで熊に襲われたかのように、ただ素手にて首が引きちぎられていたからだ。
ディートリヒ卿以外に、こんなことをする人間はいないのだし。
また、そのような行為を可能とする人物も存在しなかった。
そして――全てをすぐさま諦めた。
ザクセン王都都市警察は、犯人を突き止めながら捜査を途中で断念した。
「我らにどうやって止めろと? 我らの任務は王都治安の維持であり、貴族同士の争いごとには関われない。それに――」
噂が流れた。
王都市民の間にも、騎士の間にもだ。
まだ文字も書けぬ子供ですら知っている。
『第二王妃マルゴット様は実は毒殺されており、ディートリヒ卿の妹であるパウラ嬢も毒を盛られた』と。
そして、その毒を盛った犯人は王妃テレージアであると。
とんだ王家の醜聞である。
だが、醜聞であるからこそに真実味があったし。
現実を見る限り、だからこそディートリヒ卿は暴走しているように思えた。
そもそもが、ディートリヒ卿が王妃派閥に味方して決闘代理人として出てくる理由が妹を人質に取られて脅された――それくらいしかなかったので。
今こうして、毒を盛った実行犯の捜索を自ら行っているのだと、誰もが考えた。
「ならば、市民が巻き込まれることはあるまい」
王都都市警察が市民から非難を浴びることはない。
完全に殺される側の自業自得である。
そんな冷たい見解を、都警は述べた。
もちろん、貴族同士の争いごとを仲裁、及び法の番人としての立場から取り締まる組織もある。
処刑執行人と憲兵を兼ねる、サムソン家を代表とした騎士家である。
だがしかし、だ。
彼らは襲われた騎士家、これから襲われる騎士家からの嘆願や護衛を冷たくあしらった。
「確かにフェーデ(自力救済)は禁じられている。しかしな。我らにどうしろと?」
どうしようもないのである。
ここでアレクサンダー王からの命令でもあれば面子問題も関わる。
扱いも多少違ったであろう。
だが、王は何も言わない。
世間に流れる醜聞を流しているのは王自身であるという噂さえもあった。
これは「察しろ。何もするな」ということであろう。
それに――
「ディートリヒ卿相手に、どうしろと?」
確かに治安維持機構としての面子はある。
だが、無力である。
ディートリヒ卿という凶悪な暴力に対する対抗手段がないのだ。
『狂える大猪』に対抗するには最低でも30人の死に物狂いで闘う騎士が必要であろうが。
まさか、これから襲われるだろう全ての騎士家にそれだけの兵力を用意せよと?
到底無理な話であるし――そもそも法の番人とて人間である。
「自業自得ではないかな?」
そんなにも死にたくないなら、他にもっとやるべきことがあるのではないか。
ある親切な憲兵は、そう嘆願してきた王妃派閥の騎士に教えてやった。
やるべきことは、ただひとつ。
アレクサンダー王への陳情である。
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「アレクサンダー王、どうかお慈悲を」
「知らん。全員死ね」
けんもほろろ。
跪いて頭を下げる騎士――王妃派閥の代表に、アレクサンダー王は自分の爪を眺めていた。
変なささくれとかできてないかな?
王妃派閥の騎士の命などどうでもよかったし、自分の爪の状態の方が気になっていた。
歳をとるにつれ、潤いが消えている。
王妃派閥の存命よりも、肌のケアの方が重要であるのだ。
「陛下、確かに我らは王妃派閥と呼ばれる存在です。ですが、アレクサンダー王への忠誠を忘れたわけではありません。世間で流れる噂のように、マルゴット様をテレージア王妃が毒殺したなどと誰も――」
「知らなかったでは通らん」
確かに、知らなかったのだろう。
だが、それがどうしたとなってしまう。
アレクサンダー王にとっては、死ぬほどどうでも良かった。
「これは戦だ、戦でお前らは負けたんだ。殺そうとした相手が怒り狂って、お前らを殺そうとしたところで仕方ないではないか。道理だ。そもそも、世間で流れているのは噂などではない。事実、ディートリヒの妹パウラ嬢は毒を盛られた。だからその犯人を探し出そうとしている。それが現実だ」
「その過程で、全く状況を知らなかった私たちが、いくら殺されようが知ったことではないと?」
「そうだ。それだけの話だ。嫌ならディートリヒに抗え。騎士らしくな」
抗えるものか!
