「さて、父には私に任せてくれと言い切ったものの。どうすべきかと考えております。こんな時、いつもはアルミン兄様に相談するのですが」
「今、少しでもアルミン殿下側だとテレージアに疑われる行動は出来ないと」
第四王子ブルーノ。
ようやく十四歳となり、ザクセン王国では成人として認められる年齢となった。
これにより、アレクサンダー王が本来こなす政務の一部を負担している。
それと執務室で対面しているのは、その従兄弟となるアルバンである。
「はい、最後にベルノルト兄さんと寝室に呼ばれた際に、これから困った時があれば、よくよくクラウスと。そしてアルバンに相談すべきだと言われたのを思い出しました」
「クラウス兄さんはともかく、まだ未初陣の私にそこまで期待されても困るのだが……」
困る、とはいいつつ。
唯一マトモな従兄弟といっていい、ブルーノに頼られては悪い気はしない。
アルバンにとっては可愛い弟分のようなものである。
どうにか手助けしてやろうと考えた。
「ハッキリ言いますと、私はアーデルベルトにもテレージアにも嫌われております」
私もあの二人はさっさと死んでほしいくらいに嫌いだから、別に構いませんが。
そう言葉尻に付け加えて、ブルーノは困り顔を見せた。
「ですが、ここからテレージアの好感度を稼ぎ、なんとか毒が何か突き止め、可能ならば解毒剤を入手せねばなりません。私から救いの手を差し伸べたのだと、テレージアに勘違いされる程度の信用を得なくては」
状況的に、確かに今はそれがネックだ。
アルバンは頷き、首をひねる。
「まあ、何かこちらからアクションを起こす必要があるが。とりあえず一案はある。その下準備もしてはいる」
「ほう、さすがアルバン兄さん。その答えとは?」
「第五試合の決闘相手がまだ決まっていないだろう? 君が母や兄のためにわざわざ用意したのだと恩を着せれば、テレージアの心証は変わるだろう」
アルバンの提案に、ブルーノは眉をしかめた。
「できれば、それは避けたいところですが。正直、私の意見としましては――全ての泥を被ってくれる上に、殺す大義名分もあるディートリヒ卿が存在する以上、強いてこれ以上の決闘裁判を続ける必要もないと思うのです。七騎士側に死者が出たら、たまったものではない」
「確かにそれはそうだ。だが、それはただの理屈だ。そして七騎士側へのその意見は、彼らの覚悟に対する侮辱でしかないぞ、ブルーノ」
ディートリヒの妹パウラ嬢に毒を盛ったテレージア。
ディートリヒを決闘裁判後、多数で囲んで殺そうとしたアーデルベルト。
両方とも「死の旋風」に殺されるには十分すぎる大義名分である。
あるが。
「騎士とは面倒なものでな。たとえ形骸化した形でも、決闘裁判という神聖な場を設けた以上は、最後まで全うすべきという考えなのだよ。これはアレクサンダー王も、クラウス兄さんも、そしてザクセン王国中の騎士も共通した意見だ」
「アーデルベルトは決闘裁判の最後に全ての名誉を剥奪され、殺されるべきだと?」
「それが一番美しい。決闘相手側の七騎士とて、そう考えているだろうな」
美しい、美しくない、という美学は理解できなくもない。
ブルーノはそう考えつつも、頭をかりかりと掻く。
「ですが、もう決闘相手なんて見つかりませんよ?」
問題の中核を明確に示唆する。
もういない。
どこにもいない。
誰が好き好んで名誉も地位も命も、何もかも失う寸前のあの二人に味方する馬鹿がいるだろうか。
そもそも最初からマトモな奴がいなかったではないか。
騎士という物を根本的に勘違いして、金に目が眩んで撲殺された剣士シュテファン。
名誉決闘裁判の対戦相手であるというのに、イザベラの名誉を守る演出に快く応じた剣闘士トラクス。
農民の釈放を人質に取られ、脅迫されて出場した『鉄の手』ベルリヒンゲン。
同じく妹を人質に取られ、脅迫されて出場した『狂える大猪』ディートリヒ卿。
マトモな理由で参加している人間など、アーデルベルト側に一人もいなかった。
「こういう窮地の時にこそ味方すべきだと、手を上げるべきが真の騎士なのだが。まあそういうのはアッカーマン辺境伯のような人格者の特権だな」
アルバンもハッキリと言ってしまう。
アーデルベルト側に対して、アッカーマン辺境伯の愛娘イザベラの名誉を守るために名を挙げた七騎士。
黒騎士ヨルダン、剣闘士ヴォルフガング、処刑執行人サムソン、陪臣騎士レオンハルト。
誰一人として、王から支払われる報酬や栄誉目当てで動いたものはいない。
誰もがアッカーマン辺境伯への恩返ししか考えていないのだ。
決闘裁判の内容が誇り高きものになったのは、彼らが誇り高きゆえである。
「私もいつかアッカーマン辺境伯のように立派な騎士になりたいものです。父にとって、本当に惜しい盟友を失いました」
「そうだなあ……」
「まあ、それはさておき。今述べたように、もう決闘相手なんて見つかりませんよ? 何処で調達せよと」
ブルーノはため息を吐いた。
だが、アルバンは真顔で言い放つ。
「もちろん王妃派閥だ」
「誰がこの地獄みたいな状況を招いたテレージアに、今更味方すると――」
