王都には死の旋風が吹き荒れている。
もっとも、市民には全く関係がないので王都の治安が荒れることはない。
当たり前だが『素手で人の首を引き千切る』なんて真似ができる人間はディートリヒ卿以外にいないので、模倣犯の出現もなかった。
王妃派閥以外の騎士にとっても関係ないので、多くの人にとっては話のネタでしかない。
王都の騎士の多くは王妃派閥が嫌いだったので、別にその死などどうでもよいのだ。
むしろ大量死により騎士の役職が沢山空くので、是非とも空いた役職に次男や三男を押し込めないか、と王城に日参して第三王子や第四王子に陳情する騎士さえいた。
まるで好景気に沸く商人のような有様である。
当然ながら、アレクサンダー王はその光景にだけは「それでも騎士か!」と怒鳴り散らしたが。
さて、その決闘裁判相手の辺境伯家だが。
全く無関係とはいえず、今日も大量に来客が訪れていた。
「正直、疲れました」
まだ包帯を頭に巻いているが、なんとか立ち上がるまでは出来るようになった。
陪臣騎士であるレオンハルトが愚痴を吐いた。
「私だけではあの来客数に対応できず――申し訳なく」
怪我人を手伝わせていることに、不甲斐なさを感じながら。
ヨルダンは申し訳なさそうに、頭を下げた。
いえいえ、とレオンハルトは気安く応じる。
「まさか、イザベラ様に泣きついてくる連中までいるとは」
「知ったことではないというのに……」
なんとかディートリヒ卿にとりなしてくれと。
妹であるパウラ嬢を保護していると噂の、辺境伯家のイザベラ様に陳情しにくる王妃派閥の騎士家は後を絶たない。
どうせいというのか、というのが陪臣騎士二人の正直なところである。
とにかく来客の殆どはさっさと追い返すべきなのだが、イザベラ様は優しい御方であるので。
『ぶち殺されるほどの悪さは本当に何もしていない』分類の王妃派閥に関しては、なんとか助けられないかと。
いちいち、陳情を真面目に聞いて、本当に罪がなさそうなら王家に相談する応対をしている。
二人はその護衛として疲れ果てていた。
ドミニクは二人に申し訳なさそうに、それでも決闘裁判前の会議はしなければならないので。
とにかく、話を進めようと口を開いた。
「まあ、何はともあれ。とうとう第五試合である。次の試合にはエーレンフリート殿に出場して頂く予定だが――」
「任せて頂きたい。必ずや勝利して見せましょう」
エーレンフリートは、力強く自分の胸を叩いた。
そして、決意の言葉を口にする。
「次の試合は確実に勝たねばならないでしょうから……」
現在、決闘裁判の七番勝負は二対二で勝ち星を分けている。
もちろん、第二試合トラクス・第四試合ディートリヒはもう誰が頑張っても勝てない相手であったので。
アレは誰もが仕方ないと思っている。
それはそれとして、正直言って――傍から見た状況としては七騎士側の優勢である。
「だが、なんというか――相手側に決闘代理人がいるのか? もう人材は払底したのではないか? 不戦勝の可能性もあると私などは考えているのだが」
ドミニクが首をひねる。
第三試合ベルリヒンゲン卿、第四試合ディートリヒ卿、どちらも脅迫により出場している。
じゃあ第五試合も脅迫による出場か、というと。
もう脅迫しても出てくれる騎士など存在しないだろう。
負けは認めない、約定は守らない、名誉はない、恩は感じない、脅迫はしてくる、そんなアーデルベルトもテレージアも権力者としては完全に死に体だ。
このままそのうち本当に死ぬだろう。
この条件で誰が決闘代理人に名乗りをあげるというのだろうか。
いないだろう。
そう言いたげに、ドミニクはワインを口にした。
「それがいるんですよ。まあ、背景事情はもちろんあるんですが――お聞きになります?」
紋章官が答える。
ドミニクは聞こうか聞くまいか迷った。
相手の背景を知ってしまえば同情が湧くかもしれないからだ。
その迷いを見て取って、紋章官は念押しする。
「同情とかは一切不要な相手ですよ。殺しても相手には恨まれません。相手は本気で来ますので、こちらも本気で臨んでください。手を少しでも抜くと死にますからね」
「それは困る。私は領地に生きて帰らねばならんのでな。で、相手は?」
エーレンフリートが尋ねる。
紋章官は短く名前だけを告げた。
「紅蓮のヴィリー、といっても、おそらくエーレンフリート殿はご存知ないと思います」
「確かに知らんな。若いのか?」
「いえいえ、貴方と同年代ですよ」
紋章官は、周囲を見渡す。
紅蓮のヴィリーを知る者がいるか、と言いたげに。
「私は知っているが――彼は名を変えたのだよ。エーレンフリート殿が代官であった頃は別な二つ名で呼ばれていた」
サムソンが短く示唆する。
エーレンフリートは、首をひねって――ヴィリーという名の騎士など珍しくもない。
だが二つ名持ちとなれば、数は少ない。
答えをすぐ導き出した。
「ひょっとして、『血みどろヴィリー』? まだ生きていたのか。あの無鉄砲さから、正直すでに死んでいると思っていたが」
「有名なのですか?」
ヴォルフガングは首を傾げた。
彼は『紅蓮』も『血みどろ』も知らない。
辺境伯領防衛戦以外の戦場に出たことがないからだ。
紋章官は、まあ知らないだろうなと言いたげに口にする。