嘆願している騎士はそう叫びそうになった。
あの「狂える大猪」にはどのような抵抗も無意味だった。
「陛下、陛下には王都の治安を維持する法的な役割が求められ――」
「少なくとも貴様らにその恩恵を与える理由はない」
アレクサンダー王は断言した。
「王よ!」
「別に閥を作るのは仕方ない。人が集まればそういう物もできるだろう。だが派閥争いで負けたからといって、王への忠誠を忘れた連中に慈悲をくれてやる理由がない」
「私たちが王への忠誠を忘れたと?」
さも心外だと言いたげに、騎士は首を振るが。
アレクサンダー王には通用しなかった。
「忘れているではないか。知っての通り、我が第二王妃マルゴットはそもそも正式な私の婚約者だった。愛する妻だった。それをラインホルト公爵が後から割り込んで、私に正妻として娶らせた。その際に派閥として協力したのが、お前らの家だ。まさか、その恨みを私が忘れたとでも思っていたのか?」
「それは――」
「少なくともディートリヒの奴めは、私の愚痴を覚えていたようだぞ? 今、順番に殺されているのは、あの時ラインホルトに協力した騎士家であるからな」
ディートリヒも何も無作為に王妃派閥を殺しているわけではない。
順番を選んでいる。
そして、それは「とにかく殺しやすい奴」ではなく、罪が重い順だった。
まずは王妃テレージアやラインホルトに忠実であった伯爵家が襲われた。
次にその子分ともいうべき連中が順に殺されていっているのだ。
当然だが、生まれ変わった公爵家もそれを咎めるつもりなどない。
「ハッキリ言おう、私は今喜んでいるよ。国家にとって内憂としかいえぬ、あのテレージアを王妃として送り込んだ阿呆どもが大量に殺されているのだからなあ。汝ら、罪ありき。国益を考えれば、貴様らは死ぬべきだ」
「――」
反論すべき余地はなかった。
全て事実であるからだ。
「ディートリヒも、戦闘中は正気を失っても、幼子ばかりには手を出さん。よかったではないか、家自体は存続するのだから。まあ、その貴族家としての存続はありえぬがな」
「子供たちには爵位を相続させず、剥奪すると?」
そんなことが認められるとでも――騎士はそう言いたげにするが。
「やりたければ抵抗しろ。『お前らが忠誠を誓っている派閥の主』を表舞台に出してな」
「それは――」
出来なかった。
テレージア王妃にも謁見を申し込んでいるが、全て断られている。
まるで、お前らの不平不満など知ったことかと言いたげに。
表舞台に出ることを恐れて――そうだ、ディートリヒ卿に殺されることを恐れているのだ。
王妃の親衛隊長がコロッセウムで無残に殺されてから、ずっと宮殿に引きこもっている。
「お前らは人生の選択を間違えた。大人しく駆逐されろ。それとも爵位も騎士位も何かも捨てて、王都から逃げ出すか? ディートリヒが大人しくそれを許すとも思えんがな」
「王よ、どうかお慈悲を――なんでもしますので」
全面降伏である。
無条件の降伏しか、もはや騎士には取るべき手段がなかった。
「ほう、今、なんでもするといったな」
「はい、なんでも」
「そうかそうか。では、そうだな――」
アレクサンダー王は再び爪を眺める。
爪のささくれを綺麗に剝く手段について考えていた。
傍にいる従者が、跪いて頭を下げる騎士をどうでもよさそうに眺めつつ、「爪切りをとってきましょうか?」と口を挟んでくる。
まあ、それは後でも良かった。
「我が愛妻マルゴット、そしてパウラ嬢、この二人に毒を盛った下手人を探し出せ。そして何の毒を使ったか、可能ならば解毒する手段を見つけよ」
アレクサンダー王が口にしているのは道理であった。
取引の一つといってもよい。
それさえ達成すれば、ディートリヒも少しは落ち着くであろう。
生き残った者に温情をくれてやっても良いという判断である。
「……それは」
「難しいとは言わせん。どうせ王妃派閥など消えてなくなるのだ。どれだけお前らの中で魔女裁判が如き密告や裏切りが起きようが知ったことではない。こちらの目的が達成されない以上、慈悲をくれてやる理由など存在しない」
確かにその通りであると、騎士も認めざるを得なかった。
事実、犯人や解毒剤が見つかるまで、ディートリヒは殺戮を続けるだろう。
死の旋風は止まらないだろう。
「それが嫌なら、さっさと死ぬがよい」
「畏まりました。すぐに、すぐにでも用意いたしますので。どうか、それまではディートリヒ卿を」
「それは無理だ。お前ら派閥内部での解決が早いか、それとも全員死ぬのが早いか。どちらかだな」