ブルーノは意見を跳ね除けようとするが。
「誰がテレージアに味方するといった。味方するのはブルーノ、君にだろ。王妃に味方するのと、第四王子に味方するのでは大分意味が異なるぞ」
「ほう」
続けての言葉に、フクロウのように鳴いた。
ブルーノの頭は悪くない。
言いたいことはすぐさま理解できた。
「私の言葉に応じてならば、決闘裁判に出ても良いという騎士が王妃派閥にいると?」
「いる。王妃派閥が今追い詰められているのは知っての通りだ」
アレクサンダー王が王妃派閥に突きつけた条件。
毒を盛った下手人の確保、及び毒の判明もしくは解毒剤の入手。
それは達成不可能だと、ブルーノもアルバンも考えている。
「蜘蛛の糸を垂らしてやればよい。ただし、最初は一本だけのな」
「……アルバン兄さんはディートリヒ卿と連絡がとれているんですよね。この騎士家だけは襲わないようにとお願いすることは」
「一応は私も『ロバの耳』所属ということになっているからな。連絡は出来るし、もちろん可能だ」
蜘蛛の糸。
ディートリヒ卿に襲われないという確実な保証。
たとえ決闘裁判で死んでも、その騎士家の嫡男には爵位をそのまま相続させると確約する。
いくつか条件を持ち出せば、確かに我も我もと手を上げると思えた。
さすがはアルバン兄さんだ。
これは、お人好しで有能な彼らしい発想から出たものだ。
「……一応聞いておきますが、アルバン兄さんはひょっとして」
「正直言えば、王妃派閥の皆殺しにも反対だ。今現在ディートリヒ卿に殺されていっている連中は本当にどうしようもない連中だったから別に良いが――全員が全員、腐っているわけではない。改悛の機会と慈悲を与えるべき騎士家もある。それらは救ってやりたい」
甘いな。
甘い考えではあるが――アルバン兄さんらしいと言えば、らしい。
ブルーノは笑った。
対して、アルバンは大真面目な顔で迷いを告げる。
「やはり甘い考えだと思うか?」
「いえいえ、アルバン兄さんらしくてよろしい。いいでしょう。このブルーノも、父への嘆願には協力します。ですが、そうするには――」
「ディートリヒ卿が止まってくれる条件を達成せねばならない。それは分かっている」
結局はパウラ嬢が未だ毒に侵されているのが問題なのだ。
それが解決しなければ、何一つ前に進まない。
このまま王妃派閥は皆殺しだ。
「とにかくテレージアからの信用を勝ち取ることだ。話を戻そう。王妃派閥から騎士を見繕う。第四王子ブルーノからの要請に応えたという形での参戦だ」
「わかりました。さて、ですが誰でもいいとはいきますまい。ここで内憂として処分すべき騎士家を選んでは、私が父から叱られてしまいます」
「うん、それについては心当たりがある」
アルバンは力強く答えた。
「やはりアルバン兄さんは頼りになる」
ブルーノはそう感心しつつ、それが誰かを尋ねた。
「元々は公爵家に忠誠を誓っていて――そのままテレージアが王妃として嫁ぐ際に、陪臣から直臣騎士となった騎士家だ。本人にすでに確認しているが、たとえ決闘裁判で死すとも、我が家が守れるならば構わない。是非決闘に志願させてくれと、了解を得ている」
「その名は? 私も知っている人ですか?」
「ヴィリー。『紅蓮』のヴィリー」
ブルーノはその名を知っていた。
そういえば、確かにいたな。
自分の10歳の初陣にも参陣してくれた『紅蓮』という二つ名持ちの赤髪の騎士が。
そこまで思い出したところで。
「え、『紅蓮』のヴィリーって王妃派閥なんですか?」
心底驚いた。
だって彼は――
「あの人、テレージア大っ嫌いですよね」
四年前の初陣にて。
ブルーノは大嫌いな母親、テレージアの悪口で彼と盛り上がった記憶がある。
あるのだが。
「そうか、いくら本人がテレージアの事を大っ嫌いでも、嫁いできた際についてきたとなれば。来歴的にはどうしても王妃派閥になってしまうのか……」
「ああ。そういう最初からテレージアの事が実は大嫌いだったけど、家の来歴的に仕方なく王妃派閥だった。そんな騎士家については救済するよう、是非アレクサンダー王への嘆願に協力してもらいたいなあと」
アルバン兄さんはお人好しだ。
だが、それ以上に筋を通している。
確かに、その意見は正論であるとしかいえない。
「わかりました。とりあえず、『紅蓮』のヴィリーにはテレージアに会ってもらうことにしましょう。但し――」
「ああ、本人にはブルーノからの嘆願を受けてのことだと。念押しさせておく」
二人、頷いて。
とにかくも、目的のために動き出した。
再宣伝です。本作の書籍版一巻が7/30に発売されました
また、3500文字ほどの特典SSペーパーも2作書きました。
ゲーマーズ様:「興行主の目指すもの」
ヴォルフガング・トラクスというスタープレイヤー二名を失った興行主が、ただ失意に沈むだけではなく対抗心を燃やして、興行という物を一から考え直す作品。
メロンブックス様:「ヨルダンの昔話と今後」
ヨルダンの傭兵時代の話を聞くイザベラと、今後は筆頭家臣として当然求められる嫁探しについての話を書いた作品。
となります。
よろしくお願いします。