「あまり有名ではありませんね。『血みどろ』の二つ名を名乗っていたのは公爵家の頃ですし。だが、手強い相手ですよ。元々は公爵家の陪臣騎士で、更に昔を言えば――ヨルダン卿と同じような出身です」
「私と? 傭兵ですか?」
「その通り。というには、少々失礼だったかもしれませんね。賊じみたこともしていたようですから」
ヨルダンが、紋章官の杯にワインを注ぎながら会話する。
有難く、と紋章官がワインを少しだけ口に含み、喉を湿らせて。
一息ついて、短く答えた。
「最初の経歴は傭兵団の団長ですね。元々は公爵家に傭兵団ごと雇われて――功績を上げて陪臣騎士となり、さらに王妃テレージアが嫁入りの際に一緒についてきて、世襲の直臣騎士となっております」
「また奇妙な経歴だな? 一代でそこまで立身出世するやつも珍しい」
「とにかく出世志向が強い騎士のようですね。まあ、今回は生き残りを目指してのようですが。その経歴から、一応は王妃派閥なので」
そう説明されば、全員がわかる。
このままでは王妃派閥は、ディートリヒ卿に全員皆殺しにされるだろう。
だからまあ、何か取引をして決闘代理人として名乗り出たのだろうなと。
「それはやはり、脅迫と何一つ変わらないのでは?」
サムソンが率直に感想を述べた。
確かに自分から名乗り出たのかもしれないが、正直やりたくてやってるわけではないだろう。
それは事実であるが――まあ、仕方ない。
時にそういう理不尽も耐えるのが騎士であるのだ。
誰もがそう納得する時間を少し置いて――ともあれ、ドミニクは話を戻すために咳ばらいをした。
「ふむ、まあ決闘代理人として名乗りを上げた委細については後で聞きたいところだが。とにかく相手は生き残りをかけて本気で来ると。強さは?」
「まあ、私と同じくらいでしょうな」
ドミニクの問いに、紋章官ではなくエーレンフリートは答えた。
自分と比較しての強さに対する回答であった。
紋章官は目をぱちくりしながら、驚く。
「エーレンフリート殿は、彼をご存知で?」
「代官をやっていた頃に、傭兵団時代の『血みどろヴィリー』と組んで敵国からの防衛戦に駆り出されたことが。彼の二つ名の由縁も知っております。何せ、戦場という現場におりましたからな」
しみじみと、エーレンフリートは昔を思い出すように語る。
あれは何年前だ、とひいふうみいと数を指折り数えて。
両手では足らないようなので、途中で止めてしまった。
「あやつ、一兵士として強いのはもちろんのこと。それ以上に血気盛んなのですよ。団長だというのに、常に最前線で闘って、敵の血も横に立つ味方の血も浴びて。戦闘が終わった時にはいつも血まみれだから、『血みどろ』ヴィリー。そうか、騎士になったのだからと『紅蓮』だなんて洒落た名前に言い換えするほど、時間が経ったのだな……」
遠い昔を思い出すかのように。
エーレンフリートが代官から領主騎士になるまでの間に、『血みどろ』も『紅蓮』に変わっていたのだ。
本当に、本当にしみじみと。
ほう、とため息をついた。
「いやあ、昔を思い出してしまいました」
「知人であり、やりにくいのであれば私と代わってもよいが?」
ドミニクが気遣いを見せる。
だが、それは断られた。
「不要です。思い出しましたが、奴め。私が代官時代に貸してやった飲み代を未だに返しておらんのですよ。今更金を返せとは言いませんが、代わりに負けてもらうぐらいはしてもらいましょう。なに、あの男は正当な決闘で殺されたところで、こちらを恨んでくるような男ではありませぬ」
エーレンフリートは朗らかに笑う。
こういうところがある男であった。
領主としての経験からか、代官としての経験からか。
周囲を和ませる能力を持つ、この男にドミニクは好意を抱いていた。
「では、こちら側はそのままエーレンフリート殿が出場ということでよろしいか?」
「構いませぬな」
ドミニクは、うん、と頷いて紋章官に視線をやる。
「さて、それでは『紅蓮のヴィリー』側の事情を説明するとしましょうか。今回は脅迫を受けての参加ではないので気兼ねする必要はありません。むしろ、彼にとっては決闘裁判に参加した時点で目的が達成されているのですよ。だから、遠慮なく殺してしまっても良いですが――」
『紅蓮のヴィリー』に後悔はない。
彼にとっては自分の息子に自らが築き上げてきた爵位・財産と言ったものを相続できれば、それで勝ちなのだ。
むしろ、あの血気盛んな男にとっては、騎士同士による戦闘の結果での死こそ本望であろう。
というか、エーレンフリート殿は領主騎士として色々と人生で今後やるべきことが残っている。
是非ともヴィリーの方に死んでもらいたいものだ。
紋章官はそう判断している。
だから――
「すでにご存じでしょうが。相手は強いですし、間違いなく本気です。気を抜いては、逆に殺されるかもしれませんよ。お気をつけて」
紋章官は、脅かすように警告した。
「承知」
エーレンフリートは、聞いているのか聞いていないのか。
いや、間違いなく真剣に聞いてはいるのだろうが。
そうか、あのヴィリーが相手か。
お互い、出世したものだなと。
そう二言だけ口にして、過去に思いを馳せるようにワインを口にした。
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