わかったら去れ。
そう言いたげに、蠅でも払うかのようにアレクサンダー王は手を振った。
すでに主君と騎士との礼儀を守る気もないのである。
それに絶望しながら、騎士は謁見の間から立ち去った。
「……よろしかったのですか? あんな約束をして」
謁見の間に居ながら、ずっと黙っていたクラウスが口を開く。
「お前も横から口を挟まなかったではないか。どうせ犯人など見つからん」
実行犯はすでに消されているだろう。
テレージアの事だ、そういうことを平気でする。
生き汚い。
それがアレクサンダー王の彼女に対する感想だった。
「だがまあ、ちゃんと解決するというならば生き残った連中ぐらいには慈悲を見せても良い。無理だろうが」
「無理でしょうね」
クラウスも同意見である。
犯人は見つからぬ。
『死の旋風』が止まることもない。
あの謁見の間から立ち去った騎士も、そのうち死ぬだろう。
「ディートリヒが騎士の地位を捨ててまで、ザクセン王国の内憂駆除を始めてくれたのだ。わざわざ止める理由が私にはない」
「それもそうです」
結論からいって、王妃派閥は皆死ぬのだ。
子供くらいは見逃してやるつもりであるが。
だが、貴族として生かすつもりはない。
一市民としては残してやるから、精々市井で頑張ってもらおう。
それが王として見せられる僅かながらの慈悲であった。
「では、解毒剤の入手に関しては如何します? テレージアを拷問しますか?」
「それで吐くならそうしたい。だが吐かぬだろう。アーデルベルトを今まで殺さなかったのと同じで、私が自ら王妃を拷問するというのも問題だ。市民に狂王と評判を立てられてはかなわぬ」
王には意外と権限がない。
やれるべき手段も限られてくる。
自身の名誉が関わってくるからだ。
「我が名誉を落としてでも、愛妻を守れなかった馬鹿な王様という汚名を背負っても。醜聞をばらまくことには成功した。だが、ここまでが限界だ」
さて、ではどうする?
ここからが問題なのだが。
アレクサンダー王は、提案された手段をクラウスに相談する。
「ブルーノの奴めがなんとかすると言っているのだがな」
「ブルーノが?」
クラウスは首を傾げる。
第四王子ブルーノ。
アーデルベルトの実弟で、テレージアの第二子である。
クラウスとアルバンにとっては唯一可愛げのある従兄弟でもあった。
尤も、本人はアーデルベルトにもテレージアにも懐かなかった。
彼が家族と認めるのは、アルミン王太子とその弟である第三王子ベルノルト、そしてアレクサンダー王のみである。
「息子の立場から、救いの手を差し伸べるフリをしてやれば情報を漏らすかもしれぬと」
「なるほど。悪い手では――というよりも、それ以外になさそうですな」
クラウスは首肯する。
だが、どこまでテレージアの懐に入り込めるか。
それも今から媚びるように。
それだけが問題であるが。
「そういえば、ブルーノは当然だがテレージアに全く似ておらぬ。だが、私にも似ておらんな。どちらかというと公爵家の血で――」
「アルバンに似ておりますな」
「そうだな」
従兄弟であるのだし、無理もないが。
そうクラウスは判断し、まあブルーノなら上手くやるだろう。
アルバンと同じで、なんだかんだと解決してしまうところがあった。
従兄弟に期待を寄せながら、クラウスは考える。
「それにしても――あのテレージアにアーデルベルト、決闘裁判の五人目は誰を選出するのでしょうね」
「そうだな。決闘代理人が出せないならば、まあ不名誉かつ不戦敗となるが」
正直言えば、もはや重要ではない。
ディートリヒのお陰で、少しづつやる予定であったザクセン王国の内憂は一掃されるだろう。
アーデルベルトにテレージア、そしてそれに忠誠を誓ってしまった愚かな騎士諸共に。
結局は、暴走した暴力に勝てるものなど何処にもないのだ。
そう考えながら、クラウスとアレクサンダー王は会話を終えた。
再宣伝です。本作の書籍版一巻が7/30に発売されました
また、3500文字ほどの特典SSペーパーも2作書きました。
ゲーマーズ様:「興行主の目指すもの」
ヴォルフガング・トラクスというスタープレイヤー二名を失った興行主が、ただ失意に沈むだけではなく対抗心を燃やして、興行という物を一から考え直す作品。
メロンブックス様:「ヨルダンの昔話と今後」
ヨルダンの傭兵時代の話を聞くイザベラと、今後は筆頭家臣として当然求められる嫁探しについての話を書いた作品。
となります。
よろしくお願いします。